2026年7月26日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)
聖 書:イザヤ書53章6~12節
使徒言行録17章1~9節
説教題:「テサロニケでの伝道と迫害」
パウロの第二回世界伝道旅行は、当時のローマ帝国マケドニア州の町フィリピからテサロニケへと続けられました。この地方は今日ギリシャ共和国になっています。フィリピとテサロニケの二つの町の名前は、わたしたちには親しみ深く、よく知られています。と言うのも、パウロはのちになってこの二つの町にある教会に手紙を書き、それが聖書の中に残されているからです。フィリピの信徒への手紙とテサロニケの信徒への手紙一、および二の三通です。それぞれの手紙を読むと、パウロがこれらの教会の誕生に深くかかわっただけでなく、その後も長い期間交わりを持ち続け、お互いに祈り合い、支え合っていたということがよく分かります。
フィリピでユダヤ人からの迫害を受け、投獄されるという経験をしたパウロとシラスはフィリピから西へ100キロメートル余り移動して次の伝道地テサロニケへと向かいましたが、その時のパウロの心境について使徒言行録は何も報告していません。テサロニケの信徒への手紙一2章にはこのように書かれています。【1~2】(374ページ)。そして、13節にはこう書かれています。【13節】。フィリピでユダヤ人からの激しい迫害を受けて、パウロはひどく動揺し、自分は神の栄光のために主キリストの福音を宣べ伝えているのだろうか、それとも、人間からの称賛を期待して伝道者として働いているのだろうかという、心の葛藤をかかえ、そのような不安と苦悩を抱いてテサロニケの町に入ったところ、この町の人たちはパウロが語る福音を神の言葉として受け入れ、信じてくれた、それは彼にとってどれほどに大きな励ましになったことか、ということをパウロはこの手紙に書いています。
使徒言行録は伝道旅行のいわば旅行記、報告書のように書かれていますから、パウロとその地の教会との個人的な関係などについては、あまり語られてはいません。それと違って、手紙は個人的な関係や心の交流が書かれていますから、すでに学んだフィリピ教会とパウロの関係、これから学ぶテサロニケ教会とパウロの関係などをよく知るために、ぜひこれらの手紙を読んでおいてください。
では、17章1節から読んでいきましょう。【1節】。フィリピからテサロニケまでの120キロほどの道のりですが、その途中の二つの町の名前が挙げられています。これらの町でも伝道活動をしたのかどうかについては何も書かれていません。でも、パウロの足取りは決して軽いものではなかったということが、先ほど読んだテサロニケ教会への手紙から明らかです。にもかかわらず、パウロは前進することを止めません。主キリストの福音を語り伝える使命に向かって歩み続けます。神が彼に神の言葉を語る勇気と力とをお与えくださったからであり、神の言葉そのものがこの世のいかなる鎖によっても決してつながれることがないからです。
ここで、もう一つのことに触れておきたいと思います。16章10節から、主語が「わたしたち」になっていることを前回お話ししました。おそらくは、使徒言行録の著者であるルカがトロアスからパウロたちの一行に加わったからではないかと考えられているのですが、17章1節からは再び「パウロとシラスは」となっていますので、ルカだけはフィリピに留まったのではないかと推測されます。20章7節から「わたしたち」という表現が再開されます。
では次に、【2~3節】。テサロニケはローマ帝国マケドニア州の首都であり、当時の人口は10数万人であったと言われています。商業活動が盛んであり、早くからユダヤ人が多く住み着き、ユダヤ人の会堂が建てられていました。パウロはここでも、前回のフィリピでもそうであったように、また第1回伝道旅
行の小アジアの町々でそうであったように、まずユダヤ人の会堂に出かけ、そこに集まっているユダヤ教徒やユダヤ教の神に関心を持っている、いわゆる敬神家と呼ばれるギリシャ人に、主イエス・キリストの福音を語りました。パウロはこれまで何度もユダヤ人から迫害を受けてきましたし、13章46節では、「ユダヤ人は神を拒み、自分たちを永遠の命を受けるに値しない者にしてしまった。だから、わたしはこれから異邦人の方に行く」と宣言していたのでしたが、しかしそれでもなおも、神が初めに全世界の中からイスラエルの民をお選びになったという、神の選びの秩序を変えることはできません。パウロはなおもその神の秩序を重んじています。そして、テサロニケでも彼ら選ばれた民であるユダヤ人に、主イエス・キリストの福音を語ります。
3節に「聖書」とあるのは、旧訳聖書のことです。パウロは旧約聖書から語ります。しかし、旧約聖書そのものを語るのではありません。旧約聖書が預言し、指し示し、待ち望んだメシアのことを語ります。旧約聖書はメシア・救い主を預言している聖書です。旧約聖書で語られているすべてのことは、メシア・救い主であられる主イエス・キリストによって完全に成就されているということを、パウロは語ります。
「メシア」は旧約聖書の言語であるヘブライ語で、「油注がれた者」という意味です。新約聖書の言語であるギリシャ語ではキリストと言われます。旧約聖書時代のイスラエルでは、王、祭司、預言者がその職に任じられる際には、頭からオリブ油を注がれ、神の恵みと祝福が豊かに注がれることを祈るという儀式を行うのが普通でした。そこから、神がやがて理想的で永遠な王、祭司、預言者という三つの職務を完全に果たす「油注がれた者」メシアを遣わして、真実の救いを成し遂げてくださるという信仰がイスラエルの中に生まれました。主イエスの時代にはそのようなメシアの到来を待望する機運が、ユダヤ人の間で高まっていました。まさに、そのようなときに、神は主イエス・キリストをこの世にお遣わしになったのです。
