12月22日説教「貧しいお姿になられた神」

2024年12月22日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

               (クリスマス礼拝)

聖 書:詩編148編1~14節

    ルカによる福音書2章8~20節

説教題:「貧しいお姿になられた神」

 主イエスが誕生されたクリスマスの出来事は、マタイによる福音書1章とルカによる福音書2章の2か所に書かれています。両者を読み比べてみると、それぞれの強調点は違ってはいますが、大筋では共通しています。主イエス誕生の舞台は、イスラエルの北部、ガリラヤ地方にある町ナザレ。主イエスの両親となったのは、まだ正式に結婚していない婚約中のヨセフとマリア。そのマリアとヨセフに神のみ使い、天使が現れて、「マリアの胎内の子は聖霊による子であり、聖なる神のみ子である。生まれてくる子をイエスと名付けなさい」と告げる。ここまでは、マタイとルカの二つの福音書は共通しています。

 ルカ福音書ではさらに、ヨセフは身重のマリアと一緒に住民登録をするために、南に100キロ以上も離れたエルサレム近郊のベツレヘムまで旅をする。そのころ、羊の群れの番をしていた羊飼いたちに天使が現れて、「きょうダビデの町で、あなたがたのための救い主がお生まれになった」とのみ告げを聞く。彼らは急いでベツレヘムへ出かけ、そこで幼子主イエスを探し当てる。これがルカ福音書だけにある記録です。

 この二つの福音書を、内容的にもっと深く読み比べてみると、両者に共通している一つのことに気づきます。それは、全体的にみて、非常に地味で、小さな、目立たない要素に貫かれているということです。神のみ子の誕生、全世界の救い主の到来、ということを描く聖書としては、その舞台も、そこに登場する人物も、その内容も、むしろ貧しく、貧弱で、目立たないものばかりである、ということに少し不思議さを思えます。

 クリスマスと言えば、世界中のあらゆる場所で、あらゆる分野で、一年中で最もにぎやかな、華やかで、大きく、目立った景色を競い合う時期です。きらびやかなイルミネーションが町を飾り、みんなが高いアドバルーンを上げ、大きな音量で叫び声をあげます。みんなに自分たちの存在を知ってほしい、自分たちの価値を認めてほしいと願っているからです。

 でも、聖書のクリスマスはそうではありません。神はむしろ、目立たない方法で、小さな人や貧しい出来事によって、クリスマスのことをわたしたちに知らせようとしておられるように思われます。

 救い主・主イエスの両親となるのは、ガリラヤ地方ナザレに住む若いヨセフとマリアです。ヨセフは大工の息子でした。マリアは普通の娘でした。当時世界を支配していたローマ帝国の皇帝がローマにいましたし、ユダヤのヘロデ王家がエルサレムの宮殿に住んでいました。そうであるのに、彼らのだれ一人として、クリスマスの出来事の主人公ではありませんし、ローマもエルサレムもクリスマスの中心的な舞台ではありません。

 ここには、不思議な神の選びがあるのです。神は大きなものや強いもの、高いものや高価なものをお選びになるのではなく、むしろ貧しく、小さく、みすぼらしいもの、無価値なもの、見捨てられているようなものを、あえてお選びになるのです。そこには、神の側からの一方的な愛があるからです。選ばれる側には何らの誇り得るものはありません。神から差し出される大きな愛と恵みを感謝するだけです。その神からの愛と恵みを受け取るためにわたしたちに必要なのは、ただ信仰だけです。信仰をもって、神に向かう人にだけ、クリスマスの大きな、豊かな恵みと祝福が与えられるのです。

 では、きょうの聖書の中から、クリスマスのしるしの中で小さな、目立たないものを、ひとつ取り上げてみましょう。【ルカ福音書2章12節】(103ページ)。「布にくるまって飼い葉おけの中に寝ている乳飲み子」がクリスマスのしるしであると言われています。9節に書かれているような羊飼いたちが見たまばゆいばかりの天からの主の栄光と、10節に書かれている全世界に伝えられる大きな喜びの知らせ、そして11節に書かれているすべての人の罪をゆるす救い主の誕生、その偉大なるクリスマスの出来事の目に見えるしるしが、「布にくるまって飼い葉おけの中に寝ている乳飲み子」だと言われているので

す。

 なぜそのようになったのかについては、少し前の6節、7節に目を向ける必要があります。ヨセフとマリアは皇帝アウグストゥスの命令に従って、住民登録をするためにベツレヘムに行きました。けれども、宿屋はみな満杯で二人が泊まれる部屋はありません。身重のマリアにさえ、あたたかくやわらかな布団がありませんでした。二人は家畜小屋の中で、赤ちゃんを産むほかなかったのでした。だから、生まれてきた赤ちゃんは「布にくるまって飼い葉おけの中に寝ている」ほかになかったのです。それが、クリスマスのしるしとなったのです。それは一体どういうことなのでしょうか。

 ここにも、神の不思議な選びがあるのです。しかし、それは神がだれかを選ばれたとか、神が何かを選ばれたというのではありません。神ご自身が、このようなみすぼらしい、貧弱な、いと小さな者となることを選ばれたということなのです。すなわち、神ご自身が家畜小屋の、薄暗い、じめじめした、人間が寝泊まりできそうもない、だれもがそこには目を向けず、だれもがむしろそこからは目をそむけたくなるような、そのような場所でお生まれになるという、神ご自身の選びがあるのです。そのように、神がご自身を貧しく、低く、いと小さなお姿でこの世においでになるという、神の自己卑下がここにはあるのです。神はこのクリスマスの日に、そのような貧しく低く、いと小さなお姿でわたしたちに出会ってくださったのです。それは何と大きな神の愛であることでしょうか。それは何と大きな神の恵みであることでしょうか。わたしたちはこのような貧しいお姿の神に出会うのです。わたしたちは神を求めて、天に至るまでの高い塔を積み上げる必要はありません。天にまで登ろうと努力を積み重ねる必要はありません。否、そうすべきではありません。神がわたしたちの低き所にまで下りてきてくださっておられるからです。神はわたしたちの罪の世界に人の子としておいでくださったのです。

 ご自身を徹底的に低く貧しくされた神、クリスマスの日にそのようにして全人類への大きな愛を示された神は、この日に誕生されたご自身のみ子・主イエスを、わたしたちの罪の贖いとして十字架の死へと引き渡されたということを、わたしたちは福音書の終わりで知らされます。クリスマスの時の神の偉大なる愛と恵みは、主イエスの十字架と復活にまで続いています。そこにおいて、ご自身を貧しくされた神の愛と恵みは、その頂点に達したのです。クリスマスの日にご自身を貧しくされ、低く小さくされた神は、み子・主イエス・キリストの十字架において、ご自身のすべてをわたしたち罪びとの救いのためにささげ尽くしてくださったのです。

 パウロはローマの信徒への手紙8章32節でこう言っています。「わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子のみならず、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか」。そして、どんなものであれ、「わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのである」(39節)と。

 クリスマスの日に貧しいお姿で、人となられてこの世においでくださった神の愛は、ご自身の一人子を十字架の死に引き渡されるほどにわたしたち罪びとを愛される偉大なる愛となって結晶したのです。その神の偉大なる愛によって、わたしたちは神と固く結ばれています。その神の偉大なる愛は、分断されているこの世界と孤立化している人間たちを固く一つに結ぶ力となります。

ねがわくは、全世界のすべての人々の上に、この神の偉大な愛が注がれますように。そして、すべての人たちがこの神の偉大な愛によって一つに結びつけられますように。

 

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、争いや分断、戦争や破壊が続くこの世界を顧みてください。住む家を失い、貧困に苦しむ人々、語り合える隣人を持たず、あすに希望を見いだせないでいる人々、重荷を負い、道に悩んでいる人々、すべてあなたの助けと導きとを必要としている人々に、どうかあなたが近くにいてくださり、慰めと励まし、希望をお与えくださいますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

12月15日説教「アンティオキアでのパウロの説教」

2024年12月15日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:サムエル記下7章8~17節

    使徒言行録13章13~25節

説教題:「アンティオキアでのパウロの説教」

 パウロとバルナバによる第一回世界伝道旅行の記録が使徒言行録13~14章に書かれています。紀元47年か48年ころのことと考えられています。二人はシリア州のアンティオキア教会から出発して、まず地中海のキプロス島で伝道活動を行い、それから小アジア地方のパンフィリア州ペルゲに上陸します。これから小アジア地方(今のトルコ)での伝道活動が展開されます。

 13節の冒頭に、「パウロとその一行は」とあり、ここからはパウロの名前がバルナバの前に書かれます。4節ではバルナバが先でしたが、それはたぶんバルナバの方が年上だったからと推測されていますが、キプロス島での伝道活動以後は、サウロがパウロになり、パウロの名前がバルナバの前に書かれるようになります。実質的にも、パウロが一行のリーダーになります。

 ペルゲに上陸してすぐにマルコはエルサレムに引き返すことになりました。その理由は書かれていません。体調が悪くなったのか、あるいはホームシックか、年若いマルコにとっての初めての遠い地への伝道旅行は、負担が大きかったことは想像がつきます。でも、パウロとバルナバはさらに小アジアの奥地へと進んでいきます。

 【14~15節】。地中海沿岸のペルゲからピシディア州のアンティキアまでの道のりは、北の内陸部へ、標高1200メートルの山脈を超える150キロメートル以上の険しく困難な山道でした。でも、使徒言行録はその困難な道のりを、「ペルゲから進んで」と表現しています。この「進んで」という言葉にはいくつかの意味が込められているように思われます。ペルゲに上陸してすぐに、同行していたマルコが引き返すという残念なことがあり、パウロもバルナバも落胆していたと想像できます。しかし、そうであっても、彼らの福音宣教の歩みはそこでとどまることはありません。さらに先に進められていきます。彼らの歩みを導かれるのは、聖霊なる神だからです。

 もう一つの意味は、これから彼らの歩みは険しく困難な山岳地帯へと向かいます。しかし、そうであっても、彼らの歩みはさらに力強く前進していきます。彼らが持ち運んでいるのが主イエス・キリストの福音だからです。主イエス・キリストの福音を持ち運ぶ伝道者の足は、力強く、軽やかで、たくましく、喜びに満ちているからです。その道がどれほどに困難で険しく、また危険に満ちていても、伝道者の足は彼らが持ち運んでいる福音の力と命によって支えられ、導かれているからです。わたしたちは、これからのち、使徒パウロの計3回の世界伝道旅行の記録を読んでいく中で、何回もそのことを確認することになるでしょう。

 ピシディァ州のアンティオキアは、シリア州のアンティオキア(パウロたちを派遣した教会が建てられていた町)と同じ名前の都市ですが、いずれも紀元前3世紀のギリシャ・セレウコス王朝のアンティオコス大王の後継者が建設した都市で、大王の名にちなんでそのように呼ばれていました。

パウロたちはキプロス島での伝道活動でも、5節に「ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げ知らせた」と書かれていたように、小アジアのこの町でも「安息日に会堂に入って」と14節に書かれています。この町にもディアスポラと呼ばれていた離散のユダヤ人が多く住んでいたようです。パウロたちはまず彼らに福音を語ります。

14、15節には当時のユダヤ人会堂での礼拝の様子が描かれていますので、それを整理してみましょう。「安息日」とはユダヤ人の安息日、土曜日のことです。「会堂」はシナゴーグと呼ばれる集会所のことです。ユダヤ教では、紀元前621年に行われたヨシヤ王の宗教改革以来、動物を犠牲としてささげる礼拝はエルサレム神殿だけに限定されることになり、地方の会堂では動物犠牲を伴わない礼拝が安息日ごとに行われていました。パウロたちはそれに出席しました。大きな会堂では会堂長(会堂司)が複数人いて、礼拝の役目を分担していました。

