2月22日説教「父なる神と主イエス・キリストから恵みと平和があるように」

2026年2月22日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:民数記6章22~27節

    ローマの信徒への手紙1章1~7節

説教題:「父なる神と主イエス・キリストから恵みと平和があるように」

 ローマの信徒への手紙1章1~7節は、当時の手紙の書式にならって、手紙の差し出し人であるパウロの名前と簡単な自己紹介が1節に書かれ、受けり取人であるローマの教会について7節前半で書かれ、その間の2~6節には、神の福音についての説明文が長く挿入されていて、そして7節後半で祝福の言葉が語られるという構造になっています。このような書式は、長い挿入文は別として、聖書に収録されている他のパウロの書簡でも、またパウロ以外の書簡でも、ほぼ共通しています。

 きょうは7節後半の祝福の言葉について学びます。「わたしたちの父である神と主イエス・キリストから恵みと平和が、あなたがたにあるように」。このように、手紙の冒頭で相手の祝福を祈るという習慣は、古代社会では一般的であったと言われています。手紙の冒頭で相手に祝福を祈るという古代社会での習慣について、改めてその深い意味を思わされます。今日のように、交通が便利ではなく、頻繁に顔を合わせることができない時代、あるいは電話とか電信による通話ができなかった時代に、遠くに離れた相手に自分の思いや願いを伝える唯一の手段であった手紙の一字一句に、深い思いと祈りを込めて書くということの意味を、考えさせられます。

 それだけでなく、聖書にあるパウロの書簡、他の使徒たちの書簡では、より深く重要な意味があったということを、わたしたちは確認しておく必要があります。パウロが「わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように」と書いた時、それは当時の一般的な慣習としての挨拶ではありませんでした。また、「あなたに祝福があるように」という個人的な願いというのでもありませんでした。パウロが書いた祝福の言葉には、父なる神とみ子なる主イエス・キリストによる偉大な救いのみわざがすでにあり、その救いのみわざを信じている信仰者の群れである教会がすでにそこに建てられているという、大きな救いの出来事があり、確かな事実があり、それに基づいて、「恵みと平和があなたがたにあるように」と祈られているのだということに気づかされるのです。

 したがって、「あなたがたにあるように」とのパウロの祈りは、「そうあったらよいね、そうなってほしいね」という彼の個人的な願いではなく、「すでに、神と主キリストから、恵みと平和が、確かに、豊かに、あなたがたに与えられている。そのことを覚えて感謝せよ。また、わたしと一緒にその恵みと平和を分かち合いましょう」という、神の恵みと平和への招きの言葉なのであり、あるいは、神の恵みと平和によって与えられている信仰者の霊的な、深い交わりの確認というような意味も含まれているのです。パウロのこの言葉は、祝福を祈るというよりは、祝福を与える、届ける言葉であると言ってよいでしょう。これが、聖書の中で言われている祝福の祈りの意味なのです。

 では次に、パウロの他の手紙の挨拶文と祝福の言葉を調べてみましょう。コリントの信徒への手紙一1章3節(299ページ)では、「わたしたちの父である神と主イエス・キリストからの恵みと平和が、あなたがたにあるように」。これは、ローマ書と全く同じです。コリントの信徒への手紙二1章2節(325ページ)、これも全く同じ。このほか、エフェソ書、フィリピ書、それからテサロニケ書二の三箇所もすべて同じです。テサロニケ書一1章1節だけは「恵みと平和が、あなたがたにあるように」と、簡潔になっています。パウロの手紙の中でこのテサロニケ書一が最も早く、紀元50年ころに書かれたと推測されていますので、これが基準になって、これに「父なる神と主イエス・キリストから」という言葉が付け加えられていったと考えられています。

 ところで、みなさんは手紙の冒頭にどのような挨拶を書くでしょうか。クリスチャンであれば多くは「主の御名を賛美します」と書いておられるのではないでしょうか。それでよいのですが、パウロの書簡を読んでいるわたしたちは、パウロにならって、「わたしたちの父である神と主イエス・キリストから、恵みと平和があるように」と書くのもよいのではないでしょうか。

 さて、この祝福の言葉の内容について学んでいくことにしましょう。「わたしたちの父なる神」と「主イエス・キリスト」が「恵みと平和」の源泉、出どころと言われています。この点において、一般社会での手紙の祝福の言葉とは根本的に違っています。パウロの手紙では、「恵みと平和」がどこから来るのかをはっきりと知っています。それだけでなく、前にも言いましたように、「恵みと平和」はすでに父なる神と主キリストから豊かに、確かに、与えられているということを、パウロもローマの教会員も知っているのです。

 父なる神と主イエス・キリストが、どのような関係にあるのかについては、ここでは何も語られていません。キリスト教教理の中心である「三位一体論」は、パウロ書簡の中ではまだ明確になっていません。父なる神とみ子なる神・主イエス・キリスト、そして聖霊なる神が、三つの位格を持つ一人の神であるであるという「三位一体論」は紀元2世紀から4世紀にかけて、次第に形成されていきました。しかしそれは、パウロ書簡などの聖書の証言とは違った教えを、教会が勝手に創作したということでは全くありません。福音書での主イエスご自身の教えとお働き、またパウロ書簡やその他の使徒たちの証言と信仰を土台として、聖書全体のみ言葉から導き出された結論として、「三位一体論」の教理が形成され、今日の教会の中心的な教理となったのです。パウロ書簡の中にも、当然「三位一体論」の基本があると言えます。

 旧約聖書の伝統的な信仰から言えば、父である神から恵みと平和が来ると考えられますが、ここでは「主イエス・キリストから」が付け加えられています。なぜならば、主イエス・キリストによって、神がわたしたちの父であることが旧約聖書時代よりもより明確に現わされ、その父なる神の恵みと平和がより豊かに、より現実的にわたしたちに与えられるようになったからです。神が主イエス・キリストによって、わたしたちのためのすべての救いのみわざを成し遂げてくださいました。それゆえに、わたしたちは主イエス・キリストをわたしたちの救い主と告白し、父なる神を唯一の天の父として持ち、神の子どもたちとされているのです。

 「恵み」という言葉は、ギリシャ語では「カリス」ですが、当時のギリシャ社会ではごく一般的に用いられていた言葉です。日常の挨拶で、「カイレ」(恵みあれ)、と言葉を交わしていました。ちなみに、今日のギリシャ語では、カリス(恵み)と「日」を意味する「メーラ}を合わせて、「カリメーラ」(良い日)と挨拶しているそうです。

 聖書では恵みという言葉には特別な意味が込められています。パウロ書簡では恵み(カリス)という言葉は100回以上も用いられており、パウロの信仰と神学を特徴づけています。聖書でいう恵みとは、本来それを受けるに値しない人に、神の側から、神の憐れみによって、無償で、また一方的に差し出される恵みのことであり、わたしたち人間の側では、その恵みをただ感謝と恐れとをもって受け取り、その恵みが持つ圧倒的な力に驚きつつ、その恵みに応えて、新しい自分となって生きるようにされる、そのような恵みを言います。

 パウロにとってその恵みとは、第一には、罪びとに与えられた罪のゆるし、救いの恵みです。人間はみな罪びとであり、神の裁きを受けて死すべき者であるにもかかわらず、神のみ子主イエス・キリストが罪びとたちの罪をすべて負ってくださり、罪びとたちに代わって十字架で死んでくださいました。ご自身の聖なる汚れのない血を贖いの供え物として父なる神におささげくださいました。それによって、すべての罪が贖われいます。すべての罪がゆるされています。だれでも、この主イエス・キリストの十字架の福音を信じるならば、神からの恵みによって、一方的に神から差し出される恵みによって罪ゆるされ、救われます。これが、わたしたちに与えられている救いの恵みです。これこそが、わたしたち人間に与えられた最も大きな、高価で高貴な、そして偉大なる恵みです。その恵みが、わたしたちの父である神と主イエス・キリストから、わたしたち一人一人に与えられているのです。

 平和という言葉は、旧約聖書のヘブライ語では「シャローム」、新約聖書のギリシャ語では「エイレーネー」です。ユダヤ人は今日でも挨拶を交わす時は「シャローム」と言うそうです。旧約聖書のシャロームという言葉は、神と人間との関係が完全であり、破れがなく、すべてにおいて満たされている状態を意味すると考えられています。パウロもそのシャロームのギリシャ語である「エイレーネー」を「平安、平和」という意味でたびたび用いています。

 以前に使用していた『口語訳聖書』では、その箇所に応じて「平安」または「平和」と訳し分けられていましたが、『新共同訳聖書』ではほとんどが「平和」と訳されています。日本語のニュアンスは少し違いがあるように思われます。「平安」が心の中の安心感や平穏な思いという、内面的意味合いが強いのに対して、「平和」には社会的・政治的意味合いが強くなるように感じられます。どちらに翻訳するにしても、この言葉は神と人間との関係が内面的にも外面的にも、すべてが満たされている状態を意味しています。

 では、実際にパウロはこの手紙の中で「平和」をどのような文脈で用いているかをみていきましょう。【5章1~2節】(279ページ)。ここでは、平和が神と人間との正しい関係を言い表していることが明らかです。10節では「神との和解」という言葉も用いられています。罪によって神から離れ、神なしで生きていた人間、それだけでなく神に敵対して生きていた人間が、み子主イエス・キリストの十字架の死によって罪ゆるされ、神との敵対関係が終わり、神と和解が与えられた、それが平和です。この神との平和の関係は、どのような第三者の介入によっても決して破られることがない永遠の平和です。神のみ子がご自身の死をもってわたしたちのために築いてくださった平和だからです。

 パウロは14章17節でこのように書いています。「神の国は……聖霊によって与えられる義と平和と喜びなのです」。わたしたちは今すでにこのような永遠なる神の国での義と平和の中に招き入れられています。そして、終わりの日には父なる神とみ子主イエス・キリストとの完全で永遠なる平和の中で喜びと希望と慰めに生きるようにされるのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、わたしたちがあなたとの全き平和の中に招き入れられておりますことを感謝いたします。わたしたちからすべての恐れや不安、迷いを取り去ってください。あなたがわたしの中でわたしのすべてとなってくださいますように。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

2月15日説教「主イエスを受け入れる人は、主イエスに受け入れられる」

2026年2月15日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:詩編103編1~13節

    ルカによる福音書12章8~12節

説教題:「主イエスを受け入れる人は、主イエスに受け入れられる」

 主イエスは地上の歩みをしておられるときすでに、弟子たちがのちになって経験するであろう迫害について、しばしば語っておられました。前回学んだルカによる福音書12章4~7節ときょう朗読された8~12節でも、弟子たちを待ち受けている迫害に備えるべきことが教えられています。4~7節で、主イエスは言われます。「あなたがたはこの世の権力者たちによって命を奪い取られるほどの迫害を経験するかもしれない。でも、体の命を奪い取る者はそれ以上のことはできない。だから、恐れるには及ばない。本当に恐れるべきは、剣によって命を奪い取るこの世の権力者ではなく、人間を永遠の滅びに定める権威を持っておられる天の神である。最後の審判をなさる天の神をこそ恐れよ。この神は、あなたがたを愛し、あなたの髪の毛一本をも残らず数えておられるからだ」と。

 また、主イエスはご自身が弟子たちに先立ってユダヤ人指導者たちから迫害を受け、排斥され、殺されるであろうと予告されたした。マタイ、マルコ、ルカの共観福音書にはそれぞれ3回の受難予告が語られています。ルカ福音書の1回目は9章22節です。【22節】(122ページ)。この時から、エルサレムに向かっての主イエスのご受難の道が、十字架への道が始まります。そして、更にこのあと、9章44節と18章31節以下で、主イエスはご自身の受難予告をされます。

 この主イエスの受難予告と弟子たちの迫害予告とは密接に関連しています。主イエスはイスラエルと全人類の救い主、メシア・キリストとして神から遣わされましたが、ユダヤ人指導者たちは彼を救い主として受け入れず、主イエスを偽りの裁判で裁き、十字架に引き渡しました。主イエスを信じ、従う弟子たちもまた、主イエスと同じ道を歩まざるを得ません。弟子たちは、不信仰でかたくななユダヤ人とこの世の権力を誇るローマ帝国から厳しい弾圧と迫害を受け、命の危険にさらされなければなりません。主イエス・キリストを信じる信仰者はいつの時代にも、罪と不信仰に支配されているこの世から敵視され、排斥されるのです。

 主イエスと弟子たちとの共通点は、同じような苦難と迫害の道を歩むということだけではありません。主イエスはご自身の受難と十字架への道をご存じでしたが、それが父なる神のみ心であり、神が備えられた道であると信じて、その道を避けようとはなさらず、むしろ喜びをもってその道を進み行かれました。また、主イエスが弟子たちに迫害の予告をされた際にも、彼らがどうしたら迫害を避けて通ることができるかを話されたのではなく、むしろそれを当然のこととして、神のみ心として受け入れるべきであるということ。いや、それだけでなく、彼らがどのような苦難や試練の中にあっても、神は強いみ手と大きな愛をもって彼らをお守りくださるということを、主イエスは何度も強調されたのです。一羽の雀すらも、それを創造された神のみ心なしには地に落ちることがないように、いや、それ以上の大きな神の愛が人間に注がれているのであるから、神のみ心なしには一本の髪の毛すらも地に落ちることはない。それゆに、弟子たちは、またわたしたち信仰者は主なる神をこそ恐れるべきなのであり、それゆえにまた、主なる神以外のいかなるものをも恐れるべきではない、恐れる必要はないのだと、主イエスは言われるのです。

