5月18日説教「わたしたちを誘惑にあわせないでください」

2025年5月18日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:創世記3章1~7節

    ルカによる福音書11章1~4節

説教題:「わたしたちを誘惑にあわせないでください」

 ルカによる福音書11章で教えられている「主の祈り」を学んできました。きょうはその最後になります。4節後半の「わたしたちを誘惑に遭わせないでください」、この祈りは、マタイ福音書6章13節では、「わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください」となっており、マタイ福音書をテキストにしている式文の「主の祈り」では「我らを試みにあわせず、悪より救い出したまえ」となっています。少しずつ違いがありますのが、その違いについてはのちほど説明をします。

 「わたしたちを誘惑にあわせないでください」。この祈りによって、わたしたち人間とはどのような者であるのかについて、二つのことをわたしたちは告白します。一つは、わたしたち人間はだれもみな、多くの誘惑、試み、試練に取り囲まれているということです。わたしたちの人生は危険に満ちています。だれにとっても、それは決して安易な道のりではありません。特にも、主イエスを信じて歩む信仰者の道は、そうでない人に比べても、より多くの危険に満ちており、信仰者は他の人よりも多くの誘惑や試みとの戦いを強いられるかもしれません。主イエスはそのことをよくご存じであられます。だから、「わたしたちを誘惑にあわせないでください」と祈るように命じておられます。

 さらに、わたしたち人間はそのような誘惑や試みに対して、自分の知恵や力で立ち向かい、勝利することができない、弱い者であるということを、この祈りによって告白するのです。わたしたちは小さな誘惑や試練にあっても、すぐに心を乱し、悩み、迷い、あるいは泣き言を言い、不安に襲われます。どんなに頭脳や体力を鍛えても、ささいなことでつまずき、弱音を吐き、くずおれてしまいます。主イエスもまた、わたしたちがそのように弱い者であることをよく知っておられます。それゆえに、「わたしたちを誘惑にあわせないでください」と祈ってよいと言われるのです。わたしたちは英雄的な信仰者である必要はありません。自ら進んで危険と冒険の道を選び取っていく必要もありません。日本の戦国時代の武士、山中鹿之助のように、「我に七難八苦を与えたまえ」と祈るのではなく、「我を試みにあわせないでください」と祈りなさいと、主イエスはお命じなっておられます。

 16世紀の宗教改革者マルチン・ルターは、「わたしたち人間はだれもみな周囲を危険な試みに取り囲まれ、だれもみな自分の力ではその試みに勝つことができない弱い人間なのだ」と言っています。彼は、当時の腐敗した教会に対して、迫害や死をも恐れずに、その誤りを告発し、国家の指導者たちの脅迫に対しても決して屈せず、聖書の真理と福音を証し続け、ついにはローマ教会から破門されたのでしたが、彼は決して改革の英雄として立ち上がったのではなく、ただひたすら忠実な主イエスの僕(しもべ)たろうとしたのであって、彼自身は自分の弱さを最もよく知っていたのです。それゆえに、「主よ、我を試みにあわせないでください」と、主なる神の守りと導きとを信じて、真剣に祈ったのでした。

 主イエス・キリストを救い主と信じてキリスト者になるということは、誘惑や試みが全くない、平穏無事で楽な人生を歩む保証を得たということでは決してありません。ご利益主義の宗教はそれを約束します。しかし、主イエスはマタイ福音書10章16節で、弟子たちのこのように言われました。「わたしがあなたがたを遣わすのは、羊を狼の群れに送り込むようなものである」と。また、ヨハネ福音書16章33節では、「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」と。さらに、ペトロの手紙一1章4節などでは、キリスト者が経験する試練は、信仰がためされ、鍛えられるためのものであるから、むしろそれを喜びなさいとも、勧められています。

 したがって、「わたしたちを誘惑にあわせないでください」という祈りは、試みを避けて、安全な道だけを通ることができるようにと願っているのではありません。この祈りは、どのような誘惑や試練、あるいはそこからやってくる迷いや悩みの中でも、それがわたしを神から引き離す原因とさせないでください。むしろ、わたしがそれらに勝利することができるように、わたしを守り、導いてくださいということを願う祈りなのです。「次々にわたしを襲ってくる試み、試練、災い、不安、恐れの中で、わたしを守るのは、主なる神よ、ただお一人、あなただけなのですから、わたしはあなたのもとに逃れ、あなたにわたしのすべてをお委ねする以外にありません。わたしにはそれらからわが身を守る知恵も力もありません。しかし、主よ、あなたにはすべての力と知恵とがあります。あなたはわたしたちを耐えられないような試練にあわせることをなさらないだけでなく、それに耐えることができるように、逃れの道を備えてくださいます。それゆえに、わたしはあなたにこう祈ります。どうか、わたしを試みにあわせないでください」と。

 では次に、わたしたち信仰者にとっての誘惑、試み、試練とはどのようなものなのかを聖書からさぐっていきましょう。実は、主イエスご自身が宣教活動を始められる前に、悪魔の誘惑にあわれたということを、マタイ、マルコ、ルカの3つの共観福音書が一致して伝えています。ルカ福音書では4章1節から記されています。そこに記されている悪魔の誘惑をみると、それは必ずしも、最初から悪意に満ちたものではなかったということが分かります。悪魔は表面的には優しい顔をして、人の同情をかうかのようにして近づいて来て、思いやりのある言葉を語り、相手の興味や関心、心の中に眠っている欲望を引き出すように語ります。

 「イエスよ、お前が神の子ならば、この石にパンになるように命じたらどうだ。お前自身の空腹が満たされるだけでなく、多くの人たちを飢餓から救うことだってできるのだから」。また、悪魔は誘惑します。「イエスよ、お前にこの国の一切の権力と繁栄とを与えよう。もしお前がわたしに仕えるならば、すべてはお前のものになる」。悪魔は続けます。「お前が神の子ならば、神殿の屋根から飛び降りてみよ。神は天使たちによってお前を助けるだろから。そして、多くの人々の前でお前が神の子であることを証明して見せよ」。

そのようにして、悪魔は最終的には人間が神なしでも生きていけるように錯覚させ、人間が自ら神のようになれると思いこませるのです。そのようにして、人間をついには神から引き離そうとするのです。これが悪魔の試みの最も恐るべき実体なのです。創世記3章に書かれている誘惑者蛇もまた同様だったことを思い起こします。

 わたしたちが信仰者として生きていくとき、日々の信仰の歩みの中でもまた同じような誘惑や試みがわたしたちを襲ってきます。わたしが願っていなかった苦しみとか重荷、突然にやってくる災いや試練が、わたしの信仰を脅かすことがありますが、それ以上に、悪魔は時として好ましい姿で、優しい顔でわたしと神との間に入り込み、わたしを神から引き離そうとすることがあります。あるいはまた、この世の栄誉や地位への誘惑が、あるいは人間の正義感や倫理、道徳、勤勉であること、健康志向や理想を追い求めること、その他あらゆることが、わたしを神なしでも生きていくことができるという誤った自信や傲慢な思いを生み出す原因となるのです。

 わたしたちの人生は、日々に多くの危険に取り囲まれています。そうであるからこそ、主イエスは、「わたしたちを誘惑にあわせないでください」と祈るように命じておられるのです。この祈りなしには、わたしたちは一歩も安全に信仰の道を進むことができないのです。主なる神の助けと導きとを祈り求めることなしには、わたしたちはだれもみな信仰の歩みを全うすることはできません。

 エフェソの信徒への手紙6章10節以下では、厳しい信仰の戦いの中で苦闘する信仰者を、このように励まし、勇気づけています。【10~18節】(359ページ)。わたしたちが悪魔の誘惑に打ち勝って、固く立つことができるために、神はこのように多くの信仰の武具をわたしたちに授けてくださいます。その中でも祈りは最大、最強の武具です。なぜなら、祈りは神ご自身がわたしのために戦ってくださることだからです。祈りによって、わたしたちは神に結ばれます。祈りによって神に結ばれることで、わたしを神から引き離そうとする悪魔の誘惑をすぐに悟ることができるようになります。祈りによって、わたしたちは悪魔の誘惑の正体を正しく知ることができるようになるからです。

 ここで、マタイ福音書とルカ福音書、また式文の違いについて少しふれておきましょう。ルカ福音書では、マタイ福音書にある「悪い者から救ってください」が省略されています。なぜ省略されたのかは、はっきりとは分かっておりませんが、たぶんルカ福音書では「わたしたちを誘惑にあわせないでください」の中に「悪い者から救ってください」という祈りも含まれていると理解したからではないかと、推測されています。また、マタイ福音書では「悪い者」となっているのに対して、式文では「悪より」となっているのは、翻訳の違いです。もとのギリシャ語では、中性名詞と男性名詞とが同じ表記になるために、どちらに訳すことも可能です。ただし、今日多くの学者は男性名詞と理解し「悪しき者」と訳すべきだと主張しています。聖書の悪は、抽象的なものではなく、人格的な、生き物のような存在として人間を襲ってくるように描かれているからです。

 最後に、わたしたちは主イエスがその宣教活動の始めに悪魔の誘惑にあわれ、それに勝利されたことを思い起こしながら、主イエスはまたそのご生涯の最後には、最も恐るべき悪魔と罪の誘惑に最終的に勝利されたことを確認しておきたいと思います。ヘブライ人への手紙4章15節にこのように書かれています。「この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです」。

また、2章18節には、「事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けているいる人たちを助けることがおできになるのです」。

主イエスはわたしたちを罪と死から救い出すために、ご自身が十字架の死という大きな試み、試練を経験されました。そして、父なる神への全き服従によって、罪と死に勝利されました。この主イエス・キリストが共にいてくださるならば、どのような試練も災いも、死すらも、わたしたちを神から引き離すことはできないのです(ローマの信徒への手紙8章31節以下参照)。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、わたしたちは多くの悪しき者や罪の誘惑にさらされています。また、その誘惑に負けてしまう弱い者たちです。神よどうか、わたしたちをお守りください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの世界に実現しますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

5月11日説教「エジプトでモーセが行ったしるしと奇跡」

2025年5月11日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:出エジプト記7章1~13節

    使徒言行録7章35~38節

説教題:「エジプトでモーセが行ったしるしと奇跡」

 出エジプト記3章から6章までは、モーセが出エジプトという神の偉大なる救いのみわざのために仕える指導者として選ばれ、立てられるという、モーセの召命について、かなり長く、詳しく書かれていました。これを、預言者が預言者の務めに召される召命の記録と比べてみますと、たとえばイザヤ、エレミヤが神に選ばれて預言者として立てられる召命の記録がそれぞれの書に書かれていますが、そのいずれも、このモーセの召命の記録ほどには長くはありません。イザヤは自分が罪に汚れているので預言者としてはふさわしくないと言って神の招きを拒みました。エレミヤは、自分は年が若いから預言者にはふさわしくないと言って断りました。でも、その二人の預言者の召命の記録はこのモーセの召命の記録ほどには長くはありません。モーセは、神の招きに対して何度も何度も、数えてみれば実に5回も、自分は口が重く、臆病者で、指導者としては向いていないなどと理由を並べて、神の招きを拒みました。それが、モーセの召命の記録がこれほどに長くなった理由でした。

 そのモーセに対して、7章1節で、神はこのように言われます。【1節】。神はここで、モーセをファラオに対して神の代わりとすると言われます。これはどういうことでしょうか。この箇所のヘブライ語原典を直訳するとこうなります。「主はモーセにこのように言われた。見よ、わたしはあなたをファラオに対して神とした。あなたの兄弟アロンはあなたの預言者となるであろう」。これは驚くべき神の言葉です。神はモーセをファラオに対して、あるいはファラオのために、神としたと言われたのです。『新共同訳聖書』では「神の代わりとする」と翻訳し、他の日本語でも「神のように」と訳すことによって、モーセが直接神になるという誤解を生まないように工夫しています。けれども、「……の代わりに」とか「……のように」という言葉は本来はありませんから、「モーセを神とする、神と任じる」と言われているのであって、しかも動詞は完了形になっていますから、「わたしはあなたを神として立てた」という意味で言われているのです。さらに、冒頭には「見よ」という強調する言葉があって、その神のみわざが強調されているのです。わたしたちは驚くべきこの神のみ言葉をどう理解すべきなのでしょうか。いくつかの視点から考えていきましょう。

