11月30日説教「主イエスの誕生予告」

2025年11月30日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

              待降節(アドヴェント)第一主日

聖 書:創世記18章9~15節

    ルカによる福音書1章26~38節

説教題:「主イエスの誕生予告」

 教会の暦ではきょうからアドヴェント・待降節に入ります。主イエスの誕生を祝うクリスマス(降誕日)の前の4回の主の日(日曜日)を待降節第一、第二と数え、そのたびにアドヴェントクランツにローソクを1本ずつ増やし、主イエスのご降誕を待ち望みます。アドヴェントは、もとはラテン語で「到来、接近」を意味します。日本語の翻訳では、待降節、待ち望むというわたしたち人間の姿勢が表現されていますが、本来は、神がわたしたち人間の方に近づいて来てくださる、天におられる神が人間のお姿で地に降って来られ、わたしたち一人一人の近くおいでくださるという、神の行為を表現しています。

 今年のアドヴェントの礼拝では、ルカによる福音書をご一緒に読んでいくことにします。きょうの1章26節以下では、主イエスの誕生の予告が書かれています。【26節】。「六か月目」とは、すぐ前に書かれていた、祭司ザカリアと妻のエリサべトに男の子が生まれるであろうという神のみ言葉が告げられ、洗礼者ヨハネ誕生の予告がなされてから6か月目ということです。

 ルカ福音書では来るべきメシア・救い主である主イエスの誕生と、そのすぐ前で、メシアのために道を整える洗礼者ヨハネの誕生とを関連づけて描いています。それには深い理由があります。ヨハネは主イエス誕生の半年前に誕生し、自分の後にやってくるメシア・救い主を迎えるために、人々に「悔い改めて神に立ち帰れ」と説教し、ヨルダン川で悔い改めの洗礼を授けていました。それで、洗礼者ヨハネと呼ばれます。ヨハネは、実は、旧約聖書で活躍する預言者たちの列の最後に立っているのです。預言者たちは、主イエス誕生の千年も前から、神の救いのみわざを完成させるメシア・救い主の到来を預言していました。そして、今この時、神はご自身の一人子を、人間のお姿でこの世にお遣わしになったのです。この神のみ子によって、神は旧約聖書で預言されていた救いのみわざを成就されたのです。ヨハネはその預言者たちの列の最後に立って、最もメシアに近い所で、メシアのために道を整える使命を果たしているのです。

 ルカ福音書1章と2章とを概観すると、1章5~25節ではヨハネ誕生の約束と予告が描かれ、きょうの26~38節では、メシア・救い主である主イエスの誕生の約束と予告が描かれ、39~56節では、ヨハネの母になるエリサべトと主イエスの母になるマリアとの出会いが描かれ、次に57~80節では、ヨハネの誕生のことが描かれ、2章1節~20節で、主イエス誕生のことが描かれるというように、ヨハネと主イエスのことが交互に配置されていることが分かります。そして、救い主のために道を整える先駆者の後には、必ず救いの成就者であるメシアが続くのです。

 「天使ガブリエル」とは、3人いる天使長の一人と考えられていました。聖書にはしばしば天使が登場しますが、天使とは文字どおり天からの使い、天におられる神が地に住む人間に語りかける際に、人間に似たお姿で現れ、神の言葉をお語りになります。したがって、天使の言葉は神ご自身の言葉です。神が何か非常に重要なこととか奇跡的なこととかを人間に語られるときに、天使をとおしてお語りになります。

 すぐ前に書かれている洗礼者ヨハネ誕生の約束と予告の場面でも天使が語っています。1章11節に「天使が現われ」と書かれています。19節では、その天使が「わたしはガブリエル」と自己紹介をしています。ヨハネの父となるザカリアに告げられた神の言葉はこうでした。祭司ザカリアと妻エリサベトの間には長く子どもが与えられませんでした。でも、二人とも年を取ってほぼ諦めかけていた時に、天使は告げます。「あなたの妻エリサベトの胎内には男の子が宿っている。その子をヨハネと名づけなさい。彼は聖霊に満たされて、来るべき救い主のために道を整える使命を果たすであろう」と。洗礼者ヨハネの誕生は人間の可能性や能力をはるかに超えた全能の父なる神のみわざなのです。神の奇跡によって、ヨハネは誕生するのです。ヨハネの命もその存在も、すべてが主なる神に依存し、支えられ、導かれているのです。それゆえに、ヨハネは主なる神のために仕え、働き、そしてその命のすべてを主なる神にささげます。

 主イエスの誕生予告においても同様です。同様というよりは、ヨハネの誕生の奇跡にはるかにまさって、神の奇跡中の奇跡として、主イエスの誕生が起こるということを、天使ガブリエルはマリアに告げます。【27~35節】。

 では、主イエスの誕生の約束、予告にはどのような神の奇跡があるのでしょうか。26節に目を戻すと、「ナザレというガリラヤの町」と書かれれています。イスラエル北部のガリラヤやその南のサマリヤ地方は、かつての北王国に属しており、紀元前721年にアッシリア帝国によって滅ぼされてからは異国民が強制的にこの地に移住させられ、神の契約の民イスラエルという民族的・宗教的純粋性が失われてしまいました。敬虔なユダヤ人からはガリラヤからも、またその中の小さな村ナザレからも、何の善きものも出ないと言われていました(ヨハネ福音書1章46節、7章41、52節参照)。

 けれども、神はあえて軽蔑されていたガリラヤのナザレの地に住むヨセフとマリアとをお選びになり、この二人を神のみ子の両親とされたのです。当時の人々が期待していたエルサレムの都ではなく、また王の家でもなく、宗教的指導者の家でもなく、小さく貧しいナザレの村の、おそらく大工の息子であったヨセフと彼のいいなずけマリアをお選びになったのです。ここにすでに神の大きな奇跡があります。神はいと小さなもの、貧しく見栄えのしないもの、あるいはだれからも顧みられることのない、見捨てられているものをみ心におとめくださり、そこに豊かな恵みを注がれるのです。

 更に、神のより偉大なる奇跡が続きます。それは、マリアはまだヨセフと結婚してはおらず、同居もしていなかったということに関連しています。27節には「いいなずけであるおとめ」であると書かれています。そのおとめマリアに、「あなたは身ごもって男の子を産む」と告げられているのです。当然マリアは驚き、戸惑います。34節にはこう書かれています。【34節】。それに対する天使の約束はこうです。【35節】。

