8月17日説教「エジプトで祝う過ぎ越しの祭り」

2025年8月17(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:出エジプト記12章1~20節

    マルコによる福音書14章22~26節

説教題:「エジプトで祝う過ぎ越しの祭り」

 出エジプト記12章には、のちにイスラエルの最大の祭りとなる過ぎ越しの祭りとそれに続く種入れぬパンの祭り(『新共同訳聖書』では除酵祭)が制定されたことが記されています。前後との関連を見てみると、11章では、エジプトで起こる第10番目の災い、すなわち、その日の真夜中に、エジプト王ファラオの家からすべての家々の長男と家畜の初子がみな死ぬという災いについての予告が、神からモーセに、そしてモーセからエジプト王ファラオへと告げられていました。12章では、イスラエルの民の家々で、その同じ夜に、過ぎ越しの祭りを祝うことによって、彼らは災いから守られたことが書かれています。そして、12章29節からは、実際にエジプトで起こった大いなる恐るべき災いを恐れたファラオは、イスラエルの民をエジプトから追い出す決断を下し、イスラエルの民は安全に、また多くの金銀を携えてエジプトから脱出したことが書かれています。

 ここに書かれている過ぎ越しの祭りと種入れぬパンの祭りは、イスラエルがまだ奴隷の家エジプトに滞在しているときに、その最後の夜に、まだ実際には実現していない救いの出来事を、いわば先取りするようにして、祝っていることになります。そして、こののち、エジプトを脱出した彼らが荒れ野の40年の旅の間も、約束の地に到着してからの千年以上の彼らの歩みの中でも、毎年毎年、絶えず繰り返して、救われた恵みを感謝して守り続けてきた祭りでした。そしてそれはまた、わたしたち教会の民が、主イエス・キリストによって新たに制定された聖餐式として、終わりの日まで守り続けるべき大切な祭りとなったのです。わたしたちはこの出エジプト記12章で、その聖餐式の原形となった祭りについて学ぼうとしているのです。

 【1~2節】。1節に「エジプトの国で、主は……言われた」と書かれています。主なる神はまだそのことが起こる前に、そのことが起こるに備えて、エジプトに対する第10番目の災いから救われるために、イスラエルの民に過ぎ越しの祭りを祝うように命じておられます。したがって、ここでは信仰が求められています。神がやがて確かに、エジプトに対する災いを起こしてくださることを信じ、イスラエルの民をその災いから救ってくださることを信じて、そのことをいわば先取りして、彼らはこの最初の過越祭を祝うのです。そしてその次の年からは、神が確かに約束のとおりに彼らを救ってくださったことを感謝し、これからもまた変わることなくすべての災いから救ってくださることを信じて、この過越祭を祝うのです。

今日の聖餐式においてもそうです。主イエスは受難週木曜日の夜に、ご自身がまだ十字架につけられる前に、ご自身の裂かれる肉と流される血とを弟子たちに分かち与えられました。そして、そののち教会の民は実際に主イエスが十字架で裂かれた肉と流された血とを受け取るのです。

 2節も、神の救いの恵みの先取りと言ってよいでしょう。イスラエルが奴隷の家エジプトから解放され、救われるこの日、この月が、イスラエルの誕生の時であり、彼らにとっての初めの月、正月と定められました。ヘブライ語ではアビブの月と言います。アビブは大麦の穂という意味です。大麦を収穫する初めのころ、春3月から4月のころであり、のちにバビロン捕囚以後にはニサンの月と呼ばれるようになりました。

 出エジプトはイスラエルの民の誕生のときであり、過ぎ越しの祭りはその誕生を祝う重要な祭りであるということは、旧約聖書で繰り返し語られています。申命記7章6節以下では、神の選びとの関連で語られています。【申命記7章7~8節】(292ページ)。ここでは、イスラエルを選ばれ、奴隷の家エジプトから彼らを救い出され、ご自身の宝の民とされたのは、神の一方的な、そして強い愛であることが強調されています。主なる神がイスラエルの新しい歩み、新しい歴史を始めさせてくださったのです。イスラエル自身が自分たちの独立運動や革命や戦争によって国を興したのではありませんでした。主なる神の側からの一方的に注がれた強い愛による選び、大いなる救いの恵みによって、イスラエルは誕生し、またそののちも、常に神の側からの一方的な愛の選びと救いの恵みによって生きていくのです。過ぎ越しの祭りはそのことを覚え、感謝し、祝う祭りなのです。

 では、その祭りはどのように行われるのでしょうか。【3~4節】。「イスラエルの共同体全体」とは、神に呼び集められた礼拝の民を指す言葉です。6節の「会衆」と訳されている言葉と同じ意味です。新約聖書の「教会」も同じように、神に呼び出された群れという意味です。過ぎ越しの祭りを祝う食事は、家族ごとに子羊を屠って食べる、家々での祭りですが、それはイスラエルという一つの神の民、礼拝の民に属している家々であるということが、ここでは強調されているのです。のちの時代になって、紀元前7世紀のヨシヤ王の改革を期にして、過ぎ越の祭りはエルサレム神殿を中心にして祝う祭りへと変化していったと考えられています。

一つの家族で小羊一匹を食べきれない場合には、隣りの家族と一緒に食べるように定められたいます。のちになって、一つのグループは10人を下ってはならないと定められました。これは、食べ残しを防ぐためでした。聖なる食事である過ぎ越しの食事で、肉などが残って、それが捨てられたり、他の食事に用いられるのを禁じるためでした。

