5月2日説教「12弟子の選びと主イエスの福音宣教の働き」

2021年5月2日(日) 秋田教会主日礼拝説教

聖 書:詩編103編1~13節

    ルカによる福音書6章12~19節

説教題:「12弟子の選びと主イエスの福音宣教の働き」

 前回わたしたちはルカ福音書6章12節以下のみ言葉から、主イエスが12人の弟子をお選びになったことの意味やその目的について学びました。12弟子の選びには、すでに教会の本質が言い表されていることを確認しました。きょうは13節の「使徒」という名前について、更に一つ付け加えておきたいと思います。使徒とは遣わされた者という意味です。この言葉を同じ節の「呼び集める」という言葉との関連で考えると、わたしたちの教会の本質が見えてくるように思います。つまり、教会とは呼び集められ、そして遣わされる信仰者の群れだということです。わたしたちは主の日ごとにそれぞれの場所から主イエス・キリストによってこの教会へ、礼拝の場へと呼び集められます。この礼拝で神のみ言葉を聞き、主イエスの救いの恵みにあずかり、新しい命を注ぎ込まれ、そして再び主イエス・キリストによってこの世へと派遣されていきます。罪ゆるされた者として、主イエスの救いの恵みに生かされている者として、この世へと派遣されていきます。このように、招集と派遣を繰り返していくのが教会です。わたしたち一人一人はこのような招集と派遣を繰り返していくことによって、信仰者として生き続けるのです。

 次に、選ばれた12人のリストについて考えてみましょう。最初の4人「イエスがペトロと名付けられたシモン、その兄弟アンデレ、ヤコブ、ヨハネ」はガリラヤ湖の漁師でした。彼らが主イエスの弟子になった次第については、すでに5章1節以下に書かれていました。その個所によれば、ヤコブとヨハネの父はゼベダイと言い、二人は兄弟でした。彼ら4人は舟に乗って魚をとる漁師でしたが、主イエスの弟子となったことによって、主イエスの福音によって人間の魂をすなどる伝道者に変えられました。彼らは朽ちるパンを得るために働くのではなく、永遠の命に至る神のみ言葉のために働く人となったのです。

 ペトロという名は主イエスが付けられたとありますが、これはペトロの信仰告白と関連していると思われます。マタイ福音書16章13節以下には、ペトロが主イエスに対して「あなたこそがメシア・神のみ子です」と告白した時、主イエスが「あなたはペトロ、すなわち岩である。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」と言われたことが書かれています。それは、ペトロ自身が堅い岩であるという意味ではありません。主イエスをメシア・キリストと信じる信仰の上に、またその信仰告白の上に、主イエスは教会をお立てくださるという意味です。メシア・救い主なるイエス・キリストこそがわたしたちの教会の固い土台です。その土台の上にわたしたちの信仰があり、また信仰告白があるということです。

 フィリポ、バルトロマイについては何も知られていません。マタイは5章27節以下の徴税人レビと同一人物と考えられています。この当時の徴税人は、異邦人であるローマの皇帝のために働く罪びとと考えられていました。主イエスは罪びとをお招きになり、お救いくださる救い主であることを、弟子の選びにおいてもはっきりとお示しになりました。トマスはヨハネ福音書によれば、またの名をディドモと言い、他の弟子たちが「わたしたちは復活の主イエスと出会った」と言った時に、「わたしはあの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、決して信じない」(ヨハネ福音書20章25節参照)と答えたトマスと同一人物と考えられます。復活された主イエスは彼に、「信じない者ではなく、信じる者になりなさい。見ないで信じる人は、幸いである」と言われたことがヨハネ福音書20章に書かれています。今日のわたしたちもまた見ないで信じる幸いに招かれているのです。

 10人目の「熱心党と呼ばれたシモン」についてですが、熱心党はゼロテ党という名で、過激な宗教運動・政治運動をしていたグループでした。イスラエルの主なる神のみに熱心に仕え、異邦人であるローマが神の民イスラエルを支配していることに対しては武力をもってでも抵抗すべきだと主張していました。実際に彼らがローマからの独立を掲げて何度か暴動を起こしたことが記録に残っています。しかし、主イエスの12弟子のシモンについては、彼自身がどのような政治的な思想を持っていたのかとか、弟子たちの中で何か運動を起こしたというようなことは、聖書には全く書かれていません。また、主イエスご自身は当時のイスラエルの宗教的・政治的運動とは一線を画していたことは明らかです。ということから推測すれば、シモンは最初は宗教的・政治的運動に与(くみ)していましたが、主イエスと出会ってからは、本当の自由、本当の平和とは、そのような社会的運動によって得られるのではなく、人間の根本的な存在、魂の問題であり、神と人間との正しい関係から与えられるものであり、罪のゆるしこそが真の自由と平和の源であることを知らされていったのだと言えるでしょう。

 最後に挙げられている「裏切り者となったイスカリオテのユダ」については、主イエスの受難週の記録の中で重要な役割を果たしていることをわたしたちは知っています。イスカリオテの意味については二通りがあります。一つは、カリオテという町、あるいは地方の出身の人という意味、もう一つは熱心党と同じような過激な政治団体に属する人という意味ですが、はっきりとは分かっていません。ユダがなぜ主イエスを裏切るようになったのか、その理由と関連付けて考える研究者もいますが、ユダが主イエスをわずかなお金のためにユダヤ人指導者たちに売り渡したその理由は何だったのか、わたしたちには大きな疑問です。また、それ以上に、主イエスがなぜそのような可能性があるユダを12弟子に選ばれたのか、わたしたちを大いに悩ます疑問です。それにもかかわらず、わたしたちは最終的には、主イエスはそのようなすべての人間的な疑いや迷い、弱さや欠け、あるいは裏切りや憎しみ、それらのすべてをお用いになって、それらのすべてをはるかに超えて、ご自身の救いのみわざを成し遂げられたのだと言うべきでしょう。

 【17~19節】。山の上で徹夜の祈りをささげられ、12弟子をお選びになった主イエスは、彼らと共に平地に戻られました。実は、この個所は20節以下の主イエスの平地での説教の導入になっています。マタイ福音書では5章1節で、主イエスは山に登られて、山の上から弟子たちや群衆に説教をされたという設定になっています。いわゆる、山上の説教が始まるのですが、ルカ福音書では20節から同じような主イエスの説教が語られますが、それは平地での説教と言われています。マタイとルカでは説教の場所が違っていますが、ここには両者の神学、信仰理解の強調点の違いが反映されていると言われています。マタイ福音書では、主イエスは山の上から、天の神の権威によってみ言葉を説教されますが、ルカ福音書では主イエスは山から下りて来られ、いわば天から地に下って来られ、民衆と同じ場に立たれた神のみ子として説教しておられます。 

 主イエスは山の上で、天におられる父なる神に親しく祈りをされました。また、その山で神のみ心にかなった12人を選ばれ、彼らに使徒としての権威をお与えになりました。12~16節は山の上での出来事でした。主イエスはそのまま山の上にとどまっておられるのではありません。お選びになった弟子たちと共に山から下り、平地に立たれます。罪が支配しているこの地上に、死や汚れた霊、病、悩みに満ちているこの世に、主イエスは再び入って来られ、その中で神の僕(しもべ)としてお働きになるのです。選ばれた弟子たちも同じです。「彼らと一緒に」と書かれています。彼らもまた、主イエスと共に、主イエスの福音を携えて、病んでいるこの世へと、暗闇と死とが支配しているこの世界へと派遣されていくのです。ルカ福音書では実際に12弟子が派遣されることについては9章に、また72人の伝道者が派遣されることについては10章に書かれています。

 17節には、イスラエル全域から多くの民衆が主イエスの説教を聞くために、また病気をいやしていただくために集まって来ていたことが書かれています。主イエスはこの時はまだ故郷のガリラヤ地方で宣教活動をしておられましたが、主イエスのお名前はすでに首都エルサレムにまで知れ渡っていたようです。ティルス、シドンはイスラエル北西の地中海に面した町々で、そこはイスラエルの民以外の異邦人が多く住んでいる地域でした。主イエスの福音がイスラエルの国を超えて、異邦人へ、全世界へと宣べ伝えられるということが、ここですでに暗示されています。主イエスはイスラエルの民だけでなく、全世界のすべての人々の救い主であられます。

 18節では、主イエスのお働きが教えを語ることと病気をいやすことにまとめられています。これまでもそうであったように、主イエスは神の国の福音を説教されるとともに、神の国がすでに到来しているしるしとして、人々を苦しめていた病気や汚れた霊から人々を解放されました。神から遣わされたメシア・キリストであられる主イエスが神の救いの福音を携えてこの世においでくださったことによって、神の救いの時が始まりました。罪の支配と汚れた悪しき霊の支配に終わりが告げられたのです。主イエスがさまざまな病をいやし、汚れた霊に取りつかれている人を解放されたのは、その神の恵みのご支配のしるしなのです。

 神の国が到来していることのしるしは、主イエスの十字架の死と復活によって最終的に実証されました。神のみ子主イエス・キリストが十字架で流された清い聖なる血が、全人類を罪から贖い、すべての罪びとの罪を洗い清めます。そして、三日目に死者の中から復活され主イエスは罪と死とに勝利され、信じる者たちに来るべき神の国における永遠の命を約束してくださいます。

 19節に「イエスから力が出て」と書かれています。主イエスの福音を聞き、罪ゆるされ、神の国の民とされること、またその信仰のしるしとして病気がいやされること、その力はすべて主イエスから出ています。主イエスは父なる神の全能の力によって、今もなおすべて信じる信仰者に罪のゆるしと永遠の命をお与えくださるのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、罪の中にあって滅びるほかないわたしたちを憐れみ、お救いください。多くの弱さや欠けや破れを持ち、病んでいるわたしたちの心と体とをお救いください。あなたがみ子主イエス・キリストによってわたしたちにお与えくださる罪のゆるしと永遠の命の約束を、固く信じさせてください。

〇神よ、今厳しい試練の中で苦悩している日本の国と世界の諸国を憐れみ、お救いください。あなたがみ心によって創造されたこの世界が、あなたのみ心に背いて滅びることがありませんように。

〇平和と安全が求められている地域に、あなたによる真実の和解と分かち合う心をお与えください。パンが必要とされている地域には、すべての人々に分配されるパンをお与えください。医療と水を必要としている地域には、人々の命を支えるための支援の手が差し伸べられますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

4月25日説教「アブラハムとサラの家族計画」

2021年4月25日(日) 秋田教会主日礼拝説教

聖 書:創世記16章1~16節

    ガラテヤの信徒への手紙4章21~31節

説教題:「アブラハムとサラの家族計画」

 きょうの礼拝で朗読された創世記16章には、アブラハムが神の約束の地カナンについてから10年後のことが書かれています。3節後半にこうあります。【3節b】。12章に書かれていたように、アブラハムは75歳の時に神の約束のみ言葉を聞き、それに従ってこの地にやって来ました。妻のサライ(のちにサラに変えられます)も一緒でした。

アブラハムが聞いた神の約束は二つ、一つはカナンの土地を彼と彼の子孫とに受け継がせるという約束、もう一つは彼の子孫が増し加えられ、その子孫に神の祝福が受け継がれるという約束でした。16章ではその第二の約束が問題になります。すなわち、アブラハムとサラ夫妻に子どもが与えられ、その子にまた子どもが与えられ、更にその子孫が増し加えられ、全地に増え広がり、それとともに神の祝福がアブラハムからその子へ、その子孫へと受け継がれていく。ついには、全世界の民が神の祝福に入るようになるという約束です。

当然のことながら、この約束を担っているのはアブラハム一人だけではなく、妻サラも一緒です。二人でこの約束を担っています。二人一緒でなければこの約束を担うことはできません。ところが、この約束が危険にさらされる事態が、かつてあったということを、わたしたちは思い起こします。12章10節以下に書かれていたエジプト行きがそのきっかけでした。飢饉を避けてエジプト行きを決断したアブラハムは、美しい妻がエジプト人にねらわれた場合、自分が夫だと分かればエジプト人は自分を殺して妻を奪うであろう。しかし、妹だと言えば、その危険性がなくなるだけでなく、兄として優遇されるに違いないと考え、妻のサラを妹と偽り、しかもサラが王宮に召し入れられるのをよしとしました。アブラハムは自分の命を守るために夫婦の関係を投げ捨てたのです。妻サラをエジプト王に売り渡したのです。それだけではありません。神の約束をも投げ捨てたのでした。このようなアブラハムの大きな過ちにもかかわらず、神は寸前のところでアブラハムとサラを危機から救い、二人は共にカナンの地へと帰ることができました。神はアブラハムとサラをお守りになり、またご自身の約束をも守られました。