安息日礼拝では、まず「シェマー」と言われる信仰告白が会堂長によって宣言されます。「シェマー」とは、ヘブライ語で「聞け」と言う意味で、申命記6章4節の冒頭の言葉です。「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」とのみ言葉が宣言されます。祈禱がささげられたあとで、旧約聖書のモーセ五書(律法)と預言書の中から、聖書日課に従って、その日定められている聖書の箇所が朗読されます。それから、説教が行われます。説教者はあらかじめ決められた町の長老が立てられるのが一般ですが、会衆の中から選ばれることもありました。ルカ福音書4章に書かれている、主イエスが生まれ故郷ナザレの会堂で、朗読されたイザヤ書のみ言葉を解き明かされたのは、その場で指名されたのであろうと推測されています。きょうの箇所でも、旅行者であるパウロとバルナバが指名され、パウロが説教をするために立ち上がりました。そのパウロの説教が16~41節まで続きます。これは、使徒言行録に記されているいくつかのパウロの説教の最初のものです。また、この後のパウロの説教は主にギリシャ人・異邦人に対して語られたものですが、この箇所がユダヤ人に語られた唯一の説教です。

 このパウロの説教は、わたしたちがこれまで読んできたペトロのペンテコステの日の説教(2章14節以下)や、最初の殉教者となったステファノの説教(7章1節以下)と、その構造、内容ともに非常によく似ています。パウロの説教の前半17~23節では、イスラエルの民が神に選ばれ、神の救いの恵みによって導かれてきたことが語られ、それに続いて、24節からは、神の救いの歴史が主イエス・キリストによって最後の成就と完成に向かっていくこと、そして主イエス・キリストを信じる人はみな罪のゆるしを与えられ、救われるということが語られます。ペトロの説教でも、ステファノの説教でもほぼ同じです。

 では、次にパウロの説教の内容について学んでいきましょう。【16~18節】。パウロが初めに呼びかけている「イスラエルの人たち」とは、世界に散らされているイスラエルの民・ユダヤ人のことです。イスラエルの民は紀元前721年には、北王国イスラエルがシリアによって滅ぼされ、ユダヤ人はパレスチナ地域から全世界に散らされていきました。そして、587年には、南王国ユダもバビロンによって滅ぼされ、多くの民がバビロンの地に連れ去られました。一時、バビロンから帰還しましたが、その後も、たび重なる外国からの攻撃によって、ユダヤ人は全世界に散らされていったのです。

 でも、彼らは、神から与えられた神の言葉である律法を守り、神に選ばれた契約の民であることを忘れることなく、各地に会堂を建て、そこで安息日の礼拝を守り、信仰を持ち続けました。イスラエルの民の長い苦難と試練の歴史の中でも、神は彼らをお見捨てにならず、神が彼らによってお始めになった救いのみわざを、やがてその最終目的へと至らせるために、神はメシアなる救い主・主イエス・キリストを彼らにお送りくださったのです。パウロはそのメシア・救い主について語るために、まず、神に選ばれた契約の民イスラエルの人たちに呼びかけているのです。

 「神を畏れる方々」とは、今までにも出てきましたが、イスラエルの民・ユダヤ人ではないが、ユダヤ人の神、聖書の神の真理と救いを求めて、ユダヤ教の信奉者となっているギリシャ人・異邦人のことです。実は彼らにもまた、主イエス・キリストの福音によって、信じて神の民とされる道が開かれています。ユダヤ人であれ、ギリシャ人であれ、だれであれ、主イエス・キリストを救い主と信じて、罪を悔い改め、洗礼を受けるならば、すべての人が罪ゆるされ、救われ、神の国での永遠の命を約束されるのです。

 説教の冒頭で、パウロは神の選びについて語ります。「この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し」と語りだします。信仰の民イスラエルの誕生は神の選びによります。イスラエルの選びに始まり、すべての信仰者の誕生は神の選びによります。わたしたちがひとりの信仰者として誕生するのもそれ以外ではありません。神がこのわたしを、取るに足りないわたしを、欠けや破れがあり、罪多きわたしを、この世から選び分かち、教会に招いてくださり、信仰告白と受洗へと導いてくださることによって、わたしは信仰者とされ、神の国の民に属する一人とされたのです。

 神がイスラエルを選ばれたことについて、申命記7章6節以下ではこのように言われています。「あなたは、あなたの神、主の聖なる民である。……救い出されたのである」(申命記7章6~8節、292ページ)。

 神の選びは、イスラエルの選びがそうであったように、神の側からの一方的な愛の主導権によって、神に選ばれるに値しないと思われているもっとも小さなもの、無価値なものを、神はあえてお選びになるのです。それによって、神の無限の愛と恵みがいよいよ明らかにされるのです。

 イスラエルの選びは、具体的には族長アブラハムから始まりました。その子イサク、その子ヤコブへと神の選びは受け継がれました。そして、ヤコブの子孫はひとたび神の約束の地カナンを離れてエジプトに移住しました。けれども、神はエジプトの地にあるヤコブ・イスラエルの子孫の400年間の歩みを決してお見捨てにならず、かえって、エジプトの異教の地にある彼らを増やし、強大な民に成長させ、ついにご自身の強いみ手をもって、エジプトの奴隷の家からイスラエルの民を導き出されたのでした。神のイスラエルに対する選びの愛は、族長時代の200年間も、エジプト時代の400年間も、その後の荒れ野の旅の40年間、約束のカナンに入ってからのイスラエルの激動の千年間にも、全く変わることはありませんでした。そしてついには、主イエス・キリストによって、神は新しい教会の民を選んでくださったのです。

 主イエスは弟子たちとわたしたちの選びつついて、ヨハネ福音書15章16節でこのように言われます。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなた方を選んだ。……任命したのである」(16節、199ページ)。

 わたしの選びや、わたしの信仰、わたしの決意よりも、はるかに大きく、強く、確かである主イエスご自身の選びの愛があるからこそ、わたしたちは固く立つことができ、また神のみ心にかなった豊かな実りを結ぶことができるという約束と希望に生きることができるのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたの永遠の選びこそがわたしたちを固く立たせます。どのような試練の日々であろうとも、どのような困難で暗い道であろうとも、あなたの選びを信じて歩ませてください。

〇この地に、あなたの義と平和をお与えください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

12月8日説教「神のみ名が崇められますように」

2024年12月8日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:詩編145編1~9節

    ルカによる福音書11章1~4節

説教題:「神のみ名が崇められますように」

 主イエスが弟子たちに教えられた「主の祈り」の原型はルカ福音書11章とマタイ福音書6章の2か所に記録されています。わたしたちが礼拝などで祈っている「主の祈り」はマタイ福音書がテキストになっています。二つを比較してみると、マタイ福音書よりもルカ福音書の方が全体的に簡潔で、短くなっています。なぜこのような違いが生じたのかについては、詳細は分かっていませんが、おそらくは主イエスの祈りがのちの時代に伝承されていく過程で、それぞれに地域や教会で違って受け継がれていったからであろうと推測されます。ちなみに、主イエスが実際に弟子たちに教えられたのがおよそ紀元30年ころ、マタイとルカ福音書が書かれたのがおよそ紀元70年代とすれば、紙などの記録手段が乏しかった時代背景を考えれば、その間40年の間に主の祈りの内容に違いが生じることはありうると言えます。わたしたちはこれからルカ福音書をテキストにして「主の祈り」を学んでいきますが、その中で両者の違いについても触れたいと思います。

 まず、主の祈りの全体的な構造についてみていきましょう。マタイ福音書では、前半の三つの祈り(祈願)は「御名」「御国」「御心」についての祈りで、「御」とは原文のギリシャ語では「あなた」、つまり神のことです。ルカ福音書では「御名」「御国」の二つの祈願になっていますが、いずれも祈りの前半では、まず神についての祈りがなされます。主イエスが教えられた「主の祈り」では、この点が第一に重要です。主イエスはまず第一に、あなたの神について、神のことを祈りなさい、神が正しく神であるように祈りなさい、あるいは、神があなたにとってどのような方であるのかを正しく知ることが重要なのだと教えておられるのです。

 祈りとは、人間が自分の願いを神に聞いていただくことだから、まず神に自分のことを知ってもらうことが重要だと考えるかもしれません。だから、できるだけ言葉を尽くして自分を神に訴えることが重要だと考えるかもしれません。しかし、主イエスが教えられた主の祈りはそうではありません。なぜならば、主イエスは言われるのです。「あなたのことは、あなた自身よりも、主なる神の方がもっとよく、もっと深く、あなたのことをご存じなのだ。あなたに今何が最も必要なのか、あなたに欠けているものは何か、あなたが何を求めるべきかを、神ご自身が最もよく知っておられるのだ」と。だから、あなたのことを最もよく知っておられ、あなたの最も奥深いところまでをも知っておられる神のことをまず祈りなさい、と主イエスはお命じになるのです。

 次に、神への呼びかけについてです。ルカ福音書では、単純に「父よ」ですが、マタイ福音書6章9節では「天におられるわたしたちの父よ」となっています。どうしてこのような違いが生じたのかについてはよく分かりませんが、両者に共通していることは、ルカもマタイも神を「父」と呼んでいることです。

 実は、神を父と呼ぶのはイスラエルにおいては非常に珍しいことです。旧約聖書で、神を父と表現している個所はわずか数か所だけで、しかも直接に神に向かって「父よ」と呼びかけている例は全くありません。彼らにとって神は、いと高き天におられる聖なる存在であり、人間が近寄りがたい恐るべき存在であったからです。その神を人間の親子の関係のように親しく「父よ」と呼ぶことは、神を冒涜することになりかねないからです。

 では、なぜ主イエスは神を父と呼ぶように教えられたのでしょうか。その理由はわたしたちにも推測できます。すなわち、主イエスこそが父なる神の御一人子としてこの世に誕生されたからです。主イエスにとっては、まさに神は父であられ、「わたしの父」であられるからです。主イエスはしばしば神に向かって「父よ」と呼びかけられました。最も印象深い場面を取り上げてみましょう。主イエスの十字架の場面で、ルカ福音書23章34節では、「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです」と祈られました。46節では、「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます」と言われて息を引き取られました。父と子の関係が今まさに断ち切られようとしている死の間際の、痛みと苦悩の極みにあって、主イエスは神を「父よ」と呼ばれ、父なる神のみ心に従順に服従されたのです。

 主イエスがわたしたちに、神に対して「父よ」と呼びかけるように教えられたのは、まさに主イエスがそのことを可能にされたからです。主イエスご自身が、神とわたしたち人間との間にあった罪を取り除いてくださって、神をわたしたちとを霊による親と子という、親密で、永遠に消え去ることがない固い交わりの中へと招き入れてくださっておられる、そのような主イエスの十字架による救いのみわざによって、わたしたちは神を「父よ」と呼びかけることができるようにされているのだということが分かります。

 ヨハネの第一の手紙3章1、2節にこう書かれています。「御父がどれほどわたしたちを愛してくださるか、考えなさい。それは、わたしたちが神の子と呼ばれるほどで、事実また、そのとおりです。……わたしたちは、今すでに神の子なのです……」。わたしたちが、祈りにおいて神に向かって「父よ」と呼びかけることがゆるされている、それは何という大きな神の愛であり恵みであることでしょうか。

 祈る際に、最初に神への呼びかけをするということを、初心者は覚えておくのがよいと思います。祈り心はだれにでもあると言われますが、しかし実際に声に出して祈ってみなさいと言われると、何をどう祈ってよいのか、口ごもってしまいます。とにかく、まず「父よ」とか、「天におられる父なる神よ」と声を出して呼びかけてみると、次の祈りが言葉になりやすくなります。わたしの近くにいてくださり、わたしのすべてを知っていてくださる父なる神が、何をどう祈るべきかを聖霊によって教えてくださいます。そして、終わりの結びに、「この祈りを主イエス・キリストのお名前をとおして、み前におささげします。アーメン」と祈れば、だれでも戸惑うことなく、恥ずかしがることなく、人前でも一人でも、すぐに祈ることができるようになります。どうぞ皆さま、日々の祈りの生活を続けてください。

 次は、第一の祈願です。マタイ福音書もルカ福音書も「御名が崇められますように」と、全く同じです。「御」とは、最初に説明しましたように、原文では「あなた」、すなわち神のことです。神のお名前のことが、第一に祈られているということに改めて注目したいと思います。わたしの名前のことではなく、だれかの名前でもなく、神のお名前こそが、この世界のどんな名前よりも、最も崇められますようにとの祈りです。

