7月28日説教「教会はキリストのからだ(二)」

2024年7月28日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

    『日本キリスト教会信仰の告白』連続講解(34)

聖 書:サムエル記下7章8~16節

    コリントの信徒への手紙一12章12~31節

説教題:「教会はキリストのからだ(二)」

 『日本キリスト教会信仰の告白』をテキストにして、わたしたちの教会の信仰の特色について学んでいます。印刷物の4段落目の文章、「教会は、キリストの体、神に召された世々の聖徒の……待ち望みます」。

この箇所は、キリスト教教理では「教会論」と言われます。前回も触れましたが、この告白は1890年(明治23年)の(旧)『日本基督教会信仰の告白』にはありませんでした。1953年の『日本キリスト教会信仰の告白』で新たに付け加えられました。その背景にあったのは、戦時中わたしたちの教会が国家の戦争政策に迎合して、アジア侵略や教会合同へと進んでいったのは、教会論がしっかりと告白されていなかったからであり、教会と国家の関係があいまいで、主なる神と主イエス・キリストに従うよりも、国家に従うことを重んじたからであるとの反省から、この教会論が新たに付け加えられたのでした。

 先週行われた東京中会教職者研修会では、日本キリスト教会が日本基督教団を離脱した主な理由が「信仰告白」にあったことを確認しました。そして、「信仰告白」によって一致し、明確な教会論を持って、伝道し、教会を形成していくことを、先輩の牧師や長老たちが最も重要な目標としていたことを学びました。日本キリスト教会がこの日本の地で真実な教会を形成していくために、わたしたちもまたここで告白されている「教会論」をよく学ぶことが重要です。

 きょうも「教会はキリストのからだ」という冒頭の告白について学んでいきます。「教会はキリスの体である」という表現はパウロ書簡にしばしば用いられます。主な個所を挙げれば、ローマの信徒への手紙12章4~8節、コリントの信徒への手紙一12章12~30節、エフェソの信徒への手紙1章23節、同4章11~16節、コロサイの信徒への手紙1章18~20節などです。それらの多くの箇所から、主なポイントを挙げて学んでいくことにします。

 「キリストのからだ」の「の」は文法的に言えば主格的属格であると言えます。まず、属格についてですが、教会は主キリスト「の」ものです。主キリストの所有であり、主キリストに所属するものであるということです。したがって、教会に集まってきている会衆・信徒・教会員は主キリストの所有であり、だれか特定の指導者や牧師、監督のものではありません。もちろん、教会の外のだれか、国家の指導者とか、この世の権力者とかのものではありませんし、その所有でもありません。ただお一人、主イエス・キリストだけがご自身のお体である教会の「主」です。所有者です。

 したがって、教会が主のものであるという信仰は、教会にとっては大きな恵みであり、力であり、命であり、また慰め、励まし、希望でもあります。それらのすべてが、教会の所有者であられる主イエス・キリストにあるからです。教会は主キリストから救いの恵みとともに、それらのすべてを与えられるからです。教会がどのような嵐の中を航海する時でも、どのような困難な道を歩む時でも、あるいは試練や災いにあう時でも、教会の所有者は主キリストですから、教会は迷うことなく、恐れることなく、主キリストに身を委ね、主キリストに向かって、力強く、希望をもって進んでいくことができるのです。

 次に、「キリストのからだ」の「の」の主格についてですが、教会では主キリストが行動の主体です。教会にあっては、主キリストが聖霊によって、唯一の主として働いておられます。教会の群れを支配し、導き、養い、すべての行動をしておられるのは主キリストです。主キリストのほかのすべての信者、会衆は、教師であれ、あるいは監督と呼ばれる人であれ、すべての人は主キリストに仕える僕(しもべ)であり、奉仕者です。そうである時に、教会は主キリストのからだとして健全に、また生き生きとして機能し、成長するのです。

 では次に、「からだ」という言葉で表現されている内容について考えていきます。「からだ」とは人間の肉体のことです。前回もお話ししましたように、神のみ子が肉体を持った人間のお姿でこの世に誕生され、この世に生きられたことと深い関連があります。つまり、主イエスが人間としてこの世においでになり、苦難の道を歩まれ、十字架で血を流して死なれ、三日目に墓から復活され、40日目に天の父なる神のみもとへと昇天され、そして父なる神の右に永遠に座しておられる主イエスのお体、その主イエスのお体が今も目に見える形で、信じている人たちの群れによって具体化されているところ、それが「主キリストのからだ」である教会だということです。

 特に、三つのことを覚えましょう。一つには、教会は十字架につけられた主イエス・キリストの体であるということ。二つには、教会は墓から復活され、罪と死に勝利された主イエス・キリストの体であるということ。三つには、教会は天に昇られ、神の右に座しておられ、終わりの日にそこから再びおいでになる主イエス・キリストの体であるということ。教会はこの三つの主イエス・キリストのお体が今ここで目に見えるかたちで存在しているのです。

 パウロは「からだ」という言葉で教会の特徴をいくつか語っています。エフェソの信徒への手紙2章11節以下では、主キリストの一つの体にすべての民、すべての人が一つに結合されていることが強調されています。主キリストはご自身の十字架の血によって神と人間との間にあった罪という壁を取り払い、神と人間とを一つに和解させてくださいました。それだけでなく、憎しみや争いによって敵対関係にあった民族や人間を、十字架の血によって和解させ、一つの新しい人へと造り上げてくださり、一つの主キリストの体である教会の民としてくださったとパウロは語ります。