そのような夫婦の危機を共に乗り越えてきたアブラハムとサラでしたが、あれから10年が過ぎ、再び危機が迫ってきました。サラには未だ子どもが与えられません。「あなたの子どもが神の祝福を受け継ぐであろう」と言われた神の約束は未だ果たされません。そこでサラは夫アブラハムに一つの提案をします。【1~2節】。これまではアブラハムが主体的に行動していましたが、ここでは妻サラの方が先に行動します。このサラの提案は、古代近東諸国では法的に認められていた慣習でした。紀元前18世紀ころの古代バビロンの法律集であるハムラビ法典や15世紀の古代アッシリアのヌズ文書には、夫婦に子どもがなく、その責任が妻に帰せられる場合、妻は自分の所有する女奴隷の一人を第二の妻として夫に与え、彼女によって子どもをもうけなければならないと定められていました。創世記30章でも同じような慣習について書かれていますが、そこでは女奴隷に生まれた子を女主人の膝に置くことによって、その子どもが女主人から生まれた子どもと見なされることが説明されています。15章2、3節によれば、アブラハムは彼の家で仕える奴隷の子が跡継ぎになるであろうと言っていました。

しかしながら、当時の慣習に合っているとしても、夫の考えと一致しているとしても、そしてそれが夫に対する妻の配慮であるとしても、それは神のご計画、神の契約とは合致してはいないと言わざるを得ません。神はすでに15章4節でアブラハムに対して「あなたから生まれる者が跡を継ぐ」とはっきりと言っておられます。サラのこの提案が神のご計画に一致しているとは言えません。

ところが2節の終わりには「アブラムは、サライの願いを聞き入れた」と書かれています。アブラハムも妻サラの家族計画に同意します。彼は15章4節で神が言われた約束を早くも忘れてしまったのでしょうか。あの時神の約束のみ言葉を聞き、夜空に瞬く無数の星空を見て、「あなたの子孫はこのようになる」と言われた神のみ言葉を信じたはずなのに、そしてその信仰が神に義と認められたのに。彼の信仰は何だったのかと改めて問わざるを得ません。

わたしたちはこの疑問をそのままにしてはおけませんので、ここでアブラハムとサラはどうすべきだったのかを、わたしたちなりに少し考えてみたいと思います。まず、結婚については創世記1章、2章が教えているように、神のみ心によって男と女とに創造された人間が、神の導きによって出会い、互いにふさわしい助ける者となり、父と母の家から独立して一体となることです。アブラハムとサラもそのようにして夫婦となったのですが、彼らにはさらなる神からの選びが、召しがありました。「あなたから生まれる子が神の祝福を受け継ぎ、更にその子孫へと受け継がれるであろう」という神の約束を共に担っていく夫婦であるということです。彼らは共にこの神の約束を聞きつつ、夫婦であり続けるのです。したがって、未だに子どもが与えられないとすれば、それは神のみ心だと理解すべきでしょう。2節でサラは「主はわたしに子供を授けてくださいません」と言っているように、子どもを授けるのは神です。とすれば、子どもが未だに授けられなのも神のみ心です。そうであるとすれば、忍耐強く、信仰をもって、神の約束の時を待つべきだったのではないでしょうか。

しかしながら、サラは神の約束を信じて待つことができませんでした。アブラハムもそうでした。彼らは自分たちの考えや知恵で、いわば神の約束を無理やりに引き寄せようとしているのです。それは神に対する不信仰です。不従順です。特に、信仰の父と言われるアブラハムには、その罪の責任が問われなければなりません。彼は神のみ言葉を聞くことによって生きるべきでした。けれども、ここではサラの言葉に同意しています。共に、一緒になって神のみ言葉を聞く夫婦こそが幸いです。けれども、共に神のみ言葉を聞くことをせずに、夫や妻の言葉だけを聞くならば、その夫婦は必ずしも幸いではありません。アブラハムとサラの夫婦にも直ちに不幸がやってきました。

【4~5節】。女奴隷ハガルのこの反応は、当初はサラの家族計画の中には入っていなかったのかもしれません。5節のサラのアブラハムに対する抗議からもそれがうかがい知ることができます。サラはハガルが自分を軽んじるようになったのはアブラハムのせいだと言っています。サラ自身が提案したにもかかわらず、それを夫のせいにしているのです。ここでは、夫婦の関係は破綻しています。互いに助ける者とはなっていません。

けれども、わたしたちがあらかじめ考えたように、これは神に聞き従わなかった夫婦の当然の成り行きだと言ってよいでしょう。この夫婦の家から平和が消え去りました。共に神の約束を担っていく夫婦ではもはやなくなりました。女主人と女奴隷との間に、夫と妻との間に、嫉妬、争い、分裂が生じました、神なしで始められた家族計画は、ついにはこのような結果になるほかありません。

【6節】。サラは夫であるアブラハムに訴え、このトラブルの処理を願っています。アブラハムは部族の長として部族内でのトラブルを調停する責任があり、家庭の長として家庭内のトラブルを解決する責任があります。けれども、彼にはそれができません。彼は二人の女たちの間を執りなすことができません。彼は二人の女たちの間に立って、全く哀れで無力な男でしかありません。神に服従しない人間は、人間同士の争いを真に解決できないのです。

ハガルは女主人サラから逃れるためにアブラハムの家を出ました。彼女は故郷のエジプトを目指していたと思われます。シュル街道はカナンの地から砂漠地帯を抜けエジプトに続いていました。その道の途中で、ハガルは主なる神と出会います。7節に、「主の御使いが荒れ野の泉のほとり、シュル街道に沿う泉のほとりで彼女と出会った」と書かれています。

この時のハガルの心境を考えてみましょう。奴隷の身でありながらアブラハムの子どもを宿すことになった大きな喜び、しかし女主人の辛い仕打ち。奴隷は主人の所有物と考えられ、生かすも殺すも主人次第。何の抵抗もできず、頼みのアブラハムも全く助けてくれない。孤独と不安の中で砂漠をさまようほかないハガル。けれども、アブラハムの神、イスラエルの神であられる主は、選びの民ではなかった異邦人ハガルをも決してお見捨てにはなりませんでした。神はイスラエルの神であるだけでなく、異邦人の神でもあられます。神は全人類の唯一の主なる神であるということを、わたしたちはここでも知らされます。

【8~12節】。アブラハムとサラの家族計画によって破壊されてしまった家族の関係を神が修正されます。女奴隷ハガルが女主人サラのもとに帰ることによって、奴隷と主人との関係が修復されました。それだけではありません。アブラハムとサラの夫婦の関係も修復されるのです。わたしたちはこのあと15節でそのことをはっきりと知るでしょう。そこには、「アブラハムはハガルが産んだ子をイシュマエルと名付けた」とあります。名前を付けるのは家の主人の務めでした。アブラハムはここで、11節の神の命令に従っているのです。アブラハムはここで再び神のみ言葉に従順に聞き従い、それによって、「あなたの子孫が星の数ほどに増え広がるであろう」と言われた神の約束をサラと共に担っていく者とされているのです。

ハガルの子イシュマエルは神の選びの民ではありませんが、その子孫が数えきれないほどに増えるであろうと10節に書かれています。旧約聖書においては、神は選ばれた民イスラエルによってご自身の救いのみわざをなし続けられますが、選ばれなかった民もまた神の救いのご計画の中で用いられます。それによって、新約聖書に至って、神は主イエス・キリストの福音を信じる信仰によって、全世界のすべての民を教会の民として召し集めてくださるのです。

イシュマエルとは「主がお聞きくださる」という意味です。13節のエル・ロイとは「神はわたしを見ておられる」と言う意味です。神はアブラハムとサラの不従順で不信仰な家族計画という失敗を通しても、また異邦人の奴隷であったハガルを通しても、ご自身がわたしたちの願いをお聞きくださる主なる神であられ、わたしたちをいつも見ておられ、顧みてくださる主なる神であられることをお示しくださったのです。

(執り成しの祈り)

〇主なる神よ、あなたはわたしたちの不信仰や貧しさや困窮のすべてを見ておられます。わたしたちの迷いや不安や重荷のすべてを知っておられます。どうか、わたしたちを憐れみ、顧みてください。わたしたちをなくてならないあなたの真理のみ言葉で導いてください。

〇神よ、日本と世界を憐れみ、顧みてください。恐れや不安、混乱、痛み、争いの中で苦悩する一人一人の叫びと祈りをお聞きください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

4月18日説教「神の契約の子である教会の民」

2021年4月18日(日) 秋田教会主日礼拝説教

聖 書:創世記12章1~4節

    使徒言行録3章11~26節

説教題:「神の契約の子である教会の民」

 使徒言行録3章には、ペンテコステの日に誕生したエルサレム教会の最初の宣教活動について描かれています。ペトロが生まれながら足の不自由だった人に「ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と命じ、彼の手を取って立ち上がらせると、彼は躍り上がって立ち、神を賛美しながら、神殿に入っていったと書かれています。ペトロを始め、初代教会の使徒たち、伝道者、教師たちには、神のみ言葉と主イエス・キリストの福音を語って人々を罪から救う権限と力が与えられていたと同時に、その罪のゆるしの目に見えるしるしとしての肉体的ないやしの能力をも与えられていました。使徒言行録やパウロの手紙にそれらの実例が数多く報告されています。これは福音書の中で主イエスご自身が持っておられた権限、力と同様です。使徒たちはその権能を託されました。

 エルサレム神殿での奇跡を見た民衆は、「我を忘れるほど驚いた」と10節に書かれていました。11節にも「民衆は皆非常に驚いた」と書かれています。ここで二度も民衆の驚きが強調されていることには理由があるように思われます。彼らの驚きは、彼ら自身はまだその本当の意味を理解してはいなかったのですが、それは実は、今や新しい救いの時が到来したことに対する驚きだったと言ってよいでしょう。旧約聖書に預言されていた神の救いが成就する時が、主イエス・キリストの十字架と復活の福音によって今到来したのです。罪の支配が終わり、神の救いと恵みが、すべての信じる人たちを支配する新しい救いの時が、このエルサレムから始まって全世界へと拡大していくのです。

 民衆の目は歩き出した人とペトロたちに向けられていました。彼らはまだ神の救いのみわざそのものを見てはいません。そこでペトロは、その驚きの本当の意味を明らかにします。12節からのペトロの説教がその真の意味を語っています。この説教は、2章12節以下の説教に続くペトロの二度目の説教です。わたしたちはこの個所からも、初代教会の説教の特徴を知ることができます。そしてそれは、その後今日に至るまでの2千年間の教会の説教の特徴ともなりました。

 説教の前半の12~16節では、主イエス・キリストの十字架の死と復活が語られ、それが罪のゆるしと救いを与える福音であることが語られています。後半の17節以下では、主イエスの福音は旧約聖書で預言されていた神の救いのみわざの成就であり、神が初めにお選びになったイスラエルの民に約束された祝福がいまや全世界のすべての国民に与えられていること、そして終末の時に、主イエスの再臨によって神の救いのみわざが完成され、永遠の慰めが神の契約の民すべてに与えられるということが語られています。この二つの説教のテーマは2章12節以下の最初の説教とも一致しています。今日のすべての教会の説教のテーマとも一致します。わたしたちは主の日ごとの礼拝で、聖書の至る所から、同じテーマの説教を繰り返し聞いているのです。

 ではまず、12節と16節を読んでみましょう。【12節、16節】。ペトロはここで民衆があれほどに驚いたその真の意味を明らかにします。それは、ペトロたちが何か大きな力や魔術を用いて行ったことではなく、主イエス・キリストのみ名を信じる信仰によって、神がなしてくださった奇跡でなのであると説明します。生まれながらにして全く歩いたことがなかったこの人が、彼らの見ている前で起き上がり、踊りだし、神を賛美し礼拝するために神殿に走っていったのは、十字架につけられ、三日目に復活された主イエスが、彼の罪をゆるし、彼を支配していた悪の力から彼を解放し、彼を新しい命によって生かしてくださったからであると、ペトロは語ります。ペトロは驚いている彼らの目を、歩き出した男の人とペトロたちに注がれていた彼らの目を、主イエス・キリストへと向けさせるのです。主イエス・キリストの福音を信じる信仰によって歩き出す、新しい救いの時が今始まったのです。そのことをこそ、彼らは、すべての人は驚くべきなのです。

 16節では、「イエスの名」という言葉と「信仰」という言葉がそれぞれ二度用いられており、強調されています。つまり、主イエスのみ名こそが、またそれを信じる信仰こそが、この人の足をいやし、立ち上がらせるという奇跡を生み出し、罪から救われた感謝と喜びに生きるという新しい歩みを生み出しているのだということが強調されているのです。

 主イエスのみ名とは、主イエスの存在と行為の全体、その救いのみわざ全体を言い表しています。主イエスの十字架と復活の福音という救いの恵みと力とのすべてが主イエスのみ名に結びついています。主イエスを信じる信仰においては、主イエスのお名前とその実体とその救いの恵みとは分かちがたく結合しているのです。