 これは、キリスト教教理では「処女降誕」と言われる教えです。わたしたちが礼拝で告白する『使徒信条』では、「主は聖霊によって宿り、処女(おとめ)マリアから生まれ」と告白されている内容です。主イエスの誕生は聖霊なる神による誕生であり、主イエスの命も存在も百パーセント神からのものであるということです。これは、神の偉大なる奇跡です。洗礼者ヨハネ誕生の場合には、ザカリアもエリサベトも年老いていたという人間の側の可能性がほとんどなかったということが強調されていましたが、人間の営みがなかったのではありませんでした。ところが、主イエス誕生の場合には人間の側での可能性も行動も全くなく、すべてが主なる神ご自身のみわざであったと言われているのです。

 主イエスの誕生がこのように、徹底して神ご自身のみわざであったがゆえに、主イエスは「聖なる者、神の子」と呼ばれるのです。そして事実、神はご自身のみ子によって、旧約聖書から約束されていたご自身の永遠の救いのみわざを成就されるのです。そのことは31節にも暗示されています。【31節】。イスラエルの家庭では普通は子どもが誕生して8日目に父親が名前をつけるのが習慣でした。でも、主イエスの場合には、まだ生まれる前から、しかも神ご自身がその名前を決めておられるのです。イエスとは、旧約聖書のヘブライ語の発音ではヨシア、あるいはヨシュアという名前です。イエスはそのギリシャ語による発音です。イスラエルではごく一般的な名前でした。「神は救いである」という意味です。しかし、ここでは神ご自身がその名前をつけることによって、神がイエスと呼ばれるご自身のみ子によって、確かにご自身の救いのみわざを成し遂げられるという、神の固い約束、神の強い意志が語られているのです。

 では、神はみ子主イエスによって、どのようにしてご自身の救いのみわざを成し遂げられるのでしょうか。それは、この福音書を終わりまで読めば明らかになるのですが、ここでは32節以下にこのように書かれています。【32~33節】。ここで語られていることは、クリスマスの日に誕生される主イエスは、まことの人であり、また同時にまことの神であるということです。主イエスはマリアの胎からお生まれになり、わたしたち人間と全く同じまことの人として、わたしたち罪を背負って生きている人間たちの一人となってくださいました。わたしたちすべての人間の罪を担って、裁かれ、死の判決をお受けになり、十字架で死んでくださったのです。また、2節の「いと高き方」とは神のことです。主イエスはおとめマリアの胎から聖霊によってお生まれになった神のみ子であり、まことの神です。主イエスはまことの神として、罪と死とに勝利され、死んで三日目に墓の中から復活され、わたしたち信じる者たちの復活の初穂となって、わたしたちに復活の命を約束してくださったのです。

 32、33節で語られているもう一つのことは、主イエスは神がかつてダビデに約束された永遠の王座に就かれるという約束です。この約束は旧約聖書サムエル記下7章12節に以下に書かれている、いわゆる「ダビデ契約」と呼ばれているものです。すなわち、主イエスは罪と死とに勝利されて、永遠の王国である神の国において、すべての信じる者たちを治める唯一の王となられるであろうとの約束です。

 この神の約束、契約が成就されるにあたって、もう一つの神の奇跡があります。27節に、「ダビデ家のヨセフ」と書かれていました。ヨセフはダビデ王の家系に属していました。とは言っても、ダビデ王家はもうすでに600年も前に滅びており、その末裔は全地に散っていて、だれも注目する人はいなかったのですが、でも確かにヨセフはダビデの家系に属するということがルカ福音書3章23節以下とマタイ福音書1章1節以下の家系図で確かめられています。ダビデ王家が完全に滅びてから長い年月を経てのち、しかし神は切り倒された木の切り株から出る小さな芽のように、まさに無から有を呼び出だすようにして、死から命を生み出されるようにして、み子主イエス・キリストによって全人類のための救いのみわざを成し遂げられたのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたの救いのご計画は永遠に続きます。あなたがみ子主イエス・キリストによって成就された救いのみわざは、今もなお全世界で続けられています。あなたが全世界にお立てくださった主キリストの体なる教会をお用いくださり、あなたの救いの恵みがすべての人たちへと宣べ伝えられますように。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

11月23日説教「律法学者の偽善を見抜かれる主イエス」

2025年11月23日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:歴代誌下24章17~22節

    ルカによる福音書11章45~54節

説教題:「律法学者の偽善を見抜かれる主イエス」

 きょうの礼拝で朗読されたルカ福音書11章46節に、「イエスは言われた。『あなたたち律法の専門家も不幸だ』」と書かれています。同じようなみ言葉は次の47節にも「あなたたちは不幸だ」とあり、また52節でも「あなたたち律法の専門家は不幸だ」と繰り返されています。それだけでなく、前回学んだ42節にも、「それにしても、あなたたちファリサイ派の人々は不幸だ」とあり、43節でも「あたたたちファリサイ派の人々は不幸だ」、44節にもう一度「あなたたちは不幸だ」と、合計6回、律法の専門家とファリサイ派の人々に対する「不幸だ」という言葉が語られています。

 「不幸だ」と訳されているもとのギリシャ語は、「ウーアイ」と発音します。これは一種の、嘆きや怒りを表現するうなり声で、「ああ、なんという災いであることか」という意味合いの言葉です。『口語訳聖書』では「わざわいである」と訳され、さらに古い『文語訳』では、「災いなるかな」と訳されていました。そうすると、この言葉は「幸いなるかな」という主イエスのお言葉と対比されているということに気づきます。実際に、主イエスはこの福音書の6章で、二つを対比させて語っておられました。その箇所を開いてみましょう。【6章20~26節】(112ページ)。ずっと以前にkoの箇所を学びましたが、「幸いである」という主イエスのお言葉は、天の父なる神から与えられる幸いのことであり、この地上にあるどんな幸いよりもはるかにまさって、何ものによっても再び奪い取られることも消え去ることもないような永遠の幸いのことであり、「幸いなるかな」とは、主イエスはその幸いを信じる信仰者たちに確かにお与えくださるという約束の言葉なのであるということを学びました。主イエスはその永遠の幸いをわたしたちにお与えになるために十字架で死なれ、三日目に復活されたのです。

 「災いなるかな」はそれとは正反対の内容ですから、この世の人間の基準で

考えて、この人は災いだ、不幸だというのではなく、天の父なる神から与えられる災い、あるいは呪い、裁き、さらに言うならば死の判決、そのような神の厳しい断罪を意味する言葉なのです。では、なぜ主イエスはファリサイ派や律法の専門家に何度も繰り返して「あなたがたは災いだ」と言われるのでしょうか。

