12月15日説教「アンティオキアでのパウロの説教」

2024年12月15日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:サムエル記下7章8~17節

    使徒言行録13章13~25節

説教題:「アンティオキアでのパウロの説教」

 パウロとバルナバによる第一回世界伝道旅行の記録が使徒言行録13~14章に書かれています。紀元47年か48年ころのことと考えられています。二人はシリア州のアンティオキア教会から出発して、まず地中海のキプロス島で伝道活動を行い、それから小アジア地方のパンフィリア州ペルゲに上陸します。これから小アジア地方(今のトルコ)での伝道活動が展開されます。

 13節の冒頭に、「パウロとその一行は」とあり、ここからはパウロの名前がバルナバの前に書かれます。4節ではバルナバが先でしたが、それはたぶんバルナバの方が年上だったからと推測されていますが、キプロス島での伝道活動以後は、サウロがパウロになり、パウロの名前がバルナバの前に書かれるようになります。実質的にも、パウロが一行のリーダーになります。

 ペルゲに上陸してすぐにマルコはエルサレムに引き返すことになりました。その理由は書かれていません。体調が悪くなったのか、あるいはホームシックか、年若いマルコにとっての初めての遠い地への伝道旅行は、負担が大きかったことは想像がつきます。でも、パウロとバルナバはさらに小アジアの奥地へと進んでいきます。

 【14~15節】。地中海沿岸のペルゲからピシディア州のアンティキアまでの道のりは、北の内陸部へ、標高1200メートルの山脈を超える150キロメートル以上の険しく困難な山道でした。でも、使徒言行録はその困難な道のりを、「ペルゲから進んで」と表現しています。この「進んで」という言葉にはいくつかの意味が込められているように思われます。ペルゲに上陸してすぐに、同行していたマルコが引き返すという残念なことがあり、パウロもバルナバも落胆していたと想像できます。しかし、そうであっても、彼らの福音宣教の歩みはそこでとどまることはありません。さらに先に進められていきます。彼らの歩みを導かれるのは、聖霊なる神だからです。

 もう一つの意味は、これから彼らの歩みは険しく困難な山岳地帯へと向かいます。しかし、そうであっても、彼らの歩みはさらに力強く前進していきます。彼らが持ち運んでいるのが主イエス・キリストの福音だからです。主イエス・キリストの福音を持ち運ぶ伝道者の足は、力強く、軽やかで、たくましく、喜びに満ちているからです。その道がどれほどに困難で険しく、また危険に満ちていても、伝道者の足は彼らが持ち運んでいる福音の力と命によって支えられ、導かれているからです。わたしたちは、これからのち、使徒パウロの計3回の世界伝道旅行の記録を読んでいく中で、何回もそのことを確認することになるでしょう。

 ピシディァ州のアンティオキアは、シリア州のアンティオキア(パウロたちを派遣した教会が建てられていた町)と同じ名前の都市ですが、いずれも紀元前3世紀のギリシャ・セレウコス王朝のアンティオコス大王の後継者が建設した都市で、大王の名にちなんでそのように呼ばれていました。

パウロたちはキプロス島での伝道活動でも、5節に「ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げ知らせた」と書かれていたように、小アジアのこの町でも「安息日に会堂に入って」と14節に書かれています。この町にもディアスポラと呼ばれていた離散のユダヤ人が多く住んでいたようです。パウロたちはまず彼らに福音を語ります。

14、15節には当時のユダヤ人会堂での礼拝の様子が描かれていますので、それを整理してみましょう。「安息日」とはユダヤ人の安息日、土曜日のことです。「会堂」はシナゴーグと呼ばれる集会所のことです。ユダヤ教では、紀元前621年に行われたヨシヤ王の宗教改革以来、動物を犠牲としてささげる礼拝はエルサレム神殿だけに限定されることになり、地方の会堂では動物犠牲を伴わない礼拝が安息日ごとに行われていました。パウロたちはそれに出席しました。大きな会堂では会堂長(会堂司)が複数人いて、礼拝の役目を分担していました。

安息日礼拝では、まず「シェマー」と言われる信仰告白が会堂長によって宣言されます。「シェマー」とは、ヘブライ語で「聞け」と言う意味で、申命記6章4節の冒頭の言葉です。「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」とのみ言葉が宣言されます。祈禱がささげられたあとで、旧約聖書のモーセ五書(律法)と預言書の中から、聖書日課に従って、その日定められている聖書の箇所が朗読されます。それから、説教が行われます。説教者はあらかじめ決められた町の長老が立てられるのが一般ですが、会衆の中から選ばれることもありました。ルカ福音書4章に書かれている、主イエスが生まれ故郷ナザレの会堂で、朗読されたイザヤ書のみ言葉を解き明かされたのは、その場で指名されたのであろうと推測されています。きょうの箇所でも、旅行者であるパウロとバルナバが指名され、パウロが説教をするために立ち上がりました。そのパウロの説教が16~41節まで続きます。これは、使徒言行録に記されているいくつかのパウロの説教の最初のものです。また、この後のパウロの説教は主にギリシャ人・異邦人に対して語られたものですが、この箇所がユダヤ人に語られた唯一の説教です。