 宗教改革者のルターは、この第一の祈願について、「わたしたちは深い罪の自覚と悔い改めなしには、この祈りを祈ることはできない」と書いています。と言うのは、わたしたちの日常生活の中で、またしばしばわたしの祈りの中でも、神のお名前よりは自分自身の名前の方がより重要な意味を持っていることが多いからです。神のお名前が崇められることのために生きているのではなく、自分の名前や、他のだれかの名前のために生きているのがほとんどです。それによって、神のお名前が無視され、軽んじられ、あるいは踏みにじられ、卑しめられたりしている、そのような生活をわたしたちは認めざるを得ないのでないでしょうか。そのことに気づかされ、そのような罪を告白し、悔い改めることなしには、だれもこの祈りをすることができない、とルターは言うのです。

 わたしたちは自分の名誉が傷つけられることを嫌います。時には、肉体的な傷を負わされるよりも、自分の権利や誇りや名誉が侵害されることの方が、より大きな苦痛を感じることがあります。わたしたちの生活はいつでも自分の名前が中心になっていて、自分の名前が一番大切な位置を占めています。信仰生活の中でもしばしばそういうことが起こり得ます。教会で奉仕するとき、愛の業に励むとき、捧げものをするとき、また祈るときにも、神のお名前が崇められることを願うよりも、自分の名前が高められることのためであったり、だれかの名前のためであったりすることがあります。わたしたちは深い罪の自覚と悔い改めなしには、この祈りを祈ることはできません。そのことを第一に告白しなければなりません。

 では、神のお名前を崇めるとはどういうことでしょうか。名前は、その人を他から区別するための単なる記号ではありません。その人の名前には、その人の存在、人格、あるいは名誉や権利のすべてが結びついています。古代社会においては、また特に聖書の世界においては、今日のわたしたちが考えるよりもはるかに強く、名前とその人の人格、存在、またその人の言葉、行動、考えのすべてが固く結びついていました。

 創世記1章、2章の、神が天地万物を創造された箇所で、神が創造されたものを、「神は光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた」(1章5節)。「神は大空を天と呼ばれた」(8節)と繰り返されていますが、神が創造されたものに名前を付け、その名前を呼ばれるということは、神がそのものをご自身の所有として永遠に支配されるという意味が込められています。名前を付ける、あるいは名前を呼ぶということは、その名前を持つ人との深い関係、交わり、時に支配、服従、時に導き、守りというような意味を含んでいるのです。

 モーセの十戒の第三の戒めで、「あなたの神、主のみ名をみだりに唱えてはならない」と命じられているのも、それに関係しています。神のお名前は、天におられる聖なる神、全能の父なる神の存在、そのお働き、その尊厳と密接に結びついています。人がそのお名前を自分勝手な目的のために用いることは、神の尊厳性、神の永遠性を損なうことになることを恐れ、神のお名前を口に出すことを戒めたのです。旧約聖書の民は、その戒めを厳格に守ったために、やがて神のお名前をどう発音するのかを忘れたほどでした。

 「崇められますように」との祈りも、そのことと関連しています。「崇める」という言葉は本来「聖とする」という意味を持ちます。神のお名前を他のすべての名前から区別し、それらと混同しないように、ただ神のお名前だけに、そのお名前にふさわしい尊厳、栄光、名誉を帰しなさいという命令です。主なる神を、他のいかなる偶像の神々とも混同しないように、あるいは人間や他の被造物とも混同しないように、ただ主なる神だけを全世界の唯一の神とし、わたしの唯一の主なる神としなさいという命令です。主イエス・キリストによってわたしたちを愛され、罪から救われた主なる神だけに仕え、従うときに、神はわたしの祈りのすべてをお聞きくださり、わたしに最も必要な恵みをお与えくださいます。

 

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、わたしたちを常に祈る者としてください。あなたはわたしたちの願いにはるかにまさった豊かな恵みをもって応えてくださる方であることを固く信じて、たゆまずに、熱心に祈る者としてください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

12月1日説教「モーセが手に持つ神の杖」

2024年12月1日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:出エジプト記4章1~17節

    マタイによる福音書10章16~23節

説教題:「モーセが手に持つ神の杖」

 きょうの主の日から、待降節(アドヴェント)に入ります。主イエス・キリストのご降誕を待ち望む期間です。わたしたちは特にこの期間、戦争や分断、対立が絶えないこの世界に、神がまことの和解と平和をお与えくださるように、また、多くの困難を抱え、道に迷い、生活の困窮を覚え、重荷にあえいでいる人々に、神が主イエス・キリストによってまことの命と恵みとをお与えくださり、慰めと希望のあすを迎えさせてくださるようにとの、切なる祈りを持ちつつ、主イエス・キリストのご降誕を待ち望みたいと願います。

 きょうの礼拝では、出エジプト記4章のみ言葉から、エジプトの奴隷の家からイスラエルの民を導き出すための指導者として召されたモーセの召命と使命について、学んでいきたいと思います。モーセの召命の記事は、3章4節から始まっています。主なる神が「モーセよ、モーセよ」と呼びかけ、モーセがそれに対して「はい、ここにわたしがおります」と答え、それから神とモーセの対話が始まり、神がモーセに一つの使命を与えます。その神とモーセとの対話が4章の終わりまで続きます。神がこのように一人の人を相手に長く対話をされる場面は、聖書の中では非常に珍しいと言えます。

 なぜ、これほど長い対話になったのかには、理由がありました。それは、モーセが何度も神の招きを拒んだからです。3章11節で、モーセは神にこのように反論します。【3章11節】。また、きょうの箇所でも、【4章1節】。さらに10節でも、【10節】、また13節でも【13節】。このように、モーセが何度も何度も神の招きを拒否しています。ある時には自分の無力さや貧しさを嘆きながら、またある時には確かなしるしや保証を求めながら、ある時には口下手を口実にして、そしてしまいには、何の理由もなく、多少とも自暴自棄になって、神の招きに抵抗し、抗議し、神から与えられた務めから何とかして逃れようとしています。それが、神とモーセとの対話が長引いた理由でした。

 しかし、そこにはもう一つの理由がありました。それは、モーセの繰り返しの拒否や抗議に対して、神が何度も何度も耳を傾けられ、それをお聞きになり、なおも愛と憐れみをもって、また忍耐をもって、モーセの疑いや迷いや不安を取り除くために、数々の約束のみ言葉を語られ、確かなしるしと約束とをお与えくださったから、その神の限りなく大きな愛と忍耐こそが、もう一つの理由であった、いやこれこそが主たる理由であったのだというべきでしょう。

 神は、不信仰でかたくななモーセを、またあれこれと理由を探してはその務めから逃れようとするモーセを、それにもかかわらず、お見捨てになることなく、あきらめることなく、繰り返してお招きになられ、彼に語りかけられました。数えてみると、三たびどころか、五たびもです。神は、あるいは途中であきらめて、モーセを捨てて、他の人を選びなおしてもよかったはずなのに。五度目に、14節で、「主はついに、モーセに向かって怒りを発して言われた」と書かれています。この時には、完全にモーセを見限ってもよかったはずなのに。しかし、神はそうなさらずに、それでもなおも、神は大きな限りない愛と忍耐とをモーセに注がれ、モーセを見放すことはなさらず、ご自身の救いのみわざに仕える務めへとお招きになられたのでした。

 そして、ついに4章の終わりに至って、神の召しに応える従順な信仰者とされたモーセの姿を、わたしたちは見るのです。【20節】。また【28~29】。神はこのようにして、不信仰でかたくなな人間を、信じて応答する人間へと造り変えられます。不安や疑いのためにしり込みしている人間を、勇気をもって、喜んで神にお仕えする人間へと造り変えてくださるのです。神はそのようにして、きょうの礼拝においても、わたしたち一人一人をそのような信仰者として造り変えてくださいます。

 では、4章でモーセの神に対する拒否と応答がどのようになされていったのか、すなわち神の愛と忍耐がどのようにモーセを変えていったのかを、もう少し詳しくみていくことにしましょう。

 モーセは1節で、エジプトで苦しむヘブライ人たちが自分の言うことを信じないかもしれない、わたしの言葉に聞き従わないかもしれないという不安を神に投げかけていますが、これまでの神とモーセのやり取りを見てきたわたしたちには、これは実は、モーセが神のみ言葉を信じていないからであり、彼が神の約束を信頼していないから、このような不安を抱いているに過ぎないということが、わたしたちには分かっています。ヘブライ人たちが不信仰で疑い深いのではなく、モーセ自身が不信仰で疑い深いのだということです。神はこのあとで、モーセに対して3つのしるしをお与えになりますが、それらのしるしはヘブライ人たちが信じるようになるためのしるしであるというよりは、モーセが信じる者になるためのしるしであり、またそれは、のちにはヘブライ人たちの解放を拒んだエジプトの王ファラオに対するしるしにもなります。

 モーセに与えられた最初のしるしは、彼が持っていた杖が蛇になり、またそれが彼の手に戻ると再び杖に変わったというしるしです。モーセはミディアンの祭司エテロの羊の群れを飼う羊飼でしたから、羊を導く杖を持っていました。神はモーセが持っていた杖をお用いになって、大いなる奇跡のみわざをなさいます。20節では、モーセが持っていた杖は「神の杖」と言われています。神はモーセの手の中にあった1本の木の棒を、ご自身の偉大なる力と恵みとを表す道具としてお用いになります。

そのようにして神は、わたしたちが持っている小さなもの、わずかなものをもお用いになります。それが神によって用いられるとき、それは神の偉大な力と恵みとを証しするものとなるのです。神は土の器に過ぎないわたしたちをも、ご自身の尊い救いのみわざのためにお用いになります。使徒パウロはそのことについてコリントの信徒への手紙二4章7節でこのように語っています。「ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために」。神はいと小さく貧しい器であるわたしたち一人一人をもお用いになります。その貧しい器の中に、主イエス・キリストの福音という宝を入れてくださいました。この尊い宝を持ち運ぶ器として、わたしたち一人一人をお用いになります。

モーセが杖を地に投げると蛇になり、もう一度それを手につかむと杖に変わったという奇跡は、暗示深いものがあります。創世記3章以来、聖書では蛇はサタン(悪魔)の象徴として用いられています。人間を神から引き離し、罪の中に引きずり込む誘惑者、悪しき力、罪の力の象徴とされています。モーセは今その蛇を支配する力を神から与えられているのです。

 また、17節にはこのように書かれています。【17節】。今、モーセに新たに授けられた「神の杖」は、こののちには、神の民ヘブライ人たちをエジプトの奴隷の家から解放するための杖として、また彼らを約束の地カナンへと導くための杖として、数々の奇跡をおこなう杖として用いられることになるということを、こののちの出エジプト記で語られていきます。モーセはその杖でエジプト王ファラオの前で奇跡を行い(7章1節以下)、ナイル川を打って水を赤い血に変えるという奇跡を行います(7章14節以下)。また、紅海の海の水を打って二つに分け(14章16節以下)、岩を打ってその間から水を湧き出させる(17章5節以下)、そのような杖として用いられるのです。

 そして、創世記3章15節に、「女のすえは蛇の頭を砕くであろう」と預言されていたように、女のすえである人となられた神のみ子主イエス・キリストは、十字架の死と復活によって、蛇の力、サタンと罪の力を最終的に打ち砕かれ、それに勝利されたのだということを、新約聖書は語っているのです。

 モーセに与えられた第二のしるしは、6~8節に書かれています。重い皮膚病にかかった手が雪のように白く清められたという奇跡も暗示深いものを含んでいます。それは、罪の汚れからの清め、罪のゆるしを意味しています。この奇跡はモーセ自身とヘブライ人の罪のゆるしを暗示しています。神がヘブライ人をエジプトの奴隷の家から解放し、その苦難から救い出されるのは、ただ彼らの苦しみを取り除いて、政治的な支配から自由にするということではなく、彼らを罪の奴隷から解放することであり、神との新たな交わりの中に招き入れられるということです。罪をゆるされた神の民とされるということなのです。

 人間はだれもみな神に背いている罪びとです。神のみ前では正しい人はだれ一人いません。主イエス・キリストの十字架の血によって罪の奴隷から解放されない限り、人間は罪から自由になって生きることはできません。主イエス・キリストの復活によって新しい命を与えられない限り、だれもまことの命を生きることはできません。

第三のしるしは、エジプト・ナイル川の水が地面に撒かれると、それが血に変わるという奇跡です。この奇跡が実際に起こるのは、7章17節に書かれているように、エジプトの王ファラオに対する10の災いの最初のものとしてです。ナイル川はエジプトの聖なる川であり、命の水であり、オシリスの神と考えられていました。その川の水が赤い血に変わり、飲めなくなり、川に住むすべての生き物が死ぬということは、エジプトの王とエジプトの神々に対する審判を意味していました。また、ヘブライ人の神、主なる神の勝利を表しています。