 8節から、主イエスは続けてこのように言われます。【8~9節】。ここでも、弟子たちの迫害の状況が予想されているように思われます。弟子たちはこの世の人たちの前で、「おまえはイエスの仲間か。イエスを信じるのか」と問われます。また、時には、この世の法廷に立たされ、「おまえはイエスを主と告白するのか。もし、そのように告白するなら、おまえの命はないぞ」と迫られます。そのような迫害と命の危機の中で、弟子たちが、そしてわたしたちが、主イエスこそがわたしの主であり、わたしの救い主であり、また全世界の唯一の主であると告白する信仰が、ここでは求められているのです。

 8節で「言い表す」と訳されているもとのギリシャ語は、他の箇所では多く「告白する」と訳されます。人々の前で、あるいはこの世の法廷で、自分の信仰を公に言い表す、告白するという意味です。2節と3節でも同じようなことが言われていました。主イエスの福音は今や隠されてはいません。神の国の福音は、人となられた主イエスによってこの世界に現れ、誰の目にも確認できるようにはっきりと現わされました。そのことは、すでに8章16節以下でも、ともし火のたとえで語られていました。罪のこの世を照らし、すべての人のまことの光なる主イエス・キリストの福音は、燭台の上に高く掲げられ、すべての人に公にされていると、主イエスは語られました。それゆえに、主イエスを信じ従う弟子たちは、またわたしたち信仰者は、いついかなる時にも、どのよう場所や場面でも、「わたしは主イエスの仲間である。主イエスを信じる者である。主イエスに従う者である」と告白するように、招かれているのです。

 「人の子」とは主イエスご自身を指しています。主イエスがご自分のことを「人の子」と言われる場合には、ご自分が旧約聖書の中で神が約束しておられたメシア・キリスト・救い主であるということを強調していると思われます。先ほど読んだ主イエスの第1回目の受難予告である9章21節でも、「人の子は必ず多くの苦しみを受け」と言われていました。主イエスは神のみ子であられましたが、人間となられ、ヨセフとマリアの子としてクリスマスの日にこの世界に誕生されました。主イエスはわたしたち罪びとと同じ人間となられ、わたしたち人間の罪をご自身が担ってくださり、わたしたち罪びとの一人に数えられ、裁かれ、十字架で死んでくださったのです。そのようにして、神の救いのみわざを成し遂げてくださったのです。「人の子」という表現には、そのような救いのみわざが暗示されています。

 ここでも一つ重要なポイントは、「人々の前で」と「神の天使たちの前で」とが対比されていることです。「人々の前」でとは、この世界で、今の時代の中でという意味であり、「神の天使たちの前で」とは、終末の時の神の最後の審判の場でという意味です。「神の天使たち」とは、最後の裁きの法廷で裁判長であられる神の傍らで仕える天使たちを指しています。主イエスはここで、すべての人間は終わりの日に、終末の時に、主なる神のみ前に引き出され、それぞれの地上の歩みに応じて神の最後の審判を受けるという、終末信仰について語っておられます。このような主イエスの終末信仰は、福音書の中に数多くみられます。最もよく知られているのが、マタイ福音書25章31節以下で語られている最後の審判に様子です。その時には、羊飼いが羊と山羊を右と左に分けるように、永遠の祝福を受ける者と永遠の呪いを受ける者とに分けるであろうと教えられています。この主イエスの終末信仰は、新約聖書全体に貫かれており、使徒言行録と書簡でも詳しく教えられています。

 わたしたちの信仰の歩みは、この世の、この世界での、わたしの地上の生涯と歩みだけで完結するのではありません。わたしの地上の歩みが他の人と比べて少しばかり幸いであったとか不幸であったとか、そのような評価でわたしの信仰の歩みのすべてが測られるのではありません。あるいはまた、わたしの信仰の歩みがすべて順調であり、幸いであったとか、わたしの信仰の歩みは苦難と試練の連続であり、迫害の苦しみの連続であったとか、そのような評価によっても、最終的に測られるのでもありません。最後の審判は主なる神がなさいます。主なる神がわたしの信仰を完成させてくださり、わたしを永遠のみ国へと招き入れてくださいます。そして、主イエスがその最後の審判の席で、わたしの傍らに弁護人として立ってくださるのです。

 それゆえに、地上の信仰の歩みにおいて主イエスを救い主と告白する信仰者を、終わりの日の最後の審判の時には、天の裁判官たちの前で、主イエスは「あなたはわたしのもの、わたしの仲間である。だから、永遠のみ国を受け継ぎなさい」と言ってくださるのです。この時までは、わたしたちの信仰は未完成です。未完成ではありますが、完成を目指しています。最後の日に、神から賜る永遠に朽ちることのない天の宝を目指して、その約束を信じて、信仰の歩みを続けるのです。

 次の10節は非常に難解な聖句であると言われます。人の子、すなわち主イエスに対してはどのような悪口を言っても許されるけれども、聖霊なる神を冒涜する者は許されないとは、どういう意味なのか。さまざまな理解がなされていますが、最も一般的な理解を一つ紹介します。主イエスが人の子・メシア・救い主であるということは、主イエスの地上のご生涯においては、ある意味で隠されていたと言えます。主イエスの十字架の死と復活、そして聖霊降臨までは、誰もはっきりとその信仰を告白することはできませんでした。12弟子たちも、そのリーダーであったペトロも、みな主イエスの十字架につまずき、主イエスを見捨てて十字架から逃げてしまいました。それは、主イエスご自身がある意味でご自分がメシアであることを秘密にしておられたからでもあります。

 しかし、主イエスの十字架と復活の出来事があり、聖霊が降ってからは、誰でも聖霊に導かれ、信仰を持って主イエスの十字架と復活の福音を信じ受けいれるならば、誰でも主イエスこそがメシア・救い主であると告白することができるようになったのであるから、それでもなおも主イエスの福音を信じないなら、それは聖霊なる神のお働きを否定することであって、それは許されることはなく、神の最後の裁きを招くことになる、という理解です。主イエスの十字架と復活、そして聖霊降臨によって、主イエスがメシア・キリスト・救い主であることが、もはや隠されることなく、はっきりと啓示されたのであるから、その福音を信じないことは聖霊なる神のお働きを否定することになります。それは神の最後の裁きと永遠の滅びをその身に招くことになるという意味です。わたしたちはこの10節のみ言葉から、そのような厳しさを読み取るべきです。

 しかし、聖霊は裁きの神であるのではありません。【11~12節】。聖霊はわたしたちに主イエス・キリストを告白する力と勇気とをお与えくださり、信仰の道を導いてくださいます。また、聖霊はわたしたちの助け主、慰め主であられます。聖霊はわたしたちの信仰を、終わりの日の救いの完成の時に至るまで導いてくださいます。わたしたちが試練や迫害にあう時にも、常にわたしの傍らに共にいてくださり、必要な助けと励ましをお与えくださいます。聖霊はわたしたちを天の父なる神、そして主イエス・キリストと固く結びつけ、そこから与えられるすべての恵みを、わたしたちに分かち与えてくださる神です。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、わたしたちの信仰告白をいよいよ強くしてください。邪悪や不義がはびこり、不信仰と罪とに覆われているこの世界に、あなたのみ名を力強く告白し、証ししていくことができますように。あなたのご栄光と主イエス・キリストの救いの恵みを高く掲げて歩む教会としてください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

2月8日説教「マケドニア伝道の幻」

2026年2月8日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:イザヤ書61章1~11節

    使徒言行録16章1~10節

説教題:「マケドニア伝道の幻」

 

 パウロとバルナバの第一回世界伝道旅行は、シリア州のアンティオキア教会から出発し、地中海のキプロス島へ、それから小アジア、今のトルコ共和国、当時のローマ帝国ピシディア州の町々をめぐっての宣教活動を行い、各地に教会が立てられました。パウロはバルナバに、それらの教会を再訪問して、彼らの信仰を強めるために、第二回の伝道旅行を提案したことが14章36節に書かれていました。ところが、マルコを連れていくかどうかで二人の意見が激しく対立し、ついにバルナバはマルコを連れて船でキプロス島へ、パウロはシラスを連れて、陸路で小アジア地方へと、二人は別行動をとることになりました。

 パウロとバルナバの対立と別れは、当初の計画とは違って、ある意味では残念で不幸な結果となったように思われますが、しかし神はそのことをも憐れみを持って導いてくださり、その不幸な出来事をもお用いになって、福音宣教にとっての大きな益としてくださいます。これによって、パウロとバルナバが別々の道を行くことになり、宣教の範囲がより広がっていくことになったのです。それだけでなく、パウロは新たな弟子シラスの協力を得ることになりましたが、シラスはエルサレム教会創立当初からの中心的なメンバーでしたから、彼が第二回伝道旅行に加わることによって、異邦人教会であるアンティアオキア教会だけでなく、ユダヤ人教会であるエルサレム教会も共に世界伝道の活動に参画するという結果になったのです。ここには、隠れた神の深いご計画があるように思われます。神はご自身に仕える者たちを導いて、すべてを益としてくださるのです。

 では、1~2節を読みましょう。【1~2節】。1節と2節のデルベ、リストラ、イコニオンは第一回伝道旅行で訪れた町々です。14章にその時のことが書かれていました。前回は、地中海のベルゲという港から上陸して、北上したのち東へと移動したのに対して、今回は陸路でシリア州からパウロの生まれ故郷であるキリキア州を経由して西へと移動していますので、町の名前の順序は逆になっています。

 これらの町々に建てられた教会を再訪問し、信者たちの信仰を強め、迫害や試練の中でも力強く伝道活動を続けるようにと彼らを励ますのが、第二回伝道旅行の主な目的でした。その具体的な内容についての記述はありませんが、この伝道旅行でパウロの最も大きな出来事は、弟子のテモテとの出会いでした。

 テモテはリストラの教会員であったようですが、周囲の教会でも評判の良い青年であったと書かれています。テモテはこのあと、パウロの最も信頼する弟子となり、また最も強力な同労者となりました。パウロがテモテにあてて書いた手紙が2通、聖書に収められています。また、テモテへの手紙二1章5節以下によると、祖母ロイスと母エウニケはユダヤ人であって、熱心で忠実なキリスト者であったと書かれていますから、まさに信仰の家庭の中で育った有能な青年でした。パウロはぜひともこのテモテを伝道旅行に連れていきたいと願いました。

 【3節】。テモテの祖母と母はユダヤ人であり、キリスト者になりましたが、父はギリシャ人であって、キリスト者ではなかったと推測されます。当時は、ユダヤ人の慣習によればユダヤ人とギリシャ人の結婚は一般的には禁止されていましたが、小アジアの地方都市では許容されていたようです。ユダヤ人の母から生まれた子は原則ユダヤ人と考えられていました。パウロはこのテモテに割礼を授けたと書かれています。ここに、パウロのどのような意図があったのか、「その地方に住むユダヤ人の手前」としか書かれていませんので、詳しくは分かりません。しかし、パウロの割礼に対する基本的な考え方や、更にはエルサレム使徒会議で決議された内容から考えれば、これには大きな疑問が残ります。わたしたちが知っているパウロの信仰はこうです。「だれでも主イエス・キリストの十字架の福音を信じて洗礼を受けるならば、みな神から与えられる一方的な恵みによって罪ゆるされ救われる。ユダヤ人であるかギリシャ人であるかに関係いなく、また割礼があるかないかにも関係なく、その他どのような人間の側の違いにも関係なく、ただ信仰によって、神の恵みのみによって、人は救われる。」これがパウロの信仰でありました。また、エルサレム使徒会議で決議されて内容もその信仰に沿っていました。そうであるのに、なぜパウロはここでテモテに割礼を授けたのか。わたしたちにその真意は分かりません。

 ただ、はっきりと確認できることがあります。ここでは、割礼が救いにとって必要だとは考えられてはいないということです。割礼があってもなくても、テモテはすでに洗礼を受けて救われているのですら、割礼は彼の信仰の本質にとって全く関係ありません。ただ、テモテがこれから伝道者として、特にユダヤ人に対してより良い働きができるようにと考えたすえのパウロの決断であったのでしょう。わたしたちにはこれ以上のことは分かりません。

 次に、【4~5節】。4節の「規程」とは、15章23節以下にあった、いわゆる「使徒通達」と言われるエルサレム使徒会議での決議事項を記した書面のことです。これを世界の諸教会に伝えることも、第二回伝道旅行の目的でした。