 「その名を信じる信仰」がだれの信仰を意味しているのかはこの文章からははっきりしません。不自由な足をいやされた男の人の信仰か、それとも主イエスの福音を語ったペトロの信仰かをここで区別することはできません。おそらくその両方を含んでいると理解すべきでしょう。と同時に、「イエスによる信仰が」という言い方で暗示されているように、その両者の信仰は主イエスによって与えられ、造り出された信仰であるということが強調されているように思われます。

 次に13~15節で、ペテロは主イエスの十字架の死と死者の中からの復活について語ります。これが説教の第一のテーマです。13節に「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」という神の呼び名が書かれていますが、これは出エジプト記3章15節などで用いられているイスラエルの神の呼び名です。その神のお名前が「その僕イエス」と結びつけられています。イスラエルの民をお選びになり、この民によってご自身の救いのみわざをお始めになった旧約聖書の神が、今や神の愛された僕(しもべ)であられる主イエス・キリストによって、その救いのみわざを全人類のために成就され、完成されたのです。

 主イエスの救いのみわざは、その十字架の死と死者の中からの復活によって成就されました。それがどのような状況の中で起こったのかをペトロは語っています。神がその愛する僕である主イエスに栄光をお与えになりましたが、神に選ばれた民であるあなたがたエルサレムの住民は主イエスに与えられた神の栄光を見ることを拒み、主イエスを異邦人の支配者であるピラトに引き渡した。それだけでなく、異邦人ピラトでさえも無罪と判断して釈放しようとした主イエスを、あなたがたは十字架の死へと追いやった。更には、死刑になって当然の罪を犯した犯罪人の方をあなたがたはゆるし、すべての人にまことの命をお与えくださるお方である主イエスを殺してしまった。あなたがたエルサレムの住民はこのように何度も判断を誤り、神のみ心に背いて罪を犯したのではなかったのかという、彼らの罪に対する厳しい告発がここにはあります。

 しかし、このペトロの告発は彼らの罪を責めるためのものでは決してありませんでした。「神はこの方を死者の中から復活させてくださいました」とペトロは説教します。神は人間たちのたび重なる過ちや背きの罪にもかかわらず、その罪をはるかに超えて、救いのみわざをなしたもうのです。人間の無知や反逆や罪にもかかわらず、神の救いのご計画は変更されることも中止されることもなく、主イエスのご受難と十字架の死と復活によって、その最終目的へと進んでいったのです。

 15節でペトロは「わたしたちは、このことの証人です」と言っています。使徒たちは主イエスの死と復活の証人として立てられました。そして、使徒たちの宣教によって、その説教を聞いた人たちが新たに主イエスの復活の証人として立てられていくのです。わたしたちもまたその一人です。

 ペトロの説教の後半を読みましょう。【17~19節】。主イエスのご受難と十字架の死はエルサレムのユダヤ人たちの無知の罪が勝利した結果ではありません。そうではなく、それは神が旧約聖書の中であらかじめ預言者たちを通してお語りになった預言の成就だったとペトロは語ります。イザヤ書53章の「苦難の主の僕」の預言が主イエスのご受難によって成就したのです。旧約聖書と新約聖書とは神の永遠の救いのご計画の中で一つに結ばれます。イスラエルのつまずきと人間たちの罪を超えて、神の救いのみわざは成就されます。

 そのことを知らされた会衆に必要なことはただ一つ、自らの罪を知り、それを悔い改めて神に立ち返ることです。救い主・主イエスを信じることです。そうすれば、神は信じる人すべての罪をおゆるしくださり、慰めと平安をお与えくださいます。16節では信仰が強調されていたということをすでに学びましたが、主イエスの福音によって与えられる救いをわたしたちが受け取るのは、ただ信仰によってです。旧約聖書の民イスラエルは神の律法によって導かれてきました。彼らは神の律法を守り行うことによって神の救いの道を歩んできました。けれども、その道にはまだ本当の救いは与えられていませんでした。なぜならば、だれも神の律法を完全に行うことができる人はおらず、かえって律法に違反する罪が増すだけだからです。しかし今や、神はメシア・救い主・主イエスを世にお遣わしになり、主イエスの十字架と復活によって人間の罪を贖い、ゆるし、主イエスの福音を信じる信仰によって、全き救いお与えくださいました。

 ペトロの説教の後半は、終わりの日、終末の完成を目指しています。【20~21節】。ここでは、主イエスの再臨のことが預言されています。地上での救いのみわざをなし終えられた主イエスは、今は天の父なる神の右に座しておられ、全地を支配しておられます。その主イエスが再び地上においでくださる終末の時、救いは完成し、神の国での完全な慰め、永遠の安息が実現します。もはや死はなく、悲しみも嘆きも労苦もない、新しい天と地が到来します。神がイスラエルの民をお選びになって始められた救いのみわざは、主イエスによって全世界の教会の民へと受け継がれ、終末の時の神の国の到来によって完成するのです。わたしたちの信仰の歩みはその終末の時を目指しています。

(執り成しの祈り)

〇天の神よ、「み国を来たらせ給え」とのわたしたちの祈りを更に強めてください。わたしたちの信仰の歩みを、来るべきみ国に向けて整えてください。わたしたちが移り行き、過ぎ去りゆくものに目と心とを奪われることなく、常に永遠なるものを追い求めることができますように、お導きください。

〇神よ、わたしたち一人一人を主イエス・キリストの復活の証人として立て、この世へ派遣してください。罪と死と滅びに支配されているこの世界に、復活の福音を持ち運ぶ者としてください。

〇神よ、この世界を憐れんでください。恐れや不安、病や痛み、試練や重荷に苦しむ人たちを助けてください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

4月11日説教「信仰告白によって建てられる教会」

2021年4月11日(日) 秋田教会主日礼拝説教(教会建設記念日)

聖 書:申命記26章1~11節

    コリントの信徒への手紙一15章1~11節

説教題:「信仰告白によって建てられる教会」

 秋田教会は1934年(昭和9年)4月15日に教会建設式を行い、自給独立の教会となりました。(旧)日本基督教会が秋田に初めて伝道を開始し、秋田講義所(今の伝道所に当たります)を開設したのが1892年(明治25年)、それから秋田伝道教会建設が1906年(明治39年)、その40数年間、秋田教会はアメリカ・ドイツ改革派教会ミッションという外国の教会からの経済的・人的支援を受けていましたが、教会建設によって自給独立の教会となったわけです。今年はそれから87年目になります。

 きょうの礼拝でもう一つ覚えたい記念日は、1951年(昭和26年)5月20日の秋田教会臨時総会で日本キリスト教会加入の決議をしたことです。第二次世界大戦中の1941年(昭16年)6月、日本のプロテスタント教会は当時の国策に従って日本基督教団に合同しましたが、この合同教会は諸教派の集まりであり、信仰告白を持たず、教会政治の在り方も定まっていませんでした。そこで、(旧)日本基督教会に属していた一部の教会が、一つの信仰告白を持った長老制の教会を建設しようとして、日本基督教団を離脱し、新しい日本キリスト教会を創設することになりました。秋田教会も東京中会の9教会の中に加わりました。

 新しく創設された日本キリスト教会は1953年10月に開催の第3回大会で『日本キリスト教会信仰の告白』を制定し、2007年10月の第57回大会ではその口語文を制定しました。わたしたちが礼拝で告白しているものです。きょうから月1回ほどの割合で『日本キリスト教会信仰の告白』を説教で取り上げ、その連続講解をする予定です。これによって、わたしたちの教会がこの日本の地に、この秋田の地に、どのような教会を建てようとしているのかを皆さんで再確認していきたいと願っています。

 第1回目のきょうは、聖書と信仰告白との関係について学んでいきましょう。信仰告白は聖書に書かれている神のみ言葉、主イエス・キリストの福音に対する信仰による応答です。またそれは聖書全体の要約、まとめでもあります。言うまでもなく、聖書が主であり、源泉であり、信仰告白は従であり、その下流です。したがって、わたしたちが『日本キリスト教会信仰の告白』を学ぶということは、その信仰告白を生み出した源泉である聖書を学ぶということにほかなりません。

 そのような聖書と信仰告白との関係を次のように言い表します。「聖書は規範づける規範であり、信仰告白は規範づけられた規範である」。つまり、聖書はわたしたちの信仰そのものの基準であり、それを導く手本であり、また信仰告白や教会の在り方、すべての信仰生活と教会の営みの基準、手本、規範であるということ。それに対して、信仰告白は神のみ言葉である聖書によって規範づけられたものであり、同時にそれはわたしたちの信仰の在り方や聖書の読み方、教会形成の在り方などを具体的に規範づける、第二の規範であるという意味です。

 たとえば、聖書を読む場合、信仰告白という規範がなければ、その人その人によって理解が大きく異なって、自分勝手な理解になり、聖書の本来の意図からそれてしまうことにもなりかねません。信仰告白は教会の長い歴史の中で、異端的な教えや間違った聖書理解との戦いの中でまとめられたものですから、わたしたちが聖書を正しく読むための助けになります。わたしたちは『日本キリスト教会信仰の告白』という第二の規範によって信仰の訓練を受けていますから、おのずとその信仰告白の助けと導きによって聖書を読むことができます。もちろん、わたくしの説教も『日本キリスト教会信仰の告白』に規範づけられています。

 では、聖書の中では信仰告白はどのようにして生み出されてきたのでしょうか。旧約聖書と新約聖書の中から、信仰告白の代表的な個所を読んでみましょう。旧約聖書は申命記26章5~9節です。【5~11節】(320ページ)。ここでは、族長アブラハムの時代からエジプト移住とそこでの苦難の生活、そして出エジプトと約束の地カナンでの土地取得に至るまでのイスラエルの民に対するの神の導きと救いの歴史について告白されています。このようなイスラエルの信仰告白は旧約聖書の至る所に見いだすことができます。彼らはこのような信仰告白を安息日の礼拝で、また特に季節ごとの大きな祭りで、繰り返し告白し、神の救いの恵みを感謝したのです。信仰告白によってイスラエルは信仰の民として強められていきました。

 ここから、信仰告白が持っている役割について三つのことを確認することができます。一つには、信仰告白は長い神の救いの歴史を、その中心的な内容を短くまとめ、礼拝で告白したり、信仰の教育と継承のために用いることができるようにしたものであるということです。二つ目は、その信仰告白を今この時代の信仰者が礼拝で告白することによって、かつての神の救いのみわざを今ここに生きているわたしたちのための救いのみわざとして再体験し、神への信仰と感謝とをより強くするということです。三つ目は、同じ信仰告白を礼拝で共に唱和することによって、一つの群れ、一つの信仰告白共同体が形成されていくということです。これらはみなわたしたちの信仰告白にも共通することです。

 新約聖書の時代になって、更に新しい信仰告白の役割が付け加えられました。そのことを教えるのがコリントの信徒への手紙15章1節以下です。【3節~5節】(320ページ)。これは初代教会時代の最も整った信仰告白と言えます。使徒パウロはこの信仰告白を彼自身が初代教会から受け取ったものだと言っています。パウロがこの手紙を書いたのは、エルサレムに世界最初の教会が誕生してからおよそ20年後の紀元51、2年です。わずか20年の間にこのような信仰告白が作成されていたということは驚きに値します。初代教会もイスラエルの民と同様に、信仰告白を生み出し、信仰告白によって生きる教会であったということが分かります。ちなみに、わたしたちが告白している『日本キリスト教会信仰の告白』の後半部分の『使徒信条』は紀元4、5世紀ころに完成されたと考えられていますが、この手紙に書かれている信仰告白がその原型となっていることは明らかです。

 パウロがここで初代教会の信仰告白を取り上げたことには理由がありました。それは、コリント教会の一部の人たちが主イエス・キリストの復活を正しく理解せず、それによってキリスト者の復活を否定するという誤った信仰へとそれていっていたからです。しかし、初代教会の信仰告白が主イエス・キリストの復活についてこれほどに明確に告白しているのだから、主イエスを信じる信仰者の体の復活がそれに続いていることは確かであると、パウロは15章全体で力説しています。

 このことからわたしたちは信仰告白のもう一つの重要な役割を見いだします。それは、信仰告白が間違った教えや異端的な教えとの戦いの中で生み出され、またその間違った教えと戦うための正統的な信仰の武具として、正しい信仰を守るための役割りを果たすということです。パウロ以後、5世紀ころまでのキリスト教会はさまざまな異端との戦いに明け暮れました、教会は何度も世界規模の教会会議を開催し、異端を退けてきました。今日、基本信条あるいは世界信条(信条とは信仰告白と同じ意味ですが)と呼ばれている『使徒信条』『ニカイア信条』『カルケドン信条』のほとんどは、異端との戦いの中で、世界教会会議によって制定された信仰告白です。

