3月10日説教「アンティオキア教会の誕生」

2024年3月10日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:エレミヤ書31章10~17節

    使徒言行録11章19~26節

説教題:「アンティオキア教会の誕生」

 使徒言行録11章19節から、アンティオキア教会の誕生と、その初期の活動について描かれています。アンティオキアの町はパレスチナから北へ数百キロメートル、当時のローマ帝国シリア州の首都に定められており、パレスチナと小アジアとを結ぶ交通の要所でもありました。ローマ帝国の中では、ローマとエジプトのアレキサンドリアに次ぐ、第三の巨大都市に発展した町です。

 この町に誕生した教会は、ユダヤ人とそれ以外の異邦人とが混合している教会として、初代教会の歴史上重要な意味を持つようになりました。それ以上に重要な意味を持つのは、このあと13章1節以下に書かれているように、使徒パウロの世界伝道の拠点となったということです。パウロは3回にわたる世界伝道旅行をこの教会の祈りと経済的支援によってなすことができたのであり、またこの教会で良き同労者を与えられて、この教会から送り出されて行ったのでした。もし、アンティオケ教会が誕生していなかったら、またもしアンティオケ教会でバルナバとパウロの出会いがなかったなら、パウロの世界伝道もなかったでしょうし、世界の教会の発展もなかったに違いありません。そのようなことを考えると、ここに書かれているアンティオケ教会誕生の出来事がどんなにか大きな意味を持つことか、そして神がこのように導いてくださったことに、何と大きな、深いみ心があったことか、わたしたちは驚くばかりです。この箇所を、きょうと次の2回にわたって丁寧に読んでいくことにします。

 【18節】。このエルサレム教会の迫害のことは、使徒言行録8章54節以下にステファノの殉教について書かれてあり、8章1節には【1節b】とあります。そして、4節には【4節】と書かれていました。エルサレム教会に対する大迫害によってエルサレム市内から追放され、各地に散らされていったキリスト者たちはサマリヤ地方からパレスチナ全域へと、さらには北部地中海沿岸のフェニキア地方へ、地中海に浮かぶキプロス島にまで、そしてシリア州の首都アンティオキアにまでやってきたと書かれています。エルサレムからは6、700キロメートルの距離です。

 彼らがこれほどの遠い道のりをやって来たのは、迫害を恐れ、逃亡してきたのではありません。彼らが迫害されるきっかけであった主イエス・キリストの福音を携えて、その福音を宣べ伝えるためでありました。教会と信者に対する迫害こそが、このような急速な福音宣教の拡大へとつながったということを、わたしたちは改めて驚きをもって知らされるのです。これこそが、すべての困難や試練の中で働かれる神の偉大なる奇跡です。神の言葉はこの世のいかなる鎖によっても決してつながれることはないからです。

 迫害によってエルサレムから追放された信者たちは、恐れて身を隠していたのではありませんでした。この世の生活に戻ったのでもなく、迫害を受ける原因となった主イエス・キリストの福音を投げ捨ててしまったのでもありませんでした。彼らは主イエス・キリストの福音を携えて、全世界へと出て行ったのです。神のみ言葉に生きる人はこの世のいかなる困難をも恐れません。神のみ言葉を信じる人はどのような状況の中でも、神のみ言葉を高く掲げ続けます。神のみ言葉の証し人となることによって、力強く生きるのです。

 彼らは初めはユダヤ人にだけ福音を語っていました。それは、神が定められた救いの秩序に適ったことでした。神は初めに全世界の民の中からイスラエルをお選びになり、この民をとおして救いのみわざをなさったからです。けれども、今や主イエス・キリストによって、救いは全世界のすべての人に及び、神の救いのご計画は最終目的に達しました。そこで、主イエスの福音はユダヤ人以外のすべての民に、すべての人に、宣べ伝えられなければなりません。

 【20~21節】。彼らの数人が、キプロス島や北アフリカのクレネ出身の人がいて、彼らはギリシャ語を話していました。当時、エルサレム周辺のパレスチナ地方ではアラム語が一般的でしたので、彼らがギリシャ語を話す人たちに主イエスの福音を語り伝えるきっかけになったと考えられます。実は、以前にもエルサレム教会に対する迫害の箇所で少し触れたことですが、8章1節には、「使徒たちのほかは皆」エルサレム市内から追放されたとありましたが、これはおそらくエルサレム教会でアラム語ではなくギリシャ語を話していた、いわゆるヘレニストと呼ばれていた信者が主に追放されたということではないかと推測されるのですが、そのヘレニストと呼ばれたギリシャ語を話していた信者たちが、ここでギリシャ社会に主イエスの福音を語り伝えることとなったのです。そして、多くのギリシャ語を話す、いわゆる異邦人が主イエスを救い主と信じるようになりました。このようにして、アンティオキアにユダヤ人と異邦人からなる教会が誕生したのでした。このこともまた、人間の予想をはるかに超えた、神の奇しきみわざとしか言いようがありません。