 神の杖を手にしたモーセは、もはやエジプトの権力をも神々をも恐れる必要はありません。また、自分自身とヘブライ人の罪とかたくなさとを嘆くこともありません。神ご自身がモーセに代わってそれらと戦ってくださり、それらに勝利してくださるからです。そして、モーセとヘブライ人の不信仰を信仰に変えてくださるからです。神は5節でこのように言われます。【5節】。また、8節でもこういわれます。【8節】。神は人間たちのあらゆる不信仰、不従順、反逆をも取り除いてくださり、ついにはご自身に従う信仰の民を生み出してくださるのです。

 

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、不信仰であり不従順であるわたしたちの罪をおゆるしください。あなたの招きのみ言葉を聞いたなら、従順に聞き従う信仰をお与えください。そして、あなたの救いのみわざのために仕える奉仕者として、わたしたちをお用いください。

〇主なる神よ、この世界を顧みてください。争いや分断があり、殺戮や奪い合いがあり、貧困や飢餓、自然破壊が多くの人々を苦しめている、この病んだ世界を顧みてください。あなたのみ心を行ってください。あなたの義と平和とを実現させてください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

11月24日説教「主イエスが制定された聖礼典(一)」

2024年11月24日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

    『日本キリスト教会信仰の告白』連続講解(37)

聖 書:イザヤ書42章1~9節

    マタイよる福音書3章13~17節

説教題:「主イエスが制定された聖礼典(一)」

 『日本キリスト教会信仰の告白』をテキストにして、わたしたちの教会の信仰の特色について学んでいます。印刷物の4段落目の文章、「教会は」から始まる文章では、キリスト教教理で「教会論」と言われる教理が告白されていますが、その後半の部分、「主の委託により正しく御言(みことば)を宣べ伝え、聖礼典を行い、信徒を訓練し」という個所では、教会の務め、使命について3つが挙げられています。一つは、「み言を宣べ伝えること」、二つには「聖礼典を行うこと」、三つめは「信徒を訓練すること」です。

 宗教改革者ルターとカルヴァンは前者の二つを、真実の教会であることの目印と規定しました。つまり、神のみ言葉である聖書が正しく解き明かされ、説教され、聞かれている教会、また同時に、聖礼典が、プロテスタント教会では洗礼と聖餐ですが、その二つが主イエスの制定のごとくに、聖書のみ言葉に従って正しく執行されている教会、そのような教会であれば、どこの国に立てられた教会であれ、どのような民族、人種、階級によって構成された教会であれ、規模の大小や経済力の違いや礼拝堂があるなしにかかわらず、そこに真実の教会が存在すると宗教改革者たちは規定しました。のちになって、改革教会はそれに三つめの「信徒の訓練」をも教会の目印として加えました。

 きょうの礼拝では「聖礼典を行い」という告白について、二つの聖礼典のう

ちの洗礼について、聖書のみ言葉に導かれながら学んでいくことにします。前回にも確認したことですが、「主の委託により」という言葉は、そのあとに続いている三つの教会の務めのすべてにかかっていると理解することが、非常に重要です。と言うのは、特に二つめの「聖礼典を行い」に関して、ローマ・カトリック教会は主イエスによって定められたとは考えられない他の儀式をも、彼らが言う「秘跡」に加えているからです。

 まず、このことについて少しふれておきたいと思います。ローマ・カトリック教会は、宗教改革の時代も今日も変わりませんが、7つの秘跡を定めています。しかし、宗教改革者たちはそれを二つに限定しました。その基準は、主イエスご自身がそれを制定されたかどうかにありました。洗礼と聖餐、カトリック教会では聖餐を「聖体」(あるいはミサ)と言いますが、この二つは、その意味と執行の仕方には違う点もありますが、主イエスがそれらを制定されたという点ではプロテスタント教会とカトリック教会は一致しています。しかし、他の5つの秘跡については、主イエスご自身が制定されたという聖書の記述は見いだすことはできないとわたしたちは考えます。たとえば、「堅信」ですが、これは幼児のときに洗礼を受けた信者が青年になって自分で信仰を言い表す儀式です。これについて主イエスが聖書のどこかで定められたという記録はありません。プロテスタント教会では信仰告白と一般に言いますが、主イエスが定められたのではありませんから、これは聖礼典には数えてはいません。

 「告解」とは、信者が告解室に入って司祭に自分が犯した罪を告白して、その罪の償いをするという制度ですが、その制度があの悪名高い「免償符」(「免罪符」)の販売へとつながっていくのですが、主イエスがそのような制度を制定されたという聖書の記述もどこにもありません。そもそも、罪をゆるしたり罰したりするのは、主なる神おひとりがなさることであり、人は主イエスの十字架の福音を信じる信仰によってのみ罪ゆるされ、教会の民、神の国の民に加えられるのですから、わたしたちプロテスタント教会は「告解」そのものを認めていません。その他に、カトリック教会は「終油」「叙階」「婚姻」を加えていますが、これらも主イエスが定められたという聖書は見あたりませんから、わたしたちは聖礼典とは認めていません。

 では次に、「洗礼」について、主イエスがどのように定められたか、またその意味は何かを学んでいきましょう。日本キリスト教会の『式文』では、洗礼式の「制定語」として、マタイによる福音書28章18~20節を挙げていますから、まずその箇所を読んでみましょう。【18~20節】(60ページ)。マルコ福音書16章15~16節でも同様に主イエスは弟子たちにこのようにお命じになりました。「それからイエスは言われた。『全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける』」。

 この二つの聖書の箇所に共通している重要な点は、洗礼を授けることと福音を宣べ伝えることが結びついていることです。この二つのことは、父なる神から天と地の一切の権能を授かっておられる主イエスの命令であり、また委託です。弟子たちは、またのちの教会の民であるわたしたちは、主イエスを通して、全能の父なる神から与えられるこの権能を授かっているのです。委託されているのです。わたしたちは大きな恐れと感謝とをもって、主イエスから委託されたこの権能を行使するのです。

父なる神は、わたしたち罪びとたちのために、ご受難と十字架の道を歩まれた主イエスによって、罪の贖いを成し遂げてくださいました。そして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた主イエスに、罪と死に対する勝利を賜り、三日目に復活させられました。わたしたち教会の民は、その主イエスの罪と死に対する勝利を、洗礼と福音宣教によって、全世界のすべての人々に継承していく使命を託されているのです。教会は主イエスから授かっている権能によって、信仰を告白し、悔い改める受洗志願者に罪のゆるしの宣言をし、神の国の民と永遠の命の保証を与え、洗礼を授けます。それは、教会が何かの権限をもってなすことではなく、まただれかが何かの能力を発揮してなすのでもなく、ただ主イエスから託された権能と主イエスご自身の十字架と復活のみわざによってなしうることです。

また、洗礼と世界宣教の使命は固く結びついています。今からおよそ2千年前のペンテコステの日に、聖霊を受けた3千人ほどの人が洗礼を受け、最初の教会、エルサレム教会が誕生しました。それ以後の初代教会の目覚ましい成長と発展については、わたしたちが使徒言行録から学んできました。教会の世界宣教の使命は、世界をキリスト教化することによって成し遂げられるのではありません。キリスト教の文化や慣習を広めることでもありません。教会が政治的指導者となって世界を支配することでもありません。洗礼によって一人の信仰者が誕生することが世界宣教の始まりです。自分の罪を告白し、悔い改め、洗礼を志願する人が一人誕生すること、そして洗礼式が執行され、教会の民、神の国の民が一人誕生すること、そこから世界宣教の使命が始まるのです。

洗礼は復活された主イエスから教会に託された務めですが、実は、それ以前に主イエスご自身がわたしたちに先立って洗礼をお受けになり、わたしたちのために洗礼の道をあらかじめ開いておられたということを、マタイ福音書3章は語っています。【13~17節】(4ページ)。主イエスが洗礼をお受けになったことは、マルコ福音書1章9節以下とルカ福音書3章21節以下にも、多少違った表現で書かれています。共観福音書が一致して語っている主イエスの受洗を、わたしたちはどのように理解すべきでしょうか。

そもそも洗礼は、罪びとであるわたしたちが、自らの罪を告白し、主イエスがなしてくださった十字架と復活のみわざをわたしのための救いのみわざと信じ、告白して、わたしの罪がゆるされていることのしるしとして洗礼を授けられるのですが、主イエスは罪をゆるされなければならなかったというのでしょうか。いや、そうではありません。洗礼者ヨハネ自身が、「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのです」と、自らの告白しているように、ヨハネは罪びとですが、主イエスは神のみ子であり、罪も汚れもない聖なるお方です。洗礼をお受けになる必要は全くなかったはずです。そうであるのに、主イエスは「今は、そうするのが正しいことだ」と言われました。それが、父なる神、義なる神のみ心であるという意味です。

ここにすでに主イエスの十字架への道が備えられていたということを、わたしたちは知らされます。主イエスの宣教の開始と受洗のこの時から、神はご自身のみ子を罪びとたちの一人としてこの世へと派遣され、自ら罪びとの一人に数えられるほどに、わたしたち罪びとと歩みを共にされることを計画しておられたのです。それが父なる神の義なるみ心だということを、主イエスご自身もまた知っておられ、全き服従をもって十字架への道をお進みになられたのです。そのようにして、主イエスはわたしたちのために洗礼の道を開いてくださいました。

使徒パウロはしばしば洗礼について、主イエスの死と復活との関連で語っています。ローマの信徒への手紙6章3節以下を読んでみましょう。【3~11節】(280ページ)。ここでパウロが強調していることは、主イエスの十字架の死と復活が、わたしたちが受ける洗礼の意味と非常によく似ているという、いわば比ゆ的、象徴的な意味のことではありません。そうではなく、それは信仰の事実として、確実に、現実的に、主イエスの死と復活の出来事がわたし自身の出来事として起こるのだということなのです。洗礼において、主イエスの十字架の死と復活がわたし自身の死と復活の出来事として起こるのだということです。主イエスの十字架の死と復活それ自体が持っている偉大な力、永遠の救いの恵みの大きさ、豊かさが強調されているのです。洗礼において、古い罪のわたしが主イエスと共に十字架につけられて死ぬという出来事がわたしの身に起こり、また、主イエスの復活の命が新しくされたわたしの命としてわたしに与えられ、わたしが主イエスと共に生きる者とされるという出来事がわたしの身に起こるのです。

洗礼の時に起こるこの救いの出来事は、わたしたちが主の日ごとに礼拝をささげるこの時にも、わたしたち一人一人に起こっているのです。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、罪の中にあって死すべき者であったわたしたちを、あなたがみ子主イエス・キリストの十字架と復活によって救い出してくださり、あなたから与えられる新しい命に生きる者とされておりますことを、心から感謝いたします。どうか、わたしたちをあなたの救いのみわざのための働き人としてお用いください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの世界に与えられますように。この世界のすべての国々が、剣を鋤に変え、槍を鎌に変えて、もはや戦いを学ばない平和の民とされますように。 主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

11月17日説教「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である」

2024年11月17日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

    逝去者記念礼拝

聖 書:出エジプト記3章4~6節

    マルコによる福音書12章18~27節

説教題:「神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である」

 きょうの逝去者記念礼拝で朗読されたマルコによる福音書12章18節以下には、サドカイ派の人々と主イエスとの復活に関する論争が記されています。サドカイ派とは、当時のユダヤ教の一派で、ファリサイ派と勢力を競い合っていました。この両派は同じユダヤ教で、同じ旧約聖書を聖典にしていますが、考え方はずいぶん違っていました。復活に関しては、ファリサイは復活はあると信じていました。神を信じて、死に至るまで信じぬいて、神に自分の命をささげた殉教者や働き人を、神は決してお見捨てになることはない、必ずや終わりの時には復活の命を与えてくださるとファリサイ派は信じていました。

 他方、サドカイ派は復活はないと主張しました。彼らはどちらかと言えば現実主義者であり、生きている今の時が重要だ、今神を信じ、神に仕え、この現実の中で信仰を貫くことを神はお喜びになるのであると考え、死後のことには関心を示しませんでした。