 その理由を学んでいくにあたって、初めに一つ確認しておくべきことがあります。それは、主イエスはわたしたちに対して天の父なる神からの幸いを語ることができると同時に、また天の父なる神からの災いをも語ることができるお方だということです。また、それをわたしたちに与えることができるお方だということです。なぜならば、主イエスは神み子であられるからです。主イエスは聖霊によっておとめマリアの胎内に宿り、その命は完全に神からの命として、神ご自身の命として誕生されました。地上のすべての歩みもまことの人でありながらまた同時にまことの神として生きられました。そして、地上の歩みの最後に、わたしたち罪びとである人間のすべての罪をご自身に担われ、わたしたちに代わって神の裁きを受けられ、十字架で死なれました。しかし、三日目に死の墓から復活されました。無から有を呼び出だし、死から命を生みだされる神のみ力によって、罪と死とに勝利されたのです。わたしたちのためにご自身の命をもささげ尽くして、わたしたちを罪と死の裁きから救い出してくださった主イエスであられるからこそ、わたしたちに幸いを語り、また災いをも語ることがお出来になるのです。

 ここで、ファリサイ派と律法の専門家のことを簡単に説明しておきます。当時のイスラエルのユダヤ教はファリサイ派とサドカイ派との二つの大きな派に別れていました。サドカイ派はエルサレムの神殿で仕える祭司たちが中心でした。フアリサイ派は旧約聖書に書かれているモーセの律法やそれ以後に付け加えられたさまざまな教えや伝統を厳格に守ることを重視していました。その中の律法の専門家(『口語訳聖書』では律法学者といわれていました)は律法を詳細に研究し、さらに細かな規定をつくり、その解釈をする権限を持っていました。

 彼ら二つの教派は宗教的な地位はもちろん、社会的地位も高く、民衆からの尊敬を受け、また裕福であり、皆一様に、自分たちの生き方、考え方には自信を持っており、それを誇ってさえいました。先ほど読んだ6章で、主イエスが「あなたがたは不幸だ」と言われていたことがすべて彼らに当てはまるということが分かります。「富んでいるあなたがたは不幸である」、「今満腹しているあなたがたは不幸である」、「今笑っているあなたがたは不幸である」、「すべての人のほめられるとき、あなたがたは不幸である」、そのすべてが彼らに当てはまっています。

他方、多くの一般の民衆は、日常の生活を維持するだけで精一杯、律法や細かな規定を厳格に守ることはできず、彼ら宗教的エリートからは軽蔑的な言葉で「地の民」と呼ばれていました。彼らは、主イエスが「幸いである」と呼びかけられている貧しい人々であり、今飢えている人々であり、今泣いている人々でした。しかし、主イエスは彼らに幸いを約束され、神の国を約束されました。

主イエスが幸いと災いを考える基準はファリサイ派や律法学者とは全く違っていました。おそらくは、今日のわたしたちの基準とも違っているでしょう。そのことに注目しながら、主イエスが「災いだ」と語られたみ言葉を読んでいきましょう。

 42節から読んでいきます。【42節】。イスラエルの民は神の強いみ腕によってエジプトの奴隷の家から導き出され、神が約束されたカナンの地を受け継ぎました。その地は神から賜った地であり、その地から収穫されたすべての収穫物も神からの賜物でした。イスラエルの民はそのことを神に感謝して、収穫の初穂と、全収穫の10分の1を神におささげしました。そのことを定めた律法はレビ記や申命記の中の各所に記されています。

 当時の律法学者はこの律法をさらに細かく規定して、はっかやうんこうなどの小さな野菜にまで範囲を広げ、彼らは几帳面にそれを実行し、自分たちはここまで厳格に律法を守っているのだと誇っていたのです。それが自分たちの信仰の深さだと見せつけていたのです。

 けれども主イエスは言われます。「そのような細かなことにこだわっているあなたがたは、律法の最も根幹であり、中心である、神とあなたの隣人とを愛しなさいという律法には、全く心を用いていない。それを守ってもいないではないか」と。確かに彼らはそうでした。彼らは自分たちの信仰を他の人に見てもらうために、他の人からの誉れを求めて、神の律法を道具として利用しているだけで、神に対する信仰も服従も感謝も伴っていなかったのです。

マタイ福音書では、主イエスは彼らを「偽善者たち」と呼んでいます。偽善者とは、「仮面をかぶって自分ではない他の人物を演じる」という意味を持っています。それは神を欺く最も深い罪だと主イエスは言われるのです。主イエスがお求めになるのは、仮面をつけたわたしではなく、いわば素顔のわたしです。おそらくは、罪に満ちており、失敗や過ち、破れや欠けが多くあるであろうみすぼらしいわたしであるかもしれないけれども、神のみ心を知らず、傲慢で、他者を傷つけることが多いわたしであるかもしれないけれども、そのわたの素顔を、主イエスは見ていてくださるのです。そして、そのようなわたしを受け入れてくださるのです。そのようなわたしをも愛してくださり、そのようなわたしのために主イエスはご受難の道を歩まれ、十字架で死んでくださったのです。そして、わたしの罪をゆるしてくださり、わたしが喜んで神と隣人とにお仕えする人へと、わたしを新しく造り変えてくださるのです。それゆえに、わたしは別のだれかを演じる必要はありません。主イエスは、ほかでもないこのわたしを愛してくださるからです。

次に、【46節】。ファリサイ派と律法学者は、宗教的にも政治的にも民衆の指導者でした。主なる神から、民衆を神礼拝へと導く務めを託された人たちでした。そうであるのに、彼らは民衆に律法を守れと命じ、さらに細かな規則をたくさん作っては彼らに重荷を負わせ、それを守らない人たちを非難し、神の国から遠ざけることをしていました。それは、主なる神に対する最も悪意に満ちた反逆であり、罪でした。民衆の指導者である彼らこそが、民衆の苦しみや痛みをよく知り、それを思いやり、彼らと共に歩むようにと、神からの務めを託されているのです。彼らを慰め、励まし、彼らの重荷を共に負うように召されているのです。「すべて重荷を負い、苦労している人はわたしのものに来なさい。あなたがたを休ませてあげよう」と言われた主イエスにならうべきなのです。しかし、彼らはそうしていませんでした。それゆえに、彼らは神の呪いを受けて滅びなければならないと、主イエスは言われるのです。

主イエスは47節から、もう一つの彼らの偽善と罪の実例を挙げています。【47~51節】。51節の「アベルの血」とは創世記4章に書かれている兄のカインが弟アベルを殺したという、聖書に書かれている最初の殺人で流された血のことです。「ゼカルヤの血」とは、歴代誌下24章21節に書かれている、祭司の子ゼカルヤが迫害を受けて神殿の庭で殺されたことを指します。当時のユダヤ教のヘブライ語原典の編集では歴代誌が最後に配置されていましたので、時代的には最後に流された血というわけではありませんが、聖書の最初と最後に書かれている殺人で流された血という意味で、その間に迫害を受けて殉教した多くの預言者たちの血をすべて含んで、その血の責任が今のあなたがたにあるのだと、主イエスは言われるのです。なぜならば、彼ら宗教の指導者たちは、自分たちが先輩の偉大な預言者たちと同じように、主なる神にお仕えしている証しとして、預言者たちの墓を勝手に作っては、その墓を飾っていたからです。