 初代教会・古代教会時代以後にも、宗教改革期、そして近代においても、さまざまな異端的な教えが現れ、教会はそれらとの戦いの中で新しい信仰告白を生み出し、またその信仰告白によって異端的教えと戦ってきました。人間はいつの時代にも、自分勝手に、自分の好みに合わせて、聖書を読もうとします。あるいは、聖書の理解がその時代に流行した思想、哲学などに影響されてきました。信仰告白は歴史の中で教会が勝ち取り、確定してきた正しい信仰を言い表したもので、わたしたちを間違った聖書の読み方や信仰理解から守り、正しい聖書理解を規範づけ、導くという役割を果たしています。

さらには、わたしたちを異教的な偶像礼拝やこの世的な世俗主義的な生き方から守る盾となり、またそれらと勇気を持って戦うための武具ともなるのです。

『日本キリスト教会教会員の生活』の中で、わたしたちの教会の特徴として三つ挙げられています。その第一が、信仰告白に生きる教会であるということ、第二には長老制の教会であるということ、第三には独立性と公同性とを重んじる教会であるということです。

信仰告白に生きる教会とは、信仰告白の源泉である聖書、神のみ言葉を重んじ、それによって生きる教会であるということです。聖書のみ言葉を聞いて信じること以外の何かによって生きるのではないということです。たとえば、教会の伝統とか伝承、人間の言い伝え、あるいは教会の制度や儀式、教会の社会的な活動、人間的な利益や利便性などによって生きるのではないということです。ただ神のみ言葉によって生きる教会であるということです。

信仰告白によって生きる教会とは、信仰告白が聖書のみ言葉に対する信仰の応答であるように、わたしたちがそれぞれの生きている時代の中で、それぞれの生活の現場で、神のみ言葉に積極的に応答して生きる、日々の信仰生活そのものが信仰告白として生きるということです。わたしたちの信仰は、何らかの思想とか知識とかではありません。わたしの生き方そのものが信仰告白によって変革されていく、信仰告白を証ししていく、それがわたしたちの信仰告白的生活です。

信仰告白によって生きる教会とは、信仰告白によって教会が一つの生ける群れとして建てられていくということです。教会は神のみ言葉への応答である信仰告白によってのみ真実に建てられていきます。組織や制度を強固にすることによって建てられていくのではありません。一人の強力なリーダーによって建てられるのでもありません。共に一つの信仰告白を告白し、その信仰告白によって一つに結び合わされ、主キリストの体なる教会が建てられていくのです。

わたしが一人の信仰者、キリスト者となるということは、具体的にはわたしが『日本キリスト教会信仰の告白』をわたしの信仰として受け入れ、すでに告白している告白共同体の中にわたしもまた加えられるということなのです。その告白共同体の中でわたしの信仰が守られ、導かれ、養われていくのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、一つの信仰告白のもとに集められている日本キリスト教会を、あなたのみ心にかなった教会として、この地にあって真実の主キリストの体なる教会として、託されている福音宣教の使命を果たしていくことができますように、お導きください。秋田の地に立てられているわたしたちの教会を祝福し、導いてください。群れに連なる一人一人をお守りください。また、全世界に立てられている主キリストの教会を強めてください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

4月4日説教「十字架につけられた主イエスは復活なさった」

2021年4月4日(日) 秋田教会主日礼拝(復活日)説教

聖 書:詩編16編1~11節

    マタイによる福音書28章1~10節

説教題:「十字架につけられた主イエスは復活なさった」

 ユダヤ人の安息日・土曜日が終わった翌日、日曜日の朝早くに、二人のマリアは主イエスの亡骸(なきがら)を収めた墓の前で、主のみ使い・天使が告げる神のみ言葉を聞きました。「恐れるな。十字架につけられた主イエスは死人の中から復活された」。それを聞いた二人の婦人たちは恐れながらも大きな喜びに満たされて、急いで弟子たちに伝えました。「主イエスは死人の中から復活された」と。この復活のおとずれを聞き、それを信じることから、弟子たちの信仰が始まりました。また、後に誕生する教会の信仰が始まり、そして今日のわたしたちの信仰が始まります。この復活の福音を宣べ伝えることから弟子たちと初代教会の宣教活動が始まり、今日の教会の宣教活動が始まります。教会は今もなお、これからのちも、罪と死とに支配されているこの世界とすべての人に向かって、「主イエスは死人の中から復活された。主イエスはすべての眠っている人たちの初穂として死人の中からよみがえられた。そして、主イエスを信じる信仰者に罪のゆるしと永遠の命の約束をお与えくださる」と力強く語り、そうすることによって生きた教会として前進していきます。教会の宣教活動とわたしたちの信仰は主イエスの復活に基礎づけられています。教会とそこに集められている信仰者の命の源は主イエスの復活にあるのです。

 きょうはマタイによる福音書28章1節以下から、教会とわたしたちの信仰と命の源である主イエスの復活について学んでいきましょう。【1節】。主イエスが十字架につけられたのは受難週の金曜日の昼前でした。その時、神のみ子の死を悲しみ悼むかのように、全地が暗くなったと27章45節に書かれていました。午後3時過ぎに主イエスは十字架上で息を引き取られました。日没からユダヤ人の安息日・土曜日が始まるので、アリマタヤ出身のヨセフという人が急いで主イエスの亡骸を引き取って、自分の墓に収めました。そして、安息日が終わった翌日、日曜日の明け方に、二人のマリアが主イエスの墓へと急いでいます。

1節では「墓を見に行った」とありますが、他の福音書によれば、婦人たちが墓に行ったのは、主イエスの亡骸に香油を塗るためでした。亡くなった人の体に香油を塗るという儀式は、非常に重んじられている当時の慣習でした。それは生きている人たちが亡くなった人に対して行う、いわば最後の奉仕でした。ところが、主イエスの場合、十字架で処刑されたのが金曜日午後で、安息日が始まる日没までに香油を塗る時間がありませんでした。そこで婦人たちは安息日が終わってから、墓へ行って、主イエスのためにやり残した最後の愛の奉仕をしようとしていたのでした。

この婦人たちというのは、27章56、57節に書かれていたガリラヤ地方から主イエスに従ってきた婦人たちでした。彼女たちは主イエスの十字架の証人でした。また、61節には、彼女たちが主イエスが墓に葬られたことの証人になったとも書かれています。そして更に、きょうの個所では、彼女たちは主イエスの復活の最初の証人になるということがこのあとに書かれているのです。実は、当時のユダヤ人社会では婦人は公の法廷で証人として立つことは認められていませんでした。当時の婦人たちの社会的地位が低かったからです。しかしながら、聖書では、きょうの個所の外にも多くの場面で、婦人たちが重要な働きをしていることが描かれています。男性が眠ったり逃げまどったりしている時に、婦人が重要な働きのために神によって用いられ、また神の重要な救いの出来事の証人として立てられているということをわたしたちは聖書で何度も読むことができます。神はご自身の救いのみわざのためにいと小さな者、取るに足りない、選ばれるに値しない者を、尊くお用いになるのです。それによって、人間がだれも誇ることがなく、ただ神のご栄光が崇められるようになるためです。

さて、主イエスの亡骸に香油を塗るために日曜日の早朝に墓にやって来たこの二人の婦人たちは、思いがけず、主イエスの復活の場面に出会うことになりました。4節に【4節】と書かれています。この番兵は、すぐ前の27章62節以下に書かれてあったように、主イエスの亡骸が弟子たちに盗まれないように、それによって弟子たちが主イエスは復活したというデマを流すことを防止するために、墓を監視する兵士たちでした。ところが、神のみ使いが天から下ってきて、墓をふさいでいた石を取り除いた様子を見ていた彼らは、死人のようになったと書かれています。死んだ人を墓の中に閉じ込めておく務めの彼らが、自ら死んだような者となったということは、墓の中に収められていた主イエスが、その入り口をふさいでいた石を取り除けて、死の墓から復活され、生きる方となられたということと、対比されているように思われます。

主イエスの復活は天使が告げる神のみ言葉によって明らかにされます。【5~7節】。墓の中でどのようにして横たわっている主イエスのお体が起き上がったのかといったような人間的な興味については聖書は一切語っていません。主イエスの復活は人間の目で見たり、手で触って確認できるものではありません。主イエスの復活はこの地上で起こったことであり、だれもが見ている墓で起こった出来事ではありますが、そことは天から、神のみ言葉として語られるほかにありません。ただ神のみ言葉だけが、わたしたちがいつも見ており経験している死と墓という現実を打ち破り、死に勝利する復活と永遠の命を創造するからです。生きて命を与える神のみ言葉だけが、罪と死に支配されているわたしたちをそこから解放するからです。わたしたちはその神のみ言葉を聞いて信じる信仰へと招かれているのです。

では、主イエスの復活は現実に起こったことでなくてもよいのかという疑問が生じるかもしれません。決してそうではありません。主イエスの復活は現実に起こった出来事です。マタイ福音書はそのことを9、10節で、復活された主イエスのお体を実際に婦人たちが見て、その声を実際に聞いたという出来事によって証明しています。復活された主イエスがそのお姿を弟子たちに現わされたということを、復活の顕現と言います。ルカ福音書と使徒言行録は主イエスの復活の顕現について何度も語っています。復活された主イエスは弟子たちが見ている前で、弟子たちと一緒に食事をされ、彼らと対話をされ、彼らに世界宣教の命令を語られ、そして最後には、彼らが見ている前で、そのお体が天に引き上げられ、雲の中に見えなくなったと使徒言行録1章に書かれています。彼ら復活の目撃者たちの証言によって、初代教会が建てられ、その宣教活動が始められたのです。今日のわたしたちは彼らの証言を聞き、見るないで信じる幸いな信仰へと招かれているのです。

きょうの聖書の個所でもう一つ重要なメッセージは、主イエスの亡骸に香油を塗るために墓にやって来た婦人たちが、どのように変えられたかということです。マタイ福音書では、マルコ福音書、ルカ福音書とは違って、香油を塗るために彼女たちが墓に来たということについては、はっきりとは語られていません。彼女たちはまるでその目的を忘れてしまっているかのようです。彼女たちは日曜日の朝が始まるやいなや、全く新しい務めが与えられ、その新しい使命のために生きる者としてここに登場しているのです。

彼女たちに与えられている新しい使命とは、まず第一には神の使い・天使が語る神のみ言葉を聞くこと、十字架につけられた主イエスが死の墓から復活されたという喜ばしいおとずれを聞くこと、そして次に、そのことを裏付ける事実として空になった墓の中を確認すること、また復活された主イエスのお姿を見ること、更には「主イエスは復活された」との神のみ言葉を携えて、急いで墓を立ち去り、弟子たちにその福音を告げ知らせること、これが彼女たちの新しい使命です。彼女たちはこの新しい使命に生きる者たちとされているのです。

亡くなった人を葬る前にその体に香油を塗ることは生きている人たちの最後の重要な務めであったが、主イエスの場合にはそれができなかったと前に紹介しました。けれども、実はそれは正確ではありません。26章6節以下に、ベタニアでの油注ぎのことが書かれていました。その時に、主イエスはこう言われました。【12節】(52ページ)。主イエスはこの時すでに葬りの備えを終えておられたのです。しかも、その際に注がれた香油は非常に高価であったと書かれていました。罪なき神のみ子の死と葬りの備えはこの時すでになされていました。

それでも、もちろん婦人たちはまだそのことには気づいてはいませんから、愛する主イエスのために最後の奉仕をするために、夜が明けるとすぐに墓へと急いだのでした。それが、死に支配されている人間たちにできる最も大きな愛の奉仕だったからです。しかし、日曜日の主イエスの復活の朝、死者に対するその奉仕は必要なくなりました。彼女たちはもはや死者のために仕えるのではありません。復活され、生きておられる主イエスのためにお仕えする人へと変えられるのです。全人類の罪のために十字架に死なれ、その罪と罪ゆえの死とに勝利するために復活された主イエスにお仕えし、主イエスの復活の福音を携えて、主イエスの復活の証人として生きる人へと変えられたのです。この新しい務めに生きることこそが、死に向かって生きるのではなく、復活の命に向かって、人間が本当に生きるということなのです。復活の主イエスを信じる信仰者の歩みは、墓に向かう歩みではありません。あの婦人たちのように、急いで墓から立ち去り、罪と死に向かっている歩みから身をひるがえして、復活の福音へと向かう歩みへと変えられるのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、死すべきわたしたちをあなたがみ子の血によって贖ってくださり、み子の復活の命にあずからせてくださいます幸いを心から感謝いたします。わたしたちがこの世の朽ち果てるもののために生きるのではなく、あなたの命のみ言葉を糧として生きる者としてください。

〇天の神よ、罪と死に支配され、暗黒と混乱に覆われているこの世界を、あなたがあわれんでくださり、救いの恵みをお与えくださいますように。主イエスの復活の福音が全世界の教会で語られ、信じられますよう。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

3月28日説教「12弟子の選び」

2021年3月28日(日) 秋田教会主日礼拝説教(受難週)