これまでに使徒言行録に記されていた異邦人伝道について簡単に振り返ってみましょう。8章26節以下では、エチオピア人の宦官がピリポから洗礼を受けたことが報告されていました。ここでは、異邦人の救いはまだ個人単位でした。10章では、カイサリアのローマ軍の百人隊長コルネリウスとその一族が洗礼を受け、カイサリア教会が誕生しました。ここでは、異邦人だけからなる教会でした。そして、きょうの箇所では、数人のユダヤ人がアンティオキアの町でギリシャ語を話す異邦人に伝道し、ここにユダヤ人と異邦人からなる教会が誕生したのです。ユダヤ人と異邦人の区別はなくなり、主イエスの福音によって一つに結ばれた教会が誕生しました。ここに至って、神の救いのご計画はその最終目的に達したと言えます。民族の違いを乗り越えて、あるいはまた身分の差や男女の違い、あらゆる人間の違いを乗り越えて、一つの救われた神の民である教会の原型がここに誕生しました。

20節に、「主イエスについて福音を告げ知らせた」とありますが、これは正確に表現すれば、「イエスは主であるという福音を告げ知らせた」という意味です。「主イエス」とは、「イエスは主である」という、初代教会の最も短い、基本的な信仰告白です。わたしたちは一般的に「主イエス・キリスト」と一続きで、一つのお名前のように言いますが、これも正確に表現すれば、「イエスは主であり、すべての人にとっての唯一の主、救い主であり、またキリスト、すなわちメシア、油注がれた者、神が旧約聖書で約束された終わりの日に到来する完全な救い主である」、という内容を含んでいる信仰告白なのです。

「イエスは主である」という信仰告白は、初代教会にとっては大きな意味を持っていました。当時はローマ帝国が世界を支配し、ローマ皇帝が全世界の主(ギリシャ語ではキュリオス)であると考えられていました。実際に、皇帝ドミチアヌスは紀元80年代に、自らの像を主なる神としておがみ、礼拝するように強要しました。また、アンティオキアの町には数多くのギリシャの神々がまつられ、礼拝されていました。

主イエスの福音がギリシャ社会の中で語られることによって、「イエスは主である」という信仰告白はより一層大きな意味を持つようになったのです。ローマ皇帝もギリシャの神々も主ではない。ただお一人、わたしたちのために十字架で死なれ、三日目に復活され、今は天に昇られ、全能の父なる神の右に座しておられる主イエスだけが、全世界を支配しておられ、すべての人を罪の支配から解放される唯一の主である、すべての人によって信じられ、礼拝されるべき唯一の救い主である、と初代教会は語ったのです。

それはもちろん、今日の社会にあっても変わりません。わたしたちはあるいは当時のギリシャ社会よりも、もっと多くのものを主としてあがめているのかもしれません。偉大な国家の指導者とか、金やお金、財産、あるいは地位や名誉とか、高度に発達した技術など、時には自分自身をも主として、神のごとくふるまうことがあるのではないでしょうか。「イエスは主である」という信仰告白は、そのような今の時代でこそ、その深い意味を見いだされなければなりません。この信仰告白こそが、わたしたちを支配する偽りの主から、わたしたちを解放するからです。わたしたち信仰者は、わたしを罪から救うためにご自身の命をもささげ尽くされるほどにわたしたちを愛された主イエスを、わたしの唯一の主と信じることによって、他の何者によっても支配されることなく、すべての偽りの主から解放され、自由にされるのです。この主のもとにこそ、まことの命と平安があるのです。

アンティオキアで最初にギリシャ語で主イエスの福音を宣べ伝えた数人の名前はここには記されてはいません。彼らは無名のキリスト者でした。彼らは生まれ故郷からエルサレムに移り住んでいましたが、教会が受けた迫害によってそこから追放され、また生まれ故郷に戻ることになった人たちでした。悲運な放浪者と言えるかもしれません。けれども、彼ら自身はもちろんそうは思っていなかったでしょう。むしろ、彼らは神に守られ、導かれたみ言葉の宣教者たちでした。21節に、「主がこの人々を助けられたので」とあるとおりです。この主とは神を指しています。彼らには常に神の強い助けのみ手がありました。エルサレムから追放された彼らに、このような大胆で勇気ある伝道活動を可能にさせたのは、主なる神です。主なる神が彼らと共にいてくださり、彼らに力を与え、また彼らの宣教活動によって多くのキリスト者をアンティオキアの町に起こされ、この町に主キリストの教会をお建てくださったのです。

わたしたちはここでも先週の礼拝で聞いたイザヤ書のみ言葉を思い起こします。「いかに美しいことか。山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え、救いを告げ、あなたの神は王となられた、とシオンに向かって呼ばわる。……地の果てまで、すべての人がわたしたちの神の救いを仰ぐ」(イザヤ書52章7節、10節参照)。

聖霊なる神は今もなおわたしたち一人一人の中で働いてくださり、わたしに主イエスをわたしの唯一の救い主と信じる信仰を与え、この異教の地にあって、主イエスこそがすべての人にとっての唯一の主であるという福音を宣べ伝える伝道のわざへと、わたしたちを召していてくださるのです。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、あなたの救いのみわざは今もなお全世界で行われています。あなたのみ名をあがめる者少なく、あなたのみ心から遠く離れた罪と邪悪に満ちたこの世界にあっても、あなたのみ言葉は力を失うことはありません。どうかわたしたちにも、あなたのみ言葉はこの世のいかなる鎖によっても決して繋がれることはないという強い信仰をお与えください。

〇主なる神よ、あなたのみ心が地において行われますように。人間の力や欲望によって、あなたが創造されたこの世界が破壊されることがないように、弱く小さな命が犠牲にされることがないようにしてください。あなたの義と平和が世界のすべての人々に和解を与え、共に生きる社会を来たらせてください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

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