14節では、「実に、キリストはわたしたちの平和であります」と書かれています。また、21、22節には次のように書かれています。【21、22節】(354ページ)。主キリストによって罪をゆるされ、神の民とされた全世界の信仰者は、一つの主キリストの体なる教会の民として、聖なる神殿となるのだと言われています。そして、そこで主なる神が働かれ、主キリストの救いのみわざが行われる神の家とされるのです。

 「教会が主キリストのからだ」と告白されるときには、主キリストによる世界の平和が告白されているのです。主キリストの十字架があらゆる敵意と憎しみとを滅ぼし、すべての分裂をその尊い神のみ子の血によって和解させたからです。今のこの時代に、世界の教会はこの平和の福音をもっと声高く語るべきです。また、わたしたちもこの教会から平和の使者として派遣されている一人一人として、遣わされていく家庭で、地域で、職場で、あらゆる場所で、主キリストの平和を創り出していく者でありたいと願います。

 きょうの礼拝で朗読されたコリントの信徒への手紙一12章でも、教会が主キリストの一つの体であることに基づいて、教会の一致と一つの共同体であることが語られています。【12~13節】(316ページ)。

 前に読んだエフェソの信徒への手紙2章でもそうでしたが、パウロが主キリストの体である教会の一致を強調することには、二つの側面がありました。一つは、ユダヤ人キリスト者とそれ以外の異邦人キリスト者との一致です。初代教会ではこの両者の対立、分断の問題がかなり深刻であったことが知られています。特に、ユダヤ人でキリスト者になった人たちは、自分たちが先に神に選ばれた民であり、神から律法を授かって、長い伝統に生きていることを誇っていましたから、どうしても律法やユダヤ人の伝統を重んじる傾向ありました。

それに対して、パウロはユダヤ人であれギリシャ人であれ、すべての人は主イエス・キリストの十字架の福音を信じる信仰によって救われるということを強調し、「主キリストのからだである教会」においては、みな一つの神の霊によって、一つの体に結ばれていることを語りました。

もう一つの側面は、さまざまな民族や職業、社会的地位や、持っている賜物の違う人たちが教会に集まってくるために、教会内の一致が乱される危険性があったからです。教会内の奉仕や務めの違いによって、分裂が生じる場合もあります。この務めのほうがより教会にとって重要であるとか、この奉仕活動がより重要であると主張し合うことによって、教会に分裂が生じることがあります。貧富の差や身分の違いから分裂することもあります。

しかし、パウロはそれらの違いは体の機能や働き、務めの違いであって、それらがみな寄り集まって一つの体を形成しているのだから、その違いによって分断が生じることはないと言います。いやむしろ、体の機能の中で、小さく、弱く見える器官が、より重要な役割を担っていることがあるのであり、どれ一つとして、体にとって不必要なものはなく、みな一つの体を形成している大切は一部なのだと、パウロは繰り返して語っています。22節以下を読んでみましょう。【22~25節】。24節で、「神は」と言われています。神ご自身が教会をそのようなものとしてお建てになり、導いておられるのです。

そこで、26節では、【26節】と付け加えられています。体の一つ一つの機能がそのように補い合っているというだけでなく、体の一つ一つの器官が、いわば血の通っている一つの体として、一つの痛みを全身で感じ、一つの欠けや破れを全身で補い合うように、そこに愛と祈りの交わりがあるということです。「主キリストのからだである教会」には、このようにして、主キリストご自身の十字架の血と愛とが流れているのです。

最後にもう一つ触れておきたいことは、「主キリストのからだである教会」は教会の頭(かしら)であられる主キリストに向かって、絶えず成長し続けるということです。エフェソの信徒への手紙4章15、16節を読んでみましょう。【15~16節】(356ページ)。教会は主キリストの体であり、またその体の頭は主キリストです。頭である主キリストから、体全体の命の源が流れてきます。頭であるキリストから、体に対するすべての指令と導きが与えられます。頭であるキリストが、体が経験するすべての迷いや災い、すべての危険や戦いから守ります。そして、体全体が頭であるキリストに向かって成長していきます。主イエス・キリストはわたしたちの信仰の創始者であり、また完成者であられます(ヘブライ人への手紙12章2節参照)。この主イエス・キリストが頭でいますゆえに、わたしたちはみな日々成長していくのです。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、わたしたち一人一人を主イエス・キリストの体なる教会に呼び集めてくださり、永遠のみ国を継ぐ者たちとしてくださいました幸いを覚え、心から感謝いたします。わたしたちが常に教会の頭なる主イエス・キリストを見上げ、主イエス・キリストに向かって日々成長していきますように、お導きください。

〇主なる神よ、あなたの義と平和がこの世界に打ち立てられますように。この世の為政者たちが、唯一の主なる神であるあなたを恐れ、あなたのみ心を行う者となりますように。彼らの権力に対する欲望や敵対心を取り除いてくださり、共に生きる道を歩ませてください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