聖 書:ヨシュア記4章1~7節

ルカによる福音書6章12~16節

説教題:「12弟子の選び」

 教会の暦ではきょうは「棕櫚(しゅろ)の主日」、今週は受難週です。ルカによる福音書を続けて読んでいるわたしたちは、主イエスのご受難の意味を考えながら、きょう与えられている6章12節以下の12弟子の選びの個所をご一緒に学んでいきたいと思います。

 【12節】。ここでもわたしたちは主イエスの祈りのお姿を見ることができます。ルカ福音書は他の福音書に比べて主イエス祈りのお姿を数多く描いていることをわたしたちはすでに確認してきました。特にここでは、「祈って夜を明かされた」とあります。徹夜の祈りです。徹夜の祈りと言えば、わたしたちは受難週のゲツセマネの園での主イエスの祈りを思い起こします。ルカ福音書では22章39節以下にオリーブ山での祈りとして記録されていますが、主イエスは受難週の木曜日の夕方から弟子たちと過ぎ越しの食卓を囲まれた後、オリーブ山で「父よ、御心なら、この杯をわたしから取り除けてください。しかし、わたしの願いではなく、御心のままに行ってください」と祈られました。弟子たちがみな眠っていた間にも、主イエスは苦しみもだえながら、汗を血のように滴らせて祈り続けられたと書かれています。それに引き続いて、祭司長や長老たちによって捕らえられ、裁判を受けることになりましたので、これもまた主イエスの徹夜の祈りと言ってよいでしょう。罪の中で死すべきである弟子たちが、いまだ自分たちの罪に気づかず、眠りこけている時に、罪なき神のみ子主イエスがただお一人、罪と戦っておられ、そのために汗を血のように滴らせながら祈っておられ、事実このあとでご自身の血を流されたのです。主イエスはわたしたちのために「罪と戦って血を流すまで抵抗」してくださいました(ヘブライ人への手紙12章13、14節参照)。

 実に、主イエスは祈りの人でした、主イエスのご生涯は祈りに貫かれていました。主イエスの救いのみわざは祈りに支えられていました。オリーブ山での祈りからも明らかなように、祈りとは第一に神に対する服従の行為です。神のみ心を尋ね求め、そのみ心を知り、それに服従することです。「父なる神よ、み心を行ってください」、これがすべての祈りの基本です。主イエスのご生涯は、その初めから終わりまで、徹底して父なる神のみ心に従う歩みでした。死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで、父なる神への服従で貫かれていました。

 「祈るために山に行き」と書かれています。この場合、山には二つの意味が含まれています。一つには、人里を離れ、人々からも離れ、ただお一人になって父なる神と対面する場所であるということです(5章16節参照)。人間の目や思いにとらわれず、この世の価値や現実からも離れて、ただひたすらに神に向かう、そして神のみ心を尋ね求めるためです。第二には、山は聖書では神の啓示の場(神がご自身を人間に現わされる顕現の場)であるということです。出エジプト記19章に書かれてあるように、モーセはシナイ山に登って、山の頂で神のみ声を聞き、十戒を授かりました。山は、神が人間の近くにいますことを強く感じさせる場、神が人間にご自身のみ旨を親しくお語りになる場です。

 【13節】。主イエスがなぜ、何のために山で徹夜の祈りをされたのか、その理由がここで明らかになります。それは、神のみ心にかなった12弟子をお選びになるためであり、12弟子と共に福音宣教のお働きを更に強め、広げるためでした。このことを、すぐ前の11節との関連から考えてみましょう。主イエスが安息日の律法を破ったことを訴えようとしていた律法学者たちが怒り狂って主イエスの命をねらったとき、主イエスは山に退かれ祈られたのですが、それはご自身の命を守ろうとされたからではなく、また危険を避けて公のお働きを止めるためでもなかったということが分かります。むしろ、父なる神のみ心に服従され、父なる神から託された救いのみわざをいよいよ推し進めるため、ご自身のご受難への道を前進するためであったということです。そしてそのことは、17節以下で、主イエスが山を下りられたあとになってから、より明確にされます。主イエスは徹夜の祈りののちに、再び罪と死とに支配された病めるこの世へと帰って行かれました。そして、ご自身の救いのお働きをなおも続けられました。

 徹夜の祈りのあとで12弟子をお選びになったということから、それが主イエスの福音宣教のお働きにとって、また神の救いのみわざ全体にとって、いかに重要な意味を持つことであったかということが推測できます。特に、ルカ福音書の特徴からその意味を考えてみましょう。ルカ福音書を書いたルカはその続編として使徒言行録を書きました。ルカは神の救いの歴史を(これを救済史と言いなすが)、旧約聖書時代のイスラエルの選びから主イエスの神の国の福音宣教へと続く歴史として、更に主イエスの十字架と復活のあとの教会の宣教の歴史へと続く救済史として描いているように思われます。

主イエスの12弟子の選びは、その一連の救済史の中で旧約聖書と新約聖書とを結びつける役割を果たしています。12人の弟子はイスラエルの12部族を象徴しています。旧約聖書の民イスラエルがヤコブ・イスラエルの12人の子どもたちからなる12部族で形成されていたように、新しい教会の民もまた全世界に派遣された12弟子たちの宣教によって形成されていくのです。12弟子は地上の主イエスから直接に福音を聞かされ、また復活された主イエスから世界宣教へと遣わされました。実際に、使徒言行録を読むと、ペトロを始めとした12弟子たちが初代教会の中心的な働き人であったことが分かります。神がイスラエルの民を選ばれ、この民と契約を結ばれたことによって始められた神の救いの歴史・救済史は、主イエスによってその成就を見、その頂点に達し、更に主イエスによって選ばれた12弟子から世界の教会へと受け継がれていくのです。

13節で用いられている3つの言葉、「呼び集める」「選ぶ」「使徒」これらの言葉から、弟子の選びの意味と教会とは何かについて、わたしたちはより深く学ぶことができます。

まず、「呼び集める」ですが、これは「召し集める、招集する」という意味の言葉です。原文のギリシャ語では「彼に」という言葉がついていますから、詳しく訳すると「彼のもとへ、主イエスのもとへ、召し集める」となります。ルカ福音書にはこれまでに5章1節以下でガリラヤ湖の漁師シモン・ペトロとヤコブ、ヨハネの召命記事があり、27節以下では徴税人レビの召命記事がありました。このレビは15節のマタイと同一人物と考えられていますが、彼らも今また改めて12弟子として主イエスのもとへ召し集められたのです。

のちの教会も、またわたしたちの教会も、12弟子と同様に主イエスによって、主イエスのもとへと召し集められた信仰者の群れです。主イエスによって名を呼ばれ、この世の罪の中から召し出され、主イエスのみもとへと召し集められた一人一人です。他の何かの理由や目的によって集まっているのではありません。他のだれかや何かによって集められたのでもありません。わたしたちを罪から救い出してくださる唯一の救い主イエス・キリストのみが教会の民の招集者であり、教会の頭(かしら)であり、教会の牧者です。

 次は「選ぶ」です。もちろん主語は主イエスですから、主イエスがお選びになります。父なる神のみ心にかなった一人一人を選ばれます。選ばれる側には何の理由も根拠もありません。実際に選ばれた弟子たちのリストを見てもそのことが分かります。ペトロからヨハネまでの4人はガリラヤ湖の漁師でした。マタイは徴税人でした。当時の徴税人は罪びとの仲間、神の民を異邦人の王に売り渡す売国奴と呼ばれていました。その他の弟子たちもみなガリラヤ地方の社会的地位も名誉もないような人たちであり、宗教的・政治的指導者ではありませんでした。選ばれた弟子たちには選ばれるに値するものは全くありませんでした。したがって、選ばれた弟子たちはただ選ばれたことを感謝するだけです。そして、選んでくださった方を喜ばすためにお仕えしていくのです。

申命記7章6節以下には、神がイスラエルを選ばれた理由について書かれています。【6~8節】(292ページ)。また、主イエスはヨハネ福音書15章16節で、弟子たちをお選びになった理由についてこのように言われました。【16節】(199ページ)。

わたしたち一人一人が選ばれ、この教会に召し集められているのも、同じ理由からです。そしてまた、ここにこそわたしたちの選びの確かさがあります。もしわたしが自分の判断や好みでこの道を選んだのであれば、わたしの判断が間違っていたかもしれない、別の道、別の生き方があったかもしれないという迷いや疑いが生じることもあるかもしれません。けれどもそうではありません。わたしがこの道を選んだのではなく、わたしを罪から救い出してくださる主イエスが、わたしをまことの命によって生かしてくださる主イエスが、わたしのためにご自身の尊い命を十字架にささげてくださるほどにわたしを愛される主イエスがわたしを選び、この教会へと召し集め、救いの恵みをお与えくださったのです。それゆえにまた、豊かな実りが約束されているのです。

「使徒」とは遣わされた者という意味です。その人を遣わした主人の全権大使です。主人の権威によって、主人の意志を伝え、また行い、主人に忠実に仕える代理人です。新約聖書では使徒という言葉は12弟子のほかにパウロなどのわずかな人に限定されて用いられています。地上を歩まれた主イエスに直接にお仕えし、主イエスの十字架と復活を直接に目撃し、証しした人が使徒と呼ばれます。彼ら主イエスの目撃証人たちの証言によって、初代教会が建てられました。

「名付けられた」と書かれています。名づけるとはその人を新しく創造することを意味しています。弟子たちは使徒という新しい名を与えられることによって、新しい人間に創造されたのです。自分たちを派遣された主イエスのために生きる、主イエスの十字架と復活の証人として生きる、主イエスの福音を携え、主イエスによってこの世へと派遣され、主イエスの権威によって主イエスの福音を語る人として再創造されるのです。主イエスの福音を高く掲げ、地の塩として、世の光として生きる人とされます。

(執り成しの祈り)

〇主なる神よ、あなたが主イエス・キリストによってわたしたちを選び、み国の民として召し集めてくださいました幸いを覚え、心から感謝いたします。わたしたちはみな暗闇の中をさまよい、罪と死とに支配され、滅びるほかにない者たちでありましたが、今はあなたのみ光を受け、あなたの命にあずかる者とされています。土の器でしかないわたしたちですが、どうかあなたの尊い救いのみわざのためにお用いくださいますように。あなたのご栄光を現わすものとなりますように。

〇道に迷っている人、重荷を負っている人、病んでいる人、孤独な人、試練の中にある人を、あなたがあわれんでくださり、一人一人にふさわしい道を備えてくださいますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

3月21日説教「神とアブラハムの契約締結」

2021年3月21日(日) 秋田教会主日礼拝説教

聖 書:創世記15章7~19節

    ヘブライ人への手紙8章7~13節

説教題:「神とアブラハムの契約締結」

 創世記15章1~6節には、神がアブラハムにお与えになった約束の一つ、「あなたから生まれる子どもがあなたの家を継ぐ」という約束について書かれていました。7節からは、もう一つの約束、「この土地をあなたとあなたの子孫に受け継がせる」という約束が書かれています。前回もわたしたちが確認したように、アブラハムに同じ約束が語られるのはこれが三度目です。さらに、17章でも同じ約束が繰り返されます。なぜ、これほど頻繁に同じ約束が語られているのかを考えてみると、いくつかのことが見えてくるように思います。神の側から言えば、神の約束はいつまでも変わることはないということです。たとえアブラハムがその約束を忘れたり、無視したりしようとも、神はひとたびアブラハムと結ばれた約束、これを「アブラハム契約」と呼びますが、その契約を決して廃棄なさらない、必ずやその成就に向けて道を備えておられるということを、わたしたちは何度も確認することができます。

 アブラハムの側から言えば、12章に書かれてあったように、彼が75歳の時に最初に神の約束を聞いて旅立ってから、10年が過ぎ、20年が過ぎ、途中で経験した様々な試練の中で神の約束に背くようなことをした時にも、彼はそのたびに神の約束のみ言葉を聞かされ、神との契約を再確認させられてきました。しかも、時の経過とともに、神の約束が果たされるという可能性がいよいよ小さくなっていく中で、いまだに自分と妻との間には子ども与えられず、いまだにカナンの地の一角をも所有していない、神の約束に対する疑いや不安がアブラハムを襲い、彼の信仰そのものが試練にさらされ、彼はもう神の約束なしでも生きていくことができると考えるようになる、そのようなアブラハムの信仰の危機の中で、神は繰り返して約束のみ言葉をお語りになっておられる、そのことをもわたしたちは確認することができます。

 すべて信じる人の信仰の父と言われるアブラハムの場合がそうであったように、わたしたち信仰者もまた、そのようにして繰り返し繰り返し神のみ言葉を聞き続け、日々にわたしを襲ってくる疑いや不安、不信仰と戦っていかなければなりません。また、そのために神はわたしたちを主の日ごとの礼拝へとお招きくださるのです。