主イエスがここで彼ら宗教的指導者たちの偽善と罪とを厳しく非難しておられるのは、彼らは預言者たちの墓を飾ってお祭り騒ぎをしているけれども、彼らは預言者たちが語った神の言葉そのものには全く耳を傾けていないからなのです。預言者たちは人々に対して、自分の罪を告白して、悔い改めて、神に立ち帰りなさいと語りました。けれども、彼らは悔い改めず、かえって、神の言葉を語った預言者たちを迫害し、殺しました。それと同じように、今あなたがたも、自分の罪に気づこうともせず、むしろそれを、仮面をつけて覆い隠し、あたかも罪がないかのように演じている、その偽善的信仰こそが、神の怒りを受けて、厳しい裁きを受けなければならないのだと、主イエスは言わるるのです。

主イエスがここで求めておられる真実の信仰とは、わたしの罪のために死んでくださった主イエスを、わたしの救い主と信じる信仰にほかなりません。主イエスがわたしのすべての罪を代わりに背負ってくださり、わたしに代わって裁きを受けてくださり、それゆえにわたしは今や罪ゆるされ、救われていることを信じ、その救いの恵みを神に感謝する信仰、その信仰をこそ主イエスはわたしたちに求めておられるのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、わたしたちは自らの罪に気づくこと遅く、悔い改めてあなたに立ち帰ることが少ない、傲慢で、かたくなな者であることをみ前に告白いたします。どうか、わたしたちの罪をおゆるしください。み子主イエス・キリストによって、わたしたち罪からお救いください。そして、これからのちは、喜んで主なる神であるあなたと、あなたがお与えくださった隣人に、心からお仕えする者としてください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

11月16日説教「イエス・キリストの恵みによって使徒とされたパウロ」

2025年11月16日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:イザヤ書52章7~10節

    ローマの信徒への手紙1章1~7節

説教題:「イエス・キリストの恵みによって使徒とされたパウロ」

 パウロがローマの信徒への手紙を書いた主な目的は、ローマ教会訪問の前に、まだ会ったことがないローマの教会員に自分を知ってもらうこと、それと同時に、自分がこれから携えていく主イエス・キリストの福音がどのようなものであるのかを知ってもらうこと、そして、ローマ教会を拠点としてさらに西の果てイスパニア(今のスペイン)にまで福音を宣べ伝えるという自分の計画をあらかじめ知ってもらい、そのためにローマ教会の協力を得たい、これが手紙を執筆した主な理由でした。きょう学ぶ5節では、自分がどのようにしてイエス・キリストの使徒とされたのかについて語っています。

 【5節】。パウロはすでに1節でこのように自己紹介をしていました。【1節】。この1節で自己紹介は済んでいたはずなのに、5節で更に自分の使徒としての務めについて付け加えていることになりますが、実はこの箇所は2節の冒頭にあるように、「この福音」つまり1節の「神の福音」を説明する2節から6節までの長い挿入文であって、神の福音である主イエス・キリストのことを語っている個所になります。その主イエス・キリストを語る中で、「この方により……恵みを受けて使徒とされました」と自分のことについて触れているわけです。つまり、「神の福音」である「御子、主イエス・キリスト」のお働きの一つとして、パウロが使徒として召されたことがあるというのです。

 そしてまた、続く6節では、もう一つの主イエス・キリストのお働きとして、【6節】と付け加えられています。パウロが使徒として召されたことも、ローマの教会員が異邦人の中から選ばれて主キリストのものとなるように召されていることも、共に主イエスのお働きなのであり、主イエスによる召し、招きなのであり、それによってパウロとローマの教会とは、互いにまだ直接にあったことはないけれど、また何百キロメートルも離れているけれども、両者は固く信仰によって結ばれているのです。

 パウロは6節で「わたしたちは」と言っていますが、これはいわば文学的表現で、パウロ自身を指しています。自分が特別に異邦人に対して福音を宣べ伝える務めを託されているという強い自覚がこの言い方に込められているのかもしれません。

 「この方により」とは、2節から4節で語られていた神のみ子であり、ダビデの子孫から生まれ、死者からの復活によって力ある神のみ子と定められた主イエス・キリストによって、という意味です。パウロが使徒となったのは、自分がそうなりたいと願ったからではありませんでした。だれかに勧められたからでもなく、だれかに命令されてでもありません。死者の中から復活された主イエス・キリストからの直接の任命によって使徒とされたのだとパウロは言うのです。

 すでに1節の自己紹介で「召されて使徒となったパウロ」と書いたのに加えて、この5節でも「この方によって、恵みを受けて使徒とされた」と、自分が使徒であることを繰り返し語っていることには、理由があります。というのは、パウロは主イエスの本物の使徒ではないという意見が彼の周囲には少なからずあったからです。パウロは地上の主イエスと会ったことも、その説教を聞いたこともありませんし、もちろん主イエスの12人の弟子でもありません。それだけでなく、彼はキリスト教会を迫害するユダヤ教ファリサイ派の学者であり指導者でした。だから、彼は自称の使徒であり、使徒としての権威もなく、彼が教えている内容も本当に主イエスの教えなのか疑わしい。彼は使徒であることを自称して世の評判を求めているに過ぎない。そのようにパウロを批判する人たちがいたということが、パウロ自身が書いた書簡から明らかです。

 では、実際にはどうであったのかと言いますと、使徒言行録9章に、パウロが復活の主イエスと出会ったことが書かれています。彼は、キリスト教会を迫害し、信徒たちを捕らえて牢獄に閉じ込めるために、エルサレムから北のダマスコの町に向かっている途中に、突然天からの強い光に照らされ、彼は地に倒れました。とのとき天から声がありました。「サウル、サウル(これはパウロの古い呼び名でした)、なぜわたしを迫害するのか」。それは、復活された主イエスの呼びかけでした。その後、パウロが起き上がると、彼は主イエスのみ名をイスラエルやすべての国々の人々に宣べ伝える器として選ばれた者であることを復活の主イエスから伝えられたのです。