 一つは、神の召命を受けながらも何度も躊躇し、拒絶し、その務めから逃れようとしていた弱く、貧しく、頼りないモーセを、神はまさに神として立て、エジプト王ファラオの前でイスラエルの神として立つようにお招きになった、あるいはそうなるようにお命じになったということです。モーセをそのようにされるのは主なる神です。モーセに、そのようになれ、とお命じになるのは主なる神です。たとえ、モーセ自身がどのように欠けや破れの多い人間であっても、神はそのモーセをお用いになって、神の働きをなさしめるのだと言われるのです。すべては神がなさることです。モーセはその神に黙って服従するのです。

 エジプト王「ファラオに対して」とあるのは、エジプトではファラオが神の化身、すなわち現人神と信じられていたことと関連すると考えられます。そのエジプトの神の化身であるファラオの前に立ち、その王と対峙し、しかもそのエジプトの神が偽りの神であり、偶像の神であることを明らかにするために、そして、イスラエルの神こそがまことの唯一の真実なる神であることを示すために、モーセはファラオの前にイスラエルの主なる神として立つようにと命じられているのだということです。

 もう一つ考えておかなければならないことは、人間が神となることの危険性についてです。創世記3章に書かれているように、最初に創造された人間アダムとエヴァは、その実を食べたら神のようになれるよとの誘惑者蛇の誘いにのって、神に食べるなと禁じられていた木の実を食べ、神の戒めを破りました。これが人間の罪の根源、原罪です。そこには、人間が神のようになるという誘惑がありました。人間が自ら神のようになることによって、もは神を必要としなくなること、それが人間の罪の根源です。

 神がここでモーセを神とすると言われることには、その危険性はないのでしょうか。しかし、わたしたちはこれまでのモーセの召命の記録を読んできて何度も確認したように、これはモーセ自身の願いとか意志によるのではなく、神からの招きであり、神の命令だということは、はっきりしています。モーセ自身が自ら神になろうとしているのではなく、むしろモーセは人間の中でも能力に欠け、意欲も野心もなく、取るに足りない者であることを自覚しているのです。彼は自分の無力さに絶望していました。彼はただ神の招きと命令によって、ファラオの前にイスラエルの神の代理として立つことができるのです。

 1節の神の招きのみ言葉は、これまでにも何度か語られていました。【4章14~16節】(99ページ)。神はモーセの弱さや不安、迷いを取り除くために、何度も繰り返してみ言葉をお語りになり、彼を励まし、彼に力をお与えになりました。神が常にモーセと共におられ、またアロンと共におられ、彼らにみ言葉をお語りになり、彼らになすべきことをお示しになるという、この神の約束のみ言葉こそが、モーセを神としてファラオの前に立たせ、またアロンを預言者として立てるのです。

 7章1節でもう一つ注目したい言葉があります。「預言者」という言葉が出エジプト記の中でここに最初に用いられています。旧約聖書の時代で最も早くに預言者と呼ばれているのがモーセの兄アロンです。のちの時代のイスラエルのいわば専門職としての預言者とは多少違いますが、ここには預言者の務めの基本が語られています。2節に書かれているように、主なる神がまずモーセにみ言葉を語り、次にモーセがアロンに神が語られてように語り、それをアロンがそのようにファラオに語る、そのようにして神の言葉がファラオにもたらされるというのです。先ほど読んだ4章14節以下にも同じようなことが言われていました。

 つまり、預言者とは神が語った言葉をそのまま他の人に、イスラエルの民やエジプト王ファラオの語る、そうすれば、そこで神の言葉が出来事となり、神の裁きと救いのみわざがなされる、それが預言者の務めであるということです。預言者とは、神の言葉を聞き、それを預かり、それをそのままに他者に、民に語り、そこで神の出来事を引き起こすのがその務めです。、モーセとアロン以後、イスラエルは千年以上の期間、神によって召された預言者たちが語った神の言葉によって導かれてきました。そしてついに、まことの預言者であられ、神の言葉そのものが受肉された主イエス・キリストによって、神の救いのみわざが、成就されたのです。

 次に、【7章3~7節】。モーセがファラオの前で神として立てられるという神の約束は、モーセがこれからのち試練や苦難に遭遇しないということではありません。むしろ、3節では、主なる神ご自身がファラオの心をかたくなにするから、モーセが語る言葉を彼は簡単には聞かないであろうと言われています。イスラエルの民を解放するようにとのモーセの要求は、エジプトの国で行われる多くのしるしと奇跡を見ても、ファラオはかたくなに拒み続けるであろうと言われているのです。モーセとアロンの務めは、多くの困難に直面し、神は二人を困窮させるであろうと言われているのです。モーセとアロンの務めは容易ではありません。

 神がこれほどまでして、ファラオの心をかたくなにし、モーセとアロンの務めを困難にされるのはなぜでしょうか。5節後半に、このように書かれています。「エジプト人は、わたしが主であることを知るようになる」と。神はイスラエルの民をエジプトの奴隷の家から救い出されるという本来の救いのみわざをなさるだけでなく、エジプト王ファラオのかたくなさによって、より偉大なる神のみ力を表され、それによって異邦人である不信仰なジプト人もまたイスラエルの神こそが全地の唯一の主であることを知るようになるのだと言われます。神はエジプト王ファラオのかたくなな心をも支配しておられます。それだけでなく、神はイスラエルの民ユダヤ人と異邦人であるギリシャ人のすべての人間の不信仰と罪の中で、主イエス・キリストによる救いのみわざを成就なさるのです。

 7節には、モーセがファラオの前に立ったのは80歳であったと書かれています。申命記34章7節によれば、出エジプト後のイスラエルが荒れ野の40年の旅を終えて約束の地を前に、120歳でモーセは世を去ったとありますから、その記録と合致します。また、使徒言行録7章のステファノの説教によれば、モーセは誕生してから40年間はエジプトの王宮でファラオの娘の子として育ち、その後40年間はアラビヤのミディアンの地で過し、80歳の時に神の召命を受けてイスラエルの指導者として立てられたという内容とも一致します。モーセはそれぞれの年代と時代に、神によって定められた人生を歩み、神の僕(しもべ)、神の預言者としての務めを全うしたのです。

 8節以下には、モーセに与えられた「神の杖」によって、モーセとアロンがファラオの前で奇跡を行ったことが書かれています。【8~13節】。この箇所の重要なポイントを二つにまとめてみましょう。一つには、この奇跡によって、イスラエルの神がエジプトの魔術師たちや神々に勝利したということが語られています。イスラエルの主なる神は、エジプトの神々や神の化身と自称する王ファラオとに勝利され、ご自身が選ばれたイスラエルの民をその全能のみ力によってエジプトから導き出されるということがここですでに暗示されているのです。

 もう一つは、エジプトの魔術師たちは人間の能力を超えた力を発揮したり、人々を驚かせたりすることはできるけれども、それはエジプトや世界の歴史を変えることも、人々にまことの救いをもたらすことはできないのに対して、神がモーセとアロンに与えた「神の杖」は、数々のしるしや奇跡を起こし、それによって主なる神の偉大さを示し、ついにはイスラエルの民をエジプトの奴隷の家から導き出すであろうことをも、あらかじめ暗示されています。モーセとアロンはその「神の杖」によって、これから7章14節以下に記されているように、エジプトの地で数々のしるしと奇跡を行って、神の救いのみわざのためにお仕えするのです。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、あなたはイスラエルの民をエジプトの奴隷の家から救い出され、また、今この時には、み子主イエス・キリストの十字架と復活によって、全人類を罪と死から救い出されました。あなたの救いのみわざは今もなお続けられています。どうか、迷いと悩みの中にあるこの世界をお救いください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの世界に実現しますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

5月4日説教「古代教会の信仰告白」

2025年5月4日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

    『日本キリスト教会信仰の告白』連続講解(42)

聖 書:申命記26章5~11節

    コリントの信徒への手紙一15章1~11節

説教題:「古代教会の信仰告白」

 『日本キリスト教会信仰の告白』をテキストにして、わたしたちの教会の信仰の特色について学んでいます。印刷物の5段落目の文章、これは『信仰告白』の「前文」と後半の『使徒信条』とを結んでいる文章ですが、「古代の教会は……」から始まって、「……共に告白します」までは、直接的にはこのあとの『使徒信条』のことを説明しています。

 この箇所は、1890年(明治23年)の『(旧)日本基督教会信仰の告白』をほとんどそのままに受け継いでいます。それを紹介してみます。「往時(いにしえ)の教会は、聖書によりて、左の告白文を作れり。我等もまた、聖徒がかつて伝えられたる、信仰の道を奉じ、讃美と感謝とをもって、その告白に同意を表す」。古い文体ですが、内容としては、ほとんど同じです。

このことからも分かりますように、日本キリスト教会は1890年に創立されて以来今年で145年になりますが、古代の教会が告白した『使徒信条』が自分たちの教会の信仰の土台であり、中心であるということを、ずっと自覚してきました。福音が語られる国や場所が変わっても、あるいは文化や慣習、また時代が変わっても、自分たちがこの国で宣べ伝えるべき福音は、古代教会が信じ、告白してきた『使徒信条』を土台としているということを、いつも忘れませんでした。

 そこできょうは、「古代の教会は、聖書によって次のように信仰を告白しました」という個所を学んでいきます。まず、「古代の教会」についてですが、1953年に制定された「文語体」では、1890年と同様に「いにしへの教会は」と言われていたのを、2007年の「口語文」でこのように言い換えられました。「古代の教会」「いにしへの教会」とは、『使徒信条』が形成された時代を指していることになりますが、それが紀元何年ころなのかについては、研究者によって開きがあります。紀元4世紀から5世紀にかけてという説が一般的です。

 また、『使徒信条』のもとになったと推測されているローマ信条と言われる信仰告白があります。これは、ローマにある教会で洗礼を受ける人が告白した信仰告白で、紀元2~3世紀のものと考えられています。『使徒信条』と非常によく似ていますので、紹介します。

 「わたしは全能の父なる神を信じます。わたしはその独り子、わたしたちの主イエス・キリストを信じます。主は聖霊と処女マリアによって生まれ、ポンティオ・ピラトのもとで十字架につけられ、葬られ、三日目に死者の中から復活し、天に昇り、父なる神の右の座に就いておられます。そこから、生ける者と死せる者とを裁くために来られます。わたしは聖霊を、聖なる教会を、罪のゆるしを、体の復活を、永遠の生命を信じます」。

 このようなローマ信条などをもとにして、諸教会で告白されていた信仰告白が長い年月をかけて、今日の『使徒信条』が成立したと考えられています。

 ちなみに、初期のころのキリスト教の時代区分についてですが、一般的に言うならば、主イエスの十字架の死と復活、そして聖霊降臨とエルサレム教会が誕生した、紀元30年代から、紀元2、3世紀ころまでを、初代教会時代と言います。古代教会時代と言えば、それよりは少し幅が広く、紀元1世紀から4世紀ころまでを言い、5世紀から16世紀初めの宗教改革期までを中世と呼ぶのが一般的です。

 では次に、「聖書によって、次のように告白しました」の「聖書によって」という言葉に注目したいと思います。これは、『使徒信条』が聖書の言葉をもとにして形成されたということを言い表しているのですが、それだけでなく、そもそも信仰告白とは、聖書に書かれている神の言葉をその土台としている。聖書の中で神が語っておられる言葉、あるいは神の真理、神の救いのみわざ、それらを源泉として、『使徒信条』もすべての信仰告白も作成されているということを、言い表しています。

 そのことは、これまで『信仰告白』の「前文」の箇所を学んできた際にいつも確認してきたことですが、聖書と信仰告白との関係を、一般に次のように言い表します。「聖書はすべてを規範づけている規範であり、信仰告白は聖書によって規範づけられた規範である」。あるいは、このような言い方もできるでしょう。「信仰告白は聖書に対する信仰者の応答である」と。

 しかも、信仰者一人一人の応答というのではなく、信仰者の群れ、教会の応答として、長い年月にわたって、多くの信仰的、また学問的な推敲作業を経てまとめられた要約としての応答、それがその時代の教会の信仰告白として文章にされ、多くの教会員がそれに賛同し、共に告白することを表明する。そのようにして作成されたのが信仰告白です。ちなみに、新約聖書のギリシャ語で「信仰を告白する」という言葉は、本来は「共に言葉にする、共に言う」という意味を持っています。