 きょうは7節からのアブラハムに対するもう一つの約束について学んでいきます。【7節】。1節でもそうであったように、7節でも、神がまずお語りになります。アブラハムの事情がどうであれ、彼はまず神のみ言葉を聞かなければなりません。聞くことが許されているのです。神の約束、神とアブラハムとの契約においては、いつでも神の側にイニシャティブ・主導権があります。神が一方的な恵みとしてアブラハムにお与えくださいます。そのことは、12章に書かれていた最初の神の約束のみ言葉から全く変わりません。

 7節を原典のヘブライ語から直訳すると、「わたしは主、あなたをカルデアのウルから導き出した者」となります。この言い方は、旧約聖書の中にしばしばみられる「神の自己啓示の定式」と言われています。最も知られているのは、出エジプト記20章2節です。「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」。神が重要なみ言葉をお語りになる場合、あるいは大切が律法を授与される場合、このような自己啓示の定式を用いる例が数多くあります。

 神はアブラハムの信仰の生涯の初めに、豊かな恵みのみ言葉をもって彼を召し出されました。神は今この時にも、そして彼の生涯の終わりまで、同じように恵み深い主なる神として、「わたしは主、あなたをカルデアのウルから導き出した者」として、み言葉を語り続け、彼を導いてくださいます。同じように神はイスラエルの民を奴隷の家から導き出された救いの神として、イスラエルの歴史を、イスラエルの民一人一人を、約束のメシア・救い主の到来の時まで導かれます。神はまた、「わたしはアブラハム、イサク、ヤコブの神、主イエス・キリストの父なる神」として、主の日の礼拝のたびごとに、わたしたちにご自身を啓示され、教会のため、わたしたち一人一人のための救いのみわざを今もなお行ってくださいます。 

 次に、8節でアブラハムは神の約束が確かであることのしるしを求めているように見えます。【8節】。2節でも、彼は神の約束がいまだ実現していないことへの不安を語っていました。そこでは、神はアブラハムを外に連れ出し、夜空の星を見せて、「あの星を数えることができるなら、数えてみなさい」と言われ、彼の不信仰を取り除かれました。ここでは、神はアブラハムと契約の儀式を結ぶことによって彼の不安を取り除かれます。

 【9~12節】。ここに命じられている内容は、当時の近東諸国で実際に行われていた契約締結儀式と同じであるということが歴史資料から知られています。動物を二つに切り裂いて二列に並べて通路をつくり、その中を契約を結ぶ当事者たちが通り抜けることによって契約が成立するという慣習がありました。この契約の意味をよく理解できる個所があります。エレミヤ書34章18~19節を読んでみましょう。【18~19節】(1243ページ)。ここにも書かれているように、動物を引き裂いて二列に並べるのは、この契約を破った者は同じように引き裂かれなければならないということを示していました。

 契約締結儀式は17節以下に続きます。【17~21節】。「煙を吐く炉と燃える松明」は神ご自身を現わしています。神の自己啓示、神の顕現の一つの手段です。出エジプト記19章では、シナイ山で神がモーセに現れて十戒を授けられた際には、燃える「火」と「炉の煙」と「角笛の音」、そして「雷鳴」によってご自身の存在をお示しになられたと書かれています。神は第一にはみ言葉をお語りになることによってご自身を人間に現わされますが、このような自然現象や光、音などによっても、人間の感覚や体験を通しても、ご自身を啓示されます。

 ここでは、本来天におられる神が、地に下って来られ、人間の目や耳、感覚によって捕らえられるお姿でご自身を現わしておられるということに気づかされます。一般に、契約を結ぶ場合には、当事者が同じ立場にいなければ、契約の内容も不平等になります。神はアブラハムと契約を結ばれるに当たって、彼と同じところに立たれ、天から地に下って来られ、ご自身を低くされて、しかもその契約が実現しない場合には神ご自身があたかもその御身(おんみ)を二つに切り裂いてもよいというしるしに、切り裂かれた動物の間を通り過ぎられたのです。

 わたしたちはここに至って、神のみ子主イエス・キリストへと目を向けざるを得ません。神はみ子主イエス・キリストによってわたしたち教会の民と新しい契約を結んでくださいました。その契約締結のために、神はご自身が人の子としてこの地においでくださり、わたしたちすべての罪びとと共におられるインマヌエルの神となられました。それだけでなく、神はわたしたち教会の民との新しい契約が確かであり、真実でありまた永遠であることの保証として、ご自身のみ子が十字架の血を流さるほどにわたしたちに対する愛を貫きとおされたのです。

 神とアブラハムとの契約締結の儀式において、アブラハム自身はほとんど何の役割も果たしてはいません。彼は神に命じられた動物や鳥をそろえて持ってきました。動物を切り裂き、二列に並べました。契約締結の邪魔になるハゲタカを追い払いました。けれども、いざ契約締結の時には、彼は深いに眠りに襲われ、彼自身が二列に並べられた動物の間を通り過ぎたとも書かれていません。この契約締結においては、神がすべてのイニシャティブを握っておられます。アブラハムは受動的です。神がアブラハムの不信仰や弱さや疑いにもかかわらず、この契約を実現されるということが強調されているのです。アブラハムはただそれを信じることができるだけです。それで十分なのです。

 【13~16節】。ここには、創世記に描かれているアブラハム、イサク、ヤコブの族長時代から、その後ヤコブの12人の子どもたちとその家族がエジプトに移住して400年間の寄留の生活を続ける、そのようにしてから初めて「この土地をあなたとあなたの子孫に受け継がせる」と言われた神の約束が実際に果たされるようになるであろうということが語られています。実に、600年以上もの長い年月を経て、アブラハムへの神の約束がイスラエルの民に成就されるというのです。

ここには、旧約聖書全体に貫かれている歴史観があるように思われます。その歴史観は、なぜ神はイスラエルの民を選ばれたのか、また神の民イスラエルと世界とはどのような関係にあるのかということを、信仰的な目で物語っています。その歴史観をいくつかのポイントにまとめてみましょう。

 一つは、神は族長とイスラエルの歴史のすべてを、アブラハム一人の生涯を越えて、支配され、導いておられるということです。神はこのイスラエルの歴史全体を通して、イスラエルの苦難や挫折、勝利や敗北の歴史のすべてを通して、ご自身の救いのみわざを成し遂げられるという救済史の歴史観です。

 二つには、エジプトやカナン地方の諸国は、16節のアモリ人は19~21節に挙げられているカナン地方原住民を代表していると考えられますが、それらの世界の諸国もまた神の普遍的なご支配のもとにあり、神の救いのご計画に仕えているという歴史観です。イスラエル周辺の諸国は時に神の選びの民を苦しめるための道具として神に用いられ、時に自らの罪のゆえに神によって滅ぼされることによってイスラエルの救いのために仕えます。世界の諸国もまたイスラエルの民と同様に、罪の中にあり、神に背いており、それゆえに神によって救われなければならないという信仰がここにはあります。

 ここからわたしたちはキリスト教信仰による歴史観に導かれます。神は定められたこの時に、全世界を罪から救い、ご自身の救いのみわざを成就されるために、み子主イエス・キリストを世の救い主としてこの世にお遣わしになられました。十字架につけられ三日目に復活された主イエスは全人類の唯一の救い主として、今は天におられる父なる神の右に座して、全世界を導いておられます。世界はその救いへと招かれているのです。

(執り成しの祈り)

〇天の父なる神よ、あなたのみ言葉の真理は永遠に変わることはありません。あなたは天地創造の時から今に至るまで、また終わりの日のみ国の完成の時まで、義とまこととをもってこの世界をご支配しておられます。どうか、わたしたちが移り行き、過ぎ去るものから目を離して、永遠に変わることがないあなたの真理に目を注ぐようにしてください。

〇憐れみ深い主なる神よ、この世界は今大きな試練と苦悩の中にあって苦しみ悶えています。どうか、あなたからの救いといやしが与えられますように。全世界にあなたのみ心が行われますように。あなたの義と平和が与えられますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

3月14日説「イエス・キリストの名によって歩きなさい」

2021年3月14日(日) 秋田教会主日礼拝説教

聖 書:詩編23編1~6節

    使徒言行録3章1~10節

説教題:「イエス・キリストのみ名によって歩きなさい」

 ペンテコステの日にエルサレムに誕生した世界最初の教会が、エルサレムからパレスチナ地方全域へと宣教範囲を広げ、さらに北の小アジアからヨーロッパへと宣教し、全世界に教会が建てられていった次第について、使徒言行録は描いています。その最初のエルサレム神殿を舞台にした宣教活動が3章に書かれています。この時、ペトロとヨハネが生まれつき足の不自由な男の人をいやしたという奇跡が語られ、12節からはペトロの説教が記されています。この最初の宣教活動は、そののちの初代教会の宣教活動の在り方の基本となるべき象徴的な意味を持っています。それはまた、その後2千年間の世界の教会と今日のわたしたちの教会の宣教活動の基本をも示しています。

 ペトロは6節で、「ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と命じると、生まれつき歩いたことがなかったその人がすぐに躍り上がって立ち上がり、歩き出し、神を賛美しながら神殿に入っていったと書かれています。これが教会の最初の宣教活動であり、またその成果、実り、収穫です。教会は神のみ言葉の権威をもって、罪の中で倒れ、死んでいる人に、まだ本当の救いの道を歩いていない人に対して、「あなたはナザレの人イエス・キリストの名よって立ち上がり、歩きなさい」と命じる務めに仕え、そのみ言葉を聞いてイエス・キリストのみ名によって歩く人を誕生させるために仕え、そのようにして、教会はいつの時代にも宣教活動を続け、教会を前進させてきました。

教会はイエス・キリストのみ名によって歩く信仰者たちの群れとして誕生し、また生きるのです。他の何かによって歩くのではありません。教会は他の何かによっては決して立つことも、歩くこともできないということを知っている人々の群れです。教会は2千年の間、そして今もなお、ナザレの人イエス・キリストのみ名によって立ち、歩く以外にありません。わたしの罪のために十字架で死んでくださり、三日目に死の墓から復活され、罪と死とに勝利された主イエス・キリストのみ名を信じて、ここにこそわたしの生きる土台があり、わたしが進むべき道があり、そしてわたしの最終の目的地があると告白する人たちの群れ、それが教会です。そしてまた、教会はこの世の人たちに向かって、「あなたも主イエス・キリストのみ名を信じて立ち上がり、本当の救いの道を歩きなさい。そこにこそ、あなたの生きる土台があり、あなたの進むべき道がある」と宣べ伝える人たちの群れ、それが教会です。

 では、使徒言行録3章に書かれている最初の奇跡はどのようにして起こったのでしょうか。【1~2節】。ペトロは主イエスの十二弟子のリーダーでしたが、エルサレム教会の最初の指導者でもありました。ヨハネは十二弟子の一人ゼベダイの子ヤコブの兄弟ヨハネと考えられています。二人一緒に行動しているのは、福音書に書かれているように、主イエスが弟子たちを二人一組で宣教に派遣されたことを受け継いでいるのかもしれません(マルコ福音書6章7節参照)。

 エルサレム神殿では当時、日に三度、朝9時と正午と午後3時に祈りがささげられていました。午後3時には動物の犠牲がささげられていたので、多くのユダヤ人が神殿に集まってきました。その時刻に合わせて、一人の生まれつき足の不自由な人が運ばれてきて、美しい門のそばに置かれていました。この人は自分では一歩も歩けません。でも幸いなことに、彼には助けてくれる家族か友人がいました。彼は毎日彼らに運ばれてきて美しい門のそばに置かれ、神殿に集まってくる人々から施しを乞い、それによって命をつないでいたのでした。信仰深いユダヤ人は貧しい人や社会的弱者を見捨てることはしませんでした。ユダヤ教では施しは祈りとともに最も敬虔で信仰深い行為とされていました。この人は信仰深いユダヤ人の憐みにすがって生きていくしかありませんでしたし、またそれを期待することもできたのです。

 けれども、毎日そのことを繰り返しても、それは本当の意味での彼の救いにはなりませんでした。彼が、救い主であられる主イエス・キリストに出会うまでは。ここに、古いユダヤ教の信仰の限界が示されているように思われます。キリスト教会の最初の宣教におけるこの奇跡の出来事が、エルサレム神殿を舞台にしているということの象徴的な意味を、わたしたちはここで考えることができるように思います。エルサレム神殿を中心にしたユダヤ教の宗教の時代が今や終わって、主イエス・キリストのみ名を信じる信仰によって生きる新しい教会の歩みがここから始まったのです。主イエス・キリストの十字架による罪のゆるしを信じる教会の信仰がここから始まったのです。

 エルサレム教会はまだ定まった礼拝場所や教会堂を持っていませんでした。神殿や信者の家々が集会の場所でした。ペトロとヨハネも当時のユダヤ人の習慣にならって、神殿で祈りをささげていたと思われます。ここには古い宗教とキリスト教との連続性が示されているようにも思われます。ペトロが語った主キリストの福音はユダヤ教の教えとははっきりと違っていましたが、それはまた同時に、ユダヤ教とは全く別の所からやってきた教えであるのではありません。神がイスラエルの民ユダヤ人を選んでお始めになられた神の救いのご計画が、今主イエス・キリストによって成就し、完成を見たのです。わたしたちはここから、旧約聖書と新約聖書の連続性をも読み取ることができます。