 このようにして、迫害者であった彼が主イエスの福音の宣教者に変えられた経験をしたパウロは、ガラテヤの信徒への手紙1章1節では自らをこのように紹介しています。「人々からでもなく、人を通してでもなく、イエス・キリストと、キリストを死者の中から復活させた父である神とによって使徒とされたパウロ」。更に、1章15、16節ではこのように書いています。「しかし、わたしを母の胎内にあるときから選び分け、恵みによりって召し出してくださった神が、御心のままに、御子をわたしに示して、この福音を異邦人に告げ知らせるようにされたとき」。

 このように、パウロがイ主エス・キリストの福音を宣べ伝える使徒とされたのは、徹底して父なる神とみ子主イエス・キリストによることなのだと、パウロは繰り返して語っているのです。しかし、それがパウロの誇りになるのでは決してなく、彼は神の恵みの前に徹底して謙遜になり、自分は使徒と呼ばれる資格も値打ちもない者であり、ただ「神の恵みによって今日のわたしがある」(コリントの使徒への手紙15章9節)のであるから、その神の恵みが無駄になることがないように、他のすべての使徒たちよりも熱心に働いてきたのだと、彼は別の手紙の中で書いています。

このように、パウロが使徒として召されたことを語る際に、きょうの箇所でもガラテヤの使徒への手紙でも、また他の書簡でも共通していることは、死者の中から復活された主イエスとの関連で語っているということです。教会の迫害者であったパウロが、主イエスの福音を宣べ伝える宣教者へと変えられたことは、まさに死からの復活に等しいと言えます。それは、無から有を呼び出だし、死から命を生み出される全能の父なる神のみわざなのです。神はその偉大なる力によって、復活の主イエスとの出会いをとおして、パウロを新しい命に生かしてくださり、新しい使命に生きる者としてくださったのです。そのような神の偉大なる力は、今日も、復活の主イエスとの出会いをとおして、わたしたち一人一人に働いているのです。

では、きょうの5節のみ言葉に戻りましょう。パウロはここでも、自分が異邦人のための伝道者であると自覚していることを語っています。手紙を受け取るローマの教会も、次の6節から推測すると、多くはユダヤ人以外の異邦人、ギリシャ人であったと思われますから、彼がそのことを強調する理由にもなっているのでしょう。実際にパウロは、使徒言行録9章の記録でも、また彼の書簡でも、自分は異邦人のために遣わされている使徒であることをしばしば語っています。

でも、そのこととは別に、パウロは神がイスラエルの民を選ばれたという、神の選びの重要性についても語っています。神は全世界の民の中からイスラエルを選ばれ、この民と契約を結ばれ、この民をとおして救いのみわざを行われました。そのことを書いているのが旧約聖書です。そして、神はこの今の時になって、その救いのご計画を最終目的に至らせるために、ご自身の一人子なる主イエス・キリストを世にお遣わしになって、全世界のすべての人のための救いのみわざを成就されました。主イエスの十字架の死と復活によって、その救いが成就されたのです。

パウロは神のこの救いの順序、秩序を重んじました。そして、宣教活動にために新しい町に入ると、まずユダヤ人の会堂で、ユダヤ人に対して主イエスの福音を語りました。わたしたちは使徒言行録の学びをとおしてそのことを知らされています。けれども、ユダヤ人は主イエスの福音を信じませんでした。パウロたちを迫害し、町から追い出しました。そこで、パウロの足は異邦人、ギリシャ人へと向かったのでした。パウロが異邦人の伝道者となったのは、彼の選択とは決意とかによるのではありませんでした。それが神の救いの秩序とユダヤ人の罪のゆえでした。それはまた、神の永遠なる救いのご計画でもあったのです。それゆえにパウロは常にユダヤ人の救いのために祈り続けました。神はユダヤ人も異邦人も、全世界のすべての人が主イエスの福音を聞いて罪を悔い改め、救われて、神の民となることを望んでおられます。パウロも、そしてわたしたちも、そのために仕えるようにと召されているのです。

パウロは使徒としての務めを、「その御名を広める」ためであると言います。この箇所を直訳すると「彼のみ名のために」であって、広めるという言葉は本来ありません。もちろん、主イエスのお名前を世界に広めるということも含んでいると思いますが、主イエスのお名前が崇められ、賛美されるために、その御名の栄光のために、またそのお名前が真実に告白されるために、ということも含まれるでしょう。当時の世界では、ローマ皇帝の名が崇められ、皇帝の名前と顔が刻まれた銀貨が流通していました。皇帝の名前には、「主」という言葉をつけて呼ばれていた中で、しかし、キリスト者はそうではなく、主イエス・キリストこそが全世界の唯一の主であり、崇められ、礼拝され、賛美されるべき唯一の方であり、主と告白されるべき唯一の方であると告白しました。

「信仰による従順へと導くために」という言葉の中には、パウロの信仰理解の特徴がよく表れています。信仰とは、ただ漠然と神の存在を信じるとか、何かの真理や信条を信じるとか、あるいは何か宗教的な感情に浸るということではなく、信じている神のみ心を知り、それに従って生きること、神のみ言葉への従順な服従なのだとパウロは言います。けれども、その服従は信仰による服従でなければなりません。信仰を伴わない服従は悪しき服従であり、悪魔的な服従であり、そこには本当の喜びも感謝もありません。主イエス・キリストを信じる信仰によって、主イエスの救いの恵みを知らされ、主キリストの十字架と復活によって示された神のみ心に服従することは、自由と喜びと感謝に満ちた服従です。この信仰による服従こそが、わたしたち本当に生かし、他のすべての束縛から自由にするのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、わたしたちを主イエス・キリストによる救いの恵みによって罪の奴隷から解放してくださり、自由と喜びとをもってあなたと隣人にお仕えする者としてくださったことを感謝いたします。どうか、わたしたち一人一人をも、主イエスの福音を持ち運ぶ働き人としてお用いくださいますように。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

11月9日説教「生涯の日々を正しく数える知恵を与えてください」

2025年11月9日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

             逝去者記念礼拝

聖 書:詩編90編1~17節

    ペトロの手紙一1章22~25節

説教題:「生涯の日々を正しく数える知恵を与えてください」

 詩編90編の詩人は10節でこのように言っています。「人生の年月は七十年程のものです。健やか人が八十年を数えても、得るところは労苦と災いにすぎません。瞬く間に時は過ぎ、わたしたちは飛び去ります」と。この詩人は、表題によればモーセという古い時代のイスラエルに生きた人です。紀元前13世紀ころの信仰者ですから、今から3500年以上も前の人ですが、人間の一生を考える感覚は、今日のわたしたちと全くと言ってよいほど変わりません。現代に生きている、年を重ねた多くの人たちも、このモーセと同じように、「わたしは70年間、もう少しで80年間、一生懸命に生きてきたけれど、苦労が多かったなあ、失敗も多かったなあ。だけど今振り返れば、あっという間だったような気がする」という言葉で、その人の一生を語るのかもしれません。多くの人がこの詩人に共感することでしょう。