5節は、パウロの第二回伝道旅行の前半のまとめです。このようにして、パウロは第一回伝道旅行で誕生した小アジア地方の諸教会の群れを励まし、信仰を強め、教会員の数を増し加え、主イエス・キリストの体なる教会の基礎を固く据えるという今回の伝道旅行の目的を十分に果たし終えました。それによって、これらの諸教会が、外に向かって新な伝道活動を行うための力が蓄えられていったのでした。教会はこのように、教会内の信仰の成長と、教会の外に向かっての成長と、この両方が共に連携して強められることが重要です。

 6節からは、第二回伝道旅行の新たな展開が始まります。【6~8節】。パウロの第二回伝道旅行の主な目的は達成されていました。5節がそのまとめでした。これで当初の目的は達せられたのですが、しかしパウロはすぐに母教会であるアンティオキア教会へ戻ろうとはしませんでした。彼は更に新しい開拓伝道の計画を立てていたようでした。ところが、「アジア州で御言葉を語ることを聖霊によって禁じられたので」と書かれています。この表現から、パウロがどこへ向かおうとしていたのか、多くの人はおそらくリストラとイコニオンから小アジア州を更に西の方向へ進み、小アジア最大都市であったエフェソに行こうとしていたのではないかと推測しています。しかしながら、そのパウロの計画を「聖霊が禁じた」と書かれており、また7節でも、パウロが「ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった」と書かれています。これは一体どういうことなのでしょうか。ここでは、パウロの伝道計画が聖霊によってことごとく否定されているように思われます。それは、どうしてなのでしょうか。その確かな理由は、何も書かれていませんし、わたしたちにもよく分かりません。聖霊なる神は何を意図しておられたのか、今の時点では分かりませんから、そのまま疑問符を付けたままにしておきたいと思います。

ただ、わたしたちはここで二つのことを確認しておきましょう。一つには、聖霊なる神はわたしたちに神の言葉を語ることをお命じになり、誰に対しても恐れずに勇気をもって語るための力をお与えくださると同時に、また「ここでは語るな」と命じることもあるということ、沈黙することも聖霊なる神のお導きだということです。いずれの場合にも、わたしたちは聖霊なる神のみ旨に従い、聖霊のお導きに従うのです。もう一つには、パウロが考えた伝道計画が聖霊によって変更されることがあるのだということです。どんなによく準備され、綿密に計画されたことであっても、人間が立てた計画は途中で崩れ去ることがあります。主なる神のみ旨とご計画に従って教会の伝道計画は進められなければなりません。教会の伝道計画においても、わたしたち一人一人の人生の旅路においても、わたしたちは絶えず神のみ心を尋ね求め、それに服従する信仰を失ってはならないのです。

パウロはここで何度も自分の計画が神によって退けられていますが、しかし彼はそれによって少しも落胆したり、途中であきらめてしまうこともしてはいません。聖霊のお導きと力とを信じて、示された道を前進し続けています。なぜならば、神によってある道が禁じられるということは、神が別の道をお示しくださるという約束だからです。神は確かに、服従する者に新しい、よりよき道を備えてくださるでしょう。

6節から8節に書かれている地名を正確にたどることはできませんが、おおよその方角は、聖書の後ろの付録の地図などを参考にすれば分かります。小アジアの北側、黒海に近い方向の地方をジグザグに進んでいるように思われます。そして、最終的に小アジアの北側の西海岸のトロアスまで来て、そこでパウロは幻を見ました。【9~10節】。ここで初めて、パウロは神の積極的なお導きを見ました。これまで、二度にわたって禁止され、変更を余儀なくされていた彼の伝道活動に、今や新しい道が示されたのです。

「幻を見る」とは、寝ていて夢で見ることもあり、また9章10節では、起きているときに何かの声を聞いたり、10章では何かの現象を見たりすることが、聖書では何度も「幻を見る」と書かれています。これは、夢うつつで、おぼろげに見るということでは全くなく、むしろはっきりと、確かに、しかしこの世界の現実とは違った、神がお示しになった確実なこととして、自覚することです。パウロはここで、神のご計画を確かに聞き、見たと悟りました。これまで妨げられてきた道が、今や明確に示され、新しい宣教の道が開かれたのです。

「一人のマケドニア人」とは誰のことかは分かりません。これ以後も、誰であるかを暗示する箇所はありませんので謎のままですが、その人の訴えは、パウロたちに強く響きました。パウロたちは彼の願いに、神のみ心があると悟り、少しも躊躇することなく、トロアスから船に乗ってマケドニア州へと入りました。

マケドニア州は小アジアからエーゲ海を隔ててヨーロッパの入り口にあたり、当時のギリシャ文化の中心地でした。わたしたちによく知られているフィリピ、テサロニケなどの町々があります。これによって、主イエス・キリストの福音が初めてアジア州を越えて、エーゲ海を渡り、ヨーロッパへと広められていくことになったのです。そして、ここから、パウロの第二回世界伝道旅行の後半が始まります。それは、当初は全く計画にはなかったことではありましたが、聖霊なる神の不思議なお導きによって開かれた、新しい福音宣教の道でありました。神の言葉は決してつながれてはいません。すべての困難や迷いや失敗を通しても、神の言葉は前進します。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたは使徒パウロにマケドニア伝道の幻をお与えくださいました。そして、その新しい伝道の働きを導いてくださいました。主よどうぞ、わたしたちにも伝道の幻を与えてください。この日本の地に、アジアの諸国に、そして全世界へと出ていく宣教の幻を与えてください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

2月1日説教「葦の海辺へと導かれた出エジプトの民」

2026年2月1日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:出エジプト記14章6~8節

    ヨハネによる福音書12章37~43節

説教題:「葦の海辺へと導かれた出エジプトの民」

 イスラエルの民は神の強いみ手によってエジプトの奴隷の家から脱出し、神が約束された乳と蜜の流れる地、カナンへと向かいます。エジプトからカナン、すなわち今のパレスチナまでの最短の道は、この時代、紀元前13世紀ころからよく整備されていたペリシテの道と呼ばれていた地中海沿岸を北上する道がありましたが、神は彼らをその道へは導かず、東の方角へ、砂漠地帯へと導かれました。そして、彼らはその砂漠地帯を40年間、さまようかのようにして、放浪の旅を続けることになります。そこには、イスラエルの民を、敵対する強い民族から守り、また砂漠地帯の困難な旅の中で彼らを信仰的に訓練するという、神の深いみ心があったということを、前回わたしたちは学びました。きょうのテキストである14章でも、同じようなテーマが続いていることが分かります。主なる神は、エジプトの奴隷の家から強いみ手をもって救い出されたイスラエルの民を、更に深い信仰へと導くために、彼らに試練をお与えになります。彼らがいついかなる時にも、ただ主なる神だけを信じる信仰に生きる民となるように、訓練をなさるのです。

 では、14章1節【1節】。エジプトの奴隷の家から解放され、自由にされたイスラエルの民は、主なる神が語られる言葉を聞かなければなりません。彼らが自分勝手に、好きな道へ進むために自由にされたのではありません。本当の自由は、神の言葉に喜んで聞き従って生きるときにこそ与えられられるからです。そうでなければ、イスラエルの民はやがてまた別の新しい何かの奴隷になるからです。

 神はモーセを通して民に語られます。モーセは旧約聖書では最初の最も偉大な預言者に位置づけられています。民はモーセの口を通して語られる神の言葉を聞き、それに聞き従います。この関係が崩れるならば、神と神の民イスラエルとの関係もまた崩れてしまいます。

 【2~4節】。2節に出てくるいくつかの地名については、今日その場所を特定できていません。「ミグドル」は「塔、やぐら」を意味する言葉と考えられていますので、エジプト・ナイル川の河口付近に建てられた見張り台のようなものがあったらしいということしか分かっていません。でも、神がここで「その場所へ行きなさい」と命じておられる意図は、明らかです。それは、もと来た道を「引き返す」ことであり、そのようなイスラエルの民の動きを見たエジプト王ファラオが「彼らは道に迷っている」と思い込み、また「荒れ野が彼らの行く手をふさいでいる」と判断するためであったというのです。そして更には、ファラオがイスラエルの民の後を追い、エジプトの軍隊を派遣して彼らを捕らえて、エジプトに連れ戻そうとする決断をする、そのような機会をファラオに与えるためであったと書かれているのです。

 しかも、それらのすべてのことが、神のみ心であり、神のご計画であると書かれているのです。神がファラオにそのように判断するように仕向け、神がファラオの心をかたくなにされ、神がファラオにイスラエルの後を追わせるようにする。いや、それだけでなく、神がついには追ってきたエジプト全軍を破って、ご自身の栄光を現わされる。そしてまた、それによってエジプト人がイスラエルの神こそが唯一の主なる神であることを知るようになるということ。これらのいくつものことが、しかも旧約聖書と聖書全体の中で非常に重要なテーマがいくつもが、ここには一気に書かれているのです。

 実は、この箇所からわたしたちが教えられることは、イスラエルの出エジプトの出来事とそれに続く紅海の奇跡、または葦の海の奇跡と言われるこの二つの出来事が、旧約聖書全体の中で、またイスラエルの信仰の中で、いかに重要な意味を持っていたかということなのです。この二つの出来事の中には、聖書で教えられているわたしたちの信仰の中心的なテーマがいくつも教えられているということです。また実際に、旧約聖書ではこの二つの出来事が、詩編や預言書の中何度も繰り返して取り上げられています。その信仰の中心的なテーマを簡潔にまとめておきましょう。

 第一には、出エジプトの出来事が主なる神によるエジプトの奴隷の家からのイスラエルの救いであったということ、また救われた民イスラエルの誕生であり、信仰の民の誕生であったということ。第二には、救われた民は、その後は救い主である神の言葉に聞き従って生きるべきであるということ。神の言葉に聞き従って生きるとき、それは時には困難で試練に満ちた道であるかもしれないが、神の言葉を聞くこと以外によっては、救われた民は幸いに生きることができないのだということ。第三には、主なる神は救われた民のために継続的に信仰の訓練をお与えになるということ。そのために、神は信仰の民をあえて困難な道へと導き、試練を通して彼らの信仰を鍛え、救いの完成へと至らせるということ。第四には、神は信仰の民に敵対する不従順な者たちをもお用いになって、彼らが信仰の民を迫害することをお許しになるということ。しかし第五には、神はついには迫害する者たちの滅びを通して、ご自身の栄光を現わされるということ。そして最後には、不信仰な者たちもまた主なる神の偉大なる救いの力を知らされ、救いの神を信じる信仰へと導かれるのだということ。これらのイスラエルの信仰、旧約聖書の信仰、そしてそれはわたしたちの信仰でもあるのですが、そのすべてがこの短い文章の中で語られているのです。

 5節からは、エジプト王ファラオの実際の行動とそれに対するイスラエルの民の反応について、そしてモーセの対応について書かれています。順に見ていきましょう。ファラオはエジプト全土に起こった恐るべき災いが、イスラエルの神がなさったことであると悟って、これ以上に災いが広がるのを恐れて、モーセの要求どおりに彼らを開放する決断をしました。つまり、王の家をはじめ、全エジプト人の家の長男と家畜の長子が滅ぼす者によってその命を奪われるということが起こったからです。このままイスラエルの民を国内にとどめておけば、より大きな災いが起こることをファラオは恐れたのです。

 いったんはそのように決断したファラオでしたが、イスラエルの民が途中で道に迷ってうろうろしているようだという情報を聞いて、彼は奴隷の民を失った損失を悔やむようになりました。そこで王はエジプト自慢の戦車隊を総動員して、イスラエルの人々の後を追わせました。4節で、「わたしはファラオの心をかたくなにし、彼らの後を追わせる」と神がすでにお語りになったことが成就したのです。

 エジプトでは紀元前17世紀ころから、馬に木で作った二輪車をひかせ、それに槍を持った兵士が乗り込むという戦車が考案され、戦争の強力な兵器とされていました。6節には「えり抜きの戦車6百をはじめ、エジプトの戦車すべてを動員し」と書かれています。エジプトを出たイスラエルの民が何万人であったのか、正確な数は分かりませんが、イスラエルには正式な軍隊組織はありませんでしたし、急いでエジプトから脱出したのですから、武器などはほとんど携帯していなかったと推測されます。そのイスラエルの人々を負うために、これほどの戦車と軍隊が必要であるとはとても思えませんが、ファラオのイスラエルの神に対する恐怖の大きさが、そうさせたのかもしれません。

 エジプト軍はついにイスラエルの民に追いつきました。9節にこう書かれています。【9節】。ここで「海辺に」とあるのは2節で言われていた「海辺」と同じで、これはおそらく13章18節で「葦の海」と言われていたのと同じ場所を指していると考えられます。そして、この海に向かって、16節でモーセが「杖を高く上げて、手を海に向かって差し伸べて、海を二つに分ける」という奇跡を行ったのです。しかし、イスラエルの民はまだその奇跡を見ていません。彼らが今見ているのは、行く手を阻んでいる海と、後ろに迫ってきているエジプトの軍隊です。そして、その両者にはさまれている無力な自分たちです。

