2025年9月14(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)
聖 書:出エジプト記12章21~42節
ローマの信徒への手紙6章15~23節
説教題:「イスラエルのエジプト脱出」
エジプトで奴隷の民として苦難の中にあったイスラエルは、ヘブルの暦でニサンの月の14日夕方に、一歳の小羊をほふり、その血を家の入り口の2本の柱とかもいとに塗り、夜にはその肉を焼き、パン種を入れない固いパンと苦菜とを添えてその肉を食べました。これが過越の祭りの最初となりました。その過越の祭りの定めが、出エジプト記12章1~13節に書かれたいます。そして、14節では、【14節】と命じられています。イスラエルの民はその日の夜中に、エジプトの奴隷の家から脱出をしたのですが、それ以降、彼らが40年間荒れ野を旅した間も、約束の地カナンに着いてからも、千数百年間にわたって、毎年ニサンの月の14日には欠かすことなく、家族がみな集まり、過越の祭りを祝い、過越の食事を食べるという習慣を守り続けてきました。
過越の祭りは、神の民イスラエルの誕生を祝う祭りであり、神が彼らをエジプトの奴隷の家から解放してくださり、彼らの命を小羊の血によって贖ってくださったことを神に感謝する礼拝でした。イスラエルの血につながるユダヤ人は、だれでも、どこに住んでいても、必ず過越しの祭りを守るようにと、律法で定められていました。
新約聖書には主イエスもまた家族と、あるいは弟子たちとこの過越の祭りをエルサレムで祝ったことが書かれています。主イエスの時代には、子羊をほふってその血を神にささげるという礼拝は、エルサレム神殿でしか許可されていませんでしたから、ユダヤ人はみなエルサレムまで巡礼をして過越の祭りを祝う必要があったからです。主イエスが神の国の福音を宣べ伝えて公の宣教活動を行われたのは3年間ほどと推測されていますが、福音書を読むと主イエスがエルサレムで過越の祭りを祝われたのが通算して3回であったということから、そのように考えられています。
けれども、主イエスはそれまでと同じように過越の祭りを祝われたのではありませんでした。主イエスが弟子たちと最後に祝った過越の食事、それが一般的に最後の晩餐と言われているのですが、その食卓で、主イエスは過越しの食事に全く新しい意味をお与えになったということを、わたしたちは福音書の終わり近くの受難週の記録から知らされています。すなわち、子羊の血がイスラエルの民をエジプトの奴隷の家から贖いだすという過越の祭りは、主イエスの十字架の死と復活によってその役割を終えることになったということです。そして、十字架で流される罪のない神のみ子の尊い血が、イスラエルだけでなく、全人類のすべての人々の罪を、永遠に贖い、罪と死から救い出し、主イエスの三日目の復活によって、信じるすべての信仰者に神の国での永遠の命の保証が与えられるという福音が、新しい過越の食事である聖餐によってわたしたちに与えられたということです。
では、きょうは出エジプト記12章21節から読んでいくことにしましょう。【21~23節】。6節以下の、神が過越の食事を制定された箇所で語られていたことが、ここで繰り返されています。モーセは神が彼に語られたことを民の長老たちに伝えます。これがモーセの務めです。モーセは最初の預言者です。彼自身は、このつとに召されたときに、何度も神の招きを断りました。「わたしは口が重く、舌の重いものです」と(4章10節)。けれども、預言者は自分の言葉を語るのではありません。自分の能力で語るのでもありません。神がお語りになった言葉を、いわば口移しで、神がお与えくださる霊の力によって語るのです。預言者に必要なことは、ただ神の命令に従順であることです。
預言者モーセの言葉を聞いたイスラエルの長老たちと民は、それに従います。この夜の最初の過越の食事は、まだそのことが起こっていないときに、信仰によって実施されました。まだイスラエルの民はエジプトを脱出してはいません。まだ滅ぼす者がエジプト人を撃っていません。まだイスラエルの奴隷の状態は続いています。けれども、彼らは信仰によって、すでに神の裁きのみ手から救われているように、すでにエジプトに勝利しているかのように、すでに自由の民とされているかのように、最初の過越を祝うのです。
次に、【24~28節】。すでに14節で、イスラエルが過越の祭りを毎年繰り返し、いつまでも守り続けるべき重要な祭りであることが言われていました。それがイスラエル誕生の原点であり、イスラエルがそののちに神の民として生きていく原点でもあるからです。イスラエルは自分たちの誕生の原点、救いの原点、自由と解放の原点であるこの出来事を決して忘れませんでした。そして、毎年各家庭で祝われる過越の祭りの中で、その信仰を受け継いでいったのです。過越の食卓は、たんに祝いの食事をおいしく食べる時であるのではなく、家族全体と特に子どもたちの信仰教育の時であり、信仰告白の時でありました。「主がエジプト人を撃たれたとき、エジプトにいたイスラエルの人々を過ぎ越し、我々の家を救われたのである」という信仰告白によって彼らは生きていくのです。この信仰の家庭によって、神の民イスラエルは形成されていくのです。
29節からは、イスラエルの家庭で最初の過越の食事が祝われているまさにその夜に、エジプトの家々で起こっている初子の死について書かれています。王ファラオの家からエジプト全土のすべての家の長男と家畜の初子が、滅ぼす者によって撃たれて死ぬという奇跡が起こりました。そして、その大いなる災いを恐れたファラオは夜中のうちにモーセとアロンを呼び寄せて、早くこの国から出ていくようにと要求します。