 けれども、福音書を読むと、不思議なことに、サドカイ派もファリサイ派も共に主イエスに反対し、主イエスを十字架につけることでは一致していたということを、わたしたちは知ることができます。たとえ、人間の考え方や思想信条が違ってはいても、人間はすべて罪びとであり、主イエスの十字架の福音によって罪ゆるされなければならないという点では、人間はみな一致しているのであり、当時のサドカイ派とファリサイ派の人々も同じだということを、聖書は語っているのです。

 ところで、わたしたちは復活についてどのように考えるでしょうか。クリスチャンであっても、復活について、特に自分自身の復活については、常日頃から深く考えたり、信じたりしている人は少ないのかもしれません。主イエスの復活については、わたしたちは礼拝のたびごとに、『使徒信条』を告白し、「主イエスは……三日目に死者のうちから復活し」と告白していて、主イエスが死の墓から復活されたことは聖書に何度も書いてありますから、信じることができるとしても、自分自身の復活については、同じ『使徒信条』で、「わたしは……体の復活、永遠のいのちを信じます」と告白していても、それが自分自身の復活とは直接にはなかなか結びつかないというのが実感ではないでしょうか。おそらくそれは、わたし自身がまだわたしの死を経験していないからだと思われます。死の経験がなければ、復活の信仰も、いわば架空のものとしかとらえられないからなのでしょう。

 でも、きょうわたしたちは家族や教会員という身近な人たちの死を思い起こしながら礼拝しています。このような機会に、彼らすでにこの世を去った信仰の先輩たちの死と復活を覚えるとともに、わたし自身の死というものをより身近に覚えながら、わたし自身に約束されている体の復活について、わたし自身の死と復活を深く考え、またそれを信じる信仰へと導かれることを願いながら、今日の聖書のみ言葉を聞いていきたいと願います。

 復活を否定していたサドカイ派の人たちがここで持ち出している例は、イスラエルの古くからの慣習が背景になっています。申命記25章5節以下に規定されている結婚の制度で、今日それをレビラート婚と呼んでいます。長男が結婚して子どもがいない場合、その弟が長男の嫁であった人と結婚して子どもをもうけなさいという規定です。この制度は、その家の名前を絶やすことなく長く受け継ぐという目的とともに、イスラエルの民が神から賜った土地と家・財産、またその家の祝福を絶えることなく受け継ぐための制度でした。あるいはまた、神が約束されたメシア・救い主がイスラエルの家から、つまり自分の家から生まれるというかすかな可能性を担う意味もありました。

 サドカイ派が問題にしたのは、7人の兄弟が次々に子どもを残さないで死んだ場合、復活したときに彼女はだれの妻になるのか、7人の夫がいたのだから、そのうちのだれと結婚することになるのか。だれと結婚するにしても、それは不合理であり、不公平であるから、死後の復活はありえない、というのがサドカイ派の結論でした。

 ちなみに、復活を信じていたファリサイ派は、復活後には最初の夫と結婚すると考えていましたが、それに対して、サドカイ派は、復活の時には着物を着て復活するのか、その服装は死んだときに着ていたものか、本人が最も気に入っていた服装か。あるいはまた、生きていたときに悩んだり、矛盾を抱えたりしていた人は、復活のときにもそれをそのまま持って復活するのか。そうだとすれば、復活によっても、現世の問題は何も解決されないではないか。そうであれば、現世をありのまま受け入れて、それに適応して生きていくのが最も良いのではないか。サドカイ派はそのように考えて、徹底して現実主義で、今を精いっぱい生きていればそれでよい、という考えに貫かれていました。

 今日でも、そのような人生観を持っている人が少なくないと思います。キリスト者の中にもそのような考えに近い人がいるのではないでしょうか。復活ということを真剣に考える機会が少なく、自分自身のこととしてとらえることができないのは、そのあたりにも原因があるのではないでしょうか。

 しかし、わたしたちはここで、サドカイ派の人たちが自ら語っている内容に、実は深刻な課題が隠されていることに気づかなければなりません。19節で、「兄が死に」、20節でも、「死にました」、21節でも、「死に」、22節では、「最後にその女も死にました」と、何回も、「死んだ」「死んだ」と繰り返されているのです。たとえ現実主義者のサドカイ派にとっても、人間の死の現実と死の重さは変わりません。家族や親しい人の死は、大きな悲しみであり、痛みであり、喪失であることには変わりないでしょう。死の厳粛さと言うか、いやむしろ、死の恐ろしさ、残酷さ、残忍さ、だれもそれに抵抗できない死の恐るべき悪魔的な力、それはサドカイ派にとっても、もちろんわたしたちにとっても、避けて通ることができない厳しい現実なのではないでしょうか。その死の現実を、目をそらさずにしっかりと見ることがなければ、生とか、生きることとかを正しく考えることはできないのではないでしょうか。

 わたしたちはここで、きょうの聖書の主イエスとサドカイ派の論争の結末を読む前に、主イエスご自身に目を向けたいと思います。復活を考える場合、主イエスのご自身の復活から始めなければ、正しい結論を望めないからです。この世界に存在するものはすべて、人間も、自然も、宇宙も、時と共に移り変わり、消え去り行くものであり、すべて死と滅びに支配されているからです。

 では、主イエスの死はどうだったでしょうか。主イエスは神のみ子であり、罪も汚れもなく、それゆえに永遠なる存在でしたが、父なる神によって、罪のこの世に派遣されました。罪びとたちと共に歩まれ、神の国の福音を語られ、そしてついには、自ら神のみ子であることを投げ捨てて、ご自身が罪びとの一人に数えられるほどに、わたしたち罪びとの罪と死とをご自身に担われたのです。そして、ご受難と十字架の死を経験されました。十字架の上で、「父よ、なぜわたしをお見捨てになられたのですか」と叫ばれるほどに、神から見捨てられて死ぬほかにないわたしたち罪びとの死を、わたしたちに代わって、わたしたちを代表して、十字架の激しい痛みの中で、死んでくださったのでした。

 父なる神は、このようにして死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順に神に従われた主イエスを、死から引き上げられ、天にあるご自身の右の座に着かせ給うたのです。主イエスの復活は、父なる神の厳しい裁きをくぐりぬけてきた復活です。

 そして、主イエスの復活はすべての信じる者たちの初穂としての復活であると聖書に書かれています。主イエスの十字架の福音を信じる信仰者を、神はその罪をおゆるしになり、死と滅びから救ってくださいます。主イエスの復活は、主イエスを救い主と信じる信仰者の初穂なのです。最初に収穫する初穂には次の収穫が続きます。主イエスを信じる信仰者には復活の命が約束されているのです。すでにこの世を去って、天にある勝利の教会に移されたわたしたちの信仰の先輩たちもこの約束を信じて天に召されました。そのことは、この礼拝に招かれているわたしたちにとっての大きな保障です。

 きょうの聖書の結論部分を読んでみましょう。【24~27節】。まずわたしたちはここで、復活とは過去の、古い、そのままのわたしに復活するのではなく、この世界に生きていたわたしとは全く違った、新しい命に復活するのだということを確認しておきましょう。聖書が永遠の命と言う場合にも同様です。永遠の命とは今の命がいつまでも延長して続くというのではなく、神から与えられるまったく新しい命のことであり、もはや再び朽ちることのない命のことです。

復活もそうです。かつてのわたしと同じ体の復活ではありません。「もはや死はなく、悲しみも嘆きも労苦もない」(ヨハネの黙示録21章4節)、いつも永遠に神が共にいてくださる新しい天と新しい地における復活です。25節で、主イエスは「天使のようになるのだ」と言っておられます。聖書には「霊の体」という表現もあります。全能の父なる神は天地万物と人間を、無から有を呼び出だすように創造されました。死から命を生み出すように、わたしたちの朽ちる体から復活の永遠の命を生み出されます。

神の国が完成されるときにわたしたちに与えられる復活の命は、わたしたちを一つの神の家族に結びつけます。肉にある親と子や兄弟の関係よりもはるかに固く豊かな交わりを持った主にある兄弟姉妹とされます。その関係は何ものによっても壊されることはありません。一人の父なる神と一人の救い主イエス・キリストによって結ばれた一つの霊にある関係だからです。

神は族長アブラハムの父なる神であられます。彼の死後もそうであり続けてくださいます。その子イサクにとっても、その子ヤコブにとってもそうであり続けます。アブラハムへの約束のみ言葉は彼の死後も有効です。イサク、ヤコブへと、神の約束は受け継がれます。神のみ言葉、神の救いの恵みは、その人の死後にもその人から取り去られることなく、最後の成就を目指して進んでいきます。神の約束のみ言葉は信仰者の死後も変わりません。神の命のみ言葉は信仰者の死後もその人と固く結びついています。神の命のみ言葉は人間の死よりも強く、人間の死を超えて約束の成就へと進んでいきます。そのようにして、神はいつも生きている人の神であり続けられ、また死んだ者をも生かす神であり続けます。

 

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたの命のみ言葉を信じる者にしてください。そのみ言葉によって生きる者としてください。朽ち果て、移り行くものに心と目とを奪われることなく、永遠なるあなたのみ言葉を信じる者としてください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和をこの世界にお与えください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

11月3日説教「キプロス島での宣教活動」

2024年11月3日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:ホセア書14章2~10節

    使徒言行録13章4~12節

説教題:「キプロス島での宣教活動」

 バルナバとサウロ(すなわちパウロ)、それにヨハネ・マルコの一行が、アンティオキア教会から送り出されて第1回世界伝道旅行に出発したのは、紀元47年か48年ころであろうと推測されています。主イエスの十字架の死と復活が紀元30年ころとすれば、同じ年のペンテコステの時期、5~6月に最初の教会であるエルサレム教会が誕生して、わずか十数年でこのような世界規模での宣教活動が行われるように成長した教会の力の源はどこにあったのでしょうか。使徒言行録13章4節の冒頭に、「聖霊によって送り出された」と書かれています。教会のすべての命と力の源は聖霊なる神です。聖霊が、主イエスの十字架から逃げ去った弟子たちを再び呼び集めました。聖霊が彼らに主イエスの福音を語らせ、聖霊がそれを信じる教会の民を誕生させました。聖霊が教会の迫害者であったパウロを、主イエスの福音を宣べ伝える宣教者に変えました。聖霊がこの地アンティオキアにユダヤ人とギリシャ人とが共に主なる神を礼拝する教会をお建てになりました。聖霊がこの教会の祈りを導き、世界宣教の幻を彼らにお与えくださいました。そして今、聖霊が彼らを送り出して、世界伝道へと派遣されたのです。すべては聖霊なる神のお働きであり、ご計画なのです。

 【4~5節】。バルナバがサウロよりも前に名前が挙げられているのは、バルナバの方が年上だったからではないかと考えられています。ヨハネ・マルコは二人の助手としてしばらく手伝いますが、途中でエルサレムに戻ることになったと13章13節に書かれています。セレウキアは地中海に面した港町です。アンティオキアからはオロンテス川を下って30キロほどの距離です。そこから、彼らは地中海に船出してキプロス島に向かいました。この島が最初の宣教の地となりました。

 キプロス島はセレウキアの港から西に200キロメートル、地中海に浮かぶ大きな島で、クレテ島と並んで地中海の交通の要所でした。この島はバルナバの生まれ故郷であると4章36節で紹介されていました。この島にはすでに、エルサレム教会の大迫害で散らされたキリスト者によって主キリストの福音が宣べ伝えられていたということが11章19節に書かれていましたが、きょうの箇所ではそれとの関連については何も触れられてはいません。

 キプロス島の東海岸の町サラミスに着いて、彼らはすぐにユダヤ人の会堂で神の言葉を告げ知らせました。ここから、彼らの世界伝道旅行の特徴を見ることができます。それは、彼らの伝道旅行の目的がユダヤ人の会堂で神の言葉を宣べ伝えることであったということです。キプロス島はバルナバの生まれ故郷でしたから、親せきや知り合いの人たちが何人かはいたはずです。あるいは、すでに主キリストの福音が宣べ伝えられていましたから、何人かの信者がいたかもしれません。まず、その人たちを頼って、あいさつ代わりにというか、その人たちを集めて集会を持つということが考えられたかもしれません。その方が簡単だし、また有効な手段でもあると言えるのかもしれませんが、バルナバとパウロはそうしませんでした。彼らはユダヤ人の会堂に入り、そこで神の言葉を語りました。なぜならば、旧約聖書において、神が初めにイスラエルの民・ユダヤ人をお選びになり、この民と契約を結ばれたからです。主イエス・キリストの福音はまず第一に彼らにこそ語られなければならないからです。