次に、【5~7節】。1歳になった雄の小羊または小山羊の中から傷のないものを選び分け、それをアビブの月14日までの間、他の家畜から区別しておくように命じられています。それは、神にささげられるべきものとして、聖別されなければならないからです。

アビブの月の14日の夕方にそれを屠り、その血を家の入り口の二つの柱とかもいに塗るように命じられています。そのことの意味については、あとで12節以下に説明されます。【12~13節】。22節以下では、もう少し詳しく説明されています。【22~23節】。

この日の夜に、主なる神はエジプト全土で第10番目の災いを行われるために滅ぼす者となって出て行かれ、エジプトの王ファラオの家をはじめ、エジプトのすべての家々の長男の命を滅ぼされ、またすべての家畜の初子をも滅ぼされますが、しかし、イスラエルの家々には、その入り口の柱とかもいに小羊の血が塗られているので、その前を通り過ぎられ、イスラエルの家は神に打たれることなく、彼らを守られると約束されています。エジプト王ファラオとエジプトの神々に下された神の災いと裁きは、神の民イスラエルにとっては奴隷の家からの解放であり、救いであったのです。神はイスラエルの解放と救いのために、小羊の血をお用いになりました。それによって、のちに新約聖書では、わたしたち罪びとたちを、罪の奴隷から解放し、救うために十字架で死なれた主イエス・キリストを「過越しの小羊」と呼ぶようになりました。

8節からは、過ぎ越しの食事の定めが続きます。小羊または小山羊の肉は火で焼いて食べなければならないと定められています。その理由はよく分かっていませんが、火が汚れを焼き清める働きをすると考えられたからかもしれません。酵母を入れないパンを食べるのは、この夜に急いでエジプトを脱出しなければならないので、あらかじめパン種を仕込んで発酵するのを待っている時間がなかったからです。また、一緒に食べる苦菜は、エジプトでの奴隷の苦しみを忘れないためであり、またその苦しみから救い出された神の大きな恵みを忘れないためでもありました。10節で、食べ残したものはすべて火で焼き、焼却しなければならないと命じられているのは、先ほども少し触れましたように、過ぎ越しの食事は神のみ前で祝う聖なる食事であり、その肉もその他の食物もすべて神にささげられるべき聖なるものであるゆえに、残ったものを捨てたり、他の世俗の食事に用いてはならないからです。

イスラエルの民はここで命じられている最初の過ぎ越しの食事を、旅支度をしながらあわただしく済ませ、その夜のうちにエジプトを脱出することになります。11節にはこのように書かれています。【11節】。この最初の過ぎ越しの食事は、ゆっくりと楽しみながらではなく、「腰帯をしめ、靴を履き、杖を手にし、急いで食べ」なければなりません。神の救いの時がすぐ間近に迫っているからです。

そして、14節ではこのように命じられています。【14節】。過ぎ越しの祭りは毎年この月に、アビブの月の14日に、これからのちとこしえに守り続けなればならないと定められています。ここで定められた過ぎ越しの食事は、福音書に記されている、主イエスと弟子たちとの、いわゆる最後の晩餐が、文字通り、最後の過ぎ越しの食事となりました。新約聖書で誕生した教会の民は、旧約聖書で定められていた過ぎ越しの祭りを同じようにして祝うことはありません。なぜならば、主イエスが神のみ子としての罪も汚れもない清く聖なる血を、すべての人々の罪を贖う血として、十字架でおささげくださったからです。もはや、動物の血を繰り返してささげる必要はありません。主イエスの1回限りの十字架の血の贖いが、すべての時代のすべての人に対して有効に働くからです。わたしたちは主イエスが新しくお定めくださった聖餐式によって、その救いの恵みを覚え、感謝し、繰り返して再体験するのです。

15節から、種入れぬパンの祭り、除酵祭の規定について書かれています。過ぎ越しの祭りに続いて7日間、酵母が入らない固いパンを食べる祭りです。8節に、過ぎ越しの食事の際にも酵母が入らない固いパンを苦菜と一緒に食べるとありましたが、その酵母が入らない固いパンを、そのあと1週間食べ続けるのが除酵祭です。なぜ除酵祭が過ぎ越しの祭りとは別々の祭りとなったのか、また二つがどのようにして結びついたのかについては、はっきりとは分かっておりません。1週間家の中から酵母菌を取り除くことによって、古くなった酵母菌を一掃することが目的だったのではいかとも考えられています。主イエスの時代には、この二つの祭りは完全に一つに合体して、「過越祭」または「除酵祭」と言われるようになりました。

いずれにしても、過越祭の除酵祭も、出エジプトの出来事と直接に関連付けられています。過越祭についてはすでに学びました。除酵祭については、17節でこのように言われています。【17節】。

主イエスは弟子たちと共に祝った最後の過ぎ越しの食事の席で、イスラエルの民が食べていた酵母菌が入らない固いパンを手に取って、「これはわたしの体である」と言われたのです。また、葡萄酒の杯を手に取り、「これは多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」と言われました。主イエスが十字架で流された血と、裂かれた体によって、全人類の罪が贖われ、ゆるされ、すべての人が救われたのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたが奴隷の民イスラエルをエジプトからお救いくださったように、今はまたわたしたちを罪の奴隷から解放してくださいました。そのために、あなたはご自身のみ子の血を十字架におささげくださるほどに、わたしたちを愛してくださいました。あなたのその強い愛によって、わたしたちを永遠にあなたのみ国につなぎとめてください。わたしたちが再び罪の奴隷となることがありませんように。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA