2月8日説教「マケドニア伝道の幻」

2026年2月8日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:イザヤ書61章1~11節

    使徒言行録16章1~10節

説教題:「マケドニア伝道の幻」

 

 パウロとバルナバの第一回世界伝道旅行は、シリア州のアンティオキア教会から出発し、地中海のキプロス島へ、それから小アジア、今のトルコ共和国、当時のローマ帝国ピシディア州の町々をめぐっての宣教活動を行い、各地に教会が立てられました。パウロはバルナバに、それらの教会を再訪問して、彼らの信仰を強めるために、第二回の伝道旅行を提案したことが14章36節に書かれていました。ところが、マルコを連れていくかどうかで二人の意見が激しく対立し、ついにバルナバはマルコを連れて船でキプロス島へ、パウロはシラスを連れて、陸路で小アジア地方へと、二人は別行動をとることになりました。

 パウロとバルナバの対立と別れは、当初の計画とは違って、ある意味では残念で不幸な結果となったように思われますが、しかし神はそのことをも憐れみを持って導いてくださり、その不幸な出来事をもお用いになって、福音宣教にとっての大きな益としてくださいます。これによって、パウロとバルナバが別々の道を行くことになり、宣教の範囲がより広がっていくことになったのです。それだけでなく、パウロは新たな弟子シラスの協力を得ることになりましたが、シラスはエルサレム教会創立当初からの中心的なメンバーでしたから、彼が第二回伝道旅行に加わることによって、異邦人教会であるアンティアオキア教会だけでなく、ユダヤ人教会であるエルサレム教会も共に世界伝道の活動に参画するという結果になったのです。ここには、隠れた神の深いご計画があるように思われます。神はご自身に仕える者たちを導いて、すべてを益としてくださるのです。

 では、1~2節を読みましょう。【1~2節】。1節と2節のデルベ、リストラ、イコニオンは第一回伝道旅行で訪れた町々です。14章にその時のことが書かれていました。前回は、地中海のベルゲという港から上陸して、北上したのち東へと移動したのに対して、今回は陸路でシリア州からパウロの生まれ故郷であるキリキア州を経由して西へと移動していますので、町の名前の順序は逆になっています。

 これらの町々に建てられた教会を再訪問し、信者たちの信仰を強め、迫害や試練の中でも力強く伝道活動を続けるようにと彼らを励ますのが、第二回伝道旅行の主な目的でした。その具体的な内容についての記述はありませんが、この伝道旅行でパウロの最も大きな出来事は、弟子のテモテとの出会いでした。

 テモテはリストラの教会員であったようですが、周囲の教会でも評判の良い青年であったと書かれています。テモテはこのあと、パウロの最も信頼する弟子となり、また最も強力な同労者となりました。パウロがテモテにあてて書いた手紙が2通、聖書に収められています。また、テモテへの手紙二1章5節以下によると、祖母ロイスと母エウニケはユダヤ人であって、熱心で忠実なキリスト者であったと書かれていますから、まさに信仰の家庭の中で育った有能な青年でした。パウロはぜひともこのテモテを伝道旅行に連れていきたいと願いました。

 【3節】。テモテの祖母と母はユダヤ人であり、キリスト者になりましたが、父はギリシャ人であって、キリスト者ではなかったと推測されます。当時は、ユダヤ人の慣習によればユダヤ人とギリシャ人の結婚は一般的には禁止されていましたが、小アジアの地方都市では許容されていたようです。ユダヤ人の母から生まれた子は原則ユダヤ人と考えられていました。パウロはこのテモテに割礼を授けたと書かれています。ここに、パウロのどのような意図があったのか、「その地方に住むユダヤ人の手前」としか書かれていませんので、詳しくは分かりません。しかし、パウロの割礼に対する基本的な考え方や、更にはエルサレム使徒会議で決議された内容から考えれば、これには大きな疑問が残ります。わたしたちが知っているパウロの信仰はこうです。「だれでも主イエス・キリストの十字架の福音を信じて洗礼を受けるならば、みな神から与えられる一方的な恵みによって罪ゆるされ救われる。ユダヤ人であるかギリシャ人であるかに関係いなく、また割礼があるかないかにも関係なく、その他どのような人間の側の違いにも関係なく、ただ信仰によって、神の恵みのみによって、人は救われる。」これがパウロの信仰でありました。また、エルサレム使徒会議で決議されて内容もその信仰に沿っていました。そうであるのに、なぜパウロはここでテモテに割礼を授けたのか。わたしたちにその真意は分かりません。

 ただ、はっきりと確認できることがあります。ここでは、割礼が救いにとって必要だとは考えられてはいないということです。割礼があってもなくても、テモテはすでに洗礼を受けて救われているのですら、割礼は彼の信仰の本質にとって全く関係ありません。ただ、テモテがこれから伝道者として、特にユダヤ人に対してより良い働きができるようにと考えたすえのパウロの決断であったのでしょう。わたしたちにはこれ以上のことは分かりません。

 次に、【4~5節】。4節の「規程」とは、15章23節以下にあった、いわゆる「使徒通達」と言われるエルサレム使徒会議での決議事項を記した書面のことです。これを世界の諸教会に伝えることも、第二回伝道旅行の目的でした。