 実は、旧約聖書の中にも、イスラエルの民が神の救いのみわざに対して感謝の応答をして作成されたと思われる信仰告白が数多くあると理解する学者がおります。詩編などの多くは、イスラエルの礼拝でそのような信仰の応答として礼拝者全員で唱和した信仰告白であったと推測できます。また、きょうの礼拝で朗読されて申命記26章5節以下もそのような信仰告白の一つだと言われます。【5~11節】(320ページ)。

 以上のことから、信仰告白の役割について、二つの点を確認しておきましょう。一つは、信仰告白は聖書の要約であるということです。聖書は、新・旧約聖書合わせて2500ページもの膨大な量ですから、その中で語られ教えられている内容を短く要約することは容易ではありません。でも、長い信仰の歩みと学問的な研鑽を積み重ね、その中の重要なポイントをまとめて一つの文章とするという作業は、イスラエルにおいても教会においても続けられてきました。また、その作業の中で、異端的な教え、間違った教えを取り除き、体系的なキリスト教教理と言われるものを積み重ねてきました。信仰告白は異端的教えに対する戦いの要素も強く含まれていました。

 もう一点は、信仰告白は告白共同体を形成するということです。一人一人が自由勝手に聖書を理解するのではなく、教会の群れとして、共に一致して一人の主にお仕えしていくために、共に同じ信仰を告白する、一つの群れを形成していくという役割が信仰告白にはあります。わたしたちの教会、日本キリスト教会はまさにそのことを重視する「信仰告白の教会」であることを特徴の一つにしています。それはまた、神の言葉である聖書によって結集している教会であることをも意味しています。だれか偉大な指導者や監督によって一致し、結集している教会ではなく、また教会の組織とか伝統とかによって一つにまとめられた教会でもなく、神の言葉である聖書、またその聖書に対する信仰の応答である信仰告白によって一致し、結集している教会、そのような教会を目指しているのです。

 前に、旧約聖書の中の信仰告白について触れましたが、新約聖書の中にも、初期のころの教会の信仰告白を見いだすことができます。その代表的な例として、コリントの信徒への手紙一15章を挙げることができます。【1~5節】。3節の「すなわち」以下から5節までが、パウロがコリントの教会に告げ知らせた福音の内容と思われます。パウロはそれを、「わたしも受けたものです」と言っているように、彼は他の教会で信仰告白のように言い伝えられていた内容を、コリントの教会にも伝えました。この手紙が書かれたのは紀元54年か55年、パウロのコリント伝道はその数年前ですから、主イエスの十字架の死と復活、そしてエルサレム教会誕生が紀元30年代はじめとすると、それから20年余りの間に、このような文章が信仰告白として作成され、他の教会へも伝えられていたことが分かります。教会は誕生した当初から、信仰告白の共同体であったと言ってよいでしょう。

 さらに研究を進めていくと、信仰告白の最も初期の原点ともいうべきものが見えてきます。ローマの信徒への手紙10章9節を読んでみましょう。【9節】(288ページ)。ここに、「イエスは主であると告白して」書かれています。また、コリントの信徒への手紙一12章3節には、「聖霊によらなければ、だれも『イエスは主である』とは言えない」と書かれています。もう一か所、フィリピの信徒への手紙2章11節には、「すべての舌が、『イエスは主である』と公に宣べて、父である神をたたえるのです」と書かれています。

 これらの箇所から分かるように、「イエスは主である」あるいは「イエス・キリストは主である」、すなわち「イエスはキリストであり、主である」という告白が、最もオリジナルな信仰告白の原点であったのではないかと推測できます。このオリジナルな信仰告白を核として、それにいろんな告白がつけ加えられ、コリントの信徒への手紙一15章のパウロが伝えた信仰告白や、紀元2世紀のローマ信条、そして『使徒信条』へと発展していったと考えられています。

 「イエスは主である」あるいは「イエスはキリストであり、主である」というこのオリジナルな信仰告白は、やがて初代教会の迫害の時代に、教会にとっての大きな闘いの武具となっていきました。ローマ皇帝は自らを「生ける神にして主」と称しましたが、キリスト者は「いや、皇帝は神でもなければ、主でもない。わたしたちのために十字架で死なれた、神のみ子であり人の子である主イエスだけが、わたしたちの、そして全人類の唯一の主であり、救い主であり、来るべき神の国の王である」と告白したのです。「イエスは主である」という信仰告白は、今日のわたしたち一人一人にとっても、信仰の闘いのための力強い武具なのです。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、「イエスは主である」という信仰告白を、わたしたちの教会とわたしたち一人一人の力強い信仰告白としてください。他のいかなるものをも、決して主とせず、礼拝せず、主イエス・キリストにわたしのすべてをお委ねする者となりますように。

〇主なる神よ、この世界にあなたの義と平和とが実現しますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

4月27日説教「神の言葉によって生じた分裂」

2025年4月27日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:申命記30章15~20節

    使徒言行録14章1~7節

説教題:「神の言葉によって生じた分裂」

 使徒パウロとバルナバによる第一回世界伝道旅行の記録が使徒言行録13章4節から始まっています。地中海のキプロス島から小アジアと言われる地域、今のトルコ共和国になりますが、当時のローマ帝国の区分ではピシディア州のアンティオキアという町での宣教活動が13章13節から詳しく描かれています。パウロの説教を聞いて、多くのギリシャ人、異邦人が主イエス・キリストの福音を信じ、永遠の命にあずかる神の民とされました。ところが、そのことがユダヤ人たちの反感をかって、パウロたちは迫害を受け、町から出ていかざるを得なくなりましたが、パウロはその時、自分たちの福音宣教の使命がユダヤ人だけではなく、ユダヤ人以外の異邦人にこそあるのだということを強く意識したのでした。13章46節以下にこのように書かれています。【46~49節】。

 ユダヤ人による迫害が、異邦人、ギリシャ人への伝道の門戸を大きく開くきっかけになったのです。わたしたちが使徒言行録を読んでしばしば確認してきたように、神の言葉はこの世のどのような鎖によっても決してつながれることはありません。いやむしろ、神の言葉はこの世の様々な抵抗や攻撃という迫害の中で、いよいよその力と命とを発揮し、そのような迫害を乗り越え、貫いて前進していくのです。

 それゆえに、パウロとバルナバはこの迫害によって伝道活動を諦めて、帰路に着くというのではなく、むしろ、51節に書かれているように、パウロたちも、またアンティオキアに誕生した教会も、より大きな喜びに満たされ、聖霊に導かれながら、宣教活動を続けていったのでした。

 このこともまた、わたしたちが使徒言行録で繰り返して確認してきたことでした。最初に誕生したエルサレム教会で大迫害が起こり、多くのユダヤ人キリスト者たちがエルサレムから追放されましたが、追放された彼らがパレスチナ周辺地域へと散っていき、新しい町で主イエスの福音を宣べ伝えました。それによって、パレスチナ全域に主の教会が拡大していったのでした。アンティオキアの町を追い出されたパウロたちもまた、次の町イコニオンへ出かけていき、そこで主イエスの福音を宣べ伝えたのです。

 14章1節から、イコニオンでの伝道活動が描かれます。アンティオキアからイコニオンまでは、よく整備されたセバステ街道を西に130キロほどの道のりで、当時は交通の要所であり、かなり繁栄した町であったようです。

【1節】。パウロたちは、前のアンティオキアでもそうしたように、まずユダヤ人の会堂で伝道活動を始めました。13章46節でパウロは、「わたしたちは異邦人の方に行く」と宣言しましたが、これは、ユダヤ人がもはや伝道の対象ではなくなったという意味ではなく、主イエスの福音はユダヤ人にも異邦人にも、すべての人に語り伝えられなければならないということは変わりはありません。どんなにかたくなで、不信仰な人ユダヤ人であっても、神の救いから全く除外されているのではありません。パウロたちはこのあとでも、新しい町に行った時には、まずユダヤ人会堂を探して、そこを拠点として伝道活動を広げていくという方法をとっています。神が最初にユダヤ人をお選びになったという選びの秩序は、変更されません。

イコニオンでも多くのユダヤ人や異邦人が信仰に入ったと書かれています。迫害によって前の町を追い出されたパウロたちでしたが、それでもなおも語り続けるとき、神はご自身の命のみ言葉によって働いてくださり、新しい町で多くの救われる人を生み出してくださいます。わたしたちもまたそのことを信じて、この時代に、この場所で、語り続けていきたいと願います。

【2~3節】。イコニオンでもユダヤ人たちが迫害の先頭に立ちました。なぜに、ユダヤ人たちはこれほどまでに不信仰でかたくなに、パウロたちが語った主イエスの福音を信じなかったのでしょうか。全世界の諸国民に先立って神よって選ばれ、神との契約の民とされ、神の救いの恵みを多く受け取ってきたはずなのに、彼らは主イエスの福音を信じることができませんでした。その理由については、使徒言行録全体や新約聖書全体の教えから推測できます。ユダヤ人たちは神に愛され、神の恵みをたくさん受け取ってきたのに、それに心から感謝をせず、自分たちが選ばれた民であることを誇って、かえって傲慢になり、自分たちには神から与えられた律法があり、神に最も近い民であり、神の国の世継ぎとして定められていることに安住していたと言えるでしょう。

けれども、パウロたちが語った主イエス・キリストの十字架と復活の福音は、そのようなユダヤ人の選民意識や特権意識を、根本から打ち砕くものでした。すなわち、だれであっても、主イエス・キリストがわたしの罪のために十字架で死んでくださったことを信じ、主イエスの復活によってわたしに罪と死に対する勝利が与えられていることを信じて、主イエスをわたしの救い主と信じ、告白するならば、すべての人が、自らには何の功績がなくても、主イエス・キリストによって罪ゆるされ、救われる。これがパウロたちが語った主イエスの福音だからです。わたしたちはこの救いの恵みを、感謝をもって、また真実の悔い改めをもって受け取るのです。それがわたしたちの救いです。

パウロとバルナバは繰り返されるユダヤ人による迫害にも、決して屈することなく、失望することなく、その町に長くとどまり、忍耐強く、勇敢に語り続けました。3節の「勇敢に語った」という言葉は、使徒言行録の中で何度も用いられる特徴的な言葉です。いくつか読んでみましょう。【13章46節】(240ページ)。【9章27節】(231ページ)。ここでは、同じ言葉が「大胆に」と訳されています。【4章29節、30節】(220ページ)ここでも「大胆に」と訳されています。いずれの箇所でも、敵対する人々に囲まれながら、恐るべき迫害のただ中で、苦痛や死の恐れのただ中で、しかしなおも勇気を失わず、希望を持ち続けて、主イエス・キリストの福音を語り続ける、勇ましい使徒たちの姿を「大胆に、勇気をもって」という言葉で表現しています。

パウロたちがこのように大胆に語ることができたのは、彼らが雄弁であったからではありません、また彼らの性格がだれをも恐れない強さを持っていたからでもありません。きょうの箇所の3節では、「主を頼みとして勇敢に語った。主は彼らの手を通してしるしと不思議な業を行い、その恵みの言葉を証しされたのである」と書かれているように、主なる神が彼らと共にいてくださり、彼らに特別な恵みの賜物をお与えくださったからにほかなりません。主なる神ご自身が、ご自身の言葉の命と力とを働かせてくださったからです。そのようにして、主なる神の言葉の命と力とを信じて、パウロたちは大胆に、力強く、勇気をもって主イエス・キリストの福音を語りました。語ることができたのです。

【4~7節】。パウロとバルナバは、激しい迫害にあいながらも、かなりの長い期間イコニオンに滞在して伝道活動を続けました。その結果、パウロたちとユダヤ人の対立だけでなく、町の住民全体が二つの派に分かれるほどの騒ぎに発展していきました。一方はユダヤ人の側につき、他方はパウロたちの側に着くというように、パウロたちを中心にして町の住民が二つに分裂しました。パウロたちを中心にしてというよりは、主イエス・キリストを中心にしてというべきかもしれません。主イエス・キリストの福音を受け入れる人たちと、それを拒絶する人たちに分裂したのです。このような分裂は。聖書の中でしばしば起こる分裂です主イエスが救いのみわざがなされるときには、いつもこのような分裂が生じます。それは主イエスご自身がひき起こされる分裂なのです。