 【10~12節】。10節に、「イスラエルの人々が目を上げてみると」と書かれています。彼らは追い迫る強力なエジプトの軍隊を見ています。そのとき彼らは恐れる以外にありません。けれども、彼らが見るべきものは何だったのでしょうか。彼らが目を上げて見るべきものは、彼らをエジプトの奴隷の家から強いみ手をもって救い出された主なる神をこそ見るべきなのではなかったでしょうか。彼らが本当に見るべきものを見ず、見るべきでないものに目を奪われていた時、彼らは恐れざるを得ません。そして、彼らがそのようにして恐れるに値しないものを恐れるとき、彼らの信仰は揺らぎます。疑いと不安とつぶやきが始まります。しかも、彼らのつぶやきは、かつての奴隷の生活を懐かしみ、またあの奴隷の生活に戻りたいとさえ願うのです。ここには、底知れない人間の罪の恐るべき姿が見えるような気がします。信仰者は、いつの時代にも、このような罪の誘惑の中に置かれています。弱く、たどたどしく、また愚かでもあり、どこまでも落ちていくしかない人間の罪の深さをここに見るような気がします。そうであるからこそ、神はわたしたちの弱さや愚かさをご存じであられ、救われたわたしたちをなおも変わらずに愛され、訓練されるために、あえて苦難や試練の中にわたしたちを導き、その中でいついかなる時でも主なる神を信頼し、神の言葉に聞き従い、ただ主なる神だけを見上げて生きるようにと招いてくださるのです。

 【13~14節】。ここでもわたしたちは「恐れるな」との神の命令を聞きます。「恐れるな」とは、わたしたちが何かを恐れることを禁止し、わたしたちから恐れを取り除くとともに、恐れに代わって、わたしたちに救いの恵みと信頼と希望とを与える神の命令です。「あなたがたが見るべきものは、強力なエジプ軍ではない。自分たちの無力な姿でもない。主なる神を、主なる神がなさる力強い救いのみわざを見なさい」と神はモーセを通して言われます。

 「主があなたたちのために戦われる」。この言葉は、旧約聖書の中で繰り返して語られます。このあとの14章25節、15章3節、申命記1章30節などです。神はイスラエルが苦難の中にあった時にはもちろん、彼らが罪の中で眠りほうけてていた時にも、常に変わらず、神は目覚めておられ、彼らの救いのために戦っておられました。

そして、今もなお、神は罪の中で滅びんとしているわたしたちのために、一人目覚めておられ、天におられるみ子主イエス・キリストの執り成しによって、わたしたちの救いの完成のために戦っておられるのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、わたしたちの弱い信仰を憐れんでください。たちまちに罪の誘惑に負けてしまうわたしたちを顧みてください。そして、いついかなるときでも、ただあなたに信頼する信仰をお与えください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

1月25日説教「神に愛され、召されて聖なる者となったローマの教会」

2026年1月25日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:申命記7章6~8節

    ローマの信徒への手紙1章1~7節

説教題:「神に愛され、召されて聖なる者となったローマの教会」

 ローマの信徒への手紙は古代のギリシャ世界の手紙の書き方にならって、1節に手紙の差し出し人の名前が書かれ、次に本来ならば手紙の受取人の名前が書かれるべきところ、2節から6節までは主イエス・キリストの福音について語った長い挿入文があり、7節でようやく手紙の受取人の名前と挨拶の言葉が書かれています。きょうは、その挿入文の最後の6節と、7節前半の手紙の受取人の箇所を学びます。

 【6~7節a】。6節は、長い挿入文の終わりで、主イエス・キリストの福音を異邦人へと広めるためにパウロは使徒とされたと語ったのですが、その異邦人の中にあなたがたローマの教会も含まれていると説明が続けられています。ここでも、パウロはまだ訪問したことがないローマの教会と自分との深いつながりを意識していることが伺われます。

 異邦人とは、神に最初に選ばれたイスラエルの民・ユダヤ人以外の人々を聖書では異邦人と言いますが、この言葉はイスラエルの民から区別された人々という意味よりも、かつては神に選ばれていなかったけれども、やがて選ばれることになっている、いや今こそ新たに招かれている神の民であるという意味合いが強く含まれています。

パウロがここで、「あなたがたもこの異邦人の中にいる」という場合、これには二つの意味があるように思われます。一つには、ローマの教会のメンバーの多くがユダヤ人以外のギリシャ人や他の民族で形成されていたということ、もう一つには、ローマの教会が異邦人社会の中に建てられているという意味です。当時のローマは世界の中心都市であり、すべての道はローマに通じていると言われていましたから、全世界のあらゆる民族、国民が集まっていました。その世界都市であるローマで、全世界のすべての人の救い主であり、全世界の唯一の主である主イエス・キリストの福音を宣べ伝えたい、それが自分の使命だというパウロの強い思いがここには現われているように思われます。

 6節の「イエス・キリストのものとなるように召されたあなたがた」という言葉から、7節で手紙の受取人として名前が挙げられるローマ教会についての説明がすでに始まっています。「イエス・キリストのもの」、これがローマ教会を特徴づけている第一のことです。ローマ教会だけでなく、全世界のすべての教会、そしてまたわたしたちの教会も、みな主キリストのものです。「主キリストのものである」ということは、他の誰のものでもない、他の何ものの所有でもないということを意味します。ローマ教会は異邦人社会の真っただ中に建てられていました。けれども、ローマ教会は異邦人社会に属するのではなく、またローマ皇帝カイサルの所有でもなく、主キリストの所有であり、神の国の民です。

 どのようにして、主キリストのものになったのでしょうか。「召されて」という言葉が重要な意味を持ちます。同じ言葉はすでに1節でパウロ自身について言われていました。「召されて使徒となったパウロ」。また、次の7節にも、「召されて聖なる者となった」とあります。手紙の冒頭の書き出しの部分に計3回も用いられています。「召される」という言葉は、すべての信仰者、キリスト者について、また教会について、聖書の中で何度も繰り返して用いられています。キリスト教の用語では「召命」という言葉で表現されるのが一般的です。この言葉について、ここで改めて深く考えてみたいと思います。

 「召される」は受動態ですが、能動態では「召す」になります。もとのギリシャ語は「呼ぶ」という意味の簡単な言葉です。英語のcallに相当します。でも、聖書でこの言葉が用いられる場合には、特別な意味が込められています。まず、誰が呼ぶのか、主語は誰かということが常に意識されます。また、どこから呼び出されるのか。呼び出されてどこへ行くのか。更には、何のために呼ばれるのか。いつ、どのようにして呼ばれるのか。呼ばれたら、わたしはどうすべきなのか。そのようなことがすべて、この「呼ぶ」という言葉が用いられる際には、常に強く意識されているのです。

そして、この「呼ぶ」というギリシャ語から派生した言葉から、教会を意味するエクレーシアができました。教会、エクレーシアとは「呼び出された人たち、召された人たち」の群れという意味を持っています。

ではまず、「召された」の主語を考えてみましょう。前にも何度かお話ししましたが、聖書の中で主語をはっきり明記せずに受動態で表現される場合、その多くは主語として神が隠されていると理解されます。ここでもそう考えてよいでしょう。神によって召され、呼び出され、主キリストのものとされたということです。ローマの教会員が、またわたしたち一人一人もそうなのですが、この教会に招かれ、きょうの礼拝に呼び出され、信仰者、キリスト者とされ、礼拝者とされているのは、神の呼びかけによるのであり、神の召し、神の招きによるのであるということです。わたしの願いやわたしの意志、わたしの都合というよりは、よれよりもはるかに強い神のみ心、神の永遠のご計画によるのだということです。

次に、どこからどこへ、どのようにして召されたのでしょうか。そのことを考えることは、聖書全体、キリスト教の福音そのものと関連します。すなわち、神はご自身のみ子・主イエス・キリストをこの世にお遣わしになり、この主イエス・キリストの十字架と復活の福音によって、その福音を信じる人たちを聖霊によってこの世から呼び出してくださり、罪のゆるしと永遠の命の約束をお与えくださいました。そのようにして、神は主イエス・キリストの体なる教会に信じる人たちを呼び集めてくださり、神を礼拝する民の中へと招き入れてくださったのです。神に呼び出された人たちは、罪の支配から神の恵みのご支配の中へと移され、闇の中から光の中へ、罪と死と滅びから救いと命へと移し入れられ、罪よって滅びるべきこの世から永遠なる神の国の民へと移し変えられているのです。

そのことが、次の「イエス・キリストのものとなるように」という言葉で言い表されています。主イエス・キリストの福音によって神に呼び出された人は、もはや罪が支配するこの世に属する者ではありません。主イエス・キリストが十字架で流された聖なる尊い血によって贖われ、罪の奴隷から買い戻され、救い主キリストのものとされているからです。

ここにこそ、わたしたち信仰者の救いの確信と確かな慰めがあるのだと、宗教改革時代に制定された『ハイデルベルク信仰問答』の第1問は告白しています。先週も紹介しました。

「生きるにも死ぬにも、あなたのただ一つの慰めは何ですか」

「それは、生きるにも死ぬにも、わたしは体も魂もわたしのものではなく、わたしの信実な救い主イエス・キリストのものであるということです。このお方が、その尊い血によってわたしのすべての罪の代償を完全に支払って下さり、まったく悪魔の権力のもとにあったわたしを解放してくださいました」。

それゆえに、わたしはわたしのものではなく、他の誰かや何かのものでもなく、わたしのために十字架で死んでくださった主キリストのものである。ここにこそ、わたしの信仰の確かさがあり、わたしの唯一の慰めがある。この主キリストはわたしの人生のすべての歩みに伴ってくださり、わたしに最も善き道を備えてくださるゆえに、たとえどのような困難や試練や災いがわたしを襲うとも、わたしは恐れない。わたしの死の時にも、主キリストはわたしをお見捨てにはならず、わたしと永遠に共にいてくださる。これが、神によって召され、主キリストのものとされているわたしたちキリスト者の信仰です。

紀元1世紀のこの時代、ローマ帝国の市民はみな皇帝カイサルのものだと考えられていました。しかし、キリスト者はそう考えませんでした。キリスト者は主キリストのものです。この世のどのような権力も暴力も、キリスト者を主キリストから引き離すことはできません。パウロはこの手紙の8章39節でこのように書いています。【39節】(286ページ)。

7節は、もとのギリシャ語を直訳すると、「ローマにいるすべての人たち」「神に愛されている人たち」「召されて聖となった人たち」、このような語順で並んでいます。いくつかの写本では、「ローマにいる」という言葉が省略されています。これはおそらく、パウロの手紙が諸教会の礼拝で朗読されるようになったからであろうと推測されます。聖書の他の箇所から、初代教会ではそのような習慣があったということが知られています。今日わたしたちも、この箇所に、「日本にいる」とか「秋田にいる」という言葉を当てはめてこの手紙を読むということは、正しい聖書の読み方と言えます。聖書の言葉は、今のわたしたちの時代に、今ここでこのわたしに対して語りかけられている神の言葉であるからなのです。

次の「愛されている」も「召されて」も、いずれも受動態ですから、主語は神です。特に、「愛されている」には「神に」という言葉がわざわざ付け加えられています。ここでは、単に主語が神であるというだけではなく、本当の意味で、愛することは神だけがなさることであるということが暗示されているように思われます。真実の愛、本当の意味で愛するのは、神だけであると聖書は教えています。ヨハネの手紙一4章10節にはこのように書かれています。「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を贖ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります」。「神は愛です」。また、パウロもこの手紙の5章8節でこう書いています。【8節】(279ページ)。

わたしたちの愛はしばしば歪んだ愛になったり、偽りであったり、敗れることもあります。しかし、神の愛は、その独り子さえも惜しまずにわたしたちのために十字架の死に渡されたほどの、驚くべき、大きな、真実の愛です。この愛によって神に愛されている信仰者は、神の愛の中へと招き入れられます。それゆえに、お互いに「愛されている者よ、愛する兄弟姉妹よ」と呼びかけ合うことができます。そして、神に愛され、神を愛するように、お互いにも愛し合うことができる者とされているのです。

 「召されて聖なる者となった」の聖なる者とは、神の召しによってこの世の者たちから区別され、分離されて、神にささげられた者とされた人たちのことを言います。いわゆる聖人という言葉でイメージされるような、立派な人物とか人格的に優れた人という意味ではありません。しかし、聖なる者たちにはそれ以上の誉れが与えられています。主イエス・キリストによって罪をゆるされている人たち、滅びるべきこの世に属するのではなく、永遠のみ国である神の国の民とされているという誉れと栄光とを与えられているからです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたの信実な愛をわたしたち一人一人にもお与えください。あなたの信実な愛は、わたしたちの間にある憎しみや争い、分断、孤立のすべてをはるかに超えて、わたしたちを一つの愛の共同体として結びつけます。どうか、この世界をあなたの信実な愛で包んでください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