5節は、パウロの第二回伝道旅行の前半のまとめです。このようにして、パウロは第一回伝道旅行で誕生した小アジア地方の諸教会の群れを励まし、信仰を強め、教会員の数を増し加え、主イエス・キリストの体なる教会の基礎を固く据えるという今回の伝道旅行の目的を十分に果たし終えました。それによって、これらの諸教会が、外に向かって新な伝道活動を行うための力が蓄えられていったのでした。教会はこのように、教会内の信仰の成長と、教会の外に向かっての成長と、この両方が共に連携して強められることが重要です。

 6節からは、第二回伝道旅行の新たな展開が始まります。【6~8節】。パウロの第二回伝道旅行の主な目的は達成されていました。5節がそのまとめでした。これで当初の目的は達せられたのですが、しかしパウロはすぐに母教会であるアンティオキア教会へ戻ろうとはしませんでした。彼は更に新しい開拓伝道の計画を立てていたようでした。ところが、「アジア州で御言葉を語ることを聖霊によって禁じられたので」と書かれています。この表現から、パウロがどこへ向かおうとしていたのか、多くの人はおそらくリストラとイコニオンから小アジア州を更に西の方向へ進み、小アジア最大都市であったエフェソに行こうとしていたのではないかと推測しています。しかしながら、そのパウロの計画を「聖霊が禁じた」と書かれており、また7節でも、パウロが「ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった」と書かれています。これは一体どういうことなのでしょうか。ここでは、パウロの伝道計画が聖霊によってことごとく否定されているように思われます。それは、どうしてなのでしょうか。その確かな理由は、何も書かれていませんし、わたしたちにもよく分かりません。聖霊なる神は何を意図しておられたのか、今の時点では分かりませんから、そのまま疑問符を付けたままにしておきたいと思います。

ただ、わたしたちはここで二つのことを確認しておきましょう。一つには、聖霊なる神はわたしたちに神の言葉を語ることをお命じになり、誰に対しても恐れずに勇気をもって語るための力をお与えくださると同時に、また「ここでは語るな」と命じることもあるということ、沈黙することも聖霊なる神のお導きだということです。いずれの場合にも、わたしたちは聖霊なる神のみ旨に従い、聖霊のお導きに従うのです。もう一つには、パウロが考えた伝道計画が聖霊によって変更されることがあるのだということです。どんなによく準備され、綿密に計画されたことであっても、人間が立てた計画は途中で崩れ去ることがあります。主なる神のみ旨とご計画に従って教会の伝道計画は進められなければなりません。教会の伝道計画においても、わたしたち一人一人の人生の旅路においても、わたしたちは絶えず神のみ心を尋ね求め、それに服従する信仰を失ってはならないのです。

パウロはここで何度も自分の計画が神によって退けられていますが、しかし彼はそれによって少しも落胆したり、途中であきらめてしまうこともしてはいません。聖霊のお導きと力とを信じて、示された道を前進し続けています。なぜならば、神によってある道が禁じられるということは、神が別の道をお示しくださるという約束だからです。神は確かに、服従する者に新しい、よりよき道を備えてくださるでしょう。

6節から8節に書かれている地名を正確にたどることはできませんが、おおよその方角は、聖書の後ろの付録の地図などを参考にすれば分かります。小アジアの北側、黒海に近い方向の地方をジグザグに進んでいるように思われます。そして、最終的に小アジアの北側の西海岸のトロアスまで来て、そこでパウロは幻を見ました。【9~10節】。ここで初めて、パウロは神の積極的なお導きを見ました。これまで、二度にわたって禁止され、変更を余儀なくされていた彼の伝道活動に、今や新しい道が示されたのです。

「幻を見る」とは、寝ていて夢で見ることもあり、また9章10節では、起きているときに何かの声を聞いたり、10章では何かの現象を見たりすることが、聖書では何度も「幻を見る」と書かれています。これは、夢うつつで、おぼろげに見るということでは全くなく、むしろはっきりと、確かに、しかしこの世界の現実とは違った、神がお示しになった確実なこととして、自覚することです。パウロはここで、神のご計画を確かに聞き、見たと悟りました。これまで妨げられてきた道が、今や明確に示され、新しい宣教の道が開かれたのです。

「一人のマケドニア人」とは誰のことかは分かりません。これ以後も、誰であるかを暗示する箇所はありませんので謎のままですが、その人の訴えは、パウロたちに強く響きました。パウロたちは彼の願いに、神のみ心があると悟り、少しも躊躇することなく、トロアスから船に乗ってマケドニア州へと入りました。

マケドニア州は小アジアからエーゲ海を隔ててヨーロッパの入り口にあたり、当時のギリシャ文化の中心地でした。わたしたちによく知られているフィリピ、テサロニケなどの町々があります。これによって、主イエス・キリストの福音が初めてアジア州を越えて、エーゲ海を渡り、ヨーロッパへと広められていくことになったのです。そして、ここから、パウロの第二回世界伝道旅行の後半が始まります。それは、当初は全く計画にはなかったことではありましたが、聖霊なる神の不思議なお導きによって開かれた、新しい福音宣教の道でありました。神の言葉は決してつながれてはいません。すべての困難や迷いや失敗を通しても、神の言葉は前進します。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたは使徒パウロにマケドニア伝道の幻をお与えくださいました。そして、その新しい伝道の働きを導いてくださいました。主よどうぞ、わたしたちにも伝道の幻を与えてください。この日本の地に、アジアの諸国に、そして全世界へと出ていく宣教の幻を与えてください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの地に行われますように。世界の為政者たちが唯一の主なるあなたを恐れる者となり、あなたのみ心を行う者となりますように。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

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