 このパウロの説教は、わたしたちがこれまで読んできたペトロのペンテコステの日の説教(2章14節以下)や、最初の殉教者となったステファノの説教(7章1節以下)と、その構造、内容ともに非常によく似ています。パウロの説教の前半17~23節では、イスラエルの民が神に選ばれ、神の救いの恵みによって導かれてきたことが語られ、それに続いて、24節からは、神の救いの歴史が主イエス・キリストによって最後の成就と完成に向かっていくこと、そして主イエス・キリストを信じる人はみな罪のゆるしを与えられ、救われるということが語られます。ペトロの説教でも、ステファノの説教でもほぼ同じです。

 では、次にパウロの説教の内容について学んでいきましょう。【16~18節】。パウロが初めに呼びかけている「イスラエルの人たち」とは、世界に散らされているイスラエルの民・ユダヤ人のことです。イスラエルの民は紀元前721年には、北王国イスラエルがシリアによって滅ぼされ、ユダヤ人はパレスチナ地域から全世界に散らされていきました。そして、587年には、南王国ユダもバビロンによって滅ぼされ、多くの民がバビロンの地に連れ去られました。一時、バビロンから帰還しましたが、その後も、たび重なる外国からの攻撃によって、ユダヤ人は全世界に散らされていったのです。

 でも、彼らは、神から与えられた神の言葉である律法を守り、神に選ばれた契約の民であることを忘れることなく、各地に会堂を建て、そこで安息日の礼拝を守り、信仰を持ち続けました。イスラエルの民の長い苦難と試練の歴史の中でも、神は彼らをお見捨てにならず、神が彼らによってお始めになった救いのみわざを、やがてその最終目的へと至らせるために、神はメシアなる救い主・主イエス・キリストを彼らにお送りくださったのです。パウロはそのメシア・救い主について語るために、まず、神に選ばれた契約の民イスラエルの人たちに呼びかけているのです。

 「神を畏れる方々」とは、今までにも出てきましたが、イスラエルの民・ユダヤ人ではないが、ユダヤ人の神、聖書の神の真理と救いを求めて、ユダヤ教の信奉者となっているギリシャ人・異邦人のことです。実は彼らにもまた、主イエス・キリストの福音によって、信じて神の民とされる道が開かれています。ユダヤ人であれ、ギリシャ人であれ、だれであれ、主イエス・キリストを救い主と信じて、罪を悔い改め、洗礼を受けるならば、すべての人が罪ゆるされ、救われ、神の国での永遠の命を約束されるのです。

 説教の冒頭で、パウロは神の選びについて語ります。「この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し」と語りだします。信仰の民イスラエルの誕生は神の選びによります。イスラエルの選びに始まり、すべての信仰者の誕生は神の選びによります。わたしたちがひとりの信仰者として誕生するのもそれ以外ではありません。神がこのわたしを、取るに足りないわたしを、欠けや破れがあり、罪多きわたしを、この世から選び分かち、教会に招いてくださり、信仰告白と受洗へと導いてくださることによって、わたしは信仰者とされ、神の国の民に属する一人とされたのです。

 神がイスラエルを選ばれたことについて、申命記7章6節以下ではこのように言われています。「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。……救い出されたのである」(申命記7章6~8節、292ページ)。

 神の選びは、イスラエルの選びがそうであったように、神の側からの一方的な愛の主導権によって、神に選ばれるに値しないと思われているもっとも小さなもの、無価値なものを、神はあえてお選びになるのです。それによって、神の無限の愛と恵みがいよいよ明らかにされるのです。

 イスラエルの選びは、具体的には族長アブラハムから始まりました。その子イサク、その子ヤコブへと神の選びは受け継がれました。そして、ヤコブの子孫はひとたび神の約束の地カナンを離れてエジプトに移住しました。けれども、神はエジプトの地にあるヤコブ・イスラエルの子孫の400年間の歩みを決してお見捨てにならず、かえって、エジプトの異教の地にある彼らを増やし、強大な民に成長させ、ついにご自身の強いみ手をもって、エジプトの奴隷の家からイスラエルの民を導き出されたのでした。神のイスラエルに対する選びの愛は、族長時代の200年間も、エジプト時代の400年間も、その後の荒れ野の旅の40年間、約束のカナンに入ってからのイスラエルの激動の千年間にも、全く変わることはありませんでした。そしてついには、主イエス・キリストによって、神は新しい教会の民を選んでくださったのです。

 主イエスは弟子たちとわたしたちの選びつついて、ヨハネ福音書15章16節でこのように言われます。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなた方を選んだ。……任命したのである」(16節、199ページ)。

 わたしの選びや、わたしの信仰、わたしの決意よりも、はるかに大きく、強く、確かである主イエスご自身の選びの愛があるからこそ、わたしたちは固く立つことができ、また神のみ心にかなった豊かな実りを結ぶことができるという約束と希望に生きることができるのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたの永遠の選びこそがわたしたちを固く立たせます。どのような試練の日々であろうとも、どのような困難で暗い道であろうとも、あなたの選びを信じて歩ませてください。

〇この地に、あなたの義と平和をお与えください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

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