 実は、この宣教方法はこの後のパウロたちの活動に受け継がれていきます。次の伝道地であるピシディア州のアンティオキアでも、14節に「安息日に会堂に入って」と書かれています。14章1節の、イコニオンでの宣教活動も、まずユダヤ人の会堂から始まっています。パウロはこの神の救いの秩序、順序というものを重要視しました。のちに彼が異邦人・ギリシャ人の宣教者と言われるようになるのは、ユダヤ人が主キリストの福音を拒んだからでした。

「神の言(ことば)を告げ知らせた」とありますが、これは主イエス・キリ

ストの十字架の福音を語り伝えることを言い表す決まった言い方です。使徒言行録でこれまでに語られていた使徒ぺトロの説教、最初の殉教者ステファノの説教、そしてこの後に書かれている使徒パウロの説教、それらのすべての説教の中心は、神が全人類を罪から救うためにこの世にお遣わしになった主イエス・キリストの十字架と復活の福音です。この福音を聞いて信じる人に神の救いが無償で与えられるという神の大きな恵みです。2千年の教会の説教は、あるいはこののち数千年の教会の説教も、この点においては全く変更されることはありません。

 キプロス島にはかなりの数のユダヤ人がいたと推測されます。彼らは離散のユダヤ人(ディアスポラ)と呼ばれていました。次に6節以下で登場してくるバルイエスという魔術師もユダヤ人で、偽預言者であったと紹介されています。【6~8節】。パフォスはキプロス島の西側に位置し、ここにはローマ帝国の行政府が置かれ、地方総督が常駐していました。ここでもわたしたちは使徒パウロが計3回の世界伝道旅行で最終的に目指した福音宣教の対象が何であったのか、その片鱗をうかがい知ることができます。当時世界を支配していたローマ帝国とその最高位の権力を誇っていたローマ皇帝に対して、「彼は決して神ではないし、主ではない、彼の国は決して神の国でもない。わたしたちの罪のために十字架で死なれ、三日目に復活された主イエス・キリストこそが、全世界の唯一の救い主であり、すべての人がそのみ前にひれ伏して礼拝し、信じ、従うべき唯一の主である」という福音を、ローマ皇帝の前で、ローマ皇帝に支配されている帝国の人々に語ること、これがパウロの世界宣教の最大の目標であったのです。キプロス島でローマ地方総督セルギウス・パウルスと出会ったということは、まさにその福音宣教の最前線に今パウロは立っているということを意味しています。

 バルイエスという名前はユダヤ名で「イエスの息子」という意味です。彼にはもう一つの名前がありました。それは8節で紹介されていますが、エルマ、ギリシャ語で魔術師を意味します。彼には、ユダヤ人としての伝統と、ギリシャ社会の異教の宗教・文化とが混ざり合っていました。「エルマ・魔術師」という名前は彼が得意とする仕事の内容からつけられた名前であることは分かりますが、「バルイエス・イエスの息子」という名前にどのような意味が込められていたのかはよく分かりません。もしかしたら彼は自分が主イエスの再来だと主張していたのかもしれません。あるいは、イエスという名前は「神は救いである」という意味を持つ、ありふれたユダヤ人の名前でしたから、主イエスとは直接には結びついていないのかもしれません。

 いずれにしても、ここで重要なことは、イスラエルにおいては旧約聖書で命じられているように、魔術は厳しく禁じられていたということです。また、偽預言者は神を欺く者としてこれもまた厳しく処罰されました。イスラエルの民はただ主なる神のみ言葉に聞き従うべきであり、主なる神は彼らの救いに必要なすべてのみ言葉を語ってくださるので、他のいかなるものをも信頼すべきではなく、他のいかなる言葉にも耳を傾けるべきではないと命じられていました。パウロが10節以下で厳しい言葉で魔術師エルマを断罪しているのはその理由によるのです。

 総督セルギウス・パウルスはバルナバとパウロとを招いて主イエスの福音を聞きたいと願っていました。しかし、魔術師エルマはそれを妨げようとしていたことが8節に書かれています。総督は高い地位にありましたが、神の真理に真摯に耳を傾けようとする求道の心を持っていました。それに対して、魔術師エルマは、おそらく総督のそばに付きまとい、総督に都合の良い魔術を行ったり、預言したりしていたように推測されます。もし、総督がパウロたちの福音を信じるようになれば、自分の偽りが暴かれ、収入減が絶たれることになることをも恐れたのに違いありません。それで、何とか総督をパウロたちから遠ざけようとしていました。エルマは二重にも三重にも、神の救いのみわざに反抗していたのです。

9節以下を読みましょう。【9~12節】。ここで初めてパウロという名前が現れます。そして、これ以降は使徒言行録では一貫してパウロという名前になり、またバルナバの名前の前に挙げられます。なぜ、ここでサウロからパウロに変更されたのかについては何も説明されていませんが、キプロス島で世界伝道の最初のキリスト者となったセルギオ・パウルスの名前にちなんで、ヘブライ語のサウロからラテン語のパウロに変更したのではないかと考えられています。

パウロはここで、神から与えられている権威によって、魔術師・偽預言者の偽りと邪悪に対決し、それに勝利しています。魔術師・偽預言者は、主なる神のまっすぐな道をねじ曲げる者であり、主なる神のみ力に対抗しようとする者であり、神の救いの道を妨げる者であるゆえに、神からの厳しい裁きを受けなければならないと宣言するのです。

わたしたちはここでもまた、神の言葉は決してつながれないというテモテへの第二の手紙2章9節の言葉を思い起こします。神の言葉は、どのような迫害や試練の中でも決してつながれることがないように、どのような異教の神々の妨害の中でも、決してつながれることはないのです。

「目が見えなくなる」という神からの罰は、迫害者であったパウロ自身も受けたものでした(使徒言行録9章)。これは永遠の裁きではありません。パウロは三日目に回心してキリスト者となったときに、再び目が見えるようになりました。魔術師エリマの場合も同じです。彼にも回心の可能性が残されており、再び目が見えるようになる可能性が残されています。パウロはここで神の厳しい裁きを語るだけでなく、神の憐れみと信仰への招きをも語っています。

総督はパウロが語った主イエス・キリストの福音を聞き、またパウロが語った神の言葉によって起こった奇跡の出来事を見て、主イエスを信じ、主イエスを救い主として受け入れました。「主の教えに非常に驚き、信仰に入った」と書かれているように、パウロが語った言葉は人間の言葉ではなく、全能の主なる神の力の言葉であり、全人類の唯一の救い主、主イエス・キリストの救いの言葉なのです。その主の言葉が人間を支配していた罪と死と滅びに勝利し、わたしたち信じる人すべてをまことの命によって生かすのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたの命のみ言葉は死んでいたわたしたちに新たな命を注ぎ込み、罪に支配されていたわたしたちを罪の奴隷から解放し、まことの命に生かす命のみ言葉です。どうかあなたのみ言葉によって、わたしたちをすべての迷信や偶像崇拝から解放してください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの世界に行われますように。すべての人間が主なるあなたを恐れる者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

10月27日説教「イエス・キリストを信じる信仰によって義と認められる」

2024年10月27日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

           宗教改革記念礼拝(日本キリスト教会神学校日)

聖 書:創世記15章1~6節

    ローマの信徒への手紙3章21~26節

説教題:「イエス・キリストを信じる信仰によって義と認められる」

 宗教改革者マルチン・ルターは1517年10月31日、ドイツのヴィッテンベルクの教会の扉に、『九十五カ条の論題』を貼り付けました。これが、宗教改革の始まりと言われています。この『九十五カ条の論題』は、当時のローマ・カトリック教会が販売していた「贖宥状」(「免罪符」と一般に言われている)の発行と販売に反対して、ルターが公開の論争を持ちかけたものでした。ルターはその論題の中で、ローマ教皇が販売している贖宥状は、主キリストに対する真実の信仰と真実の悔い改めがなくても、お金で罪の償いをすることができると教えているのであって、それは主キリストの福音から離れた、間違った教えであると、教会を厳しく批判しました。

 贖宥状を購入することによって、自分の罪の償いをすることができるという考えの根源には、人間の行いも救いにとって有効であるというカトリック教会の古くからの理解がありました。カトリック教会はこう教えていました。人間は肉に支配されている弱い者、罪を犯さざるを得ず、神から離れようとする罪びとではあるが、そのような弱い者ではあっても、人間にはまだ少しの善(良いもの)のかけらが残っている。だから、努力して、善い行いを積み重ねることによって、神に近づくことができる。罪の償いのために良い行いをして、いわば罪を帳消しにすることができる。贖宥状の購入もそのような良い行いの一つであり、教会の経済を助ける善行だと理解されていました。

このような、人間が罪から救われるためには主イエス・キリストを信じる信仰だけでなく、人間の良い行いも必要であるという考えは、今日のカトリック教会にも残っていますが、実は、わたしたちプロテスタント教会の中にも、形を変えて常に付きまとっている誘惑なのです。自分のわざを誇り、神に帰すべき栄光を、自らのものに奪い取ろうとする人間の傲慢は、今なお、わたしたちの中に残っています。

宗教改革者ルターやカルヴァンは、そのような人間の罪、誇り、傲慢を、人間から徹底的に取り去り、ただ主なる神だけが人間の罪をおゆるしになるのであって、それは神の側からの一方的に差し出された憐れみであり、恵みであり、愛によるのであるということを、強調したのです。そのことは、聖書そのものが最初から語り、教えていた神の真理であったということを、聖書を深く読むことによって、聖書から再発見したのです。

きょうの礼拝で朗読されたローマの信徒への手紙3章21節以下に目を向けてみましょう。この箇所には、ルターが「信仰義認」という言葉で表現したプロテスタント教会の信仰の中心が語られています。ルターは、それまでラテン語でしか読めなかった聖書を、だれでも自由に読めるようにと、母国語であるドイツ語に翻訳した際に、きょう朗読した少しあとの28節、「人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰による」という個所を、「人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰のみによる」と訳しました。原典のギリシャ語にはない、「のみ」という言葉を付け加えました。ルターはこの箇所の意味を強調するために、そしてまた当時のカトリック教会の理解に反論するために、原典にはない「のみ、それだけ」という意味のドイツ語「アライン」をあえて付け加えたのです。それは21節以下で語られている内容からの当然の結論であったからです。

では、21~24節を読んで、ルターが「のみ、だけ」を付け加えなければならなかった必然性をみていきましょう。まず、21節に、「ところが今や、神の義が示されました」とあります。「神の義」とは、神が義なる方、正しい方で、まっすぐで少しの歪みもなく、硬くて、どんな外圧によっても壊れることなく、常にご自身の義、正しさを保ち続けておられる、そのような方であることを意味する、旧約聖書時代から証しされている神の性質のことです。「神の義」と言う場合、神以外のすべてのものは義ではありえない、他のすべてのものは、もちろん人間を含めて、この世界や宇宙を形成しているものすべては、義ではないということを意味しています。この時代に正しいと言われ、この社会で正義と言われるものでも、時が移り場所が移動すればそうではなくなります。どんなにまっすぐなものであれ、どんなに硬いものであれ、風圧や高い熱によって歪み、形を変えていきます。しかしながら、ただ主なる神だけが永遠に、普遍的に、義であられ、ご自身の正しさを保ち続けておられます。それが「神の義」です。

「神の義」の前では、人間はみな不義であり、罪びとです。使徒パウロはこの手紙で1章18節から、神に逆らう人間の不義について、神のみ言葉に背く人間の罪について語っています。神のみ前では、正しい人は一人もいない、神を求める人はだれもいない、すべての人間は罪の中に閉じ込められており、滅びにしか値しないということを繰り返して語っています。【10節b~12節】。ところが、その人間の罪の歴史に神が終止符を打つかのように、神の義が現わされたと、ここで語っているのです。それは、天の父なる神からやって来た、神の義です。人間の側からの関与は全くありません。23節に、「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっている」書かれているように、人間の一切の言葉も行動も、意志や良心と言われるものも、すべてが役立たなくなっているのです。