 次に、【3~6節】。3節から5節に「見る」という言葉が計4回用いられています。これらは原文のギリシャ語ではみな違う言葉です。少しずつ意味も違っていると考えられています。それぞれの意味の違いを見ていきましょう。3節の「見る」は、生まれつき足の不自由な人が、通りかかったペトロとヨハネを見て、施しを乞うという場面です。この「見る」は、足の不自由な人がいつもと同じように目の前を通り過ぎていく人たちを見ていることであり、ここではまだ人間と人間との出会いは起こっていません。ある人はそのまま通り過ぎていくし、ある人は立ち止まって何がしかの施しをする。そして彼は感謝する。けれども、そこではまだ真実の出会いは起こっていません。

 次に、4節で、ペトロとヨハネが彼を「じっと見る」ですが、この言葉は注視する、凝視するという意味を持ち、相手の人間を強く捕らえる目であり、その人の全人格を受け入れ、その人との交わりを持とうとする目のことです。その人の魂を捕え、魂の渇きを受け入れる目です。この目は、福音書の中でしばしば描かれている主イエスが人を捕え、ご自身へとお招きになる目にも似ています。主イエスはガリラヤ湖のほとりで網を繕っていたペトロをご覧になり、「あなたを人間を取る漁師にしよう」と言われると、ペトロはすべてを捨てて主イエスに従って行ったと書かれています。主イエスはまた収税所に座っていたレビをご覧になり、「わたしに従ってきなさい」とお招きになると、彼はすぐにすべてを捨てて主イエスに従ったと書かれています。木の上に登っていたザアカイをご覧になり、「急いでおりてきなさい。今夜あなたの家に泊まることにしているから」と言われました。主イエスの目に捕らえられた彼らは、主イエスとの真実の出会いを経験し、そして救いと奉仕への道を歩み出しました。

 ペトロとヨハネは、足の不自由な人の前を通り過ぎませんでした。二人は彼をじっと見て、彼のすべてを受け入れて、「わたしたちを見なさい」と言いました。この「見る」は目を開いてみる、注意して見るという意味です。「わたしたちを見なさい」とは、いつもと同じように、あなたの前を通り過ぎていく人たちとは違って、あなたの前で足を止め、あなたに新しい救いの恵みをもたらすであろう主イエスの福音を携えているわたしたちを見なさいという意味が込められています。

 ここで、互いに立ち止まって相手を見る、相手の姿だけではなく、互いの人格と存在全体を見る、ここから人間と人間との出会いが始まります。奇跡はここから始まります。キリスト教の宣教活動はここから始まるのです。主イエスの福音を持ち運んでいる人と、その福音を必要としている人の出会いがこのようにした始まるのです。

 5節の「見つめる」は何かを期待している目です。もっともこの人は、この時にはいつもと同じように何がしかの施しを期待していたのでしたが、その期待を裏切るかのようにして、6節でペトロは「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい」と命じました。ここでは、人間と人間との出会いから、神のみ言葉との出会い、主イエスの福音との出会いが起こっています。いや、それだけではありません。罪と死とに勝利された復活の主イエス・キリストと彼との出会いが起こったのです。ここで、神の奇跡が起こりました。主イエス・キリストの福音による救いの出来事が起こりました。

 【7~10節】。生まれつき足の不自由だったこの人が、一度も自分の足で歩いたことがなかったこの人が、主イエス・キリストのみ名によって立ち上がり、歩き出しました。この奇跡は、主イエス・キリストのみ名の力によるのであり、主イエス・キリストの福音そのものが持っている救いの恵み、救いの力によるものです。ペトロはこのあとの説教でそのことを説明しています。【12~16節】。主イエス・キリストによる新しい救いの時が始まりました。主イエス・キリストの十字架と復活の福音を信じる信仰によって、すべての罪から救われ、いやされ、新しい救いの道を歩みだす歩みが、エルサレム教会から始まり、全世界の教会へと拡大されていくのです。

 不自由だった足がいやされ、立ち上がり、歩き出したこの人はどうしたでしょうか。立ち上がった足で、急いで家族や友人の所へ帰ったのではありませんでした。これまではできなかった散歩や山登りを楽しんだのでもありません、彼はまず最初にすべてのことに先立って、立ち上がった足で踊りながら神を賛美し、また神を礼拝するために神殿に入っていきました。これこそが、彼の足がいやされ、彼が救われた第一の目的だったからです。彼に今丈夫な足が与えられた第一の目的だったからです。そして、そのようにして彼は全身をもって神を賛美し、神を礼拝するために生きること、いやされた彼の足と救われた彼の全身を用いて神と主キリストのために生きること、それが「ナザレの人主イエス・キリストのみ名によって歩く」ことなのです。

(執り成しの祈り)

〇主イエス・キリストの父なる神よ、わたしたちの足と歩みとを強めてください。主キリストの福音を持ち運ぶ足としてください。その福音を道に迷う人たちに宣べ伝える歩みとしてください。わたしたちの教会の宣教活動を強め、導いてください。

〇主なる神よ、この世界とその中に立てられている主キリストの教会を顧みてください。希望を失い、不安と混乱の中にある人々に、教会が真実の光を掲げ、まことの救いの道を示していくことができますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

3月7日説教「安息日の救い主イエス」

2021年3月7日(日) 秋田教会主日礼拝説教

聖 書:申命記5章12~15節

    ルカによる福音書6章6~11節

説教題:「安息日の救い主イエス」

 ルカによる福音書6章1節から、安息日についての主イエスとファリサイ派の人たちとの二つの論争が続けて書かれています。1~5節の最初の論争は、ファリサイ派からしかけました。彼らは、主イエスの弟子たちが麦畑を通った時、麦の穂を摘み、手でもんで食べたことが、安息日に禁止されている収穫作業、食事の準備作業に当たると言って弟子たちを非難しました。それに対して主イエスは、旧約聖書に書かれているダビデの行動を取り上げて、ダビデよりも偉大な神のみ子・メシア・キリストが安息日の主として、安息日律法のすべてを完全に成就するために今ここに立っていると宣言されました。

 きょうの礼拝で朗読された6節以下の第二の論争は、どちらと言えば主イエスの方から仕掛けているように見えます。主イエスは律法学者やファリサイ派の偽善的な信仰や安息日律法の間違った理解を明らかにするために、あえて彼らが見ている前で、右手がなえている人をおいやしになられました。そしてまたここでも、安息日律法の本来の意味を明らかにされ、主イエスこそがその安息日律法を完全に成就するメシア・キリスト・救い主であることを宣言されたのです。

 【6~8節】。安息日とは、イスラエルの民ユダヤ人にとっては土曜日に当たります。彼らはモーセの十戒の第三戒で命じられている「安息日を覚えて、これを聖とせよ。この日には何の仕事もしてはならない」と言う安息日律法を、自分たちが神に選ばれた神の契約の民であることの最も大切な律法として守り続けていました。神が安息日律法をお命じになった理由の一つが、出エジプト記20章11節によれば、「六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主が安息日を祝福して聖別された」からでした。そるゆえに、神の民であるイスラエルの人々もまたこの日には仕事を休み、神の天地創造のみわざを覚え、感謝し、その祝福にあずかるために、神を礼拝して過ごすのです。

 申命記5章15節にはもう一つの理由が書かれています。「あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手と御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るように命じられたのである」と説明されています。神の民イスラエルは自分たちの救いが主なる神にのみあることを信じて、この神のみ言葉に聞き従い、この神のみ心を行って生きるために、安息日を重んじました。安息日には自分たちの手の働きを全くやめて、神ご自身がお働きくださるために、神が救いのみ業をなしてくださるために、この日にはエルサレムの神殿で、また各地にある会堂で、神を礼拝しました。イスラエルはこの安息日律法を忠実に守ることによって、ダビデ王国が滅び、異教の国々の支配下にあってもなおも、神の民として生き続けることができたのです。

 主イエスと弟子たちも安息日にはガリラヤ地方の会堂で神を礼拝しました。けれども、主イエスはイスラエルの民の一人として安息日律法を守っておられたのではありませんでした。安息日の主として、安息日律法を完全に成就されるメシア・キリスト・救い主として会堂に入って行かれ、そこで神の国の福音を語っておられました。

 他方、当時の宗教の指導者であった律法学者やファリサイ派は信仰をもって真実の神礼拝をするために会堂に来ていたのではありませんでした。彼らは主イエスを安息日律法の違反者として訴えるために、主イエスの行動を監視するために礼拝堂にいたにすぎません。彼らの礼拝姿勢は決して正しいとは言えません。彼らは礼拝者の中に病んでいる人がいることを知っていても、その人のために神の憐れみといやしを祈り求めることはしません。また、自分たちがその人のために何ができるかを考えることもしません。むしろ、その人を自分たちの悪意のために利用しようとしていたのです。彼らには真剣な悔い改めの思いは全くありません。また、神の創造と救いのみわざを感謝し、神を礼拝するという安息日の中心的な意味からもほど遠かったと言うべきでしょう。したがって、彼らは安息日律法を正しく守っていなかったということが明らかです。そのような律法学者やファリサイ派の人たちが主イエスを安息日律法の違反者として裁くことなどできるでしょうか。本当に裁かれなければならないのは、彼らの方ではないでしょうか。彼らの偽善的な信仰がここでもあばかれます。

 律法学者やファリサイ派は、律法を重んじ、安息日を厳格に守っていると自ら誇っていました。彼らは聖書に書かれているみ言葉にさらに自分たちの解釈を付け加えて、安息日の掟をいくつにも細分化し、重くして、それを人々に重荷として課していました。たとえば、安息日には850メートル以上歩けば、それは禁じられている旅行になるとか、命の危険がある緊急の場合は手当てをしてもよいが、そうでない限りは禁じられている治療行為に当たるとか、ハンカチを持って歩くのは荷物を持ち運ぶ労働になるけれど、それを腕に巻き付ければ服装の一部となるから安息日律法の違反にはならないとか、そのような類(たぐい)の議論を果てしなく続けていたのでした。そのような細かな決まりを守ることが信仰だと教えていたのです。

 けれども、それは安息日律法を守るという本来の意図からは離れた偽善的な信仰でしかないことを主イエスは見抜いておられました。そこで主イエスは、彼らに挑戦するかのように、手のなえた人に「立って、真ん中に立ちなさい」と言われました。主イエスは手がなえた人を礼拝堂の中心に立たせます。彼らこそが礼拝の中で最も重んじられ、最も大きな神の恵みを受けるべきであるということを明らかにされたのです。病んでいる人、傷ついている人、罪の中で苦しんでいる人こそが、礼拝の中心に置かれ、神の救いの恵みと憐れみを最も多く受け取ることが許されている、そのような礼拝こそが安息日の礼拝なのです。主なる神はこの安息日に、そのような人たちのためにこそ、ご自身の創造のみわざを、救いのみわざをなしてくださるのです。神のみ子であられ、安息日の主であられる主イエスは、安息日にそのような父なる神のみ心を行われます。

 手がなえた人を礼拝の会衆の真ん中に立たせたということは、会衆みんなに見られるためでもありました。みんなが見ている前で、主イエスは手がなえている人をいやされました。その行為は、律法学者やファリサイ派の考えによれば、命にかかわる緊急な症状ではないので、安息日には禁じられている治療の行為でした。それによって、主イエスが彼らの厳しい批判を受け、もしかしたら安息日律法を意図的に破った罪を問われ、死刑にされるかもしれないという危険をはらんでいました。実際に、11節には、「彼らは怒り狂って、イエスを何とかしようと話し合った」と書かれています。ここにすでに、主イエスのご受難と十字架の死が暗い影を落としているのをわたしたちは見るのです。主イエスはご自身の命をかけて、安息日の本当の意味を明らかにするために、そしてご自身が安息日の主として、安息日の救い主としてのお働きをするために、あえて律法学者やファリサイ派の目の前で、多くの証人たちが見ている前で、手がなえている人をいやされるのです。主イエスの十字架への道は続きます。

【9~10節】。主イエスは安息日のこの日に、あえてその人をおいやしにならなくてもよかったのかもしれません。しかも、律法学者やファリサイ派の人たちが主イエスを律法違反で訴える口実を見つけようとねらっている彼らの目の前で、ご自身の命を危険にさらしてまでも、その人をおいやしになる必要はなかったと多くの人は思うでしょう。けれども、主イエスは「安息日の律法が許しているのは善を行うことか、それとも悪を行うことか、命を救うことか、それとも滅ぼすことか」と問われます。安息日の律法をお与えになった神は天地万物を無から創造され、それに存在と命とをお与えくださり、すべての創造されたものを祝福してくださる恵みの神です。また、わたしたちを罪の奴隷から解放され、死と滅びから救い出される救いの神です。それゆえに、安息日律法が求めているのは、善を行うことであり、命を救うことです。もし、安息日に善を行わないならば、それは悪を行うことであり、もし命を救うことをしないならば、それは滅ぼすことです。主イエスにとっては、安息日には善を行うことと命を救うことを選び取る以外にはありません。