そこで、さらに読み進めていくと、12節では詩人はこう言います。【12節】。ここで詩人は、彼がこれまで生きてきた70年、80年の生涯を振り返りながら、自分のすべての人生の歩みが、いったいどんな意味があったのだろうか。そして、残されたわずかの日々を、どのように生きていったらよいのだろうか、と深く考えながら、彼は「どうかわたしに人間として知るべき本当の知恵を与えてください」と願い求めているのです。では、ここで詩人が、「どうぞわたしに教えてください」と願っている相手は、だれでしょうか。それは、彼がこの詩の冒頭で呼びかけている相手です。「主よ、あなたは」と呼びかけている、主なる神のことです。詩人は、主なる神に対して、「主よ、どうぞわたしに、わたしの生涯の日々を正しく数える知恵を与えてください」と、祈り求めているのです。「なぜならば、その知恵を与えることがお出来になるのは、主なる神よ、ただあなたお一人だからです。そして、もしあなたからその知恵を与えられなければ、わたしの70年、80年の生涯の意味を、正しく理解することができず、正しく受け止めることができないからです。また、これからの残されているわずかな生涯を正しく生きることもできないからです」と、この詩人は言うのです。

では、「生涯の日を正しく数える知恵」とは、どのような知恵のことでしょうか。これが、きょうの逝去者記念礼拝の日の説教の中心、ポイントです。ご一緒に、詩編90編のみ言葉から、この問いの答えを見いだしていきましょう。

「知恵」という言葉は、旧約聖書の中では非常に重要で、また深い内容を持つ言葉です。旧約聖書の中には知恵文学に分類される文書があります。ヨブ記や、コヘレトの言葉、また箴言、詩編の一部も知恵文学に分類されます。イスラエルの人たちは「知恵」という言葉によって、人間がなぜ生きるのか、あるいはどのように生きるべきなのか。また、なぜ死ぬのか、なぜ苦しんだり迷ったりするのか。なぜ神を信じるのか、どのように神を信じるべきなのかという課題を取り扱いました。「知恵」はまさに人間を深く知ること、神を深く知ること、信仰を深く知ることに深くコミットメントしています。

箴言1章7節には、「主を恐れることは知恵の初め。無知な者は知恵をも諭しをも侮る」とあり、2章6節には、「知恵を授けるのは主。主の口は知識と英知を与える」と書かれています。人間が人間として知るべき知恵は、ただ主なる神からのみ与えられる。他の人間からも自然や宇宙からも、他のいかなるところからも本当の知恵は与えられない。そして、人間は神から与えられる知恵によって生きるときにこそ、本当の人間として、その人の人生を生きることができる。そのことを箴言は繰り返して教えているのです。

さて、では、本題です。「わたしの生涯の日々を正しく数える知恵」とはどのような知恵のことなのでしょうか。詩編90編の最初から改めて読んでいきましょう。そうすると、すぐに気づくことがあります。それは、この詩人は人間としての自分を考えるに際して、自分を主なる神との関係の中で考えているということです。【1~2節】。人間は人間仲間だけで生きているのではありません。他の生き物、自然、環境などとのかかわりの中で生きています。それ以上に、人間は主なる神との関係の中で、その神の大きなみ手の中で生きているのだというのが、この詩人の信仰です。

その信仰から、彼はさらに次のことを教えられます。神は天地万物を創造され、それらのすべてを今もなおご支配しておられる。その神の偉大さ、永遠性、普遍性、そして無限性に比べると、人間である自分はなんと小さく、弱く、はかなく、限りある存在であることか。詩人は3節からそのことを告白せざるを得ません。【3~6節】。天地万物を創造され、そのすべてをみ手に治めておられる神、生きるものすべての命を支えておられる神、その神の偉大さ、無限さ、永遠なる存在の前では、人間は朝に花を咲かせ、夕べにはしおれる草花に過ぎない。そのことを知ること、それこそがわたしたち人間が神から教えられる知恵なのだと言ってよいでしょう。

人間は、全能で永遠なる神のみ前に立つとき、そのみ手の中に包まれるときに、初めて自らの小ささ、はかなさを教えられるのです。そうでなければ、人間はどこまでも傲慢で、自らの有限性に気づかず、自ら死すべき者であることを忘れて、自らを小さな神々のように錯覚してしまうのです。聖書はそれこそが、神を忘れた人間の罪だと言うのです。

この詩人は、神のみ前での自らのはかなさ、死すべき存在を自覚させられるとともに、それだけでなく、それが人間の罪に対する神の怒りの結果であることをも知らされます。彼の告白はいよいよ深刻になります。【7~11節】。神のみ手の中にある人間、神のみ前に立たされている人間が、自らをどのような人間であるのか自覚させられるとき、その究極は、人間が神に背き、神から離れている罪びとであるということを知ること、神の怒りと裁きの前で消え去り、死すべき人間であることを知ること、これこそが人間が神から教えられる最大の知恵なのだと、詩人は告白しています。

そうしますと、きょうの説教の最初に読んだ10節のみ言葉は、単に人生のはかなさを嘆いたり、あるいは人生の無常を情緒的に歌ったのではなく、もっと深刻な、人間の死すべき存在、人間の罪の存在を、恐れとおののきとをもって告白していた言葉であったということに、わたしたちは気づかされるのです。

そしてまた、そのような人間の深刻な罪の存在を告白する詩人の祈り願いであるからこそ、12節の、【12節】という彼の祈りの真剣さが伝わってくるのです。「主なる神よ、ぜひとも、わたしのこの祈り願いをお聞きください。わたしのこれまでの生涯の日々を正しく数え、またこれからの残されているわずかな生涯の日々をも正しく数える知恵をあなたから与えられなければ、わたしのすべての生涯は空しく飛び去り、意味なく消え去っていくしかないのですから」。これが詩人の切なる祈り願いなのです。

では、これまで学んできたこの詩編の内容から、「生涯の日を正しく数える知恵」とはどのような知恵なのかを、探っていきましょう。一つには、数を数えるということは、1から数え始めて、最後は70になるか、または80になるか、あるいはそれ以上になるかは別として、いずれにしてもその数には終わりがくるということ、つまり、わたしの生涯には終わりがあるということ、わたしは死すべき存在なのだということを知ること、それが人間が知るべき知恵の第一であるということです。

わたしたち人間はしばしばそのことを忘れています。それを忘れるということは、本当は愚かなことであり、だれでもが簡単に気づくべきことなのに、人間は意識的にも無意識的にも、そのことを忘れています。そのことが人間の途方もない傲慢さを生み出し、神の存在をも脅かすほどの恐るべき悪や狂気を生み出し、世界の歴史を暗黒の狂乱と戦争、殺戮へと導くのです。

しかし、詩人は願うのです。「わたしの生涯には限りがあり、わたしは死すべき存在であるゆえに、どうか主なる神のみ前にあって、わたしを謙遜なものにしてください。神を恐れる者にしてください」と。

もう一つのことは、わたしに与えられたこれまでの70年、80年、あるいはまだ数十年の人もいるでしょうが、その過去の一日一日を数える知恵のことです。すなわち、わたしが歩んできたわたしの生涯のすべての日々、その一日一日のすべてが、神のみ手の中にあったのであり、神の恵みと導きの日々であったということを知り、その一日一日を神に感謝する日として数えるということです。あの時の苦しみのときにも、悩みのときにも、孤独であったときにも、神はわたしを忘れてはおられなかった。わたしをお見捨てにはならなかった。あるいはまた、わたしの失敗や過ちのすべてをも、神は覚えておられ、それでもわたしから離れなかった。その神が共に歩んでくださった過去の日々を、一日一日と数えて、神に感謝すること、これが人間に与えられている知恵なのです。

そして第三に、わたしの残されているあとわずかな生涯の歩み、あるいはこれから何十年も続くであろうわたしの生涯の歩みの一日一日を数えて、その日に与えられるであろう神の恵みと導きとを信じ、それを数えて生きていくという知恵です。

詩人は13節以下でこのように願っています。【13~17節】。神の慈しみは永遠に続きます。わたしが経験した多くの苦難や災いにもはるかにまさって、神の慈しみはわたしの人生を満たし、わたしの人生に意味を与え、わたしに喜びを与えます。わたしの生涯の終わりまで、神の慈しみは絶えることはありません。それのみか、わたしの生涯が終わったのちにも、神の慈しみはわたしから離れません。そのことを知る知恵こそが、わたしの生涯のすべての歩みを満たし、そしてまた、わたしに与えられている永遠の命の約束を確かにするのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、わたしたちをきょうの逝去者記念礼拝へとお招きくださいました幸いを心から感謝いたします。あなたがこの秋田の地にわたしの教会をお建てくださり、多くの信仰者をここにお集めくださいました。わたしたちは今、彼ら多くの信仰の先達者たちに雲のように囲まれています。どうか、この教会の歩みを更にお導きください。きょうの礼拝に集まったすべての人にあなたからの祝福が豊かに与えられますように。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

11月2日説教「エルサレム使徒会議の決議と使徒通達」

2025年10月26日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:レビ記17章10~14節

    使徒言行録15章22~35節

説教題:「エルサレム使徒会議の決議と使徒通達」

 紀元48年か49年ころに開催されたエルサレム使徒会議は、二つの重要な意味を持っていました。一つは、当時の原始キリスト教会、初代教会とも言いますが、そこで大きな問題となっていたユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者の間の信仰理解の違いからくる論争と分裂の危機に、この会議によって一定の共通理解が与えられ、原始キリスト教会が主イエス・キリストの福音のもとで一致することができたということです。第二には、のちの二千年にわたる全世界のキリスト教会にとって、教会の諸問題や諸課題に取り組む際に、教会の代表者が集まり、会議を開いて、話し合いによって事の解決を図るという、教会会議の原形がここで示されたということです。この二つのことは、今日のわたしたちの教会にとって、どれほどに有意義であったか、どれほどに世界の教会の存在を支え、健全に導く役割を果たしているか、そのことはどんなに強調しても強調し過ぎることはありません。

 きょうは、エルサレム使徒会議がのちの教会の歩みに与えた大きな意味を考えながら、その会議で決議されたことと、その決議を他のすべての教会に伝達するために作成された「使徒通達」と言われる文書について学んでいきます。

 会議に出席したメンバーは、現地のエルサレム教会からは使徒ペトロ、彼はエルサレム教会の指導的な立場にありましたが、それと主イエスの肉親の弟で、ペトロのあとにこの教会の指導者となったと考えられている長老のヤコブ、このヤコブが会議の議長を務めたと推測されます。それにユダヤ教のファリサイ派から信者になった何人かの長老たち。一方、エルサレムから北へ5、600キロのアンティオキア教会からは、使徒パウロとバルナバ、それに数人の長老たちでした。このほかの教会からの出席者があったかどうかは、具体的には記されてはいませんが、この会議に集まった議員たちは、当時パレスチナ地域だけでなく、地中海沿岸と小アジアの各地に広がっていた全世界の教会の代表者であるとの意識を、強く持っていたことは確かです。

 エルサレム教会とアンティオキア教会の成り立ちについて確認しておきましょう。エルサレム教会は、紀元30年ころ、主イエスがエルサレムで十字架につけられ、死んでから三日目に復活され、50日後のペンテコステのときに弟子たちの上に聖霊が降り、エルサレムに集まっていた3千人余りのユダヤ人がペトロの説教を聞いて、主イエスの福音を信じ、洗礼を受けてキリスト者となった、その時に誕生した世界最初の教会がエルサレム教会でした。教会員の全員がユダヤ人であり、かつてはユダヤ教の信者であり、神に選ばれた契約の民のしるしである割礼を受け、また旧約聖書の律法を重んじていました。彼らの多くはキリスト者になってからも、かつてのユダヤ教の教えや慣習を捨てきれずにいました。

 アンティオキア教会は、それから10年ほど後、エルサレム教会で起こった大迫害によって、使徒以外の多くのユダヤ人キリスト者がエルサレム市内から追放されたのですが、その何人かがアンティオキアまで逃れて来て、そこでユダヤ人以外のギリシャ人にも主イエス・キリストの福音を語り、多くのギリシャ人が洗礼を受けてキリスト者となりました。そのようにして誕生したのがアンティオキア教会ですから、そのメンバーのほとんどはギリシャ人でした。したがって、彼らは割礼を受けていませんでしたし、律法やユダヤ教の慣習を守るということもありませんでした。アンティオキア教会には、ペトロやバルナバのようにユダヤ人からキリスト者になった人もいましたから、各地に誕生した教会の多くも、ユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者が一緒に教会生活をしていたと思われます。

したがって、エルサレム使徒会議で協議されたことは、エルサレム教会とアンティオキア教会だけの問題ではなく、全世界の教会の課題であったのです。すなわちそれは、異邦人にも割礼と律法が必要なのかどうか、ユダヤ人のように割礼を受け、律法とユダヤ教の慣習を守るように義務付けるべきかどうか、そうしなければ異邦人の信仰は不十分であり、救いは不完全なのかどうかという問題です。