7月21日説教「神の奇跡によって牢から救出されたペトロ」

2024年7月21日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:詩編18編1~7節

    使徒言行録12章6~19節

説教題:「神の奇跡によって牢から救出されたペトロ」

 使徒言行録12章に書かれているヘロデ・アグリッパ一世によるキリスト教会迫害の出来事は、聖書以外の歴史資料を参考にすると、紀元44年の過越しの祭りの時期、3、4月のことと推測されます。主イエスの十字架の死と復活の出来事が紀元30年ころの同じ過越祭の時期とすると、その年のペンテコステ、五旬節に世界最初の教会、エルサレム教会が誕生してから10年あまり過ぎたことになります。この間の初代教会の目覚ましい成長・発展についてわたしたちはこれまで使徒言行録から聞いてきました。それと同時に、初代教会が経験した幾度かの迫害についても聞いてきました。そして、12章の冒頭で、初代教会がこれまでに経験した迫害とは違った、国家権力による迫害についてわたしたちは聞くことになりました。ユダヤ国家の王、ヘロデ・アグリッパ一世が主イエスの12弟子の一人ヤコブを殺害し、さらに初代教会のリーダー・ペトロをも捕らえ、処刑しようとしています。誕生してまだ間がない初代教会は大きな危機を迎えることになりました。この時にも、「神の言葉はこの世のどのような鎖によっても決してつながれることはない」(テモテへの第二の手紙2章9節参照)ということをわたしたちは確認することができるでしょうか。

 前回わたしたちは5節で、「教会では彼のために熱心な祈りが神にささげられていた」というみ言葉を聞きました。このみ言葉こそが、投獄されているペトロと祈っている教会とに約束されている勝利のしるしであり、「神の言葉はつながれない」ことの真理のしるしでもあるということを学びましたが、きょうのみ言葉でわたしたちはそのことをはっきりと確認することができます。

 【6節】。ペトロはユダヤ人最大の祭りである過越祭の時に捕らえられ、数日間牢に入れられていました。3節では「除酵祭」と言われ、4節では「過越祭」と言われていますが、使徒言行録では同じ意味で用いています。正確に言えば、ユダヤの暦でニサンの月の14日が過ぎ越しの祭りであり、そのあとに除酵祭と言われる、パン種を入れない固いパンを食べる祭りが1週間続きます。この祭りは、神の民イスラエルの誕生を祝う祭りであり、モーセの時代に神がイスラエルの民を奴隷の家エジプトから救い出されたことを感謝する祭りです。主イエスは10数年前の同じ過越祭の時に、全人類を罪の奴隷から救い出すために十字架で死なれ、三日目に復活されました。ヘロデ王の教会迫害は期せずして、その主イエスの救いの出来事を指し示すことになったのです。

 ヘロデ王は除酵祭が終わってからペトロを裁判にかけて死刑にするつもりであったと4節に書かれていました。それまでの数日間、ヘロデ王は厳重な監視でペトロを牢に閉じ込めておきました。4節では、「四人一組の兵士四組」に監視させたとあり、6節では「二本の鎖でつながれ、二人の兵士の間」にペトロを拘束し、さらに二人の兵士が戸口で監視していたと書かれています。ペトロは身動き一つできないほどに、がんじがらみに拘束され、厳重な監視のもとに置かれたいたことが強調されています。

 なぜ、ヘロデ王はこれほどまでにペトロを徹底的に拘束したのでしょうか。彼は何を恐れていたのでしょうか。ペトロの逃亡を恐れていたのでしょうか。仲間が彼を奪還しにくるのを恐れていたのでしょうか。それとも、他の何かを恐れていたのでしょうか。あるいは、もしかしたら、ヘロデ王自身は自覚はしていなかったけれども、これから起こるであろう神の奇跡を恐れていたのでしょうか。人間の理解をはるかに超えた、人間には不思議としか思えない、神の驚くべき奇跡を、ヘロデ王は恐れていたのでしょうか。

 2節と3節によれば、ヘロデ王は12弟子の一人ヤコブを殺害したことがユダヤ人に喜ばれたのを見て、さらにペトロをも捕らえて、教会に対する迫害を拡大しようとしていたことが分ります。神なき世界に住み、神を恐れないこの世の権力者というのは、自らの政治信念とか何かの真理とかによって行動するよりも、世の人々の関心をかうためとか、自らの権威の座にしがみつこうとして、本来恐れるに値しないものを恐れ、次第に自らも気づかずに悪魔化していくという現象は、いつの時代にもどこの国でも起こりえることです。当時の一般的な評価では、温厚な性格で、政治的手腕にもたけていると言われていたヘロデ・アグリッパ一世でしたが、彼が国家権力者として教会を迫害した最初の王となったのでした。こののち、紀元64年にはローマ皇帝ネロが教会を迫害し、紀元85年以降には歴代のローマ皇帝が迫害を続けていったという、国家権力による教会迫害の歴史が繰り返されていきます。しかし、その中で教会は今日まで生き続けてきたのです。

 次に、【7~10節】。ここに描かれていることは確かに、人間の理解にははるかに及ばない、不思議な、驚くべき神の奇跡です。「主の天使」とは神ご自身です。聖書では、天におられる神が地に住む人間世界の中で直接に行動される際には、しばしば「天使」や「主の使い」というお姿で表現されます。ここでは主なる神ご自身が行動しておられます。ペトロはただ神のみ言葉に、黙って服従するだけです。彼には、今だれが行動しているのか、だれが自分に働きかけているのか、自覚的な意識はなかったように思われます。彼は「幻を見ているのだと思った」と9節に書かれています。