マタイ福音書10章34節以下で、主イエスはこのように言われます。【34~39節】(19ページ)。これは何とも厳しい主イエスのみ言葉でしょうか。人間の関係の中で最も近しい親と子の間に、家族との間に、主イエスは剣を投じるために来たのだと言われるのです。平和な家族に分裂をもたらすために主イエスは来たのだと言われるのです。この主イエスのみ言葉の厳しさに驚かない人がいるでしょうか。わたしたちは主イエスのみ言葉の厳しさを、少しも割引をしないで受け止めなければなりません。それと同時に、そのみ言葉に含まれている大きな、豊かな救いの恵みを十分に受け取らなければなりません。

主イエスは38節で、【38節】(19ページ)と言われます。主イエスはここでご自分の十字架の福音を先取りして語っておられるのです。そして続けて【39節】とも言われます。主イエスの十字架の死はわたしたちをまことの命に生かすための死であったのです。罪のない神のみ子が、わたしたち罪びとたちに代わって、父なる神の裁きを受けて十字架で死んでくださいました。そして、罪も汚れもない尊い血をわたしたちのために流され、わたしたちを罪から贖ってくださいました。罪ゆるされたわたしたちは、永遠に神と共にある命に生かされるのです。主イエスの十字架の福音を聞き、それを信じるとは、まさにこのような永遠なる神との霊的な交わりの中に招き入れられることなのです。

わたしたちが神との霊的な交わりの中で生きるために、わたしたちはひとたび肉にある関係のわたしを殺さなければなりません。古い罪の中にあったわたしが、主イエス・キリストの十字架によって、死ななければならないのです。主イエス・キリストの十字架の福音を聞き、信じるとは、そのような古いわたしの死と、新しいわたしの復活が起こるということなのです。それゆえに、信じる人と、信じない人との間には決定的な違いが生じます。分裂が生じます。

この時代、紀元1世紀中ごろから2世紀にかけて、ローマ帝国は長く平和が続きました。それを「パクス・ロマーナ」(ローマの平和)と呼びます。ローマ帝国が強力な力によって全世界を支配していたので、暴動や反乱が起こらなかったからです。イコニオンの町もそのような「ローマの平和」を享受していたのに違いありません。けれども、その町に主イエスの十字架の福音がもたらされると、町の平和は乱れて、大きく二つに分断されました。

このことは、紀元1世紀の終わりころ、ローマ帝国による教会に対する組織的迫害が起こることを暗示しているように思われます。平和なローマ帝国に主イエス・キリストの十字架の福音が大きなくさびを打ち込んだのです。ローマ帝国はそれに対して教会を迫害するという道を選びましたが、教会はその迫害に屈することはありませんでした。やがて、ローマ帝国は二つに分裂し、滅びていきました。しかし、わたしたちは永遠に終わることがない神の王国に招き入れられているのです。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、あなたの命のみ言葉は、どのような困難の中でも、迫害にあっても、決してその働きを止めることはありません。また、あなたがわたしたちにお与えくださった主イエス・キリストの福音は、どのような時代の中でも、信じる人を生み出し、教会を建てます。わたしたちがそのことを信じて、喜んで、また大胆に、あなたのみ言葉に仕えていく者としてください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの世界に実現しますように。 主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

4月20日説教「主イエス・キリストの死と復活にあずかる」

2025年4月20日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

              復活日(イースター)礼拝

聖 書:詩編130編1~8節

    ローマの信徒への手紙6章1~11節

説教題:「主イエス・キリストの死と復活にあずかる」

 きょうの復活日(イースター)礼拝で朗読された聖書、ローマの信徒への手紙6章1~11節では、わたしたち人間の死ぬことと生きることが取り上げられています。ここには、死ぬという言葉と、生きるという言葉が何度も用いられています。しかも、その二つの言葉はいつでも一つの文章の中で一緒に連なって用いられています。いくつか読んでみましょう。2節、「罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なおも罪の中に生きることができるでしょうか」。それから、4節。【4節】。また、8節でも。【8節】。最後に、11節。【11節】。

 わたしたちが人間の死ぬことと生きることを考える場合、いつでもその二つのことを切り離さずに、それぞれの関連とつながりの中で考えなければならないということを聖書は教えています。死を考える場合には命と生きることとの関連の中で、命や生きることを考える場合には死と死ぬこととの関連の中で考えることが重要です。両者を切り離して、死や死ぬことだけを独自に考えるのではなく、また命や生きることだけを独自に考えるのでもなく、その両者が互いに分かちがたく結びついているものとしてとらえることが重要だということです。

 それから、きょうの箇所でのもう一つの特色は、先ほど挙げた4つの文章では、いつの場合にも、死と死ぬことが先に言われ、次に生きることが言われているということです。これは、人間の一生を考える場合、普通の順序ではないと言わなければなりません。わたしたちはだれもみな、生まれ、生きて、そして死んでいきます。生きることが先にあり、次に死ぬことが続きます。そして、死ぬことで最後となります。

 ところが、きょうの聖書の箇所では、それが全く逆になっています。しかも、4つの文章がみなそうなっています。死ぬことが先にあり、つぎに生きることが続いています。そして、最後は復活と新しい命に生きることが語られているのです。聖書は、はっきりと意識して、普通の順序を逆転させているということに気づきます。

 なぜ、意識的に逆転させているのでしょうか。その答えは、きょうの箇所で「わたしたち」という言葉と共に用いられている「キリスト・イエス」にあります。この方、主イエス・キリストが人間の、生きるから死ぬへと至る順序を、逆転させたからです。

 神のみ子である主イエスのご生涯は、わたしたち人間と同じように、ヨセフとマリアの子としてお生まれになり、赤ちゃんだった時があり、12歳だった時があり、30歳のころに、神の国の到来を告げる説教者として立ち、およそ3年余りの活動期間を経て、エルサレムでユダヤ人指導者たちによって捕らえられ、裁判にかけられ、ローマ帝国の地方総督ピラトによって十字架刑の判決を受け、受難週の金曜日に十字架上で息を引き取られました。

 ここまでは、わたしたち人間と同じ順序でした。ところが、主イエスは墓に葬られてから三日目の日曜日の朝早くに、墓から出て、復活されたのです。主イエスの亡骸は墓にはありませんでした。数人の婦人たちや弟子たちがその証人となりました。そのあと、40日間にわたって、主イエスは復活されたお姿を多くの人たちの前に現わされました。

 主イエスの復活の目撃証人となった弟子たちは、十字架につけられた主イエスが復活されたことを信じ、その復活信仰によって形成された教会の民となりました。主イエス・キリストを救い主と信じる教会の民は、復活信仰から始まっています。死によっては終わらない、復活信仰によって生きる、新しい命に生きる教会の民が形成されたのです。それによって、生きるから死へと至る人間の一生とは違う、死から新しい命に生きるという、逆転が起こったのです。

 そこで、きょうの聖書の箇所の三つ目の大きな特徴に注目しなければなりません。ここでは、わたしたちの死ぬことと生きることとが、主イエス・キリストの死ぬこと、生きることとの密接な関係の中で語られているということです。主イエス・キリストご自身が生きるから死ぬへと至る順序を、死ぬから生きるへと逆転させてくださったのですから、わたしたちが主イエス・キリストと固く結ばれているならば、わたしたちもまた、主イエス・キリストと同じように、死ぬから生きることへと変えられることになるのです。

 では、それがどのようにして起こるのでしょうか。主イエス・キリストが起こしてくださった逆転が、どのようにしてわたしたちの逆転になるのでしょうか。そのことを探っていきましょう。

 この手紙の著者である使徒パウロは、主イエス・キリストの十字架の死と復活が、どのようにしてわたしたち信仰者の死と新しい命に生きることに結びつくのかを、洗礼という儀式で説明しています。洗礼は元来、ユダヤ教の改宗者の入会儀式であったと推測されています。ヨルダン川に身を沈めることによって、今まで信じてきた諸宗教の神々と死に別れ、川から上がってきた時にはユダヤ教の神を信じる新しい信仰者に生まれ変わるということを、言い表していました。そのユダヤ教の洗礼が、洗礼者ヨハネの悔い改めの洗礼を経て、主イエス・キリストを救い主と信じるキリスト教信仰を告白する儀式へと変わっていきました。それによって、洗礼には新しい意味が付け加えられたのです。

 キリスト教信仰による洗礼の第一の意味は、3節に書かれているように、「主イエス・キリストの死にあずかる洗礼」です。主イエス・キリストが十字架で死んでくださったその死が、洗礼によってわたしの死となり、罪に支配されていた古いわたしがそこで死ぬのです。それは単に象徴的な意味で死ぬということではなく、主イエス・キリストが十字架の死によってわたしの罪のために代わって神の裁きを受けてくださり、わたしに代わって死んでくださったという事実によるわたしの死なのです。主イエスご自身は罪のない神のみ子でしたから、本来裁かれることも死ぬこともあり得なかったのですが、主イエスは徹底してこのわたしのために、わたしの罪のために死んでくださったからです。4節の前半にこのように書かれています。【4節a】。

同じようにして、主イエス・キリストの復活もまた、わたしのための復活であり、わたしを新しい命へと生かすための復活であったことが、4節後半に書かれています。【4節b】。これがキリスト教信仰による洗礼の第二の意味です。主イエス・キリストは死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順に父なる神に服従され、それによって神の義を満たされ、神の救いのみわざを成就されました。それによって、主イエス・キリストは罪と死とに勝利されたのです。神は主イエス・キリストを死者の中から復活させてくださいました。そして、洗礼によって、主イエス・キリストの罪と死に対する勝利が信仰者の勝利とされるのです。主イエス・キリストをわたしの救い主と信じる信仰者は罪の支配から解放され、新しい命に生きる者とされるのです。

洗礼は、主イエス・キリストの死と復活を、洗礼を受ける信仰者、わたしたちの死と復活の命に固く結びつけます。そのことを言い表す言葉が、きょうの聖書箇所には数多く用いられています。3節では、「キリスト・イエスに結ばれる」、4節では、「キリストと共に」、5節では、「キリストと一体なって」、6節と8節でも、「キリストと共に」、11節では、「キリスト・イエスに結ばれて」、これらの言葉によって二つのことが強調されています。

一つは、洗礼によって主イエス・キリストの出来事がわたしの出来事となるのですが、その出来事の主体は、常に主イエス・キリストの側にあるということです。主イエス・キリストのご生涯とご受難十字架の死、そして復活のすべてが、わたしのためであったということです。わたしはその救いの恵みを、洗礼をとおして、感謝をもって受け入れるのです。

もう一つには、その救いの恵みの大きさ、力の偉大さが強調されているのです。主イエス・キリストの神のみ子としての十字架と復活の出来事は、ただ一回で、完全で、永遠で、普遍の力と命を持っています。その救いの恵みは、すべての時代のすべての人に及ぶのです。だれであれ、主イエス・キリストを信じて、洗礼を受ける信仰者に、この救いの恵みが与えられます。8節に書かれているように、【8節】という、この信仰によって、すべての信仰者は生きるのです。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、罪の中にあって死すべきであったわたしたちのために、苦しみを受けられ死なれ、そして三日目に復活された主イエス・キリストの救いの恵みを、どうかわたしたち一人一人に豊かに与えてください。また、多くの人々にも与えてください。

〇この後で行われる洗礼式、入会式の上に、あなたからの豊かな祝福がありますように。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの世界に実現しますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

4月13日説教「ロバに乗ってエルサレムに入場された平和の王」

2025年4月13日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

              棕櫚の主日(受難週)

聖 書:詩編98編1~9節

    ルカによる福音書19章28~44節

説教題:「ロバに乗ってエルサレムに入場された平和の王」

 ルカ福音書19章28節にこのように書かれています。【28節】。主イエスのエルサレムへの最後の旅は、いよいよ終わりに近づきました。主イエスの地上の歩みの最後の1週間が、ここから始まります。それは、教会の暦で言えば、受難週の始まりです。主イエスは受難週の日曜日に、ろばに乗ってエルサレムに入場されました。それから、ほとんど毎日エルサレム神殿とその近くで説教されました。木曜日の夕方、弟子たちと一緒に過ぎ越しの食事をされ、その夜はゲツセマネの園で徹夜の祈りをされ、金曜日の朝方ユダヤの役人たちによって捕らえられ、裁判を受け、十字架につけられ、午後3時ころに十字架の上で息を引き取られました。その日のうちに墓に葬られ、翌日の安息日を挟んで3日目の日曜日の朝早くに、墓から復活されました。これが、主イエスの受難週から復活に至る1週間の歩みです。