ここで、もう一人の宗教改革者カルヴァンがそのことを人間の「全的堕落」という言葉で説明したことについて少しふれます。カルヴァンはフランスで宗教改革の運動を受け継ぎ、プロテスタント教会の福音信仰をより深め、高めました。彼が強調した人間の「全的堕落」とは、二つの意味を持っています。一つは、人間は皆、最初に罪を犯したアダム以来、すべての人、全人類が罪の中に閉じ込められており、神のみ前で正しい人は一人もいないという、罪の普遍性です。もう一つは、人間がその全存在、全人格、言葉も行動も、人間の意志や良心も、人間全体が罪の支配下にあって、罪に対して抵抗することが全くできず、救いに至るひとかけらも人間の中に見いだすことができないとカルヴァンは言います。

カルヴァンが人間の「全的堕落」を強調したのは、もちろん人間を罪の中にいつまでも閉じ込めておくためではなく、そのような罪の人間を救ってくださる神の愛と恵みの大きさ、主イエス・キリストの福音の大きさ、豊かさを強調するためであったのは言うまでもありませんが、それによってローマ・カトリック教会の、人間の良き行いも救いに役立つという教えに対して徹底的な否を突きつけるためであったのです。

ルターもカルヴァンも、主なる神のみ前にある人間の罪ということを、真剣に、また冷静に、そしてまた厳格にとらえました。人間に対して少しも楽観的な、中途半端な、あるいは妥協的な見方をしませんでした。それは、彼らが主なる神を真剣にとらえ、主なる神への恐れと尊敬とを失わず、そしてまた主なる神に対する強い信頼と徹底した服従の信仰を持ち続けていたからです。主なる神の救いのみわざに絶対的により頼み、主イエス・キリストの父なる神こそが全人類の唯一の救いを完全に成し遂げてくださるとの信仰に生きていたからです。その信仰から、人間とは何者かを見たのです。

21節の「神の義が示された」をさらに説明して、22節では「すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です」とパウロは語ります。この節には深い内容が含まれており、また議論の多い箇所でもあります。「イエス・キリストを信じること」は直訳では「イエス・キリストの信仰」、あるいは「イエス・キリストの信実」となります。二つの理解が可能です。一つは、「主イエスご自身の父なる神に対する信仰による神の義」という意味です。もう一つの理解では、「わたしたちが主イエス・キリストを信じる信仰による神の義」という意味です。『新共同訳』では後者の理解で翻訳しています。その両者を含んでいると理解してよいと思います。というのは、わたしたちが主イエスを信じる信仰は、主イエスが父なる神に対して全き服従をささげ、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順に父なる神に服従され、それによって神の義を満たされ、成就された主イエスご自身の信実とその救いのみわざを信じる、それがわたしたちの信仰ですから、その両者を含んでいると言えるからです。

つまり、この箇所では主イエスご自身が明らかにされた神の義、主イエスご自身によってなし遂げられた神の義、成就された神の義が語られているのです。この後で、24節では、「キリスト・イエスによる贖いの業を通して」と語られ、25節では、「神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました」と語られているように、主イエス・キリストの十字架によって成し遂げられた神の義です。主イエスはこの十字架の死に至るまで、忠実に父なる神に服従されることによって、神の義を満たされ、神の義をお示しになったのです。神の義、神の正しさとは、ご自身の最愛のみ子をもわたしたち人間の罪を贖うためにおささげくださった神の愛によって示されたのです。

また、22節の後半を直訳すると、「その神の義は信じるすべての人たちに及ぶ」となります。この文章は、神の義の働きの無限の大きさを暗示しています。主イエスが成し遂げてくださった神の義は、圧倒的な力と豊かで限りなく大きな恵みによって、信じるすべての信仰者に及ぶということがここでは強調されているのです。それを受け取る人間の側には、何一つ制限はありません。ただ信仰をもってこれを受け入れるほかにありません。

最後に、宗教改革の実りの一つとして、1563年に制定された『ハイデルベルク信仰問答』60問を紹介します。

問60 どのようにしてあなたは神のみ前で義とされるのですか。

答   ただイエス・キリストを信じるまことの信仰によってのみです。…神は、わたしのいかなる功績にもよらず、ただ恵みによって、キリストの完全な償いと義と聖とをわたしに与え、わたしのものとし、あたかもわたしが何一つ罪を犯したことも、罪びとであったこともなく、キリストがわたしに代わって果たされた服従を、すべてわたし自身が成し遂げたかのようにみなしてくださいます。そして、そうなるのはただ、わたしがこのような恩恵を信仰の心で受け入れるときだけなのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたがみ子主イエス・キリストによって成し遂げてくださった十字架の救いの恵みを、どうかわたしたち一人一人に、また全世界のすべての人々にもお与えください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

10月20日説教「わたしたちに祈りを教えてください」

2024年10月20日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:イザヤ書56章1~8節

    ルカによる福音書11章1~4節

説教題:「わたしたちに祈りを教えてください」

 わたしたちが礼拝等で祈っている「主の祈り」は、マタイよる福音書6章9節から13節に、頌栄の部分(「国とちからと栄えとは、限りなく汝のものなればなり。アーメン。」)を付け加えたものですが、「主の祈り」の原型は、きょう朗読されたルカ福音書11章にもあります。いずれも、主イエスが弟子たちに「このように祈りなさい」と教えてくださった「主の祈り」です。両者を比較してみると、父なる神に対する呼びかけが少し違っているほかに、ルカ福音書の方では第3の祈りが省略されていること、また言葉遣いが両者で若干違っています。これらの違いについては、これからルカ福音書の中で語られている「主の祈り」を続けて学んでいきますから、その際に説明していくことにします。

 では、1節を読んでみましょう。【1節】。まず、わたしたちはここでも主イエスご自身の祈りのお姿を目にします。ルカ福音書は、他の福音書よりも多く主イエスの祈りのお姿を記録していることをわたしたちはすでに学んできました。3章21節以下では、主イエスが洗礼をお受けになられたとき、「主イエスが祈っておられると、天が開け、聖霊が鳩のように目に見える姿でイエスの上に降って来た」と書かれていました。6章12節には、「イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた」とありました。9章18節以下には、主イエスが一人で祈っておられたときに、ペトロの信仰告白がなされました。9章28節以下では、主イエスが3人の弟子たちを連れて山に登られ、そこで祈っておられたときに、主イエスのお姿が真っ白に輝きました。「山上の変貌」と言われる場面です。それからこのあとで、22章39節以下には、十字架につけられる前日に、オリーブ山で汗を血の滴りのように地に落としながら祈られたお姿が描かれ、23章34節では、十字架につけられたその痛みと苦悩の中で「父よ、彼らをお赦しください」と祈られたことが書かれています。

 主イエスのご生涯は祈りに貫かれていました。主イエスは祈りによって、父なる神との交わりを深められ、神のみ心を尋ね求められ、祈りによって父なる神のみ心に服従され、祈りによってあらゆる試みに勝利され、十字架の死に至るまで、従順であられました。祈りはすべての主イエスのお働き、救いのみわざの原動力であり、力と勇気の源であり、希望と勝利の確かな保証でもありました。

 祈りはまた、わたしたち信仰者の信仰生活の中心でもあります。祈りのない信仰生活は原動力を持たない車のように、すぐに止まってしまい、やせ衰えていくしかありません。祈りは信仰者にとって、なくてならないもの、必要不可欠なものです。1563年に制定された『ハイデルベルク信仰問答』では、祈りは、第三部「救われた人の感謝の生活」の中で取り上げられ、第116問ではこのように教えられています。「なぜキリスト者には祈りが必要なのですか」。その答えは、「なぜなら、祈りは、神がわたしたちにお求めになる感謝の最も重要な部分だからです」。祈りによって、わたしたちは主イエス・キリストの福音によって罪ゆるされ、救われていることを神に感謝し、また神がわたしたちにお与えくださろうとしておられる恵みを、喜びをもって受け取るのです。

 主イエスの祈りのお姿に刺激されて、弟子の一人が「主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈りを教えてください」と願いました。ヨハネとは、洗礼者ヨハネのことです。3章に書かれていたように、ヨハネは主イエスが登場される少し前に、来るべきメシア・救い主がすく近くまで来ておられるゆえに、罪を悔い改めて、メシアをお迎えする備えをせよと説教し、ヨルダン川で悔い改めの洗礼を授けていました。彼の説教は激しく、また信仰と情熱にあふれていたので、多くの人々が彼のもとに集まりました。ヨハネ自身は、「自分はメシア・キリストではない。自分の後においでになる方こそがメシアである」と証言していました。

ヨハネはやがてガリラヤ地方の領主ヘロデ・アンティパスによって処刑されますが、彼の弟子たちは主イエスの弟子たちとは別のグループを作って活動を続けていたようです。ヨハネのグループはヨハネから教えられた自分たちを特徴づける祈りを持っていたと思われます。それを見た主イエスの弟子たちは、自分たちにも独自の祈りが欲しいと願って、教えられたのが「主の祈り」です。

ここで、「主の祈り」が持っている一つの特色に気づきます。それは、「主の祈り」が主イエス・キリストを信じる信仰の民、教会の民を特徴づけ、またその民を一つに結びつける働き、役割があるということです。「主の祈り」はわたしたちを主イエス・キリストに結びつけます。また、共に「主の祈り」を祈っている信仰共同体を一つに結びつけます。それだけでなく、「主の祈り」は全世界のすべての教会、すべてのキリスト者を一つの神の民として結びつけます。「主の祈り」は世界を包む祈りであると言われます。

「わたしたちにも祈りを教えてください」という願いには二つの意味が含まれています。一つには、祈りそのものについて教えてくださいという意味です。祈りとは何か、祈るとはどういうことなのか、正しい祈りとは何か、あるいは祈りの重要性とか、なぜ祈るべきなのか、それを教えてくださいという願いです。二つには、何を祈るべきなのか、祈りの内容についてです。

弟子たちのこの願いは、わたしたちすべての人間の願いを代弁していると言えます。弟子たちもわたしたちも、主イエスを信じる信仰者にとって祈りとは何かとか、何をどのように祈るべきなのかということを、主イエスから教えられなければならないからです。主イエスの十字架の福音によって罪ゆるされ、救われているわたしたちにふさわしい祈りとは何かを教えられなければなりません。当時のユダヤ教の祈りとは違う、また洗礼者ヨハネの弟子たちの祈りとも違う、主イエスの弟子にふさわしい祈りについて、主イエスから教えられなければなりません。

そうでなければ、わたしたちは多く間違った祈りの理解をし、間違った願いを祈る者だからです。自分の欲望や願いをかなえるためだけの祈りであるならば、それはどれほどに真剣な祈りであっても、正しい祈りであるとは言えません。そのような祈りは真実の信仰を養う祈りではないでしょうし、真実の信仰共同体としての教会を健全に建てることにはならないでしょう。わたしたちはしばしば、間違ったものを求め、本当に必要ではないものを、むしろ信仰にとって有害なものを求めたりもするのです。わたしたちの命を本当に養うために何を祈り求めるべきなのかを、主イエスから教えられなければなりません。主イエスこそが、わたしたちを神の真理に導き、わたしたちを本当の命へと導かれる唯一の救い主であられるからです。わたしたちを罪から救うために、ご自身がご受難と十字架の死への道をお選びになられたほどに、わたしたちを愛してくださった主であられるからです。

ここで、主イエスがわたしたちに「主の祈り」を教えてくださったことの、根本的な意味について考えてみましょう。それは、主イエスがわたしたちに祈りの道を開いてくださったということです。わたしたち人間はそもそも神を知らず、神から遠く離れ、神に背いている罪びとでした。神との交わりは破壊され、閉ざされていました。わたしたち人間と神との間には、罪という厚い壁があり、深い溝があって、わたしたちは神と語り合うことができず、神に祈ることもできませんでした。

けれども、そのようなわたしたち罪びとのために、主イエスは苦難と十字架への道を歩まれ、わたしたちの罪を贖い、罪の奴隷からわたしたちを解放するために、ご自身の尊い命を犠牲としておささげくださったのです。今や、わたしたちは主イエス・キリストによって神との交わりを回復され、神の子どもたちとされ、神と親しく会話し、神に祈り求めることができるようになったのです。わたしたちに祈りの道が開かれたのです。「主の祈り」で、神を「父よ」と呼びかけることができるのはそのためです。また、祈りの中で、神を「あなた」と呼ぶことができるのもそのためです。