 わたしたちは聖書の記述から、ここで起こっていることを順を追って確認していきましょう。7節の表現は、ルカ福音書2章9節の、主イエス誕生の時の羊飼いの場面と非常によく似ています。そこにはこう書かれています。「すると主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らした」。主イエス誕生の時に光り輝いた主の栄光が、今またペトロが捕らえられている牢の中を照らしています。主イエス誕生の時に夜の羊飼いたちを照らした主の栄光が、今手足を縛られ、死の判決を待つだけのペトロの牢の中を明るく照らし、大きな危機の中にある初代教会を照らしているのです。国家権力の前では全く無力であり、その悪魔的な暴力の前でなすすべを持たない教会を、主の栄光が照らしているのです。

 しかし、ペトロを監視している牢の兵士たちにはその栄光は見えません。ペトロのそばで起きて見張っていたはずの2人の兵士はだれ一人その栄光には気づきません。それだけでなく、ペトロを挟んで起きて見張っていたはずの二人の兵士が眠ったようになり、眠っていたペトロは天使によって目覚めさせられ、しかも二本の鎖がペトロの手から外れ落ちました。神の言葉がこの世のどのような鎖によっても縛られないように、神の言葉に仕えているペトロもまた鉄の鎖から解き放たれています。

 ペトロは天使が命じるままに、その言葉に服従しています。「急いで起き上がりなさい。帯を締め、履物を履きなさい。上着を着て、ついて来なさい」。ここでは、すべて神ご自身がみ言葉を語っておられます。神ご自身が行動しておられます。これが神の奇跡です。ペトロはただ黙って神のみ言葉に服従します。その時、神の奇跡が起こるのです。

 ペトロはほとんど無意識のように、幻を見ているように思い、いわば天使に手を引かれるようにして、第一、第二の衛兵所を安全に通過し、最後に町の通りに抜ける鉄の門の前に来ると、門はひとりでに開き、牢の外へと導かれました。これで、牢番の監視から全く自由にされました。その時、役目を終えた天使の姿が見えなくなりました。

 【11節】。ペトロはここで初めて、しっかりと目を覚まし、自分の身に起こったことを自覚しました。これまでのすべてのことが、神がなされた奇跡であることを知らされました。神が国家権力による迫害とあらゆる災いに勝利され、その中にいた自分を守り、救われたのだということをペトロは悟りました。

 牢から解放されたペトロは、彼のために祈っている教会の群れへと帰って行きました。【12節】。ここで、祈っている教会の群れと祈られているペトロとが出会います。しかも、祈っている群れは自分たちの祈りがすでに神によって聞き届けられているということにはいまだ気づかずに、祈り続けているのです。その祈りの群れと、すでに祈りが聞かれ、すでに神の救いにあずかっているペトロとが出会うという、不思議なことがここでは起こっているのです。教会の祈り、キリスト者の祈りは、このような救いの出来事を生み出します。なぜならば、主なる神がその祈りをお聞きくださり、祈っている人がまだそのことに気づかないうちに、神がすでに救いのみわざをなしてくださるからです。

 ヨハネ・マルコとその母マリアの家は、エルサレム教会の家庭集会の一つであったと思われます。夜中に牢から解放されたペトロはこの家の教会へと帰っていったのですが、その時にはまだ教会では徹夜の祈りが続けられていました。13節以下に書かれていることは、熱心な徹夜の祈りがなされている緊迫感とともに、神がなしたもうた奇跡のみわざをすぐには信じることができない人間の戸惑いのような、何かユーモラスは場面が描かれています。

 ペトロが家の戸を叩きます。女中のロデが取り次ぎに出ます。戸の向こうの声がペトロと分かり、喜びと驚きのあまり戸を開けることをも忘れて、急いでみんなの所へ報告に行きます。みんなはペトロがこんな夜中に帰って来るとは信じられず、それはペトロを守っている守護天使だろうと言い張ります。自分たちの祈りがこんなにも早くに神に聞かれるとは、だれも予想していなかったのでしょう。神の救いのみわざは人間の予想をはるかに超えています。

外に立つペテロはなおも戸をたたき続けています。彼らが戸を開けてみると、そこには確かにペトロが立っているではありませんか。この時の教会員の驚きがどれほどに大きいものであったかをわたしたちは推測してみることができます。神は彼らの祈りや願い、予想よりも、はるかにまさった大きな恵みをもって彼らの祈りに応えてくださったのです。神はわたしたち人間が考えることができる以上に偉大なる神であり、大いなる恵みの神であり、救いの神であられます。この神が、悪魔化していく国家権力と暴動化していく民衆の力から教会を守り、ペトロを閉じ込めていた強固な鉄格子をうち破られたのです。この神が、教会の熱心な祈りをお聞きくださり、大いなる奇跡と救いのみわざをなしたもうたのです。

【17節】。ペトロは主なる神が教会の祈りをお聞きくださり、大いなる奇跡によって彼を牢から救い出してくださったことを、教会員と共に再確認しました。彼はこのあと、しばらく身を隠すことにしました。ヘロデ王の追っ手から逃れるためでした。ペトロが再び使徒言行録に登場するのは、15章の使徒会議の画面です。その間、エルサレム教会は主イエスの兄弟であるヤコブがペトロに代わって指導的な立場に立ったと推測されています。教会はここでもまた、神の言葉はこの世のいかなる鎖によっても決してつながれることはないということを確認することができました。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、あなたはわたしたちの祈りにはるかにまさった大きな恵みをもってわたしたちの祈りに応えてくださいます。そのことを信じて、いついかなる時にも、たゆまずに祈り続ける者としてください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