 そのような主イエスの歩みを思いながら、28節の「先に立って進み、エルサレムに上って行かれた」というみ言葉を読むとき、ここに深い意味が込められていることに気づくのです。主イエスはご自身の受難と十字架への道を、これまでにもそうであったように、エルサレムに近づいていよいよ確かな決意をもって、弟子たちの先頭に立って進み行かれるのです。弟子たちだけでなく、わたしたちすべての人間の先頭に立って進み行かれるのです。なぜならば、ただお一人、神のみ子であり、また人の子となられた主イエスだけが、わたしたちの罪をゆるすことがお出来になるからであり、主イエスの十字架の死だけがわたしたち人間の罪を完全に贖うことができるからです。

 この世の人のうち、いったいだれが他の人のために自ら進んで苦難と十字架への道を選び取ろうとするでしょうか。人々の先頭に立ちたいと願う人はたくさんいるでしょう。多くの人は、列の先頭に立ちたい、だれよりも先に進みたいと願って、競い合っています。他の人よりも大きな名誉を得ようと、競争し合っています。けれども、困難な道、険しい道、屈辱と苦難の道では、だれも先頭に立ちたいとは願いません。ましてや、自分のためではなく、他の人のための苦難の道だとすれば、なおさらに、だれもがそれを避けたいと思うに違いありません。

 しかし、主イエスはそうではありませんでした。ご自身が進んで、強い決意をもって、そしてまた喜びつつ、ご受難と十字架への道を、先頭に立って進み行かれたのです。そして、わたしたちの罪のために、わたしたちをすべての罪から贖いだすために、ご自身の罪も汚れもない、神のみ子としての尊い血を流され、その命をおささげになったのです。ここにこそ、わたしたちを罪から救う主イエスの大きな愛があり、それゆえにまた、わたしたちのすべての罪をゆるし、神との豊かな交わりへと導く命と力があるのです。

 ご受難と十字架の死への道を先頭に立って進み行かれて主イエスは、また、わたしたち一人一人の人生の歩みの先頭に立って導いてくださいます。わたしたちが時として道に迷い、不安や恐れに襲われるとき、試練や困難に出合い悩むとき、大きな壁に突き当たって一歩も前に進めなくなるとき、主イエスはわたしの先頭に立って、わたしのために道を切り開いてくださり、最も良い道を備えてくださいます。わたしたちはどのような時にも、先頭に立って進み行かれる主イエスに従い、信頼して、わたしのすべてをお委ねすることができます。

 さて、主イエスはエルサレムに入場される際に、ろばの子にお乗りになりました。普通、王が戦いに勝利して凱旋帰国するするときや、新しい王が即位する式では、立派な軍馬にまたがって入場行進するのですが、この時の主イエスは軍馬ではなく、ろばの子に乗ってエルサレムに入られました。エルサレムは敵からの攻撃に備えて周囲を高い壁で囲まれていましたから、あたかも城の城壁のようなので、エルサレム市街に入るときには入場という表現を用います。

 主イエスはなぜ軍馬ではなくロバの子に乗ってエルサレムに入場されたのでしょうか。マタイ福音書21章4節には、それは旧約聖書の預言が成就されるためであったと書かれています。その預言の箇所を読んでみましょう。【ゼカリヤ書9章9~11節】(1489ページ)。ここに預言されている王は、柔和で謙遜な王であり、戦いのために武器をもって軍馬にまたがる王ではなく、むしろ戦いのための戦車や武器をすべて投げ捨てて、もはや戦いのことを学ぶことのない真の平和をもたらす王であり、そして永遠の契約を守り実行するために、捕らわれていた人々を解放する王であると言われています。主イエスはまさにそのような柔和で謙遜な王として、平和の王として、救いの王として、この受難週の日曜日に、エルサレムに入場されたのです。

 当時のイスラエルはローマ帝国の支配下にありました。エルサレムの住民の多くは、神の民であるユダヤ人が異邦人ローマの支配から解放されて、自由の民となることを願っていました。一部の人たちは、武器を持ってでも、ローマの支配に立ち向かう、勇敢で英雄的な王を期待していました。そのような王ならば、たくましい軍馬に乗ってエルサレムに入場されるかもしれません。あるいはまた、支配者階級にある指導者たちの多くは、強大なローマと戦っても勝ち目がないので、その支配に甘んじ、抵抗しないで、今の状態の平和を選び取るべきだと考えていました。だれかがローマの支配に抵抗して暴動を起こしたら、かえってローマ政府の締め付けが厳しくなることを恐れてもいました。そのような状況の中で、主イエスはエルサレムに入場されたのです。

 37節で、「弟子たちの群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた」と書かれてあり、それに続いて38節では詩編118編26節のみ言葉から、【38節】と書かれてありますが、この賛美がロバの子に乗られた主イエスのことを正しく理解したうえでの賛美であったのかどうかについては、いくつかの解釈が可能です。

 一つには、この弟子の群れは、12弟子をも含んで、ガリラヤ地方から主イエスと共に過ぎ越しの祭りを祝うためにエルサレムに上って来た人々全体を指しているようですが、彼らは主イエスの驚くべき奇跡のみわざを多く見ていましたので、主イエスこそが神がイスラエルの救いのためにお遣わしになったメシア・救い主であると信じて、その救いのみわざがこれからエルサレムで完成されるのではないかという期待をもって、主イエスのエルサレム入場を歓迎していると理解することができます。

 また、39節では、ファリサイ派の人たちがその群衆の歓声を抑えようとしたことが書かれていますが、彼らは群衆が騒ぎを起こして暴動にでも発展したら、ローマ政府からより厳しく弾圧されるかもしれないと恐れていたと思われます。もしそうなれば、自分たちの宗教活動が自由にできなくなるからです。

 あるいはまた、他の福音書を読むと、エルサレムの住民の多くが主イエスをローマの支配から解放してくれる政治的メシアと理解して、熱狂的に歓迎していたことが分かります。

 以上のように、ガリラヤ地方から主イエスについてきた弟子たちと、ファリサ派に代表されるイスラエルの宗教指導者たちと、そしてローマからの解放を期待する民衆と、三者三様に、主イエスのエルサレム入場を理解していたと推測されます。

 けれども、結論的に言えば、彼らのだれも、主イエスのご受難と十字架の死をあらかじめ予想してはいなかったし、彼らのだれも、主イエスのご受難と十字架の死を正しく受け止めることができなかった、その意味を正しく理解できてはいなかったということが、このあと福音書を読み進んでいけば明らかになるのです。したがって、ここでも、だれ一人として、主イエスがロバの子に乗ってエルサレムに入場されたことの本当の意味を理解してはいなかったのだと言わなければなりません。主イエスは確かに、12弟子たちからも見捨てられ、ユダヤ人指導者たちからは神を冒涜する者だと訴えられ、民衆からは、メシアならまず自分自身を十字架刑から救い出してみよ、そうしたら信じようと侮られ、すべての人に見捨てられ、ただお一人でご受難と十字架への道を進み行かれたのです。そして、父かる神のみ心に従順に従い、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順に服従され、それによって父なる神の救いのみ心を完全に成し遂げられたのです。

 主イエスはご自身が乗るろばの子を、ご自身で用意されました。30節から34節には、不思議なことが書かれています。主イエスが二人の弟子たちに、向こうの村に行ってロバの子を連れてくるようにとお命じになりました。顔見知りとは思えない人に、「主がお入り用なのです」と言えば、その人はそのろばの子を提供してくれるからと言われました。そして、実際にそのようになりました。ある人は、主イエスがあらかじめその人と打ち合わせをしておられたと考えます。でも、そうだとすれば、そのことをなぜ弟子たちに話さなかったのか疑問が残ります。主イエスはその人が知り合いかどうかということは全く問題にしておられません。

「主イエスが言われる。『主がお入り用なのです』」。このことだけが重要なのです。主イエスはご自身に託された神の権威と主権をもって、ご自分が乗られるロバの子を選ばれたのです。そこには、柔和と謙遜によってこの世界にまことの平和をもたらすために、十字架の死に至るまでご自身を低くされ、貧しくされ、卑しくされる道を選ばれた主イエスの固い決意が表されているように思われます。まだだれをも乗せたことのないロバの子が、ご受難と十字架の道を進まれる主イエスを初めて乗せるために用いられます。

主イエスは平和の王として、ろばの子に乗って、この受難週にわたしたちのところにおいでくださいました。ご受難と十字架の主として、わたしたちのところにおいでくださいました。それは、神とわたしたち人間との間の、まことの平和、永遠の平和をもたらすためです。神が永遠にわたしたち人間と共にいてくださることによって与えられる平和、神との豊かな交わりの中に招き入れられている平和、平安、祝福を、わたしたち一人一人に与えるためです。この神と間の平和こそが、わたしたちの日々の生活全体の平和の基礎であり、この社会と国家、また全世界のまことの平和の基礎でもあるのです。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、み子主イエス・キリストのご受難を思い、自らの深い罪をみ前に告白するとともに、あなたがみ子の血によってわたしたちのすべての罪をおゆるしくださいましたことを、大きな喜びと感謝とをもって信じ、告白いたします。願わくは、主よ、あなたの大いなる愛とゆるしの福音が、罪と分断と争いに覆われ、闇に閉ざされているこの世界に、まことの光と平和をもたらしますように、切に祈ります。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの世界に実現しますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

4月6日説教「わたしたちの罪を赦してください(二)」

2025年4月6日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:詩編51編1~14節

    ルカによる福音書11章1~4節

説教題:「わたしたちの罪を赦してください(二)」

 主イエスが弟子たちに教えられた、祈りの模範である「主の祈り」は、マタイ福音書6章とルカ福音書11章で、少し違った形で書かれています。式文の主の祈りは、マタイ福音書6章をもとにしていますが、「新共同訳聖書」と式文では、日本語の翻訳が違っています。きょうは、マタイ福音書、ルカ福音書、そして式文の三つの違いに注目しながら、わたしたちの罪のゆるしの祈りについて、深く学んでいきたいと思います。

 まず、これは言うまでもないことですが、わたしたちは自分たちの罪のゆるしについて、主なる神に祈り求めなければならないということを、あらためて確認しておきましょう。罪のゆるしについて、だれかほかの人に願い求めるとか、何かほかの手段や方法を願い求めるのではなく、ただ主なる神にのみ祈り求めなければなりません。なぜならば、主なる神だけがわたしたちの罪をゆるすことがおできになる唯一の方だからです。

と言うよりは、そもそも罪とは、主なる神に対する罪だからです。わたしたち人間は造り主なる神のみ心を悟らず、そのみ言葉に背き、また、神から与えられている恵みに気づくこと遅く、それに感謝すること少なく、神の栄誉と栄光を神から奪い取って自らのものとしている罪びとであり、神に対して無限の負債を負っている罪多き者、それがわたしたち人間なのだと聖書は教えています。それゆえに、主イエスは「神よ、わたしたちの罪を赦したまえ」と祈るように教えておられるのです。

 マタイ福音書6章12節の「新共同訳聖書」では、「わたしたちの負い目を赦してください。わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように」となっていますが、ルカ福音書11章4節では、前半は「わたしたちの罪を赦してください」となっているのに対して、後半では、「わたしたちも自分に負い目のある人を皆赦しますから」となっていて、前半と後半で罪と負い目を使い分けているように思われるかもしれませんが、前回にも説明したように、罪と負い目は全く同じ意味で用いられていると考えるべきで、罪の性質の違いとかその特徴を二つの言葉で言い表していると理解すべきだと思います。マタイ福音書6章をテキストにしている式文の主の祈りも、同じような意味で、負い目を罪と言い換えています。

 人間の罪を神に対する負い目、すなわち借金と考えることの背景には、わたしたち人間は神から多くの恵みを不断にいただいているという考えがあります。わたしたち人間がそのことにはまったく気づいていないとしても、神はいつでも、ずっと前から、使徒パウロの言葉で言えば、「わたしを母の胎内にあるときから、選び分け、恵みによって召し出してくださった神」(ガラテヤの信徒への手紙1章15節)に、わたしたちはのちになって初めて気づかされるのですが、そのように、神の恵みはすでにわたしにも豊かに与えられているのです。

 けれども、わたしたちは不信仰であって、神の多くの恵みに気づかず、その恵みを無駄に投げ捨てたり、それをあたかも自分の手で得たかのようにして、神から奪い取って、日々に神に対する負債を増し加えているのです。それが人間の罪です。しかも、人間は神に背き、神から離れて生きていることには気づかずに、本来目指すべき的からそれて、いよいよ自らの努力と力とをふり絞って、神から遠い所へと向かっていくしかないのです。これが、生まれつき罪に傾いている人間の姿です。