しかし、パウロは言います。このメシアは「必ず苦しみを受ける。そして死ぬ。しかし、死者の中から復活することになっていた」と。ここで、「必ず……することになっていた」と訳されている言葉は、新約聖書の中で非常に重要な意味を持っている言葉で、主イエスご自身の受難予告で用いられていました。ルカ福音書9章22節を読んでみましょう。【22節】(122ページ)。ここでも、「必ず……することになっている」と訳されています。これは、「神がそのように定めておられる、神の救いのご計画に従っている」という意味を持っています。主イエスは地上のご生涯の中で、すでにご自身のご受難と十字架の死、そして三日目の復活を知っておられ、父なる神がお定めになったその苦難の道を進み行かれたのです。
パウロはここでおそらくはイザヤ書53章の「苦難の主の僕(しもべ)の歌」を引用したのではないかと推測されます。「彼はわたしたちの罪を担って、神によって打たれ、砕かれたのだ。彼は屠り場に引かれていく小羊のように口を開かず、捕らえられ、裁きを受けて、命を取られた。彼はわたしたちの罪のために執り成しをした。わたしたちは彼の死によっていやされ、救われ、神との平和を与えられた」(イザヤ53章4~12節参照)。イザヤが預言したこの苦難の僕こそが主イエスである、すなわち、ユダヤ人が待ち望んでいたメシア・キリスト・救い主・油注がれた者である、とパウロは語ったのです。これが、今からおよそ2千年前に主イエスがエルサレムで成し遂げられた救いのみわざであり、それから10数年後にパウロがテサロニケで語った福音であり、そして今わたしたちがこの秋田教会の礼拝で聞いている福音なのです。
【4~5節】。「神をあがめるギリシャ人」とは先ほど紹介した、ギリシャ人すなわち異邦人でありながら旧約聖書の神と信仰に深い関心を寄せ、ユダヤ人会堂に出入りしていた人たちのことです。彼らの多くが主イエス・キリストを救い主と信じて洗礼を受け、キリスト者になりました。上流階級の婦人たちも多く信じたと書かれています。しかし、救われる人が多くいるところでは、迫害者もまた多く現れます。なぜならば、主イエスの福音はわたしたち人間の罪を明らかにするからです。その罪を認め、告白し、悔い改めて主イエスの福音を信じて救われることを求めるか、それとも、罪を覆い隠して神の招きに応えず、かたくなに罪の中に留まり続けようとするか、人間は決断と選択を迫られるからです。この町でも、ユダヤ人たちの多くは神の前に悔い改めることをせず、かえってパウロたちの伝道活動を妨害しようとしています。
ヤソンはヘブライ語ではヨシュア、そのギリシャ語で、彼はユダヤ人であり、この町で商売をしていたと思われます。彼も洗礼を受けてキリスト者になっていたと思われます。彼の家がパウロたちの宿泊場所や集会場所になっていたのでしょう。彼の名前は、ローマの信徒への手紙16章21節に、パウロの協力者として出てきます。ヤソンもまたパウロと同様に、主イエスを救い主と信じたために、同胞のユダヤ人から迫害を受けることになったのです。しかし、それで信仰を捨てることはありませんでした。9節に、【9節】と書かれているように、彼は大きな損害を受けながらも、パウロたちを守り、そしてそののちにも、パウロの協力者として働きました。
【6~8節】。ユダヤ人たちは聖書の論証という点については、パウロに正面から反論することはできませんでした。確かに、神が旧約聖書で語られ、約束された全人類の救いは、その預言のとおりに主イエスによって成就されたのです。そのパウロの論証に反論することはできません。でも、彼らは自分の罪を認めることができませんでした。神に選ばれた民であるという誤った栄誉と誇りを投げ捨てることができなかったのす。信仰を受け入れるためには、深い罪の自覚と悔い改めが必要です。それ以上に、主イエス・キリストがわたしの救いのためにご受難の道を進まれ、十字架で死んでくださったという信仰を感謝をもって受け入れることこそが重要です。
ユダヤ人の反対者たちはパウロとシラスを暴動や世界革命を画策したという罪で訴えましたが、パウロたちは身を隠して無事でした。7節の迫害者たちの訴えには、ある種の真実が含まれています。「ローマ皇帝以外のまことの、永遠の王国、神の国の王であられる主イエス・キリストがおられる」。これこそが、この時代のローマ帝国の中で語られた主イエス・キリストの福音です。また、今日のわたしたちの世界においても、同じ福音が語られねばなりません。わたしたちの罪のゆるしのために十字架で死んでくださり、三日目に復活された主イエス・キリストのみが、わたしの、またすべての人の、唯一の、永遠なる主であり、救い主であられます。
(執り成しの祈り)
〇天の父なる神よ、わたしたちが主イエス・キリストの十字架と復活の福音を聞いたとき、あなたの命のみ言葉を信じて、罪を悔い改め、主イエスをわたしの唯一の救い主と告白して、信じる者となりますように。また、多くの人たちがこの救いへと招かれれますように。
〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。
主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。