7月14日説教「永遠の命を受け継ぐために」

2024年7月14日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)

聖 書:詩編116編1~19節

    ルカによる福音書10章25~37節

説教題:「永遠の命を受け継ぐために」

 きょうの礼拝で朗読されたルカによる福音書10章25節以下は「親切なサマリア人のたとえ」としてよく知られている、ルカ福音書特有の記事です。その前半の箇所、25~29節の主イエスと一人の律法の専門家との出会いと会話の部分は、マタイ福音書とマルコ福音書では別の文脈で語られています。マタイ福音書19章6節以下とマルコ福音書10章11節以下では、一人の金持ちの人が主イエスに「先生、永遠の命を受け継ぐために何をしたらよいでしょうか」と質問した時の主イエスとその金持ちの人との対話が、同じように書かれています。主イエスの最終的なお答えは、マタイとマルコ福音書では、「あなたが持っているたくさんの財産をみな売り払い、それを貧しい人たちに施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。そして、わたしに従ってきなさい」と言われ、その人をお招きになりましたが、彼はたくさんの財産を捨てきれなかったために、悲しみながら主イエスのもとから立ち去ったと書かれています。

 このように、前半の主イエスと一人の人が出会って、永遠の命を受け継ぐための問答がなされるという部分は、3つの福音書に共通しています。マタイとマルコの二つは非常によく似ていますので同じ記事だと推測されますが、ルカは後半の部分が全く違いますので、二つの福音書とは別の記事であるかもしれません。いずれにしても、主イエスの時代のユダヤの国イスラエルでは、非常にまじめに、また真剣に生きている人たちが、永遠の命を受け継ぐためにどう生きたらよいのかという問いを持っていたということが分ります。律法の専門家であったり、青年で多くの富を持っていた人であったり、また多くの財産を所有していた人であったり、彼らは神のみ心に従って誠実に生きていましたが、それだけで信仰の道が満たされるとは思っていませんでした。この世の富や朽ちていく肉の命ではなく、永遠の命があると信じていました。そして、その永遠の命に何とかしてたどり着きたいと願い、その道を熱心に訪ね求めていたのです。神に選ばれた信仰の民ユダヤ人は、そのようにして、まさに信仰に生きる民であったのです。主イエスはそのような信仰の民を神の国での永遠の命へと導き入れるために、この世に誕生されたのです。

 わたしたちもまたこの世の朽ちる命ではなく、過ぎ去るつかの間の命ではなく、主イエスによって約束されている、永遠に朽ちず、しおれず、しぼむことのない、まことの命に生きる者となることを願い求めながら、きょうのみ言葉を聞きたいと思います。きょうは主イエスと律法の専門家との出会いの場面、25~29節を学びます。

 【25節】。「律法の専門家」とは、旧約聖書の律法を研究していた専門職の学者を言います。彼らは、紀元前6世紀のバビロン捕囚以後、イスラエル宗教の学問的指導者で、「ラビ、先生」と呼ばれ、その多くはファリサイ派に属していました。彼らの務めは、第一にヘブライ語でトーラーと言われる旧約聖書の律法を解釈する権限を与えられていました。彼らは律法の意味を人々に教え、またその細則を作ったりして、どのようにその律法を守るべきかを教えていました。第二の務めは、旧約聖書を筆記してその写本を作成し、神の言葉である旧約聖書をのちの代に長く継承することです。使徒パウロはキリスト教徒になる以前は律法の専門家であったと考えられています。

 一人の律法の専門家が、ある日主イエスと出会います。そして、永遠の命について主イエスに質問します。彼は律法解釈の専門家ですから、聖書のことなら何でも知っているとの自負がありました。ですから、主イエスから何かを聞いて、それによって自分の考えや生き方を変えようとは最初から思ってはいませんでした。「イエスを試そうとして言った」と書かれているのはその理由によります。彼は、最近ガリラヤから出てきた主イエスの評判を耳にして、その人が確かな聖書の知識を持っているかどうかを試そうとして、主イエスに会いに来たのです。そのような姿勢で主イエスのもとを訪れても、主イエスと対話しても、そこでは真実の出会いは起こりません。

 わたしたちはここで、礼拝で聖書のみ言葉を聞き、主イエスと出会う際に大切な基本姿勢を考えておかなければなりません。もしだれかが、自分には自分の生き方、考え方がある、自分なりに努力もしているし、ここまで順調にきている。でも、とりあえず聖書になんて書いてあるのか、主イエスはどう言われるのかを聞いておこう、そのような姿勢で礼拝に臨むとすれば、この律法の専門家と同じです。そこでは、主イエスとわたしとの真実な出会いは起こりません。わたしが主イエスと出会うことによって、わたしが根本的に変えられ、全く新しいわたしに造り変えられることを願う時にこそ、主イエスとわたしの真実な出会いが起こり、わたしに天の神からの救いの恵みが与えられるのです。詩編42編の詩人のように、「鹿が谷川を慕いあえぐように、乾いた魂が命の水を求めるように」主イエスにわたしの救いを願い求めるときにこそ、主イエスとわたしとの真実な、生ける出会いが起こるのです。

 この律法の専門家はまだそのことに気づいてはいません。主イエスこそが彼を罪から救い出してくださる救い主だということを、まだ知りません。それだけでなく、彼が主イエスに質問している永遠の命が、まさにその主イエスのもとにこそあるのだということにも、まだ気づいていません。