1月18日説教「恐れるべき方を恐れなさい」

2026年1月18日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:イザヤ書51章9~16節

    ルカによる福音書12章1~7節

説教題:「恐れるべき方を恐れなさい」

 主イエスはルカによる福音書12章1節で、「ファリサイ派の人々のパン種に注意しなさい」と弟子たちにお語りになっておられます。主イエスのファリサイ派に対する批判は前回学んだ11章31節から続いています。その箇所では、主イエスはファリサイ派の信仰や行動を具体的に取り上げて、彼らの偽善的な生き方を徹底的に批判し、彼らを「あなたたちは不幸だ」と何度も決めつけています。「不幸だ」という言葉は、深い嘆きや激しい怒りを表現している言葉で、『口語訳聖書』では「災いだ」と訳されていました。主イエスがこの言葉をお用いになる場合には、それは神からの災い、裁き、あるいは「呪い」や「死の宣告」をも暗示している強い意味の言葉です。

 なぜ、主イエスはこれほどの激しい批判の言葉でファリサイ派の人たちを攻撃されたのでしょうか。その理由を考える上でのヒントが、11章53、54節に書かれています。【53~54節】。彼らは主イエスを神から遣わされたメシア・救い主と認めず、受け入れず、反対に、主イエスを、神を冒涜する者、律法を破る者として当局に訴え、主イエスを殺そうとしていたのです。実は、そこにこそ彼らの本当の罪があったのです。彼らが最終的に神に厳しく裁かれなければならない、彼らの罪があったのです。主イエスはここで、彼らのその罪を明らかにしておられるのです。

 けれども、主イエスは自分を受け入れないファリサイ派に対して、単に感情的に怒りを爆発させているのではありません。彼らには宗教の指導者としても責任があるのです。彼らは民衆を教え、導き、イスラエルを神に選ばれた契約の民として、正しく神に仕え、神を礼拝する民になるように指導する羊飼いの務めが託されています。その責任を果たさず、いやむしろ、その務めを民衆のためにしていないだけでなく、自分自身の誉れや満足のために悪用していたのです。主イエスはそのような偽善的な信仰、しかも悪意に満ちたファリサイ派の信仰を、ここで非難しておられるのです。そして、彼らのように傲慢にならず、自らを偽らず、謙遜に主イエスのみ前に罪を告白し、悔い改め、主イエスをわたしの唯一の救い主と信じる信仰へと、わたしたちを導いておられるのです。

 12章1節の、「ファリサイ派の人々のパン種」という言葉が、きょうの箇所を理解する一つのヒントになると思われます。パン種とは、パンを柔らかくするために小麦粉に入れる酵母菌のことです。主イエスは神の国のたとえ話にパン種を用いておられます。【13章20~21節】(135ページ)。少しの量のパン種が小麦粉に混ぜられると、全体に増え広がり、その働きが増幅されていくように、神の言葉と神の恵みのご支配が一人の救い主・主イエスから始まってイスラエル全体へ、更には世界全体へと拡大していくことを、主イエスはパン種のたとえでお話になりました。

 ここでは、同じようなパン種の働きが、いわば悪い意味で、ファリサイ派の偽善と罪と悪が人々の中へと広がっていくことのたとえとして用いられています。彼らにはこの責任があるのです。民衆を正しく導く務めが託されているにもかかわらず、彼らはその務めを放棄し、しかもそれを自らのために悪用しているのです。「偽善」という言葉は、仮面をつけて他の人を演じるという意味を持つことを前回も紹介しましたが、ファリサイ派は偽りの仮面をつけて人々を欺くだけではなく、その地位と務めを利用して、民衆をも偽善と罪と悪へと導いているのです。主イエスはその責任を問われます。

 次の2節、3節も、ファリサイ派の偽善的な信仰と行動に対する非難として語られているように思われます。【2~3節】。ファリサ派が自分の顔を隠して、仮面をつけてごまかしているように装っても、主イエスは彼らの偽善を見抜かれます。彼らファリサイ派の人たちが民衆の指導者を自認し、神の律法を忠実に守り、実行していることを誇り、敬虔な祈りをささげ、熱心に神に仕えているように装ってはいても、主イエスは彼らの偽善をすべて見抜いておられます。主イエスは父なる神にご自身のすべてをささげてお仕えし、最後にはご自身の命のすべてをも十字架にささげられるほどに、忠実に、十字架の死に至るまで忠実に、神に服従される神のみ子であられるからです。主イエスの目には何も隠されるものはありません。主イエスの十字架の死は、わたしたちの中に隠れ潜んでいるすべての罪をも明らかにし、それを断罪し、そのようにして、わたしたちをすべての罪から救うのです。

 この2節と3節には、別の意味も含まれているように思われます。ルカ福音書8章16、17節で、主イエスはこのように教えておられました。【16~17節】(118ページ)。ここでは、主イエスが語られた神の救いの言葉は何かによって覆い隠されることはなく、多くの人たちによって聞かれ、信じられ、救いの出来事を生み出したいくのだから、弟子たちはそのことを信じて福音を語り伝えなさいという意味で語られていました。主イエスの福音はこの世のいかなるものによっても覆い隠されたり、力を失ってしまうことはありません。邪悪で不信仰な時代の中にあっても、主イエスの十字架の言葉は救いの力を発揮し、救いの出来事を生み出していきます。ここで、ファリサイ派に対して語られた厳しい非難の言葉は、わたしたちにとっては確かな約束の言葉であり、力強い招きの言葉でもあります。主イエスが語られたみ言葉は、ファリサイ派の人たちにとっても、わたしたちにとっても、真理です。彼らにとっては、彼らの偽善を見抜き、彼らの不信仰を裁く真理となり、わたしたちにとっては、すべての人を罪と滅びから救い出し、新しい命と存在を与える真理となるのです。

 では次に、【4~5節】。4~7節のみ言葉は、これまで語られていたファリサイ派の偽善に対する批判とは少し違うように思われます。あえて共通点を見いだそうとするならば、ファリサイ派の偽善に対して、ここでは何が真理であるのかを語っておられるというように読むことができます。あるいはまた、弟子たちや教会がこれから経験しなければならないであろう迫害に備えるべきことが語られているという読み方もできるでしょう。

まず、4節の「恐れるな」という言葉に注目したいと思います。「恐れてはならない」と訳されている言葉は、本来は命令形です。この命令形は、恐れることを禁止するとともに、その恐れから救い出し、恐れを取り除く救いへの招きの言葉でもあります。神が、あるいは主イエスが「恐れるな」と呼びかけられるとき、その呼びかけを聞いた人は、恐れが喜びや平安、信頼に変えられるのです。そして、本当に恐れるべき方を恐れるときには、他のいかなるものをも恐れる必要がなくなるのです。

ファリサイ派の偽善は、まさに真に恐れるべきである主なる神への恐れがないところにあります。彼らは神への恐れではなく、自分の仮面がはがされることへの恐れであったり、人々の前で自分の偽善があばかれることへの恐れであったりします。神の真理や神の権威の前に、恐れをもって服従することをしていません。彼らがどれほどに聖書の知識を持っていようが、熱心で長い祈りをささげようが、そこには本当の救いはありません。本当の平安も慰めもありません。主なる神の裁きと滅びがあるだけです。

主イエスの「恐れるな」という命令は、弟子たちがこれから経験するであろう迫害と殉教に向けて、彼らの信仰を支え、強めるみ言葉でもあります。弟子たちと教会は、初めはユダヤ教から、やがてローマ帝国から、そして多くの国家や権力者たちからの迫害を経験するでしょう。主イエスはすでにそのことを知っておられます。ご自身がユダヤ人によって裁かれ十字架刑で処刑され、すべての人間から見捨てられて死ななければならないことを知っておられます。そして、主イエスを信じ、従う信仰者もまた同じ道を進まなければならないことを知っておられます。そこでこう言われるのです。「体を殺しても、その後、それ以上何もできない者どもを恐れるな」と。なぜならば、体を殺すだけでなく、その人を永遠の滅びによってお裁きになる権威を持っておられる主なる神を、あなたがたは知っているからだと。その主なる神があなた方を守っておられるからだと。

迫害者は信仰者をあらゆる手段を尽くして脅し、痛めつけ、そして殺すでしょう。しかし、迫害者はそれ以上のことはできません。それに対して、主なる神は最後の裁きをなさる権威を持っておられます。不信仰な者、不従順な者を永遠の滅びに定める権威を持っておられます。わたしたちはこの神をこそ恐れなければなりません。そして、主なる神への恐れは、他のすべての恐れからわたしたちを守り、いかなるものをも恐れない勇気と希望とを生み出します。神のみ子主イエス・キリストによってわたしたちを罪と死と滅びから救い出してくださり、神の国における永遠の命を約束してくださるからです。この神がわたしたちの味方となってくださるなら、たとえすべての人がわたしに敵対しようとも、わたしは何をも恐れるには及びません。

【6~7節】。1アサリオンはおよそ5円に相当します。雀は1羽では値がつかないほどに値打ちがないものです。けれども、その1羽ですらも、神によって創造され、神によって守られ、愛されており、神のみ心なしでは地に落ちることはないのだと主イエスは言われます。そうであるならば、あなたがた人間は神のかたちに似せて創造され、すべての被造物の冠として創造されているあなたがた人間は、雀よりもはるかに大きな愛と守りとを受けているのではないかと主イエスは言われるのです。主イエスのまなざしは神に愛され守られている1羽の雀に注がれます。しかし、それ以上に神の大きな愛に支えられているわたしたち人間に、集中的に注がれます。実に、これこそがキリスト教の創造信仰、創造論です。主イエスはわたしたちの創造信仰を完成されます。

「あなたがたの髪の毛までも1本残らず数えられている」と主イエスは言われます。神の愛は、主イエスの愛のまなざしは、わたしの髪の毛1本1本にまで注がれています。その髪の毛1本も、神のみ心なしでは抜け落ちることはないのです。

1563年に制定された『ハイデルベルク信仰問答』は次のような印象的な第1問で始まっています。「生きるにも死ぬにも、あなたのただ一つの慰めは何ですか」。「それは、生きるにも死ぬにも、わたしは体も魂もわたしのものではなく、わたしの信実な救い主イエス・キリストのものであるということです。この御方が、その尊い血によってわたしのすべての罪の代償を完全に支払ってくださり、まったく悪魔の権力のもとにあったわたしを解放してくださいました。そして、わたしを守り、天にいますわたしの御父のみ心なしには1本の髪もわたしの頭から落ちることなく、実にすべてのことが必ずわたしの祝福に役立つようにさえしてくださいます。……」。このようにして、天の父なる神に愛され、守られているわたしたちは、なんと幸いなことでしょう。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたがわたしたち罪の中で滅びるべきであった者たちを、み子主イエス・キリストの十字架の血によって罪から贖い、救ってくださり、今もなおわたしたち一人一人のすべての歩みを最もよき道へとお導きくださっておられますことを信じ、心から感謝いたします。どうか、迷いと躓きが多く弱いわたしたちをあなたの永遠の愛によって包んでください。終わりの日に至るまで、あなたがわたしたち一人一人と共にいてくださいますように。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

1月11日説教「パウロの第2回世界伝道旅行への出発」

2026年1月11日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:詩編103編1~13節

    使徒言行録15章36~41節

説教題:「パウロの第2回世界伝道旅行への出発」

 紀元48年か49年に開催された、世界最初の教会会議であるエルサレム使徒会議が、初代教会の歴史の中で持っていた重要な意味について、使徒言行録15章から学んできました。15章30節から35節では、その会議が終わってからのことが書かれています。前回その箇所について触れることができませんでしたので、エルサレム使徒会議を振り返りながら、きょうはその箇所から読んでいくことにします。

 【30~35節】。エルサレム使徒会議での決定事項を記した手紙、それは一般に「使徒書簡」と言われていますが、それを携えてエルサレム教会から派遣されたユダとシラスの二人の長老と、アンティオキア教会から会議に出席したパウロとバルナバ、それに数人の長老は、エルサレム教会の見送りを受けて、アンティオキアへと帰って行きました。教会に着くと、教会員全員を集めて「使徒書簡」を報告しました。そして、アンティオキア教会のみんなは大いに励まされ、喜んだと書かれています。彼らが喜んだ内容については具体的には書かれていませんが、使徒会議での議論と結論から推測すると、大きく2つにまとめることができるように思います。

 第一には、異邦人教会であるアンティオキア教会の主張が大方認められたという点です。すなわち、旧約聖書の伝統を受け継ぐユダヤ教からキリスト者になった人は、もともと選ばれた民であるしるしとしての割礼を受けており、律法のしきたりを守る習慣が身についていました。けれども、異邦人であるギリシャ人はそのようなユダヤ教の伝統を知らず、主イエス・キリストを救い主と信じる信仰だけでキリスト者になったのですが、その異邦人キリスト者に対してユダヤ人キリスト者と同じように割礼を受けるとか、古い慣習を守るといった義務を負わせる必要はない、というのが会議の結論でした。それは、パウロ、バルナバが主張したアンティオキア教会の主張と信仰が認められたということであり、彼らはそれを喜んだといことです。