 その罪をゆるしてくださるのは、神お一人です。主なる神以外のだれも、もちろんわたし自身も、わたしの罪をゆるすことはできません。神がお遣わしになった神のひとり子、わたしたちの罪のゆるしのために十字架で死んでくださった主イエス・キリスト以外に、わたしたちの救い主はどこにもいません。使徒言行録4章12節で使徒ペトロが説教しているように、「ほかのだれによっても、救いは得られません。わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名のほか、人間には与えられていないからです」。それゆえに、わたしたちは主イエス・キリストのみ名をとおして、父なる神に、「わたしたちの罪をおゆるしください」と祈り求めるのです。

 次に、罪のゆるしの祈りは前半と後半に分かれています。式文の主の祈りでは、「我らに罪を犯す者を我らが赦すごとく」が先にあり、「我らの罪をも赦したまえ」が後になっていますが、マタイ福音書でもルカ福音書でも、「新共同訳聖書」では、「わたしたちの罪を赦してください」が先にあり、「わたしたちも自分に負い目のある人を皆赦しますから」、あるいは、「わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように」という順次になっています。実は、この聖書の翻訳の方が原文のギリシャ語に忠実な訳し方です。

 ここからまず確認されることは、主なる神に対して、「わたしたちがあなたに対して犯した罪をどうぞゆるしてください」というのが中心的な祈りであるということです。すなわち、後半の、「わたしたちが他の人の罪をゆるします」は、前半の祈りの条件になっているのではなく、むしろその結果、その次に続くこととして理解されねばならないということです。

式文の祈りではその順序が反対になっているので、時に、わたしたちが他の人の罪をゆるすことが、神から罪をゆるされることの条件のように誤解されがちですが、聖書の原典では、まず神に対する罪のゆるしの祈りがあり、その次に隣人に対する罪と負債のゆるしが語られているという順序になっていますので、そのような誤解が避けられます。「神よ、わたしたちの罪をおゆるしください」がこの文章の主文であり、「わたしたちもまた……」は従たる文です。したがって、わたしの隣人に対する罪のゆるしや負債の免除が、神からいただく罪のゆるしの条件になるようなことは、全くあり得ないということが、二つの文章の主と従の関係からも明らかです。また、その両者の質と量とを同じ平面では比較できないほどの、まったく比べものにはならないほどの違いからみてもそのことが明らかです。

そのことについて、少し詳しくみていくことにしましょう。主イエスは罪のゆるしについて教えておられる説教で、王さまから1万タラントンの借金をしていてゆるされた人が、隣人に貸していた100デナリオンの借金をゆるしてあげなかったというたとえを、マタイ福音書18章21節以下でしておられます。このたとえで、王さまに1万タラントンの借金をしていると言われているのは、わたしたち人間が神に対して莫大な負債を負っている罪びとであることを言い表しているのです。それに対して、100デナリオンの借金とは、わたしたち人間が隣人に対して負っている借金のことです。1タラントンは6000デナリオンに相当しますから、その両者の借金、負債額の差は、何百憶倍にもなります。わたしたちが神に対して負っている借金、負債は無限に大きいのです。とても、一生働いても、あるいは、どんなにしても返済できる額ではまったくないことを強調しています。神に対する借金と隣人に対する借金の額はまったくくらべものにはなりませんし、したがってまた、わたしたち人間が隣人に対する借金をゆるすことが、神に対する借金の返済のために何らかの役に立つということも全くあり得ません。

そのことを確認するとともに、わたしたちはここで、人間は確かに隣人に対してお互いが負債を負っている、借金をしている者だということをも知らされるのです。神に対して大きな負債を負っている人間、神との関係で罪びとであり、神との関係が歪み、壊れてしまっている人間は、隣人との関係においても、正しい関係を築くことはできないのです。神に対して返すべき借金を返すことができていない人間は、隣人に対しても、果たすべき愛の関係を正しく果たすことができなくなっているからです。互いに相手のものをむさぼり取ったり、奪い取ったり、傷つけあったりするほかにないからです。罪に支配されている人間は、共に生きることも、互いに協同することも与え合うことも、互いにゆるし合うこともできません。それは、人間の歴史と現実が、あるいはわたしたちの日々の歩みが証明していると言ってよいのではないでしょうか。

したがって、わたしたちの神に対する罪がまず先にゆるされなければならないのは当然のことです。その次に、隣人の負債をゆるすことが続きます。その二つの順序を逆転させることはできません。それと同時に、主イエスがたとえ話で教えておられることは、その二つのことは互いに切り離すことはできないということです。神によった大きな負債をゆるされた人は、隣人の小さな負債をゆるさないことはあり得ないということです。もし、後者のあり得ないことが起こっているとすれば、前者のことは起こっていなかったことになります。そこで、主イエスはこのように言われました。「隣人のわずかな借金をゆるしてあげなかった不届きな者よ。わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。お前の1万タラントンの借金をわたしに返すまで、お前は牢獄に入れられねばならない」と(マタイ福音書18章32~34節参照)。

神に対する大きな罪を無償で、無条件でゆるされている人は、そのゆるしの大きな恵みに心から感謝をし、隣人の負債を喜んでゆるしてあげることができるようにされるのです。神の大きな憐れみを受けて、神の一方的な恵みによって罪ゆるされている人は、隣人に対して憐れみをもってゆるし、仕え、分かち与えることでできるようにされるのです。主の祈りはわたしたちをそのような生き方へと導くのです。

宗教改革者Ḿ.ルターはこう言いました。「信仰によってのみ、人間は罪びとになる」と。主イエス・キリストの十字架と復活の福音を信じる信仰によって、人間の罪を知らされ、また同時にその罪がゆるされていることを信じている人は、罪の奴隷から解放され、自由にされて、喜んで隣人をゆるし、愛することができるようにされます。したがって、隣人をゆるし愛することもまた信仰によって可能になるのであり、それもまた主イエス・キリストによってわたしたちのすべての罪をおゆるしくださる神のみわざなのです。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、あなたはわたしたちを罪から救うために御ひとり子を十字架の死に引き渡されるほどに、わたしたちを愛してくださいました。その大きな恵みによって、わたしたちは今あるを得ています。願わくは主よ、わたしたちを日々新しく造り変えてくださり、あなたの大きな愛によって生かされ、またその愛に応答して生きる者としてください。どうか、罪のゆるしの福音が全世界のすべての人に届けられますように。そして、この世界があなたの愛によって造り変えられますように。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの世界に実現しますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

3月30日説教「アブラハムとの契約を実行される神」

2025年3月30日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:出エジプト記6章1~13節

    ローマの信徒への手紙4章13~25節

説教題:「アブラハムとの契約を実行される神」

 イスラエルの民が奴隷の家エジプトから脱出して、神の約束の地カナンへと導かれたという出エジプトの出来事には、聖書全体を貫いている大きなテーマがいくつも盛り込まれています。

第一には、出エジプトは神の民であり旧約聖書の民であるイスラエルの誕生という出来事です。それは、イスラエルの民の中から出た一人のメシア・救い主の誕生と、新約聖書の民、教会の誕生へと続いていきます。

第二には、出エジプトの出来事はエジプトで奴隷であった民がその奴隷状態から解放されて自由の民とされたということにとどまらず、主なる神によって贖われ、救われ、真実の神を礼拝する民とされたということでもあります。それは、主イエス・キリストの十字架と復活によって罪の奴隷から解放され、救われ、自由な礼拝の民とされた教会へと受け継がれていきます。

第三には、出エジプトの出来事は、神の救いのみわざを信じるイスラエルの信仰を生み出します。出エジプトの出来事は最初から最後まで神ご自身の救いのみわざですが、それは同時にイスラエルの信仰と服従を求めます。そこではまず、イスラエルの不従順、不信仰、かたくなさが明らかにされます。しかしまた、神はそのようなイスラエルの罪を克服し、彼らを信仰の民とするために、さまざまなしるしと奇跡とを行ってくださいます。それによって、イスラエルはただ信仰によって真実の救いの道を生きる民とされていくのです。これもまた、新約聖書の民・教会へと受け継がれていきます。

そして第四に、神はご自身の救いのみわざである出エジプトの出来事のために、モーセという奉仕者、働き人を備えられます。モーセは、自分が神の働き人となるには全くふさわしくない欠けと破れだらけの人間であることを自覚していましたが、神はあえてそのような弱さをもったモーセをお選びになり、彼をお用いになり、ご自身の出エジプトという偉大なる救いのみわざをなさるのです。そしてこのこともまた、主イエス・キリストの救いのみわざのために仕える教会の民、わたしたち一人一人へと受け継がれていきます。

以上のことを念頭に置きながら、きょうの聖書のみ言葉を読んでいくことにしましょう。【出エジプト記6章1節】。これまで4章、5章で読んできた内容から、エジプト王ファラオとイスラエルの民とモーセの、三者の立場と考え方をまとめてみましょう。ファラオはエジプト王国の絶対的権威者として、奴隷にしているイスラエルの民を自国の経済発展に利用する労働力としか考えていません。イスラエルの神の言葉にも、その神の僕(しもべ)として仕えるモーセの言い分にも、全く耳を傾けようとはしません。イスラエルの民が、「自分たちが神を礼拝するために少しの期間、休みをください」と要求したのに対して、「お前たちは怠け者だ。働きたくないから、神を礼拝する時間をくれなどと要求しているのではないか。そんな怠け者には、もっと重い労働を課してやるのがよい」というのがファラオの答えでした。

イスラエルの民は、自分たちの労働の量がより増えた現状を見て、「こんなに労苦が増し加わったのはモーセよ、お前のせいだ。お前がファラオに我々を嫌わせるようなことをしたからだ。お前は我々の命を殺す剣をファラオに渡したようなものだ」と、指導者モーセを非難します。イスラエルの民は自分たちの肉体的な命や現実的な労苦のことしか頭にありません。真の救いと平安がどこにあるのかを考えてはいません。それを求めようとはしていません。

そのような両者の間に挟まれて、モーセは苦悩しています。彼の苦悩について、5章の終わりに書かれていました。【22~23節】。モーセはファラオの絶対的権力の前で、自分の無力さを嘆いています。神の約束のみ言葉を聞いてはいたが、それが直ちに実行されないことにいら立ってもいます。我が民イスラエルが自分を信頼せず、この世の現実に縛り付けられている様を見て、失望しています。そして、彼は主なる神に助けを求め、訴えるほかにありません。

そのモーセの訴えに、主なる神はお答えになります。それが6章1節です。神はここで言われます。「ファラオは、今はかたくなにイスラエルの民を去らせることを拒んでいるが、やがて主なる神であるわたしが強い手によって彼を動かすことによって、彼は最終的にはイスラエルの民をエジプトから追い出すようになるであろう」と。神の強いみ手の働きが、奴隷の民イスラエルの解放をかたくなに拒んでいたファラオを、ついには自ら進んで彼らを追い出すようにさせるであろうと言うのです。

ここには、人間の予想や願いや可能性をはるかに超える、神の不思議な救いのみわざが語られています。イスラエルの民が自分たちに課せられた重い労働を嘆き、指導者モーセを非難したのでしたが、その彼らに増し加えられた試練もまた、彼らを救われる神の偉大なみ力をよりはっきりと証明するために役立てられるのです。あるいはまた、「なぜあなたはこの民により厳しい災いをくだされるのですか」というモーセの嘆きを、神の救いのみわざの驚くべき偉大さを知るモーセの喜びと感謝へと変えるのです。そのようにして、出エジプトという神の救いの出来事は、イスラエルの民のより困難で試練の多い状況の中でこそ、その救いの恵みの大きさを明らかにするのです。また、その救いのみわざに仕える指導者モーセのより困難で試練の多い状況の中でこそ、彼の使命の重さが自覚されるのです。

さらには、出エジプトという出来事が、単に奴隷の民イスラエルがその重い労働の苦役から解放されるための神のみわざなのではなく、彼らが真実な神の民とされ、神に救われた民とされ、神を礼拝する民とされるための、神の偉大な救いのみわざなのだということを、わたしたちに理解させるのです。そのために、イスラエルの民と指導者モーセは、ファラオから「仕事をさぼるために神礼拝をさせろと要求する怠け者だ」とあざけられねばならなかったのであり、より重い労働を強いられ、より大きな試練を経験しなければならなかったのであり、命の危険すらも経験するようにされたのです。そのようにして、真実の神礼拝に向けての解放と救いは、まさにまことの命に向けての解放であり、救いなのだということが明らかにされるのです。