 永遠の命とは何でしょうか。このユダヤ人がどのような理解を持っていたのかは分かりませんが、旧訳聖書には「永遠の命」という言葉はありません。また、旧約聖書時代のユダヤ人にもそのような考え方はなかったと言われています。というのは、ユダヤ人にとっては今現在、この時に主なる神とどのような関係を築くべきか、神にどのように仕えるべきかという課題が強いために、今の世とは別の世を考えたり、死後のこととか、あるいは復活とかをあまり重要視しませんでした。ところが、国が滅び、民がバビロンに捕囚になって、エルサレム神殿も約束の地をも失い、さらにはその後にも幾度も経験した厳しい迫害の時代を経て、主イエスのころには復活とか、永遠の命、新しい神の国の到来とかを信じる信仰が芽生えてきたと言われます。この律法の専門家も、この世の肉の命だけではなく、この世を越えた世に属する永遠の命というものを、漠然と考えていたのかもしれません。ギリシャ語で永遠の命は、この世、この時を意味する「アイオーン」というギリシャ語の複数形で言い表しています。つまり、この世ではなく、もう一つの、「来るべき世の」の命という意味です。永遠の命とは、この世の命がいつまでも続くことではなく、別の世、来るべき世に属する命ということです。

 そこで、本題に戻りますと、この律法の専門家自身はまだそのことに気づいてはいませんでしたが、彼が漠然とした考えで、この世を越えた永遠の命があるらしいが、それはどうしたら手に入るのかを考え、ある意味では彼自身もその永遠の命をどこかで求めていたのであろうと推測されます。そして今彼は、その永遠の命を持っておられる救い主のみ前に立っているのです。彼が主イエスに対して彼自身を明け渡し、生ける神のみ言葉を慕い求めるようにして、主イエスに聞くならば、彼はその永遠の命を受け継ぐ者とされたに違いありません。

 彼は「何をしたら」と問いかけています。彼は律法の専門家らしく、旧約聖書の律法を正しく理解し、それを熱心に守り行うことに努めてきましたから、その延長に永遠の命があると考えていたようです。ただ、彼の考えには正しい点もありました。永遠の命を「受け継ぐ」と表現している点です。受け継ぐとは、自分の力で手に入れるというよりは、他のところから受け取るという意味があるからです。彼はどれほどに一生懸命に律法を学び、またそれを実行しようとしても、自分には、あるいはだれにも、それは完全にはできないと、薄々感づいていたのかもしれません。いずれにしても、この時点では、彼はまだ主イエスとの真実の出会いの可能性は残されていたと言えます。

 【26~28節】。主イエスは律法の専門家の質問に対して、永遠の命は、彼が毎日熱心に携わっている律法、つまり神の言葉と深く関連していることをお示しになりました。つまり、神の言葉である聖書の中にこそ、その答えがあるということです。律法の専門家は旧約聖書全体の律法、戒めを、神を愛することと臨人を愛することにまとめました。これを「愛の二重の戒め」と呼びます。前半の「神を愛しなさい」という戒めは申命記6章5節からの引用、後半の「隣人を愛しなさい」はレビ記19章18節です。このように、旧約聖書全体の律法、戒めを「愛の二重の戒め」としてまとめることは、主イエスもマルコ福音書12章29節以下でしておられます。律法の専門家の答えは主イエスご自身の理解とまったく同じでした。

 主イエスは、「その神の言葉を信じ、それに従い、神と隣人を愛して生きるなら、あなたは永遠の命に生きるでしょう」とお答えになりました。神の言葉の中にこそ永遠の命があるのです。なぜなら、イザヤ書40章8節にこのように書かれてあるからです。「草は枯れ、花はしぼむが、わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ」。世は移り、時代は過ぎ去り、この世にあるものすべてはみな崩れ去るときも、神の言葉は永遠に生きて、信じる者たちに命を与えるからです。

 実は、主イエスはこの父なる神の言葉に服従し、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられました。それゆえに、神は主イエスを死からよみがえらせ、罪と死とに勝利させ、天にあるご自分の右の座につかしめさせたのです。そして、主イエスを信じる者すべてに、来るべき神の国における永遠の命を約束されたのです。わたしたちは主イエスのみ前に自らの罪を告白し、悔い改めて、主イエスをわたしの救い主と信じる信仰によって、主イエスがわたしたちのために勝ち取ってくださった罪と死とに勝利された永遠の命を受け取るのです。

 律法の専門家もまたこの主イエスから与えられる永遠の命へと招かれています。ところが彼はそれを受け取ることを拒みました。29節で、【29節】と答えているからです。「自分を正当化する」とは、自分で自分を正しいとし、自分の罪を認めないことです。主イエスによる救いを拒むことです。

 主イエスは今なお救いから遠く、永遠の命からも遠いこの律法の専門家に対して、「親切なサマリア人のたとえ」をお話しになりました。かたくなで、信じることができないわたしたち一人一人をも、なおも忍耐と憐みと、大いなる愛をもって、ご自身の救いへと、み国における永遠の命へと、招いておられるのです。

(執り成しの祈り)

○天の父なる神よ、わたしたちの心を、永遠に変わることのないあなたのみ言葉に固く結びつけてください。この世の過ぎ去り行くものから目を離して、天にある永遠のみ国へと向けさせてください。