使徒言行録15章7節以下の使徒ペトロの証言も、12節のパウロとバルナバの証言も、そして13節以下のヤコブの証言も、主イエス・キリストの十字架と復活の福音は、全世界のすべての人の救いにとって十分であるから、異邦人に割礼や律法の重荷を負わせるべきではなく、その必要もないということで一致していました。

 議長の役を務めたヤコブは、その結論とともに、20節で次の項目を付け加え、それを文書にして諸教会に届けることを提案しました。【20~21節】。前回にもお話ししましたように、ヤコブがなぜこの項目を付け加えたのかの理由については、はっきり分かっていません。会議で最終的に決議された内容は、異邦人には割礼も律法の重荷をも負わせないというものであったはずなのに、ヤコブは20節で、旧約聖書のレビ記などに書かれている律法を守らせる必要があると言い、また21節でもユダヤ教の慣習を持ち出していますので、これが会議全体の決議に基づくものなのか、それともヤコブ個人の意見が反映されているのかは不明ですが、いずれにしても、会議での決議からは少しそれて、ユダヤ人キリスト者の理解に傾いているという印象はぬぐえません。

 このヤコブの提案については、今日の研究者の間でも種々の議論がありますが、結論的に言えることは、このエルサレム会議で初代教会のユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者の間の信仰理解の違いとそこから生じる諸問題のすべてが解決されたわけではないということです。そのことは、あとで見るように、パウロの書簡からも確認できます。

 議長ヤコブの提案により、エルサレム会議の決議とヤコブが提案した20節の付帯事項とを書簡にしてアンティオキア教会やその他の教会に通知することになりました。パウロとバルナバ、それにエルサレム教会から派遣されたバルサバと呼ばれるユダおよびシラスが書簡を携えて、この書簡は「使徒通達」とか「使徒教令」と言われますが、彼らはまずアンティオキア教会を訪問します。この教会はパウロとバルナバが議員として派遣された教会ですが、今回はエルサレム会議から派遣された使者として、エルサレム教会から派遣された長老たちと一緒に教会員の前に立ちます。

 【23~29節】。ここでは最初に、15章1節に書かれてあったこと、すなわちエルサレム教会からアンティオキア教会に行ったある人たちが、「あなたがた異邦人キリスト者もユダヤ人キリスト者と同じように、割礼を受けなければ救われない」と勝手に語って、アンティオキア教会の人たちを混乱させたことをお詫びすることから始まっています。彼らはエルサレム教会から正式に派遣されたのではないということを明確にしています。そして次に、エルサレム会議での決議事項を伝え、さらに議長のヤコブが提案した付帯事項が29節で告げられます。その内容は、20節と少し順序は違いますが、一致しています。

 しかし、28節、29節の表現から解釈すると、会議での決議の中心は、異邦人に割礼を受けさせる必要はないし、律法を守る義務を負わせる必要もない、ユダヤ教の慣例に縛られることもないという内容であったはずなのに、この文章だと29節の付帯事項の方に強調点が置かれているように読めます。なぜもっとはっきりと、のちにパウロがローマの信徒への手紙やガラテヤの信徒への手紙で語っているように、「ユダヤ人であるかギリシャ人であるかに関係なく、あるいはまた割礼があるかないかでもなく、だれであっても、すべての人は律法の行いによって救われるのはなく、ただ主イエス・キリストの十字架と復活の福音を信じる信仰によって、一方的に神から差し出されている恵みによって罪ゆるされ、救われ、神のみ前に義とされ、神の民とされるのだ」と、明確な結論を出せなかったのかと、不思議に思われるかもしれません。パウロがこの付帯事項に賛成したとは、どうしても思えません。今日の研究者たちもこの点に疑問を投げかけています。

 では、パウロ自身はこの付帯事項で言われていることについて、どのような考えをもっていたのか、聖書から確認しておきましょう。

 コリントの信徒への手紙一8章では、偶像の神々にささげられた肉を食することについて書かれています(309ページ)。ユダヤ人は伝統的に異教の神である偶像にささげられた肉は汚れているとして、食べることをしませんでした。もしその肉が、偶像の神々にささげられた後で市場に卸され、うっかりその肉を買って食べると、食べた自分も罪に汚れてしまうと考え、その肉がどこから来たのかを慎重に吟味してからでないと、食べませんでした。しかし、異邦人からキリスト者になった人にとっては、肉はみな同じ肉であって、その汚れが食べて人の中に入ってくることはないと考えました。そこで、ユダヤ人キリスト者と異邦人キリスト者が同じ教会で共同の食卓を囲むということが困難になってきました。このような問題が、初代教会では頻繁に起こっていたのです。。

 パウロはこの問題を取り上げ、教会の中に分裂が起こっていることを嘆いて、8章4節以下でこのように書いています。【4~6節】。天地万物の唯一の創造者なる神と、そのみ子である唯一の救い主なる主イエス・キリストを信じる信仰によって、そもそも偶像なる神は存在しないのだから、どれが汚れた肉であるかそうでないかと吟味することは愚かなことだと言っています。教会は、国や人種の違い、男女の違い、社会的地位の違い、その他あらゆる違いをはるかに超えて、主イエス・キリストを信じる信仰によってこそ、すべて一致するからです。これがパウロの結論です。

 「みだらな行い」については、少し前の5章から6章で取り扱われています。ここでは主に二つのみだらな行いが挙げられています。一つは、5章1節で「ある人が父の妻をわがものにしている」ということ、つまり親と子の近親相姦です。6章15節以下では、神殿娼婦と交わることです。そのいずれも、神から賜った体を大切にしない、それを汚し損傷する行為であるから、みだらな行いを避けなさいと命じたあとで、6章19節でこのように言います。【19~20節】。神から賜っているあなたの体、主イエスの血という尊い代価を支払って買い取られたあなたの体を、聖霊が宿る神の神殿としなさい、その体で神の栄光を現わしなさいと勧めています。

 主イエス・キリストによって罪ゆるされ、新しい命を与えられているキリスト者は、それまでの自分とは全く違った新しい自分に再創造されているのですから、古い倫理や道徳や社会的慣習から解放され、また世にあるさまざまな偶像礼拝から解放されているのであり、そしてまた、罪と欲望からも解放されているのであるから、自由と喜びをもって、神への感謝と献身に生きる者とされているのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたがみ子主イエス・キリストの御血潮によって、わたしたちを罪の奴隷から贖いだしてくださり、あなたのものとしてくださいましたことを、心から感謝いたします。どうか、わたしたちが再び罪の奴隷となることがありませんように、あなたに固く結びついて、あなたのみ心を行う者としてください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。