では次に、「主の祈り」の内容について学んでいきましょう。きょうは、神に対する呼びかけと「主の祈り」全体の構造を取り上げます。

まず、呼びかけですが、ルカ福音書では「父よ」となっています。マタイ福音書では「天におられるわたしたちの父よ」(式文では、「天にまします我らの父よ」)となっています。神に対する呼びかけだけでなく、祈りの内容にも少し違いがみられますが、なぜ、マタイとルカで違いがあるのかについては、主イエスが教えられた「主の祈り」がそれぞれの地域の信者や教会に伝承されていく過程で、何らかの事情でいくつかの違いが生じたのではないかと推測されています。神に対する呼びかけの違いもその理由が考えられますが、もう一つの説明として、主イエスご自身は神を単純に「父よ」と呼ばれましたが、ルカ福音書ではその主イエスご自身の呼びかけが強く反映されていると考えられます。

他方、旧約聖書では神を「父よ」とか「わたしの父よ」と呼びかける例はほとんどありません。神は人間からはるか遠い天におられる聖なる存在と考えられていたからです。マタイ福音書の呼びかけは、その旧約聖書の伝統が強く反愛されていると考えられます。

いずれにしても、いと高き天におられる神を「わたしたちの父よ」とか「父よ」と呼びかけることが許されるのは、主イエスがわたしたちのために開いてくださった救いの道があるからにほかなりません。主イエスによって、神はわたしたちの永遠の父となってくださったのです。父親がわが子を愛するように、神はわたしたち一人一人を永遠に愛してくださいます。ご自身の一人子なる主イエスを十字架の死に引き渡されるほどにわたしを愛してくださいます。

「主の祈り」の全体の構造は、前半では「御名」「御国」について、すなわち神ご自身のことについて祈られており、後半で「わたしたち」のことが祈られているという構造は、マタイ福音書とルカ福音書は同じです。これは、神が神として知られ、信じられ、あがめられているときにこそ、わたしたち人間の幸いがあるということを語っています。わたしたちが主の日ごとに神を礼拝し、神をあがめ、神に栄光を帰し、神のみ言葉に聞き従うときに、わたしの真実の幸いと永遠の喜びと、尽きることのない希望とをわたしたちは祈り求めることが許されるのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたがみ子主イエス・キリストによってわたしたちの永遠の父となってくださったことを、感謝いたします。どうか、わたしたちをあなたのみ国の民として、日々養い育ててくださいますように。

〇主なる神よ、この地にあなたの義と平和とをお与えください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

10月13日説教「わたしは、あってある者である(二)」

2024年10月13日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:出エジプト記3章14~22節

    ヨハネによる福音書8章21~30節

説教題:「わたしは、あってある者である(二)」

 旧約聖書の民であるイスラエルは、出エジプト記ではヘブライ人と呼ばれていますが、彼らはモーセの十戒の第三の戒めである、「あなたの神の名前をみだりに唱えるな」を厳格に守りとおして、神の名前を口に出すことを避けてきたので、いつしか神の名前をどのように発音するのかを忘れてしまいました。旧約聖書の原典であるヘブライ語聖書を朗読する場合には、神の名前は4つのヘブライ語の子音(英語表記に移せばYHWH)で表記されていますが、その箇所はヘブライ語で「主」を意味する「アドーナイ」と読むのが習わしです。日本語の翻訳でも、神の名前が書かれてある箇所は「主」と訳されています。ちなみに、きょうの箇所では、15節と16節、また18節の二つの「主」は皆、神の名前であるヘブル語の4つの子音が書かれています。ここを読むときには「アドーナイ」と発音する決まりになっています。

 そのようなわけで、神の名前を正確にどう発音するのかは今日でもわかっていませんが、多くの学者は「ヤーウェ」ではないかと推測しています。かつては、神の名前は「エホバ」であるとされていましたが、この呼び方は4つの子音文字YHWHと、「主」を意味するヘブライ語の「アドーナイ」の母音を組み合わせた、便宜的な読み方であって、正確な発音ではありません。

 神の名前の意味については、神ご自身がモーセに対して説明しておられるように、「わたしはある。わたしはあるという者だ」(14節)、これが神の名前の意味です。ここでは、神ご自身が第1人称で「わたしはある」と言っておられますが、モーセがそれをイスラエルの民に伝える際には「彼はある」と言い換えたと推測されます。聖書原典に書かれている子音4文字は3人称単数の形になっていることから、そのように考えるのが一般的です。

 では、神ご自身がここで明らかにされた神の名前について、その意味をさらに深く学んでいくことにしましょう。【14~15節】。わたしたちはここで改めて、創世記の神と出エジプト記の神は同じ神であるということを確認することができます。創世記では、神は族長アブラハムの神として、イサクの神としてまたヤコブの神として、彼らに現れ、語られ、彼らの歩みを導かれました。そのアブラハム、イサク、ヤコブの神と、今モーセに語っておられる神とが同じ神であり、その神が今ご自身の名前をモーセに明らかにしておられるのです。

 創世記の最後50章と、出エジプト記の最初1章との間には、400年以上の空白がありました。ヤコブすなわちイスラエルの12人の子どもたちがエジプトに移住してからの400年余りの彼らの歩みについては、聖書は何も語っていません。モーセ自身は、エジプトの王宮で育てられ、40歳になってからの40年間はアラビア半島のミディアンの地で、祭司エトロの家で羊を飼っていました。祭司エトロが族長たちの神と同じ神に仕えていたのかも分かりません。モーセに現れた神は一体どなたなのでしょうか。モーセとはいったい何者であり、どの神に仕える者なのでしょうか。それらの疑問が、今ここで神ご自身によって、すべて明らかにされているのです。

 すなわち、族長たちの神は今ここでモーセに現れた主なる神と同じ神であり、モーセは、アブラハム、イサク、ヤコブが仕えた神と同じ神に今仕えているのだということが明らかにされたのです。創世記と出エジプト記とが連続しており、同じ神がその二つの書の主人公であられ、同じ神がこの二つの書で救いのみわざを行っておられるのだということが明らかにされたのです。さらにわたしたちは、創世記で学んできてことを思い起こしながら、このように言うことができるでしょう。アブラハム、イサク、ヤコブに語られた神の約束・契約は、400年以上の時を経過したこの出エジプト記においても、モーセに対しても、同じように継続されているのであり、「わたしはあなたの子孫を祝福し、星の数ほどに増やす」という約束と、「この地カナンにあなたの子孫を導き、その地をあなたの嗣業として与える」という神の約束が、今も有効なのであり、その実現に向かって進んでいるのだということです。

そのことについては、すでに2章23節以下で語られていましたし、モーセに対しても7~10節で語られていました。そしてさらに、16節以下でも、繰り返して語られています。アブラハム、イサク、ヤコブの神は、ヤコブ・イスラエルの子孫がエジプトに移住した400年以上の歩みを導かれた神であられ、また彼らが今エジプトの奴隷の家で強制労働に苦しめられ、叫びをあげている、その苦難の民と今も共におられる神であり、彼らの叫びを聞いておられ、彼らをエジプトの奴隷の家から導き出そうと決意された神であり、そしてまた、そのためにモーセを指導者として遣わされる神であられるのです。それらのすべてを導いておられる主なる神が、ここでご自身の名前を明らかにしておられるのです。

ではその名前の意味するところを、今日の聖書のみ言葉との関連でみていくことにしましょう。「わたしはある。わたしはあるという者だ」、口語訳聖書では「わたしは、有って有る者」と訳されていましたが、このヘブライ語は文法的には未完了形の動詞ですから、現在と未来のことを表現しています。そこから、さまざまな翻訳が試みられていることを、前回ご紹介しました。「わたしはあるであろう」、「わたしはなろうとする者になる」「わたしは存在するものを存在せしめる」などです。

多くの学者は、この神の名前には、存在の根源的な意味が込められていると推測しています。多くの解釈がなされています。それらを分かりやすく3つのポイントにまとめてみましょう。

一つには、神は真の存在者であるということです。神が「わたしはある」と言われるとき、他のすべてのものは真の存在者ではありえないということを神が宣言しておられるということです。ただ、神だけが唯一、「わたしはある」ということができる真の存在者なのです。

第二には、神はいつでも、どこにあっても「わたしはある」と言われます。すなわち、神は永遠者であり、普遍者であるということです。神がおられなかった時、時代はありません。神がおられない場所、世界はありません。

以上の二つのことは、わたしたち人間の存在と深くかかわっています。わたしたち人間は、真の存在者であられる神によって、自分の存在を与えられています。わたしの存在も、全世界、全宇宙のすべて存在も、神によって支えられています。真の存在者である神を離れては、だれも、何ものも、存在することはできません。また、神がわたしたち一人一人の限りある人生に常に伴っておられることを信じ、その神はいついかなる時にもわたしを離すことはない、わたしを見捨てることはないと信じることが、わたしたちの信仰となるのです。この信仰に生きるときにこそ、わたしは神のみ前で、また神と共に、真の存在者であることでできるのです。

三つめに挙げられることは、神は「わたしはある」と言われるゆえに、他のいかなるものにも依存しておらず、自由な主権者として存在しておられ、行為されるということです。人間は多くのものによって制限を受けています。自分がしたいと思うこと、このようになりたいと願うこと、その多くが自分の内からも外からも制限を受け、そのようにはなりません。

けれども、主なる神には何も制限がないということは、わたしたちにとっては大きな恵みであり、希望です。神は義と平和の神であり、愛と慈しみに富みたもう神であられるからです。神はその全能の力をわたしたちのためにお用いくださいます。そして、どのような状況の中でもご自身の主権を妨げられることなく、自由にみ心を行うことでできるのです。

以上挙げた、「わたしはある」という名前から推測される神の特質と神のみわざは、出エジプト記3章のみ言葉からも確認することができます。7節以下にこのように書かれています。【7~9節】。エジプトの奴隷の家では、ヘブライ人の人権は無視され、その命と存在は軽視され、踏みにじられています。けれども、「わたしはある」という名前の主なる神が、彼らと共におられるゆえに、彼らは見捨てられた人たちではありません。死んでいる民族ではありません。主なる神によって顧みられ、見守られている、神の民です。

そしてまた、主なる神はモーセに対して、10節では「今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ」と言われ、14節では、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと」と言われました。モーセは「わたしはある」という名前の主なる神によって、モーセになるのです。11節で、「わたしは何者でしょう」と言って、自分がだれであるのか、何をなすべきかを知らずに、不安と恐れの中にあったモーセは、今や「わたしはある」という名前の主なる神によって新しい務めを与えられ、新しいモーセという人間とされ、神によって遣わされていくのです。モーセもまた神のみ前で彼の存在を与えられるのです。

16節以下を読みましょう。【16~17節】。今や、モーセは神の言葉をイスラエルの民に伝える神の代弁者とされ、また神の救いのみわざに仕える者とされているのです。モーセは、イスラエルの長老たちの前でも、エジプト王ファラオの前でも、少しも恐れることもたじろぐこともなく、神の言葉の代弁者として、大胆に語ることができます。「わたしはある」という名前の主なる神が、モーセにこの存在とこの務めとをお与えになったからです。

最後に18節の後半の言葉に注目しましょう。「どうか、今、三日の道のりを荒れ野に行かせて、わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください」。ここには、イスラエルの出エジプトの最終目的が暗示されています。すなわち、彼らがエジプトの奴隷の家から救い出されるのは、彼らが神を礼拝する民になるためだということです。「わたしはある」という名前の主なる神によって、自らの存在を守られ、すべての束縛から解放され、自由にされた民イスラエルは、神を礼拝する民となることによって、自らのその存在を再確認するのです。

わたしたちもまた主の日ごとに神を礼拝することによって、主イエス・キリストによって罪ゆるされ、永遠の命の約束を与えられているという自らの存在を再確認するのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたは天地万物を、み言葉によって、無から創造されました。また、今も、創られた全被造物を、み言葉をもって支え、導いておられます。わたしたちはあなたを離れてはひと時も存在することも、命をつなぐこともできません。主よ、どうか、あなたのみ子、わたしたちの唯一の救い主であられる主イエス・キリストによって、わたしたちにまことの命をお与えください。わたしたちと罪と死と滅びから救い出し、あなたのみ国の民としてください。 主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。