 その結論は、異邦人キリスト者にとってはもちろん喜ばしいことであったのですが、ユダヤ人キリスト者にとっても、それは、割礼と律法の束縛からの自由であり、その重荷からの解放をも意味していました。ユダヤ人であれ異邦人であれ、あるいは割礼のあるなしにかかわらず、あるいはまた、人種や性別や職業、社会的地位、その他人間の側のあらゆる違いにもかかわらず、すべての人は主イエス・キリストを救い主と信じる信仰によって、神から与えられる一方的な恵みによって罪ゆるされ、救われるのだという、キリスト教真理の中心が、これによって確立されたことになるのです。

 もう一つのことは、アンティオキア教会とエルサレム教会の和解が果たされたことを喜んだという点です。15章1節以下に書かれてあったように、事の発端は、エルサレム教会からアンティオキア教会に来た人たちが、「あなたがたもモーセの慣習に従って割礼を受けなければ救われない」と主張して、激しい論争が起こったことでした。それは、すべての異邦人教会がエルサレム教会から分裂するという危険をはらんでいました。しかし、会議ではエルサレム教会から行ってそのように主張した人たちは正式に教会から派遣された人たちではなく、勝手に自分たちの考えを主張したに過ぎないとエルサレム教会側が認め、謝罪したことが使徒書簡に記録されました。これで、両方の教会の和解が果たされたのです。使徒書簡を携えてエルサレム教会から派遣されたユダとシラスの二人は、おそらくエルサレム教会からの謝罪を伝える意味もあったのだろうと推測されます。二人は自分たちに託された両教会の和解という使命をも果たして、喜んでエルサレム教会へ帰っていきました。

 このようにして、初代教会は最初に誕生した母なる教会であるエルサレム教会を中心にして、そののちに世界各地に建てられた多くの異邦人教会とが一致して主イエス・キリストの福音を宣べ伝え、世界宣教の使命を果たしていったのです。

 次に、36節からは、パウロによる第2回世界伝道旅行の計画について書かれています。【36節】。エルサレム使徒会議以後も、パウロとバルナバはアンティオキア教会で福音宣教の働きを続けました。彼らには立ち止まって休息する時間はありません。他のことで気を紛らわすとか、趣味に興じる時間もありません。35節と36節に「主の言葉」が2度繰り返されています。「主の言葉」は日々に前進します。それゆえに、主の言葉の宣教のために仕える使徒たちもまた日々に前進するのです。

 ここでパウロが提案していることは、第1回世界伝道旅行で福音を宣べ伝えた町々を再訪問するという計画です。第1回伝道旅行については13章と14章に書かれていました。パウロとバルナバの二人はアンティオキア教会の祈りに送り出されて、まず地中海のキプロス島での伝道活動、それから小アジアへ上陸し、今のトルコ共和国、当時のローマ帝国ピシディア州のアンティオキアやイコニオン、リストラの町々で、たびたび迫害にあいながらも、その地のユダヤ人やギリシャ人に熱心に主キリストの福音を宣べ伝えました。そして、それぞれの町にキリスト者の群れが形成され、教会が誕生しました。

 パウロは第1回伝道旅行の終わりに、14章22節で、誕生したばかりの教会に対して、このような励ましの言葉を語りました。【22~23節】(242ページ)。教会はいつの時代にも、この世の権力者から、また信じない人々から迫害を受け、困難な道を進まなければなりません。パウロの時代には、ユダヤ教からの迫害がありました。当時は、主イエスの福音がユダヤ教の異端と考えられたり、あるいはユダヤ教そのものを攻撃する教えと見られたりしていました。紀元1世紀後半からは、ローマ帝国による迫害が始まりました。教会がこれから経験しなければならないそのような苦難を、しかしパウロは、神の国に入るためにはぜひとも必要な苦難なのだととらえていたのです。教会はいつの時代にも、この世の不信仰や神を侮る悪や不正義との戦いを強いられるでしょう。けれども、その苦しい戦いをとおして、なおも主なる神に従順に従い、主イエス・キリストの福音にこそ真実の救いと幸いがあるのだということを、大胆に、恐れずに語り続けていくことによってこそ、終わりの日に完成される神の国で神からの祝福を受けるのです。

 ここで、パウロには二つの伝道パターンがあったということについて確認しておきましょう。一つは、いわゆる今日でいう開拓伝道です。キリスト教信者が全くおらず、だれもまだ宣教活動をしたことがない町へ出かけて行って、そこで始めて福音を聞く人たちに語るという方法です。第1回伝道旅行は全部がそのような開拓伝道でした。パウロたちは何百キロも離れた見知らぬ地へと開拓伝道と巡回伝道とを組み合わせたような伝道活動をしました。

 もう一つのパウロの伝道方法は、すでに何人かの信者がいて、ある程度の教会の基礎が築かれている町へ再び訪問して、その教会の働きをさらに強め、また拡大し、教会をより堅固な組織にし、信仰共同体として成長させるという伝道方法です。今回の第2回伝道旅行の前半はこのパターンでした。41節以下に【41節、16章1節a】と書かれているように、今回は地中海に出て船で行くのではなく、陸路でシリア州を通って、パウロの生まれ故郷であるキリキア州から小アジアに入り、デルベ、リストラと、前回教会の基礎を築いた町々を訪問し、それぞれの群れを励まし、強めるために働きました。

 この第2回伝道旅行の前半については詳しく書かれていませんが、わたしたちが次回から16章で学ぶように、後半のパウロたちの宣教活動では、不思議な導きによって、主イエス・キリストの福音が初めてアジア州からエーゲ海を越えてギリシャの世界へと持ち運ばれることになったのです。これが、第2回世界伝道旅行の大きな意義でした。

 さて、第2回伝道旅行へと出発するにあたって、ここに深刻な問題が発生しました。【37~40節】。最初、パウロとバルナバは一緒に出かける予定でした。バルナバはもう一人加えて、若いマルコをも同伴したいと提案したのですが、パウロはそれには断固として反対します。ヨハネ・マルコは第1回伝道旅行の際にも二人に同伴していましたが13章13節に書いてあったように、小アジアに上陸してすぐにもエルサレムに帰ってしまったということがありました。パウロはそのことを理由にマルコを連れていくべきではないと判断したようですが、バルナバは一緒に連れて行きたいと主張したために、両者の間に激しい意見の衝突があったと書かれています。

ヨハネ・マルコについては、12章12節によると、エルサレム教会の家の教会として母マリアと共に教会に仕えていました。12章25節によれば、パウロとバルナバがエルサレム教会を訪問した際に、若くて有望なマルコをアンティオキア教会に連れて行ったと思われます。また、コロサイ人の信徒への手紙4章10節によると、マルコはバルナバのいとこであったと書かれています。

以上のような情報から判断して、バルナバがマルコを一緒につ連れて行きたいと主張した理由は分かるような気がしますが、パウロがなぜ断固として反対したのか、それによってバルナバと別行動をとるようになるまで妥協しなかったのかについては、はっきりとは書かれていません。マルコはまだ年が若く、また前回のようにホームシックになって、途中で引き返すことをパウロは恐れていたからだとか、マルコはエルサレム教会でユダヤ教の伝統を重んじる信仰を持っていたので、パウロの信仰理解と合わなかったからだとか、推測されていますが、はっきりとは分かりません。

38節には、「宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきではない」というパウロの意見だけ書かれています。ここから推測するならば、パウロは主イエスの福音宣教のわざを担う宣教者は、それなりの決意と覚悟を持って、その働きを最後まで成し遂げなければならないという考えを強く持っていたと思われます。もちろん、人間のわざですから、途中で挫折したりすることがあるかもしれません。さまざまな理由によって、伝道の前線から撤退することがあるかもしれません。それほどに、伝道のわざには困難が伴います。しかしまたそうであるからこそ、主イエス・キリストの福音宣教に仕える伝道のわざは、成し遂げる意義があり、喜びがあり、希望があります。そして、何よりも、そこには神の恵みと祝福があります。

パウロはコリントの信徒への手紙一15章9節以下でこのように書いています。「わたしは使徒たちの中で一番小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりも多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです」。神から与えられている恵みと祝福の大きさを知ること、そしてそれに感謝すること、そこからわたしたちの宣教活動のすべてが始まるのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたの命のみ言葉は天地創造の初めから、旧約聖書のイスラエルの歴史をとおして、また初代教会と2千年の教会の歴史をとおして、いつまでも永遠に変わることなく、救いのみわざを前進させます。どうか、この国とこの世界においても、そしてわたしたちの教会においても、わたしたち一人一人においても、あなたの命と恵みに満ちたみ言葉が生きて働きますように。また、わたしたちがあなたのみ言葉の命と恵みにお応えして、あなたの救いのみわざの証人として用いられますように、祈ります。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

1月4日説教「荒れ野の道へと導かれた出エジプトの民」

2026年1月4日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:出エジプト記13章17~22節

    マタイによる福音書4章1~11節

説教題:「荒れ野の道へと導かれた出エジプトの民」

 出エジプト記を主日礼拝説教のテキストとして取り上げ、一昨年から続けて読んできました。出エジプト記はイスラエルが神に選ばれた民、信仰共同体として誕生したその起源を描いています。出エジプトの出来事は、のちのイスラエルの歴史にとって、また旧約聖書全体の信仰と神学にとって、その原点になっています。それだけでなく、出エジプトの出来事は新約聖書で描かれている主イエス・キリストによる救いの出来事の原点でもあるのです。そのことを念頭に置きながら、きょうは13章17節からのみ言葉を学んでいくことにします。

 【17~18節】。イスラエルの民は、彼らの正月であるニサンの月の14日の夕方(太陽暦では3月下旬から4月上旬にかけて)、家ごとに子羊を屠り、子羊の血を家の門とかもいに塗り、家族で最初の過越しを祝う食事をし、夜中から明け方にかけて彼らは急いでエジプトの国から脱出しました。12章37節には、「イスラエルの人々はラメセスからスコトに向けて出発した」と書かれています。ラメセスは1章11節にあるように、彼らが強制労働によって建てた倉庫の町です。エジプト、ナイル川河口のデルタ地帯にある町で、イスラエルの民はエジプトに移住して以来400年余りの期間、その地域に住み、最後には奴隷の民として重労働を強いられていました。

スコトの位置は明確には特定されていませんが、13章18節には「葦の海に通じる荒れ野の道」とありますから、ラメセスからは南東方向の紅海へと向かったと考えられます。しかし、この道は荒れ野の道に向かう迂回路であったと書かれています。これはどういう意味かと言えば、ラメセスから北東方向へ進めば、すなわち地中海沿岸へと向かえば、当時からペリシテ街道と呼ばれていた、よく整備された道が地中海沿岸を通ってパレスチナ地域のガザにまで伸びていて、その道がエジプトからパレスチナまでの最も近い道であったのに、しかし主なる神は彼らをその最も近い道であるペリシテ街道には導かれず、南の方の荒れ野の道(シュルの荒れ野と呼ばれていた)へと導かれたというのです。

 なぜ、神はイスラエルの民をペリシテ街道へではなく、荒れ野の道へと導かれたのか、その理由は、「民が戦わねばならぬことを知って後悔し、エジプトに帰ろうとするかもしれないと、思われたからである」と説明されています。ペリシテ街道の名前は、地中海沿岸地帯に住んでいたペリシテ人に由来していますが、このペリシテ人は早くから鉄器加工の技術を持っていて、鉄の武器を持つ好戦的な民族でした。また、そのペリシテ人の侵入を警戒して、エジプトはこの街道に強力な軍隊を派遣していました。そのような事情から、もしイスラエルの民がこのペリシテ街道を通過すれば、エジプト軍かペリシテ軍のいずれかとの戦いを余儀なくされるに違いあるません。更に、イスラエルの民は夜中に急いでエジプトを出てきましたので、戦いのための武器を持ってはいませんでしたし、もともとエジプトでは奴隷の民でしたから、軍隊の組織をも持っていません。もし戦争に巻き込まれれば、彼らの敗北と死は明らかでした。

そこで神は、イスラエルの民を戦いと死から回避するために、ペリシテ街道ではなく、荒れ野の道へと導かれたのだと説明されているのです。エジプトのラメセスからペリシテ街道を通ってカナンの地へと行くには、直線距離で3、4百キロメートルであり、ゆっくりと移動しても1、2か月で到達することが可能であったのに、しかし神はイスラエルの民を荒れ野(砂漠地帯)へと導かれ、しかも40年という長い期間にわたって、彼らは荒れ野の困難な旅へと導かれたのでした。

そこには、イスラエルに対する神の深いみ心があったのでした。神は彼らがエジプトやペリシテの軍隊によって滅ぼされることをよしとはなさいませんでした。また、彼らが戦いを恐れてエジプトに帰ろうとすることをもよしとはされませんでした。神は、族長アブラハム、イサク、ヤコブに約束されたカナンの地へと彼らを導かれるために、最もふさわしい道を備えられたのです。それが、神が彼らを最も近いペリシテの道へと導かれなかった第一の理由であったと出エジプト記は説明しています。