【31節】。今まで、イスラエルの民を解放することをかたくなに拒んできたファラオが、ここでは「早く出ていくように」と要望しています。神はモーセとアロンにそのことをあらかじめ何度も語っておられました。エジプトで二人が神の杖によって行った9つの災い、奇跡のみわざを見て、いったんはイスラエルの解放を約束していながら、すぐに翻してきたかたくなになったファラオが、ついにイスラエルの主なる神の権威と力とを認めざるを得なくなり、これ以上エジプトでの被害が広がることを恐れて、イスラエルの民を追い出すのです。イスラエルが主なる神を礼拝する民となることを認めざるを得なくなるのです。イスラエルの主なる神がついにエジプトの王ファラオとすべてのエジプトの神々とに勝利されたことをわたしたちは知らされます。
【37~39節】。いよいよイスラエルのエジプト脱出が決行されます。イスラエルの民は長い期間ナイル川の流域ラメセスに住み、穀物貯蔵のための倉庫造りとレンガ焼きの労働についていました。彼らが400年余り前にエジプトに移住したときには、ヤコブの12人の兄弟たちとその家族70人であったと、1章5節に書かれていました。それが、出エジプトの時には壮年男子だけでも60万人であったと、きょうの箇所には書かれています。妻たちや子どもたちの全部を含めると、およそ200万人にも上るであろうと思われますが、それが実際の数であるとは考えられないと、今日の研究者は言います。出エジプト記38章26節や民数記1章46節などでも60万を超える数字が書かれていますが、これには誇張があると考えられています。わずかな数でエジプトに移住したが、神の祝福を受けて、民の数が増え広がったということを、強調していると考えられています。
39節からは、酵母を入れないパンについて書かれていますが、これは15節以下で詳しく定められいた、7日間の種入れぬパンの祭り、除酵祭の起源となりました。イスラエルがその夜に急いでエジプトを出たために、パン種を仕込んだ柔らかなパンを食べることができなかったから、また、エジプトでの苦しい生活と、その苦しみから救ってくださった神の救いの恵みの大きさを覚えるために、種入れぬパンの祭りは過越の祭りと結合して、イスラエルの出エジプトを記念し、お祝いする重要な祭りとなったのです。
わたしたちここで改めて、イスラエルの民が過越の祭りと種入れぬパンの祭りで覚え、祝い、感謝してきた内容について、まとめてみたいと思います。この二つの祭りで最も強調されている点は、出エジプトの出来事は最初から最後まで、そのすべてが主なる神の強い意志と大きな愛に貫かれているということです。紀元前13世紀ころのエジプト王朝の絶対的な権力と軍事力の中で、寄留の民、奴隷の民であったイスラエルが、なぜ、どのようにして、その奴隷の家から解放されることができなのか。それはイスラエル自身の何らかの働きや力によるのではなく、すべては主なる神のイスラエルに対する愛であり、また、神がかつてアブラハム、イサク、ヤコブと誓われた約束を成就しようとする神の強い救いの意志であったということです。神は奴隷の民であるイスラエルを選ばれ、これを愛され、この民をご自身の宝の民とされたのです。イスラエルの出エジプトは、このような神の強い愛の意志、救いの意志に貫かれています。
さらに言うならば、神はこの大きな愛のゆえに、イスラエルやその指導者であるモーセの疑いや迷い、弱さや、時には彼らの挫折をもお用いになって、彼らの救いに必要なすべてのみわざを、彼らに先立って行われたということです。それだけでなく、エジプト王ファラオのかたくなさや反逆をすらもお用いになって、神がご自身の偉大さ、その全能のみ力、権威をお示しになりました。神は人間たちのすべての罪をお用いになって、全人類の救いのみわざをなさるのです。
第三に、神はご自身の救いのみわざをイスラエルが決して忘れないように、いつまでもその救いの恵みの中にとどまっていることができるように、彼らに過越の祭りと種入れぬパンの祭りを定められました。イスラエルは神を礼拝する民として、絶えず繰り返してこの祭りを祝い、感謝して、神への喜ばしい服従の生活を続けるのです。イスラエルの出エジプトは、このような神を礼拝する民の形成を目指していたということを、今一度確認しておきましょう。
そして、今確認した三つのことは、主イエス・キリストの十字架と復活のみわざによって罪から救い出されているわたしたちにもそのままに当てはまります。神はみ子主イエス・キリストによってわたしたちの救いのためにすべてのみわざを成し遂げてくださいました。神はわたしたちのすべての罪、不従順、疑い、弱さや欠けをもゆるしてくださいました。そして、わたしたちをこの教会の礼拝の民の一人としてお招きくださいました。
(執り成しの祈り)
〇天の父なる神よ、わたしたちを罪の奴隷から解放してくださり、わたしたちが自由と喜びとをもってあなたに従っていく道を備えてくくださいましたことを、心から感謝いたします。どうか、多くの人たちがこの救いに招かれますように。重荷を負っている人、道に迷っている人、苦難の中にある人、孤独な人を、あなたが顧みてくださり、まことの光で照らしてくださいますように。
〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。
主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。