主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。

7月7日説教「燃え尽きない柴の奇跡」

2024年7月7日(日) 秋田教会主日礼拝説教(駒井利則牧師)
聖 書:出エジプト記3章1~6節
    使徒言行録7章30~35節
説教題:「燃え尽きない柴の奇跡」

 キリスト教会の最初の殉教者となったステファノが、死の直前の説教でモーセの生涯について語っています。使徒言行録7章30節にこのように書かれています。「四十年たったとき、シナイ山に近い荒れ野において、柴の燃える炎の中で、天使がモーセの前に現れました」。ステファノはモーセの120年の生涯を40年ずつに区切って語っていますが、彼の説教によれば、モーセがエジプトから逃亡したのち、ミデアンの地で、エトロのもとで生活していた期間は40年であり、シナイ山で燃え尽きない柴の奇跡を見たのは、彼が80歳になってからであるということになります。
 では、その時のことを記した出エジプト記3章1節を読んでみましょう。【1節】。モーセは誕生してから40年間はエジプト王宮の中で、王ファラオの娘の子として育てられました。40歳の時、同胞のヘブライ人が過酷な労働で苦しめられていることを知り、同胞の一人を守るためにエジプト人の監督を殺してしまいました。そのことがファラオに知られ、命をねらわれることになったために、遠いアラビアのミデアンに逃亡し、そこで、神に仕える祭司の働きをしていたエトロの娘と結婚し、子どもが与えられました。その40年の間にも、エジプトでのヘブライ人の過酷な労働は続きました。モーセはミデアンの地で、もしかしたら同胞の苦しみのことを忘れていたことがあったかもしれません。けれども、神はヘブライ人の苦しみとその嘆きを決してお忘れにはなりません。2章の終わりにこのように書かれていました。【2章23~25節】。
 モーセがこの40年間、祭司エトロの家で具体的にどのような生活をしていたのかについては、聖書は何も語っていませんが、いくつかのことは推測できます。3章1節にも2章16節にも、エトロは祭司であったと書かれています。祭司とは、神に仕え、人々の礼拝の儀式などを整える務めです。エトロが仕えていた神が、族長アブラハム、イサク、ヤコブが信じていたイスラエルの神であるのか、それとも他の神々に仕えていたのかは分かりません。いずれにしても、モーセはエテロのもとで、神に仕える務めの重要性を学んだことは確かです。人間社会の中で他の人とどのように生きるかという課題だけでなく、神とどのような関係を持つか、神にどのようにお仕えしていくかを学ぶことは、そののちのモーセにとって、非常に重要な意味を持つことになりました。彼はこののちに、神によって召されて、イスラエルの民をエジプトの奴隷の家から導き出す指導者とされ、またイスラエルの民を神礼拝の民として整える務めを神から託されることになるからです。
 10節と12節にはこのように書かれています。【10節】。【12節】。モーセは神とイスラエルの民との間に立って、民の心を神に向かわせ、神のみ心を民に伝える祭司の務めを果たすための準備を、祭司エトロのもとでしていたのです。もっとも、モーセ自身はまだそのことには気づいてはいませんでしたが、これは永遠なる神のご計画だったということを、わたしたちは教えられます。 
 また、エトロが羊飼いであったということが2章16節や3章1節から知られますが、このこともまたモーセにとって貴重な経験だったと推測されます。モーセはのちになって、エジプトを脱出したイスラエルの民を、荒れ野の40年間の旅を導くことになるのですが、それはまさに羊の群れを安全に牧草地へと導く牧者、羊飼いの務めでありました。モーセはそのための訓練をミデアンの地、エテロのもとで受けていたのだと言えます。それはモーセにとって貴重な40年であったし、また彼にとって必要な40年であったのです。
 ある人はこう考えるかもしれません。神はなぜモーセを、その人生の最盛期ともいえる40~80歳代の時にお用いにならなかったのか。80歳を過ぎて、人生の終わり近くになってから、初めてその務めに召されたのかと。モーセが40歳の時に、民族意識に目覚め、正義感に燃え、同胞のヘブライ人を守るためにエジプト人を殺したあの時にではなく、それから40も過ぎたこの時になって、彼をこの務めに任じたのはなぜかと。この間にも、エジプトでのヘブライ人の苦しみはいよいよ増加し、過酷になっていったのではないかと、問うかもしれません。
 しかし、わたしたちにはその問いに対する答えはすでに分かっています。神がなさることは、人間の思いや計画とは違っており、モーセの思いとも違っていて、最もふさわしい時に、最もふさわしい仕方で、最も良き方法で神はご自身の計画を遂行なさるということをわたしたちは知っています。モーセがこれからより困難な務めを担うためにも、エジプト王宮での40年間のエジプトの学問と教育の成果よりもはるかにまさったミデアンの地での40年間の経験が重要なのです。彼の民族意識とか正義感とかでもなく、むしろそれらを捨てて、神のみ言葉を聞くことこそが、そして神によってその務めに就かされることこそが、重要なのです。