次に、2~4節を読みましょう。【2~4節】。2節で神は、「わたしは主である」と言われます。同じ表現は、6節8節、28節でも繰り返されています。これは神の自己紹介であり、自己宣言、自己啓示です。主と訳されている個所には神のお名前が書かれています。そのお名前については3章14節で、初めて神はモーセにお告げになりました。【3章14節】(97ページ)。「わたしはある」というのがそのお名前です。これをヘブライ語でどう発音するのかは、忘れられてしまったので、そのお名前が書かれている個所は、ヘブライ語で主を意味する「アドナイ」と発音するしきたりになりました。「わたしはある」とは、イスラエルの神こそが唯一の永遠なる存在者であり、すべての存在するものの存在の根源であり、すべてを存在へと至らしめ、その存在を支える、存在の主であられる神であるということです。その神が、今新たにモーセにそのお名前を告げられ、エジプトの地でその存在を失っているイスラエルの民に、新たに神の民、礼拝の民としての存在をお与えになるということが、ここで語られています。

それは、神がすでに創世記で族長アブラハム、イサク、ヤコブに対して約束された契約を成就するためであったと、4節に、またこのあと8節にも語られています。わたしたちはここでもまた、創世記から出エジプト記に至るまでのおよそ400数十年の時間の空白を埋めることができるでしょう。創世記の終わりは、ヤコブ、すなわちイスラエルの12人の子どもたちがその家族を連れてエジプトに移住した記録で終わっています。族長時代は、およそ紀元前18世紀から17世紀にかけてと考えられます。次の出エジプト記はそれから400数十年後の紀元前13世紀後半の出来事が描かれています。その間の400数十年については、聖書にとっての空白の時代です。

しかし今ここで、族長時代の神、全能の神として族長たちに現れ、彼らと契約を結ばれた神が、今モーセに対して「主」(わたしはある)というお名前でご自身を啓示された神と同じ神であることを証ししておられるのです。それだけでなく、族長たちと結ばれた契約を今ここで成就されることによって、同じ神であることを証しすると言われるのです。

神と族長たちとの契約の内容は主に三つありました。一つは、アブラハムとその子孫に神の祝福が永遠に受け継がれるということ。二つめは、アブラハムの信仰を受け継ぐ子孫は空の星の数ほどに増えるであろうという約束。三つめは、アブラハムが寄留していた地、カナンの地をその子孫が永遠に受け継ぐであろうという約束。神は400周十年を経て、この契約をエジプトで奴隷として苦しむイスラエルの民に対して成就すると言われます。

5節に、「わたしの契約を思い起こした」とありますが、これは、忘れていたけれども今になって思いだしたという意味ではありません。本来は、「覚えている」という意味の言葉で、神はアブラハムの時代から500年、600年が過ぎたその間も、今も、アブラハムとの契約を決して忘れることなく、いつも覚えたおられたという意味です。アブラハムも、イサクもヤコブも、飢饉のときには神との契約を忘れ、食料を求めてエジプトに移住したことがありました。エジプト滞在400数十年のイスラエルの民も、神との契約を忘れていたかもしれません。しかし、その時でも、神は決してアブラハムとの契約をお忘れにはなりませんでした。そして、今、彼らの苦難の時に、彼らの死が迫っているその時に、神は彼らとの契約を成就されるのです。彼らを死から命へと導かれるためです。

最後に、【6節】。ここでは、神のみわざが三つの動詞で言い表されています。「導き出す」「救い出す」「贖う」。この三つの言葉に、出エジプトの出来事の意味が言い表されています。それは、新約聖書の民であるわたしたちにも受け継がれています。この三つを、今日のわたしたちに当てはめてみましょう。

主イエス・キリストの十字架と復活の福音はわたしたちをこの世での束縛や、重荷や、思い煩いから導き出し、わたしたちを神の福音と恵みの中へと招き、わたしたちを真実の自由に生きることを可能にします。

主イエスの十字架と復活の福音は、わたしたちを罪の奴隷から救い出し、まことの命に生かし、神のもとにある平安と慰めへと招き入れます。

主イエス・キリストの十字架と復活の福音は、わたしたちを主キリストに属する者とし、滅びゆくしかないこの世から贖いだされ、神の国の民とされた祝福に生きる者とします。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、あなたの永遠なる救いのご計画は今に至るまで、また終わりの日に至るまで続けられていることを信じさせてください。わたしたち一人一人をもその救いのご計画の中にお招きくださいますことを感謝いたします。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

3月16日説教「主イエスの再臨を待ち望む教会」

2025年3月16日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

    『日本キリスト教会信仰の告白』連続講解(41)

聖 書:ダニエル書7章11~14節

    使徒言行録1章6~11節

説教題:「主イエスの再臨を待ち望む教会」

 『日本キリスト教会信仰の告白』をテキストにして、わたしたちの教会の信仰の特色について学んでいます。印刷物の4段落目の文章、「教会は」から始まる文章では、キリスト教教理で「教会論」と言われる教理が告白されていますが、その終わりの部分、「終わりの日に備えつつ、主が来られるのを待ち望みます」。この箇所はキリスト教教理では「終末論」と言われます。きょうはその後半、「主が来られるのを待ち望みます」という告白について学びます。

 『使徒信条』では、第二項目の主イエスについての告白の最後で、「かしこより来りて、生ける者と死にたる者とを審き給はん」と告白されています。第三項目の聖霊についての告白の最後にある、「体の復活、永遠の生命を信ず」も終末論です。

 このように、終末論は、『日本キリスト教会信仰の告白』の前文の最後でも、また『使徒信条』の第二項と第三項の最後でも、重要な告白として取り上げられていることが分かります。終末論は、終わりの日のこと、最後のことに関する教えですから、キリスト教教理の最後で取り扱われるのが一般的ですが、しかし終末論は最後の付録のようなものではありません。キリスト教教理全体を締めくくり、完成させる、くさびのような役割を果たすとともに、キリスト教教理と信仰を基礎づける役割をも果たす、土台であり、出発点であるとも言えます。

 ある人はこのような言い方をしています。「キリスト者は終末論によって生きる者である。あるいは、終わりから生きる者である。終わりの日に完成される神の国を基準にして、その終わりの日に向かって、その終わりの日の救いの完成を確信しながら、その終わりの日の約束の希望の中で生き続ける者だ」と。「主が来られるのを待ち望みます」という告白は、まさにそのようなわたしたちの信仰を言い表しているのです。

 では、終末論について教えられている聖書の箇所を読んでいきましょう。使徒言行録1章6節以下には、主イエスの昇天のことが書かれています。主イエスは受難週の金曜日、十字架につけられて死なれ、すぐに墓に葬られました。三日目に、墓から復活され、それから40日間にわたって、弟子たちに復活のお姿を現されました。そして、9節に書かれてあるように、天に昇られ、父なる神のみもとへとお帰りになりました。その時、神のみ使いがこのように言われました。【11節】。

 「またおいでになる」と言われているように、主イエスが再び地上においでになるとき、つまり主イエスの再臨の時、それが終末の時です。主イエスが最初に地上においでになられたとき、それがクリスマスの誕生の時です。これが第一の来臨です。旧約聖書の民イスラエルは、この第一の来臨の時を、メシア・救い主の到来を待ち望む神の民でした。新約聖書の民であるわたしたち教会の民は、主イエス・キリストの第二の来臨のとき、すらわち、わたしたちの救いが完成され、神の国が完成される主イエスの来臨の時を待ち望む神の民です。このように言ってもよいでしょう。「教会の民、わたしたちキリスト者は、主イエスの第一の来臨の時から第二の来臨の時、すなわち再臨の時までの時の間を生きている神の民である。神の救いの完成を目指して、その時を待ちつつ、またその完成に向かって急ぎつつ、生きている者たちであるのだ」と。

 主イエスの来臨の教えと約束は、主イエスご自身にまでさかのぼることができます。主イエスは福音書の中で、特に神の国のたとえの中で、人の子であられる主イエスが終わりの日に再臨され、最後の審判を下される、そして救いを完成されるということを繰り返してお話しされました。マタイ福音書24章、25章は、福音書の黙示録と言われる箇所ですが、ここで主イエスは終末の時についての教えを説教しておられます。25章では、10人のおとめがともし火を持って花婿を迎えるたとえや、主人からタラントンを預けられた僕たちのたとえによって、終末の時の主イエスの再臨に備えて生きるべきことを教えておられます。その最後の箇所で、31節以下にはこのように教えられています。【31~33節】(50ページ)。このみ言葉は、『使徒信条』で「そこか来て、生きている者と死んでいる者とを審かれます」という告白と関連します。終末の時、主イエスはすべての信じる者たちに永遠の救いを、信じない人たちには永遠の滅びを宣言なさいます。

 また、マルコ福音書13章24節以下をも読みましょう。【24~27節】(89ページ)。終わりの時、人の子・主イエスは全世界に散らされていたご自身の民、教会の民を呼び集められ、一つのみ国の民とされます。主イエスは、ご自身の十字架の死と復活によって全人類を罪から救い出してくださいました。その救いを信じる信仰によって、わたしたち一人一人を教会の民としてお招きになり、わたしたちの信仰を導かれました。そして、終わりの日には、すべての教会の民を一つの神の民としてくださり、救いを完成させてくださいます。もはや何ものも、わたしたちを父なる神との交わりから引き離すものはありません。神が永遠にわたしたちと共にいてくださるからです。主イエスご自身がわたしたちの傍らに立たれ、そのことを保証していてくださるからです。主イエスご自身がわたしたちの信仰の完成者となってくださるからです。

 わたしたち信仰者にはこの約束と保証があるゆえに、今がどのような困難な時であれ、今どのような苦しい信仰の闘いのただ中にいようとも、あるいは多くの弱さや欠けや破れの中にあろうとも、決して失望することなく、喜びと希望とをもって、再臨の主イエスを待ち望むことが許されているのです。終末の信仰は、いついかなる状況にあろうとも、わたしたち信仰者にとっては、希望の信仰です。喜びの信仰です。わたしたちの信仰の闘いには、再臨の主イエスによる最後の勝利が約束されているからです。

 福音書で主イエスが語られた人の子の再臨の教えは、初代教会と使徒パウロたちに受け継がれました。しかも、強く、生き生きとした、切迫感を持った信仰として受け継がれていたことを、わたしたちは初代教会の祈りで確認することができます。コリントの信徒への手紙一の終わりの16章22節にはこう書かれています。「マラナ・タ」、これはアラム語で「主よ、来てください」という意味です。ヨハネの黙示録22章20節、これはヨハネの黙示録の最後の言葉であり、聖書全巻の最後の言葉でもありますが、そこにはこう書かれています。「以上すべてを証しする方が、言われる、『然り、わたしはすぐに来る。』アーメン、主イエスよ、来てください」。

 「主よ、来てください。マラナ・タ」が初代教会の切なる祈りであったことが分かります。初代教会は、すでに教会誕生の紀元30年代から、ユダヤ教からの迫害を受けました。紀元60年代からは、ローマ帝国による迫害が始まりました。紀元90年代になると、多くの殉教者を出すようになっていきました。そのような厳しい信仰の闘いの中で、彼らの「主イエスよ、来たりませ」という祈りは、いわば命をかけた、殉教の血をふり絞るかのような祈りであったのでした。

 このほかにも、初代教会の信仰者たちが主イエスの再臨を熱心に待ち望んでいたことを表す聖書の箇所は数多くあります。彼らは、きょうかあすか、すぐにでも主イエスの再臨があり、終わりの日が来て、神の国が完成されるという信仰を強く持っていました。そして、主イエスの再臨に備えた生き方をしていました。日々に、主イエスの再臨を待ち望む生活をすることが、彼らの信仰生活の基本であり、あるいはすべてであったと言ってもよいかもしれません。

 すべて信じる人たちの罪のゆるしのために、ご受難と十字架の死の道を進まれた主イエス、そして三日目に復活されて罪と死とに勝利された主イエス。今は、天の父なる神の右に座しておられ、我らのために執り成しておられる主イエス。その主イエス・キリストが、終わりの日に再び地上においでくださり、わたしたちの信仰と救いを完成してくださる。その主イエスの再臨を待ち望みつつ、その再臨の時に備えて生きる。これが、使徒パウロや初代教会の信仰者たちの生き方でありました。これが、それ以来2千年の世界の教会の生き方でした。また、今日のわたしたちの生き方でもあります。