ところで、わたしたちはここで別の疑問に答えなければなりません。では、ご自身が選ばれた民イスラエルを安全に約束の地カナンへと導かれるのに、神はなぜ荒れ野の困難な道をお与えになったのか。しかも、40年間という長い期間を経なければならなかったのか。もっと近い道、もっと楽な道、もっと速やかにたどり着ける道はなかったのだろうかという疑問です。イスラエルが荒れ野を40年間の旅をしたその道のりを出エジプト記やその他の歴史書から再現する試みが行われています。イスラエルが歩んだ道は、エジプトのラメセスを出発して、その西南のスコテへ、更にその西南の葦の海、それは今日のスエズ湾・紅海の北側と考えられていますが、そこでいわゆる紅海の奇跡を経験して、その後はアラビア半島を南下し、今のサウジアラビアの南端に位置するモーセの山(シナイ山)で十戒を授けられ、その後はアラビア半島を北上してパランの荒れ野やツィンの荒れ野と呼ばれる砂漠地帯を行ったり来たりするという複雑な道のりです。

その荒れ野の40年間の旅について、申命記が別の目的を記していますので、その箇所を読んでみましょう。【申命記8章2~6節】(294ページ)。ここでは、イスラエルの民の荒れ野の40年間の旅の意味、目的がいくつも語られています。まず、彼らが荒れ野の困難と苦しみの中で神のみ言葉に聞き従って生きるかどうかを神が知るためであったということです。荒れ野には人間が生きていくために必要なものがほとんどありません。そのような中で、ただ神だけを頼りにして生きるべきことを、彼らは学んだのです。神の言葉に聞き従って生きるべきことを学んだのです。なぜならば、ただ神だけが彼らの命を支え、養う、唯一の生ける神、命の神だからです。神は彼らに、いまだかつて誰も食べたことがない、不思議な食べ物、マナを天から降らせて、彼らを日々養われました。

また、神は彼らの日常生活に必要なものすべてを備えてくださいました。服も靴も、住むテントも、彼らは何一つ不自由しませんでした。神はイスラエルの民を荒れ野へと導かれ、生きるに必要な物が何もない場所で、ご自分の愛する者たちを訓練されます。豊かで有り余る物を所有することによって、傲慢になり、神を忘れてしまうことがないように、いつでもどのような時でも、すべてを神から感謝して受け取るべきことを彼らは教えられたのでした。

そして、神の言葉に聞き従って、神を恐れるならば、どのような困難な道をも安全に進むことができるということを、荒れ野の40年間の旅で学んだのです。これが、イスラエルの民が荒れ野の道へと導かれた神の意図だったと、申命記は言うのです。のちの時代の預言者もまたこう言っています。エレミヤ書2章2節にはこう書かれています。「主はこう言われる。わたしは、あなたの若いときの真心、花嫁のときの愛、種蒔かれぬ地、荒れ野での従順を思い起こす」と。預言者エレミヤにとって、イスラエルの荒れ野の40年間は、神とイスラエルの民との最も親密な関係の時、いわばハネムーンの期間であったのです。神とイスラエル以外には何もない砂漠地帯では、ほかに神とイスラエルとの間に入り込むものが何もなかったからです。その荒れ野で、イスラエルは神の愛の訓練を受けたのです。神以外には他の何ものをも頼りとしない信仰、ただ神にだけにより頼む信仰を学んだのです。

出エジプト記13章に戻りましょう。【19節】。ヨセフはヤコブ(すなわちイスラエル)の12人の子どもの一人でした。ヨセフは兄たちによってエジプトに売り飛ばされ、そこで王ファラオに次ぐ高い位につくようになり、のちになって他の兄弟たちがエジプトに移住するきっかけになりました。創世記50章24節以下によれば、彼はエジプトで死ぬ直前に子どもたちに次のような遺言を残しました。「わたしが死んだら、わたしの骨を約束の地へと携えて行ってください。神は必ずあなた方を顧みてくださり、あなた方を約束の地へと導き上ってくださるからです」と。

神は族長アブラハム、イサク、ヤコブに誓われたその約束を決してお忘れにはなりませんでした。400年の時を経て、神はイスラエルの民を約束の地カナンへと導かれます。創世記で族長たちの神として彼らを導かれた神は、出エジプト記においても、彼らイスラエルの神として、荒れ野の40年間と、そののちのカナンの地でのイスラエルの歩みのすべてを導かれます。そしてまた、それから千数百年後の主イエス・キリストの誕生から新たに始まった教会の民の2千年間の歩みのすべてをも、神は変わることのない愛と恵みとをもって、導いてくださったことをわたしたちは知っています。これから先も、終わりの日に神の国が完成されるまで、神はご自身の民を変わることなくお導きくださることを、わたしたちは信じます。

最後に、【20~22節】。ここでも、わたしたちは創世記から出エジプト記へと続いているイスラエルの民の信仰を読み取ることができます。創世記から出エジプト記の間には400年以上の年月の経過があります。その間、イスラエルの民はエジプトに寄留していました。その間の記録は聖書にも聖書以外にもほとんどありません。でも、神の約束は全く変わりませんでした。イスラエルの信仰もまた変わりませんでした。創世記の最後、50章24節以下に記されているヨセフの遺言が、今、4百数十年を経て実現したのです。すでに地上を去ったヨセフの信仰が、4百数十年を経て、ここで満たされるのです。神の約束が成就するとき、信仰者の信仰もまた満たされます。

「昼は雲の柱、夜は火の柱」という語句は、出エジプト記の中でも他の聖書でも、繰り返して用いられています。出エジプト記の最後を読んでみましょう。【40章34~38節】(162ページ)。雲や火は神の臨在のしるし、神がそこにいますというしるしとして、聖書でしばしば用いられます。神はイスラエルの荒れ野の40年間の旅を、昼も夜もいつも絶えず彼らと共にいてくださり、彼らの道を守り、必要なすべての物を備え、導かれました。雲は神の臨在を表すとともに、神の栄光を表し、神のその雲によって彼らが進むべき道を示し、また昼の砂漠地帯の熱い太陽から彼らを守りました。火もまた神の臨在を表し、暗い夜の闇を照らし、闇の恐怖と野獣の攻撃から彼らを守りました。荒れ野の40年間は、まさに神とイスラエルの民との最も親密で、純粋な交わりと共存の時でありました。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、この年の最初の主の日の礼拝にわたしたちを呼び集めてくださいました幸いを心から感謝いたします。今も生きておられ、わたしたちの救いのためにお働きくださる主なる神が、この年もまた、日々わたしたちと共にいてくださいますように。そして、わたしたちが心から喜んであなたのご栄光のためにお仕えしていく一年となりますように、お導きください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

12月28日説教「神殿で神にささげられた主イエス」

2025年12月28日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:出エジプト記13章11~16節

    ルカによる福音書2章22~38節

説教題:「神殿で神にささげられた主イエス」

 世界の教会が一般に用いている「教会暦」では、教会の新しい一年はアドヴェント(待降節)とクリスマス(降誕日)から始まります。週報の「主日礼拝式次第」の下に書かれています。「教会暦」は待降節第一主日から始まって、第二、第三、第四主日、そして降誕日、降誕後第一、第二主日、そして顕現日、顕現後第一、第二主日と数えていきます。この「教会暦」は、教会の本質をよく言い表しています。教会とは、アドヴェント、待降節、待ち望むことから、その成就である降誕日(クリスマス)へと、一年の歩みを始めていくのです。つまり、待望と成就から一年の歩みをはじめ、次の年の待望と成就へと歩みを進めていきます。教会は、この待望と成就とを繰り返しながら、終わりの日の完成に向けて進んでいるということ、これが主イエス・キリストを信じている信仰者の群れである教会の本質なのです。

 ここには、もう一つの意味が隠されています。アドヴェント、待ち望んでいる教会は、決して空しく、当てもなく待っているのではなく、すでに最初の成就を経験し、その成就を祝い、それによって第二の成就を確かに約束されているのだということを知らされつつ、その第二の成就の時を目指して、待ちつつ急ぎつつ進んでいくのです。すなわち、主イエス・キリストのご降誕を待ち望んでいた教会が、ついにその成就の時、降誕日、クリスマスを迎え、神の約束の確かな成就であるみ子の誕生を祝ったように、その確かな事実と保証の上に立って、教会は終わりの日に再び来たりたもう主イエス・キリストを待ち望みつつ生きているのだということです。

 このようにして、待降節と降誕節からその歩みを始めている教会は、神の約束の成就から生きているのだと言ってよいでしょう。きょう朗読された聖書の2章30節に、「わたしはこの目であなたの救いを見たからです」とあるように、この成就の恵みの事実から、教会の歩みが始まっているのです。「わたしはこの目であなたの救いを見た」という、この恵みの事実から、わたしたちの信仰の歩みが始まっています。待降節と降誕日から始まる教会に集められているわたしたちの待望の信仰は、すでにその待望の中に成就と完成とを内に含んでいるような、確かで、希望に満ちた歩みなのです。

 ルカ福音書2章22節以下には、待降節と降誕日から始まった教会の歩みの最初の信仰者となった二人の預言者、シメオンとアンナの待望の期間が、幼子・主イエスとの出会いによって成就したことが書かれてます。

 主イエスの両親であるヨセフとマリアは、主イエスの誕生後40日が過ぎてから、エルサレム神殿での清めの儀式と初子奉献の儀式を行います。清めの儀式については旧約聖書レビ記12章に定められています。出産後の母親は40日間、宗教的に汚れた状態にあるので、その間は家にとどまり、公の場に出てはならないとという決まりです。清めの期間が過ぎた40日後に、エルサレム神殿で1歳の雄羊か、もしくは2羽の山鳩ないしは家鳩をささげることによって清めの期間が終わると定められていました。

 初子奉献の起源は出エジプト記にあります。イスラエルの民が神の強いみ手によってエジプトの奴隷の家から解放されたとき、エジプト国内のすべての長男と家畜の初子(最初に生まれたオス)が、神から遣わされた滅ぼす者によって死んでしまいましたが、イスラエルの家では、門の入り口と家のかもいの柱に子羊の血を塗っていたために、滅ぼす者がその家の前を通り過ぎ、イスラエルの家はみな守られました。この出来事から、長男の命はすべて神のものであるから、神にささげられるべきであるが、長男の命を神にささげる代わりに銀5シェケルをささげて、贖うように民数記18章16節に定められていました。

 主イエスの両親は、このように、旧約聖書の律法でイスラエルの民が守るべきだと定められていた清めと初子奉献の儀式を忠実に守っていたことが分かります。ルカ福音書はこれによって重要ないくつかのことをわたしたちに語っているのです。

 一つには、主イエスはその両親と共に、イスラエルの民の一人として、神の律法に忠実に従われたということです。ヨセフとマリアの若い夫婦は決して裕福な家ではありませんでした。清めの儀式では雄羊をささげることができなかったので、鳩を一つがいささげました。それでも、生後40日後には幼子を連れて、ガリラヤ地方のナザレからエルサレムまでの100キロメートル余りの困難な旅をして、神殿で礼拝をささげることを怠りはしませんでした。主イエスは神がお選びになったイスラエルの民の一人としてお生まれになり、神がこの民に与えると約束された全人類のメシア・救い主として誕生されました。神の永遠なる救いのご計画は、この主イエスによって成就されるのです。

 第二には、パウロがガラテヤの信徒への手紙4章4~5節で言っていることと関連します。そこにはこうあります。「時が満ちると、神は、その御子を女から、しかも律法の下に生まれた者としてお遣わしになりました。それは、律法の支配下にある者を贖い出して、わたしたちを神の子となさるためでした」。主イエスは律法のもとにお生まれになり、ご自身もまたその律法に完全に服従されることによって父なる神のみ心を行われました。それによって、律法のもとにあって罪と死とに支配されていたイスラエルの民と全人類とを、罪と死の奴隷から解放し、救い出してくださったのです。

 もう一つ、わたしたちがここで見ておかなければならない重要な点は、主イエスの両親ヨセフとマリアが行った清めの儀式と初子奉献の儀式は、単に律法で定められていたことを忠実に行ったというのではなく、それは主イエスのご生涯全体と、特にその最後の十字架の死と復活によって成し遂げられた神の救いのみわざを、あらかじめ先取りするものであったということです。清めの儀式は、出産後の母親の汚れを清めるために行われますが、主イエスはわたしたちすべての罪びとたちを罪の汚れから洗い清めるために、ご自身の尊い血を十字架で流されました。それによって、全人類のための救いをなし遂げられました。初子奉献の儀式は、長男の命をひとたび神にささげてから、それを銀5シェケルで神から買い取り、贖うのですが、主イエスはやがてご自身の命そのものを実際に父なる神におささげになられ、十字架で死んでくださいました。それによって、わたしたちの罪の身代わりとなってくださり、わたしたちを罪から贖いだしてくださったのです。ルカ福音書2章にはすでに、主イエスの十字架と復活の光が差し込んでいます。

 さて、主イエスの両親が清めと初子奉献の儀式を行うためにエルサレムの神殿に入って行ったときに、二人の預言者に出会いました。ここでもまたわたしたちは、両親に抱かれた幼子・主イエスこそが、旧約聖書の時代から神がイスラエルに約束しておられたメシア・救い主であり、今やその待望の時が満たされ、成就の時が始まったという二人の預言者の証言を聞くのです。

 シメオンとは「聞かれた」という意味で、神によって祈りが聞き入れられたという信仰を言い表す名前です。そのギリシャ語はシモンです。その名のとおりに、彼の長い間の祈りと待望の歩みが今や神に聞き入れられたことが、25節から印象深く語られています。【25~28節】。

 もう一人の預言者アンア、その名は「神に恵まれた者」という意味ですが。彼女は84歳という、当時としては驚くほどに長い、そして神の恵みに満たされた彼女の歩みについては36節から書かれています。【36~38節】。

 この二人の預言者について、いくつかのポイントに焦点を当てて読んでいくことにしましょう。まず、この二人の預言者は神の約束の成就を待ち望むということが、その人生の中心的な務めであり、唯一の生きる目的、あるいは生きる喜びであったということです。シメオンはイスラエルに与えられるであろうメシア・救い主に会うまでは死なないという神の約束をいただいていて、ただひたすらにその時を待ち続けていたと書かれています。アンナもまた夜も昼も神殿で神に仕え、祈りと断食の日々に明け暮れていたと書かれています。彼らにとっては、待ち望みながら神にお仕えしていたというよりは、待ち望むそのことこそが、神にお仕えすることであったのです。だから、待ち望んでいるメシアの出会うまでは、彼らの生涯は決して満たされることはありません。

 待ち望むだけの人生は、ある意味とてもつらく、苦しい生涯であると言えるでしょう。未だに確かな事実を見ることができず、確実な実りを手に入れることができない、いつも飢え乾いているように、ただひたすら約束の成就を待ち望む以外にない人生。しかし、この二人の預言者は他にこの世の楽しみを何かに見いだそうとはしませんでした。神の約束の成就を待ち望むことによってこそ、彼らの信仰は強められていたのです。なぜならば、待ち望む信仰の歩みの行く手には、常に主なる神がおられるからです。その約束を成就してくださる主なる神によっていつも捕らえられているからです。

 そして今こそ、彼らの待望が満たされる時が来たのでした。幼子・主イエスが律法に定められていた儀式を行うために神殿に来られたその時に、その幼子こそが約束のメシアであることを彼らは聖霊によって知らされたのです。そしてその時に、彼らの人生が最終目的に達したのです。彼らの人生が満たされたのです。それゆえに、シメオンは神をほめたたえて歌いました。「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです」と。

 信仰者にとって、いやすべての人間にとっても、救い主に出会うということによってこそ、その人の人生が本当の意味で満たされたものになります。人間にとって、他の何かによっては真の慰め、真の平安は得られません。わたしたちがこの地上での歩みを終えようとするとき、この世の富も、誉れも、健康も、愛する家族ですら、わたしの人生を本当の意味で満たすことはできません。わたしに真実の慰めと平安を与え、わたしの人生を最後の目標へと導くことはできません。

 しかし今やわたしたちは、預言者シメオンと共に、「主よ、今こそあなたはお言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです」と告白することができるのです。この告白によって、わたしたちの信仰の歩みを始めることができ、また終えることができるのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたの約束のみ言葉はすべて成就され、出来事となることを信じます。どうか、あなたのみ言葉によって、わたしたちに真実の慰めと平安をお与えください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

12月21日説教「あなたがたのために救い主が誕生した」

2025年12月21日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

              降誕節(クリスマス)礼拝

聖 書:イザヤ書9章1~6節

    ルカによる福音書2章1~21節

説教題:「あなたがたのために救い主が誕生した」

 ルカによる福音書は主イエス・キリストが誕生されたクリスマスの出来事を世界史との関連の中で語っています。2章1、2節にこのように書かれています。【1~2節】。また、3章の初めでは、メシア・救い主であられる主イエスのための道を整える役割を果たす先駆者ヨハネが、ユダの荒れ野で「来るべきメシアに備えて、罪を悔い改めて、神に立ち帰りなさい」と説教し始めたことも、世界史との関連で語っています。これらの記述から、主イエスが誕生された時代と年代、主イエスが先駆者ヨハネに続いて神の国の福音を宣教し始めた時代と年代をほぼ特定することができます。今日の研究によれば、主イエスの誕生は紀元1年よりは少し前の紀元前4年ころ、主イエスが公の宣教活動を始められたのが紀元28年ころと考えられています。

 主イエスの誕生を世界史との関連の中で記述することによって、この福音書記者は主に二つの重要なメッセージをわたしたちに残しているのです。その一つは、聖書が記している主イエスの誕生と主イエスの福音宣教のお働きが歴史的な事実であるということです。それは架空の神話ではなく、だれかの作り話でもなく、確かに世界の歴史の中で、しかもあの時代のヨーロッパと地中海沿岸沿岸、中東地域全体を支配していた世界の支配者ローマ帝国の中で起こった出来事であるということを、この福音書は語っているのです。

 さらにこの福音書が語る重要なことは、初代ローマ皇帝アウグストゥス・オクタヴィアヌスと、第2代皇帝ティべリウス・カエサルとその時代の他の支配者たち数人の名前がそこでは挙げられていますが、彼ら世界の支配者たちの中で、神がこれからなそうとしておられる神の救いのみわざは、彼ら世界の支配者のだれかによってなされるのではなく、全くもって世界の指導者からは遠くにいる、ごくごく小さな、貧しい、だれからも注目されることもない、目立たない、ユダヤのベツレヘムに生まれる幼子と、ユダヤの荒れ野で説教する先駆者ヨハネによって、神はご自身の偉大なる救いのみわざを始められるということ、神はこの小さな者たちをお用いになって、ご自分の偉大なる救いのみわざをなそうとしておられるのだということ、そのことをルカ福音書は強調しているのです。

 では、この二つのルカ福音書の特徴から、わたしたちは何を学ぶべきなのでしょうか。一つには、主イエスの誕生というクリスマスの出来事は歴史の事実であり、この歴史の中で主なる神がお働きになられたのだということ、また今も働いておられるのだということを知ることです。神はわたしたち人間の歴史の中へ、わたしたちの生活と歩みの中に入って来られます。神はかつては旧約聖書の時代にはイスラエルの民の中に入って来られ、彼らの中で救いのみわざをなさいました。そして、今、神は全人類の、全世界の歴史の中に、わたしたちすべての人生の歩みの中へと入って来られたのです。

 10、11節にはこのように書かれています。【10~11節】。ここで「民全体」とは、この時点ではイスラエルの民のことを指しているかもしれません。また、「あなたがたのために」とは、神に選ばれたイスラエルの民一人一人を指しているのかもしれません。でも、14節の天使たちの賛美で、【14節】の「地には平和、あれ」の地とは、全世界を指していることは疑いえませんし、1、2節で当時のローマ帝国の皇帝の名前によって全世界のすべての民族が言い表されていることも、疑いえません。神がこの日この世界に誕生させたもうたみ子主イエス・キリストは、全世界のすべての人のための救い主として与えられたのです。クリスマスの出来事は全世界のすべての人に深く関係しているのです。それゆえに、全世界のすべての人がこれを大きな喜びをもってお祝いするようにと促されているのです。

 クリスマスの出来事はおよそ2千年ほど前のあの時代にだけ関係しているのではありません。あの時、世界の歴史の中に入って来られた主なる神は、今もなおこの歴史の中で生きて、働いておられます。わたしたちが今現実に目にしているこの世界の中でも、クリスマスの出来事は大きな意味を持っています。世界の各地で繰り返されている戦争や紛争、爆撃と破壊、失われていく数々の命、あるいは自然破壊、飢餓と貧困、その他あらゆる問題、課題が山積している今日の世界の中で、クリスマスの出来事はそれらのすべてと無関係ではありません。そこでもまた、「恐れるな、わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである」というこのクリスマスのメッセージが語られなければならないのです。それが、きょうのクリスマス礼拝に招かれたわたしたちの託されている使命なのです。

 もう一つ、わたしたちがここから学ぶべきことは、このクリスマスの日に誕生された神のみ子主イエス・キリストは目立たない、貧しいお姿でこの世界においでになられたということです。12節にはこのように書かれています。【12節】。「布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」がクリスマスのしるしであると言われています。世界の歴史の中に入って来られ、偉大なる救いのみわざを始められた神は、このような小さな、貧しい、目立たないしるしをわたしたちに与えておられます。この小さなしるしを、わたしたちは見失わないようにしなければなりません。わたしたちの目は、多くは華々しく見栄えが良く、人の欲望をそそるものへと向けられます。わたしたちの心は、多くは価値があるもの、強いもの、高いものを追い求めようとします。しかし、そこでは、クリスマスのしるしを見いだすことはできません。そこでは、クリスマスの大きな喜びも祝福も恵みを、受け取ることはできません。

 わたしたちがこの小さな貧しいクリスマスのしるしを見いだすためには、神のみ声を聞かなければなりません。「ここにこそ、クリスマスのしるしがある」と言われた神の言葉に耳を傾けなければなりません。そして、信仰の目をもってそのしるしを見なければなりません。わたしたちが信仰の目をもってこの小さな貧しいクリスマスのしるしを見るときにこそ、そこにある大きな喜びと祝福と恵みを受け取ることができるのです。

では、その小さなしるしを信仰をもって見極めるためにはどうすべきなのでしょうか。実は、クリスマスのこの小さなしるしは、この日に誕生された主イエスのご生涯全体と、特に最後の地上の歩みである受難週にまで続いているのです。16世紀の宗教改革者マルチン・ルターは、「布と飼い葉桶の背後には十字架が見える」と言っています。布にくるまれて飼い葉桶の中に寝かされた幼子主イエスは、だれからも注目されず、見捨てられたようにして、家畜小屋で誕生されました。7節に、「宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」と書かれています。だれも神のみ子の誕生のために、暖かい部屋を提供する者はいませんでした。柔らかなベッドも布団もありませんでした。そのようにして誕生された主イエスの道は、受難週の十字架の死へと続いていくのです。神がすべての人の救い主としてこの世界にお遣わしになった神のみ子を、だれも受け入れず、信じませんでした。主イエスはただお一人で、十字架への道を進まれたのです。そして、ご自身神のみ子であり、聖なる、罪なきお方であられたにもかかわらず、罪びとの一人として裁かれ、十字架で処刑されました。

しかし、ここに、神の隠された救いのみわざがありました。神はわたしたち人間の罪のすべてを、わたしたちに代わってご自身のみ子に背負わせたのです。主イエス・キリストはわたしたちの罪を担われ、わたしたちの罪のための裁きを引き受けられ、わたしたちを罪から救うためにご自身の命を父なる神にささげ尽くされたのです。「あなたがたのための救い主」とはこのような十字架につけられた主イエス・キリストのことなのです。わたしたちがクリスマスの小さなしるしを見るためには、この十字架につけられた主イエス・キリストを信じる信仰が必要なのです。ルターが言ったように、「布と飼い葉桶の背後にある十字架」を見なければならないのです。

ルターは、「布と飼い葉桶」に、わたしたち人間の罪を見ています。神がお遣わしになった救い主をお迎えするための部屋を持っていない人間の罪、神のみ心を悟る知恵を持たず、神なき世界で、自らの欲望と傲慢のままに生きていたわたしたち人間の罪が、そこに象徴されているのです。その罪に気づき、告白し、悔い改めて神に立ち返ることなしには、だれもクリスマスの本当のしるしを見いだすことはできません。。

最後に、ルカ福音書が主イエス誕生のクリスマスの出来事を世界史との関連の中で語っていることのもう一つの意味について考えてみましょう。2章と3章の初めに、当時のローマ帝国の初代皇帝と第2代皇帝の名前と、イスラエル周辺世界の支配者たちの名前が幾人か書かれていますが、それらの支配者たちはクリスマスの出来事の主人公ではありません。世界の救い主ではありません。クリスマスの出来事は彼らのわきをすり抜けていきます。そして、歴史からは見捨てられているかのように思われる、小さく貧しいあのしるしへと行きつくのです。布にくるまれて飼い葉桶の中に寝かされている幼子主イエスこそが、全世界の救い主であり、すべての人の唯一の主なのです。

ルカ福音書はこのことによって、当時世界の支配者であり主であると自称していたローマ皇帝が世界最高の主なのではなく、わたしたちのために十字架で死んでくださり、わたしたちを罪から救ってくださった主イエス・キリストこそが、全世界の、唯一の主であるのだということを、あの時代に向かって、また今の時代に向かって語っているのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、 きょうの秋田教会のクリスマス礼拝にわたしたち一人一人をお招きくださいましたことを、心から感謝いたします。どうか、わたしたちの上にクリスマスの大きな喜びと祝福、そして恵みが与えられますように。そして、世界のすべての人たちにもクリスマスのメッセージが届けられますように。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。