主イエスが安息日に病んでいる人をいやされたという記録はこのあとにもあります。。13章10節以下には、腰が曲がったまま18年間も苦しんでいた婦人を安息日にいやされたことが書かれています。14章1節以下では、水腫を患っていた人をいやされました。安息日の主、安息日の救い主であられる主イエスにとっては、病んでいる人がいるのを見て、彼を憐れみ、いやすことは善であり、何もしないことは悪です。その病んでいる人を憐れみ、いやすことは彼の命を救うことであり、何もしないことは彼を滅ぼすことです。主イエスは、この安息日にこそ善い業を行われ、救いのみわざを行われます。主イエスは安息日の礼拝においてこそ、最も力強く働かれ、善いみわざを、救いのみわざを行われ、それによって神がお始めになられた創造のみわざと救いのみわざを完成され、安息日の本当の意味を成就されたのです。

主イエスはきょうのわたしたちの礼拝の主として、わたしたちと共にいてくださいます。さまざまな欠けや破れを持っている罪多いわたしたちのために、救いのみわざをなしてくださいます。わたしたちを罪と死と滅びから救い出し、新しい命を注ぎ込んでくださいます。

(執り成しの祈り)

〇主なる神よ、あなたがみ言葉によって創造されたこの世界を祝福し、すべての造られたものに平安をお与えください。あなたのみ心に背いて、滅びに向かうことがありませんように。すべての造られたものがあなたのみ旨を行い、あなたのご栄光を現わすものとなりますように。

〇天の父なる神よ、あなたが全地にお建てくださった主キリストの教会を顧みてください。今、日本とアジア、そして世界の教会は大きな試練の中にあります。全世界の人々と共に教会はその痛みと重荷と切なる祈りとを担っています。どうぞ、教会の民を強めてください。わたしたちの執り成しの祈りを強めてください。

〇主よ、教会を憐れんでください。世界の民を憐れんでください。病んでいる人たち、道に迷っている人たち、希望を失っている人たち、孤独な人たちを憐れんでください。あなたのみ心が行われますように。あなたのみ国が来ますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

2月28日説教「アブラハムの信仰が義と認められた」

2021年2月28日(日) 秋田教会主日礼拝説教

聖 書:創世記15章1~6節

    ローマの信徒への手紙4章1~12節

説教題:「アブラハムの信仰が義と認められた」

 創世記15章では、神がアブラハムにお与えになった二つの約束がテーマになっています。その一つは、1~6節で、神がアブラハムに祝福を受け継ぐ子孫をお与えになるという約束、二つには、7節以下で、神がアブラハムと彼の子孫に約束の地カナンを所有の地としてお与えになるという約束です。この二つの約束については、これまでにも二度聞いてきました。最初は12章1~3節、彼が最初に旅立った時に聞いたみ言葉です。次は13章14~17節、彼が甥のロトと別れたあとに聞いたみ言葉です。そして、きょうの個所で三度目になります。さらに、17章でも繰り返されます。

このアブラハムへの約束、これをアブラハム契約と言いますが、この約束はアブラハムの子イサクへ、さらにイサクの子ヤコブへと受け継がれていきます。神の約束のみ言葉は人を超え、世代を超え、時代を超えて、受け継がれていきます。そして、わたしたちが知っているように、アブラハム契約はイスラエルの民へと受け継がれ、主イエス・キリストによって全世界の教会へと受け継がれているのです。アブラハム契約は主イエス・キリストの福音によって完全な意味でわたしたち教会の民に成就されました。

 きょうは15章1~6節を学びますが、まず6節のみ言葉に注目したいと思います。【6節】。ここに書かれているみ言葉が、のちのキリスト教会の歴史の中で、いかに偉大なみ言葉となったかということについて、どれほど強調しても強調しすぎることはないと言ってよいでしょう。アブラハムからおよそ2千年後になって、使徒パウロはこのみ言葉をローマの信徒への手紙4章3節とガラテヤの信徒への手紙3章6節で取り上げ、彼の二通の手紙の主題をこのみ言葉を土台にして展開しています。ローマの信徒への手紙4章1~5節を読んでみましょう。【1~5節】(278ページ)。

そしてさらに、使徒パウロから1500年ほどあと、宗教改革者マルチン・ルターとジャン・カルヴァンはローマ・カトリック教会の中で長く見失われていたこのみ言葉の偉大さを再び見いだしました。彼らはそれを、「ただ信仰のみ」という標語で言い表しました。「ただ信仰のみによって、罪びとは神に義と認められ、罪ゆるされ、救われる」というキリスト教の教えの中心を彼らは再構築しました。これを一般に「信仰義認」と言います。

創世記15章に書かれているアブラハムの信仰、そして使徒パウロが主イエス・キリストの福音によってより明確にした福音的信仰、さらに宗教改革者たちが再発見したプロテスタント福音信仰を、彼ら宗教改革者たちは「ただ信仰のみ」という言葉で強調しましたが、それを彼らはまた、「ただ神の恵みのみ」「ただ神のみ言葉のみ」という言葉で深めました。アブラハムは神のみ言葉を聞き、それを信じました。神のみ言葉は神から一方的に与えられる神の恵みです。アブラハムはそれを信じて、神の恵みを受け入れました。神はそのアブラハムの信仰を義と認められ、彼に救いの恵みをお与えになりました。すべての信仰者は、わたしたちもまた、そのようにして、ただそのようにして、「神のみ言葉によって、神の恵みによって、それを信じる信仰によって」、罪ありながらも、神によって義と認められ、罪ゆるされ、救われるのです。

『日本キリスト教会信仰の告白』はそれをこのように告白しています。(礼拝堂の椅子のポケットに入っているプリントを参照してください)。「神に選ばれてこの救いの御業を信じる人はみな、キリストにあって義と認められ、功績なしに罪を赦され、神の子とされます」。これがアブラハムの信仰を受け継ぎ、使徒パウロが主キリストの福音を信じる信仰によって明確にし、宗教改革者たちが再発見したわたしたちの教会の信仰です。ここに、ただここにだけ、真実の救いがあり、アブラハムから受け継いだ神の祝福があり、神が約束しておられるみ国の民とされる保証があるのです。

では、どのような状況の中で、どのようにして、アブラハムの信仰が義と認められたのかを、1節から読んでいきましょう。【1節】。「主の言葉が臨んだ」という表現がここでは用いられています。これまでは、「主が言われた」という表現でしたが、「主の言葉が臨んだ」を直訳すると、「主の言葉がアブラムの上にあった」となり、神のみ言葉が上からアブラハムを覆い、彼を上から支配していることが強調されているように思われます。「幻の中で」という言葉も、同じことを強調していると思われます。アブラハムはこの時あたかも眠っているかのように、無意識のうちにと言うか、彼自身の意志とか思いとかをはるかに超えた神のみ言葉の圧倒的な力、神の意志、神のみ心がここでは強調されているのです。「アブラハムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた」というあの偉大なみ言葉は、このような状況の中で語られているということにまず注目したいと思います。

神は言われます。「恐れるな、アブラムよ」と。と言うことは、アブラハムはこの時、何かを恐れていたということになります。何を恐れていたのかについては分かりません。生まれ故郷のカルデヤのウルを出発し、放浪の旅を続けて10年、20年が過ぎて、いまだに続く不安定な生活を恐れていたのか、あるいはいまだに神の約束は一つも実現していない、約束の地を所有することもできず、約束の祝福を受け継ぐ子どもも与えられないという神のみ言葉への不信からくる恐れなのか、その他さまざまな恐れが予想されますが、ここには何も説明されていません。

わたしたちはここに書かれているみ言葉から考えるのがよいでしょう。すなわち、「主の言葉がアブラムに臨んだ」、そのことのゆえに彼は恐れたのだと。それこそが聖書の言う「恐れ」なのだということに、わたしたちは気づかされます。神が人間アブラハムにみ言葉をお語りになる時、神のみ言葉が強い力をもってアブラハムの上を覆う時、彼は恐れざるを得ません。天におられる聖なる神が地に住む罪びとである人間に語りかけ、ご自身のお姿を現される時、人間は恐れざるを得ません。神が人間に出会われる時、神が人間にみ言葉をお語りになる時、わたしたちはみな恐れざるを得ません。その時わたしたちは「神よ、わたしは罪にけがれた者です。あなたのみ前では滅ぶべき者です。わたしを離れてください」と告白し、恐れおののきつつ、神のみ前にひれ伏さざるを得ません。そして、これがわたしたちの礼拝の姿勢です。

その時、神は「恐れるな」と言われるのです。「恐れるな」とは神の命令です。恐れを禁止するだけでなく、同時に恐れを取り除く、神の命令です。「あなたはもはや何ものをも恐れるには及ばない。恐れるべきではない。恐れなくもよい」。これは、慰めと憐れみに満ちた神の命令です。神の「恐れるな」との命令を聞く者は幸いです。その人はこのみ言葉によってすべての恐れから解放されるからです。神を恐れ、神から「恐れるな」とのみ言葉を聞く人は、他のいかなるものをも恐れるには及びません。「アブラハムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた」というあの偉大なみ言葉は、このような状況の中で語られているのです。

神は続けてアブラハムに語られます。「わたしはあなたの盾である」と。盾とは敵の攻撃から身を守るものです。アブラハムを襲うであろう攻撃や誘惑、あるいはさまざまな恐れや不安、それらからアブラハムを守り、彼を幸いな道へと導くために、神はアブラハムの盾となって働かれるという約束です。

それゆえに、「あなたの受ける報いは非常に大きい」と神は言われます。この場合の「報い」とは、アブラハムの何らかの功績に対する報酬ではなく、神から一方的に差し出される恵みのことです。神ご自身がアブラハムのために勝ち取ってくださった恵みのことです。それゆえに、その恵みはアブラハムが努力して得られるどんな恵みよりもはるかに大きな恵みであると言われているのです。「アブラハムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた」というあの偉大なみ言葉は、このような状況の中で語られているのです。

神の大きな恵みを約束されたアブラハムは驚き、自分がそれを受けるに値しない者であることを告白せざるを得ません。【2~3節】。「あなたの子孫を永遠に祝福する」と約束された神は、いまだにアブラハムに子どもをお授けになりません。アブラハムはこの時すでに百歳近くになっており、妻のサライは11章30節によれば、子どもができない体質でした。彼らに子どもが生まれるという人間的な希望や可能性は全くありませんでした。当時の習慣によれば、家に家督を継ぐ男の子が生まれない場合には、家の奴隷の男の子を養子にすることが定められていました。アブラハムもまたそのようにして家を絶やさないようにするほかにないと考えていたのでした。「アブラハムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた」というあの偉大なみ言葉は、このような状況の中で語られているのです。

【4~5節】。人間的に見れば、全く希望がなく可能性もないような、そのような人間の無力と絶望の中で、またもや神のみ言葉がアブラハムの上に臨みました。神の命と恵みに満ち溢れたみ言葉が、アブラハムの上を覆い、彼を包み、彼を希望と喜びに満たすのです。神のみ言葉は、無から有を呼び出だし、死から命を生み出します。時あたかも、深夜、一面暗闇に閉ざされている世界で、神は「天を仰いで、空の星を見よ。その星の数を数えてみよ」とお命じになります。これは、何とも生き生きとした、印象深い情景であることでしょうか。おそらくは、4千年前にアブラハムが見た夜空の星と、今日わたしたちが見る夜空の星とは、ほとんど変わりはないでしょう。わたしたちはここに描かれている情景を、そっくりそのまま今日自ら再現することができるでしょう。「あなたの子孫はこのようになる。あなたが受ける恵みはこのように多く、大きい。あなたに約束されている祝福はこれほどに豊かで、光輝いている」。「アブラハムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた」というあの偉大なみ言葉は、このような状況の中でわたしたちのためにも語られているのです。

(執り成しの祈り)

〇天の神よ、あなたがきょうわたしたち一人一人にお与えくださった大きな恵みを、心から感謝いたします。わたしたちはあなたの恵みを受けるに値しない弱く貧しい者たちですが、あなたの限りない憐れみと愛とを覚えて、み前に恐れおののきつつ、ひれ伏す者であります。

〇主なる神よ、わたしたちがあなたの恵みの応えて、喜んであなたのみ心を行い、あなたのご栄光を現す者となりますように、お導きください。

〇神よ、日本とアジア、全世界に建てられている主キリストの教会とその地に住むすべての人々を憐れみ、顧みてください。特にも、小さな、弱い者たち、貧しく、傷ついている人たち、迷い、苦しんでいる人たちの上に、あなたの恵みと祝福が豊かに注がれますように。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。