 主イエスの再臨を待ち望むという初代教会の信仰に、ある問題が生じることになりました。それは、終末の遅延、主イエスの再臨の遅延ということでした。ある人たちは強く熱心な信仰によって、主イエスの再臨を待ち望みつつ、厳しい信仰の闘いに取り組んでいましたが、他方では、主イエスの十字架と復活、昇天から20年、30年、50年が経過していくにつれて、「わたしはすぐに来る」と言われた主イエスの約束が、まだ実現していない、いったい、いつまで待てばよいのか、もう待つのに疲れた。あるいは、主イエスの再臨はもしかしたらないのではないか、という疑いを持つ人たちが増えてきたのです。

 そのような、終末の遅延、再臨の遅延という問題についても、新約聖書の中には少なからず語られています。その一か所を読んでみましょう。ペトロの第二の手紙3章です。【3~4節】(439ページ)。また、【8~13節】。

 ここでは、終末の遅延、主の再臨の遅延について、積極的な意味が語られています。それは、すべての人が救われることを望んでおられる神の忍耐なのだと。その神の愛による忍耐は、今に至るまで続いているのです。神は全世界のすべての人が罪を悔い改め、主イエスの救いを信じ、救われるために、きょうの日も忍耐しておられます。それゆえに、わたしたちは希望と喜びをもって、主イエスが来られるのをきょうも待ち続けるのです。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、「主よ、来たりませ」というわたしたちの祈りを、いよいよ強く、熱心なものとしてください。わたしたちの目と心とを、終わりの日のみ国の完成の時に向けさせてください。

〇主なる神よ、この世界にあなたの義と平和とが実現しますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

3月16日説教「神の言葉はユダヤ人から全世界へと広げられる」

2025年3月16日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:詩編100編1~5節

    使徒言行録13章42~52節

説教題:「神の言葉はユダヤ人から全世界へと広げられる」

 パウロとバルナバによる第一回世界伝道旅行は、地中海北部の、小アジアと今日一般に呼ばれている地域、今のトルコ共和国ですが、当時のローマ帝国ではピシディア州のアンティオキアでの活動について、使徒言行録13章14節から記されています。その町でのユダヤ人会堂でのパウロの説教が16~41節まで続きます。パウロはその説教の終わりで、主イエスの復活と、その主イエスによる罪のゆるしの福音を信じる信仰によってすべての人に与えられる神の義と救いについて語りました。このような福音の説教を、その町の人はまだだれも聞いたことがありませんでした。そこで、多くの人たちは驚きと感謝とをもって、パウロたちの福音の説教を、また次の安息日の礼拝でも聞きたいと願い出ました。42節に、このように書かれています。【42節】。

 パウロの説教を聞いた人たちは、それまで安息日ごとにユダヤ人会堂で聞いてきた説教とは、根本的に、まったくと言ってよいほどに違っていると感じたのでした。当時のユダヤ人会堂での説教は旧約聖書の解き明かしでした。その点においては、両者は同じでした。けれども、その中味はまったく違っていました。パウロの説教は旧約聖書のみ言葉に示された神の預言や約束を説きあかし、そのみ言葉によって神が今わたしたちに何を語ろうとしておられるかを明らかにするだけでなく、その旧約聖書のみ言葉が、今や主イエス・キリストによって完全に成就されたのだということを語ったのです。34~37節を読んでみましょう。【34~37節】。旧約聖書のダビデに約束されていた復活の命、朽ち果てることのない永遠の命が、今や主イエスによって成就したのだとパウロは語ったのです。また、【38~39節】。旧約聖書の律法によってはだれ一人として神のみ前で義とはされ得なかったのに、今や主イエスを信じる信仰によってすべての人が義とされ、罪ゆるされ、救われるのだとパウロは語ったのです。

 このような旧約聖書の解き明かしは、これまでだれも聞いたことがありませんでした。神が旧約聖書をとおして語られた預言と約束のみ言葉が、今や、主イエス・キリストによって成就されたのです。神の救いのみわざが主イエス・キリストの十字架の死と三日目の復活によって成就されたのです。この初めて聞く驚くべき福音に接した多くの人たちが、次の安息日の礼拝でもまたこれと同じ説教を聞きたい、そして救いの確信を強めたいと願ったのでした。このように、神の救いのみ言葉を心から慕い求めて、また次の礼拝でも神のみ言葉を聞きたい、神の救いの恵みにあずかり、自分の信仰を強めたいと熱心に願う、そのような思いを、わたしたちもまた持ち続けたいものです。

 42節に、「次の安息日にも」と書かれていますが、ユダヤ人会堂では、彼らの安息日である土曜日に礼拝がささげられていました。パウロたちも最初はその習慣を受け継ぎました。しかし、初代教会では次第に、主イエスが復活された日曜日を主の日として、この日に礼拝するように変わっていきました。

 次に、43節を読みましょう。【43節】。安息日の礼拝が終わってからも、多くの人たちがパウロたちの周りに集まってきました、これは、いわば、礼拝後に開かれた聖書研究会のようなものと考えてよいでしょう。パウロはそこで、神の恵みのもとに生き続けるように勧めました。礼拝からこの世へと出ていくと、たくさんの誘惑が待ち構えています。信仰者を神の恵みから引き離そうとする悪しき力が多く働いています。教会で開かれる聖書研究会やその他の勉強会、研修会は、わたしたちがこの世の誘惑に負けることなく、礼拝で聞いた福音の説教のもとにとどまり続け、その恵みによって生き続けるための、訓練の機会となります。

 では次に、【44~45節】。「ほとんど町中の人」とありますが、当時このアンティオキアの町の人口がどれくらいあったのかは分かりませんが、そんなに大きくもなかったと思われるユダヤ人の会堂にあふれるほどの人たちが、そのほとんどはユダヤ人以外のギリシャ人だったと思われますが、多く集まってきたのを見て、ユダヤ人は自分たちの会堂が異邦人たち占領されていると感じたのかもしれません。

 ユダヤ人たちの妬みや怒りにはいくつかの原因があったと思われます。第一に、自分たちの神聖な礼拝場所が異邦人に占領されているという不満、それだけでなく、自分たちがユダヤ教の宣教活動をしてもこれほどの人々が集まらないのに、よそ者のパウロたちがたくさんの人を集めているのとへの妬み、さらには、パウロが語った説教の内容に対する不満や反対も大きかったと思われます。ユダヤ教では、律法を守ることによって人は救われ、神の国に入ることができると教えられていたのに、パウロが語った福音は、主イエス・キリストの十字架と復活の福音を信じる人はすべて、律法のわざなしに救われると教えている。これはユダヤ教が重んじている律法を否定することだと、かたくなで悔い改めることをしないユダヤ人は考えたと思われます。

 実は、これこそがまさに、主イエスご自身がエルサレムでユダヤ人指導者によって捕らえられた原因でもあったのです。そして、わたしたちがこれまで読んできたように、初代教会がユダヤ人から迫害を受けた主たる原因であったのでした。さらには、パウロの世界伝道旅行で幾度も繰り返されるユダヤ人による迫害の原因でもありました。

 しかしながら、パウロたちはユダヤ人の反対や攻撃に決して屈することはありませんでした。というのは、彼らは主なる神のみ言葉に仕えているという確信があったからです。自分たちの考えや主張を語っているのではありません。自分たちの利益を求めて活動しているのでもありません。主イエス・キリストの福音に仕えているからです。パウロたちを支えているのは主なる神ご自身であり、罪と死とに勝利された主イエス・キリストであるからです。

 【46~47節】。パウロとバルナバはまず神の選びの秩序について語ります。神が全世界の民の中からイスラエルの民、ユダヤ人をお選びになられ、この民と契約を結ばれ、この民にみ言葉をお語りになって、ご自身の救いのみわざを始められました。この神の選びの秩序は重んじられます。パウロはすでに16節以下の説教でもそのことを語っていました。【17節】。46節では、「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした」と言われていますが、「はずである」と訳されているギリシャ語は、本来は「ねばならない」という強い意味を持つ言葉であり、神の強い意志と永遠のご計画を意味しています。

 ところが、彼らユダヤ人は神から与えられた特別の恵みを拒否し、自ら投げ捨ててしまったのです。神がこの世にお遣わしになったメシア・キリスト・救い主であられる主イエスを受け入れず、十字架につけて処刑することによってそのことが明らかになりました。そして、今またパウロたちが語った主イエスの福音を受け入れず、その活動を妨害しようとしていることによって、いよいよユダヤ人のかたくなさと罪とが明らかにされたのです。

 彼らユダヤ人には「永遠の命」を約束されていました。彼らが主イエスを救い主と信じて、主イエスの福音を受け入れるならば、約束されていた永遠の命が彼らに与えられるはずでした。しかし、彼らは最後の目標の前でつまずき、神の恵みを拒絶し、自らを滅びの道へと誘いこんでしまったのです。

 けれども、イスラエルの民・ユダヤ人が神の救いの恵みを拒絶したことによって、神の救いのみわざそのものが終わってしまうのではありません。いやむしろ、イスラエルのかたくなさによって、主イエス・キリストによって与えられる永遠の命への道が、異邦人にも開かれるようになったのだと、パウロが語ります。

 47節に引用されている旧約聖書のみ言葉は、イザヤ書49章6節と思われます。イザヤ書49章1~6節は、イザヤ書の中で特別に重要な意味を持つ「主の僕(しもべ)の歌」と言われている4つの歌の中の第二の歌です。その箇所を読んでみましょう。【49章1~6節】(1142ページ)。この歌で、神から直接に「わたしの僕(しもべ)」と呼びかけられているのが、神によって特別な使命を託されて選び出された「主の僕」です。この主の僕は「いたずらに骨折り、うつろに、空しく、力を使い果たし」たけれども、しかし、それによって主の僕は諸国民の光としての務めを果たし、神の救いを地の果てにまで、全世界へと告げ知らせるようになると預言されています。

 実は、このイザヤ書のみ言葉は、ルカ福音書2章28節以下では、エルサレムの神殿で、幼な子・主イエスを抱き上げたシメオンが語った言葉の中にも引用されています。シメオンはイザヤが預言した主の僕が今エルサレム神殿に現れたのだと告白しています。パウロもまたイザヤ書に預言されていたこの主の僕こそが主イエス・キリストのことであると理解し、それゆえに主イエスの福音が今や自分たちによって異邦人へと、全世界のすべての民へと宣べ伝えられるのだと語っているのです。

 わたしたちがこれまで使徒言行録を読んできて何度も見てきたことでしたが、主イエスの福音がユダヤ人だけにではなく、ユダヤ人以外の異邦人にも宣べ伝えられ、彼らもまた主の教会の民へと加えられていったことを確認してきましたが、今やここでよりはっきりと、ユダヤ人からの迫害をきっかけにして、パウロが異邦人の使徒パウロとしての自覚をいよいよ強くし、異邦人に主イエスの福音を宣教する使命をより強く決意させたのでした。

 【48~49節】、ユダヤ人たちのつまずきと不信仰にもかかわらず、またそれによってより激しくなるユダヤ人による迫害にもかかわらず、神のみ言葉が前進していきます。新しい救いと命とを生み出していきます。

 パウロたちは反対者たちの迫害によって、アンティオキアの町を追い出されることになりました。しかし、52節にはこう書かれています。【52節】。ここには、主イエスの福音を聞いて信じた人たちが「弟子たち」と呼ばれ、ユダヤ人会堂からは独立して、主イエスの教会を建てたことが暗示されています。神の言葉は、この世のどのような鎖によっても決してつながれることはなく、新しい弟子たち、新しい信仰者たちを誕生させ、新しい教会を生み出していくのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたの永遠なる救いのご計画は、この世の反対や不信仰にもかかわらず、いつの世にも、力強く前進していくことをわたしたちに信じさせてください。その希望をもって、どのように困難は時代にあっても、み言葉を宣べ伝える務めにいそしむことができますように、わたしたちを支え、導いてください。

〇主なる神よ、重荷を負っている人、試練の中にある人、病んでいる人、道に迷っている人を、どうぞあなたが助けてください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和とが、この世界に与えられますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。