 さて、ある日モーセは父親であるエトロの羊の群れを導いて、荒れ野の奥地、神の山ホレブのふもとへやって来ました。ホレブは別名シナイ山のことです。今日ヘブライ語で「ジュベル・ムーサ」(モーセの山)と呼ばれるシナイ半島サウジアラビアにある標高2285メートルの山であると推測されています。1節でもそうですが、出エジプト記ではこのあとでも何度か「神の山」と言われています。なぜそういわれるのかは諸説ありますが、最も有力な説は、12節で言われているように、エジプト脱出のあと、モーセがこの山の頂で神と出会い、神から十戒を授かって、神とイスラエルの民との正式な契約が結ばれたことからそう呼ばれるようになったと考えられています。モーセはエテロの羊を飼いながら、神に導かれてこの山にふもとへとやって来ました。
 【2~3節】。「主の御使い」とは、ここでは天使のような何らかの姿を持ったものというよりは、神ご自身が顕現された、ご自身が現れたという意味であると考えられます。5節では「神は言われた」と書かれています。神は炎や光の中にご自身を現わされます。聖書の中には、神が霊とか風、雷、雲によってご自身を顕現されることが数多く記されています。そこには二つの意味が含まれています。一つには、神がそれらの特異な自然現象の中でご自身の存在そのものと、力や偉大さ、崇高さ、威厳を現わされるということ。もう一つには、神がご自身のお姿をその中に隠されるという意味もあります。というのは、神は直接に人間の目で見られるような姿かたちを持っておられないからであり、また、罪に汚れた人間の目が直接に神のお姿を見るならば死ななければならないからです。6節で、「モーセは、神を見ることを恐れて顔を覆った」とあるのはその理由によります。
 モーセはその時、不思議な光景を目撃します。「柴は火に燃えているのに、柴は燃え尽きない」という現象です。柴とは、砂漠地帯に生えている背の低い灌木であり、熱い太陽に焼かれ、燃え上がればたちまちに燃え尽きてしまうものです。そうであるはずなのに、それがいつまでも燃え尽きないという不思議な現象です。3節で「不思議な光景」と訳されているもとのヘブライ語を直訳すれば、「何とも大きな現象」であり、『口語訳聖書』では「この大きな見もの」と訳されていました。モーセは砂漠の中の小さな現象に過ぎないこの光景に、偉大なる神の存在と、驚くほどの大きな神のお働きを見たのです。
 モーセが見たこの現象は一体何を表しているのでしょうか。出エジプト記の文脈の中で、いくつかの点について考えてみたいと思います。第一には、ここでは主なる神の偉大さが語られていると言えるでしょう。神はこの世のあらゆるものを燃やす尽くす炎であられます。この世の朽ちるもの、過ぎ去りゆくもの、そのすべては神の裁きの炎によって燃やされ尽くされます。それゆえに、わたしたちは火で焼かれるようなこの世に宝を積むのではなく、朽ちず、汚れず、過ぎ去ることのない天にこそ、宝を積まなければなりません。
 もう一つは、神の永遠性が語られています。神は燃え尽きることのない炎として、いつの時にも、この世を清める炎であられます。また、神はみ国が完成される日まで、永遠にこの世を明るく照らす炎であられます。その炎は決して燃え尽きることはありません。この世がどれほどに暗く、冷たくなっても、また多くの信仰者の心が冷えて、情熱を失っても、神は絶えず明るく暑く温かい炎でこの世と教会の民を包んでくださるでしょう。神の愛の炎は決して消え去ることはありません。
 ここでは神のことだけではなく、イスラエルの民についても暗示されているように思われます。柴を燃やしているのは寄留の民ヘブライ人を悩ましているエジプトの鉄の炉を暗示しているように思われます。エジプトの真っ赤に燃えた鉄の炉の中で苦しむヘブライ人は、しかし決して燃え尽きることはなく、滅びることもありません。なぜなら、主なる神が彼らをお守りくださるからです。2章23節以下に書かれていたように、神はヘブライ人の苦難の叫びを確かに聞いておられます。神は族長たちと結ばれた契約を決してお忘れにはなりません。神はエジプトの鉄の炉の中で焼かれているヘブライ人を顧みてくださいます。
 2005年に日本キリスト教会は台湾基督長老教会と宣教協約を結びました。この教会のシンボルマークには、中央に大きく「燃えた柴」が描かれ、その周りにはラテン語で「燃え尽きない柴」と書かれています。それは、この教会の長い迫害の歴史を語っています。19世紀末に台湾はフランスと戦争していましたが、教会が敵国フランスの側に立っていると批判され、多くの教会堂が焼き討ちにあいました。戦争が終わって、焼かれた教会堂が建て直されましたが、その教会堂の正面に、柴が燃えている絵と、その下には「柴が燃えて、しかも燃え尽きることがない」と書かれていました。それがそのままこの教会のシンボル、ロゴマークとなりました。
 モーセがシナイの荒れ野で見た燃え尽きない柴の奇跡は、いつの時代にもわたしたち教会が見るべき、また見ることを許されている神の偉大な奇跡なのです。教会はいつの時代にも、苦難や試練、時に迫害を経験します。様々な炎によって、内からも外からも焼かれるでしょう。しかしながら、教会の頭なる主イエス・キリストは教会が燃え尽きてしまうことをお許しにはなりません。わたしたちもまた、この困難な時代の中で、燃え尽きることのない柴の奇跡を信じて、希望と勇気をもって主キリストとその体である教会にお仕えしていきましょう。

(執り成しの祈り)
○天の父なる神よ、あなたはわたしたちの弱さや貧しさ、また試練や苦難を知っていてくださいます。その中で、わたしたちに必要な助けと導きをお与えくださいます。どうか、いつでも、どのような時でも、十字架と復活の主イエス・キリストを見上げつつ、あなたがお示しくださる道を前進していくことができますように。
主イエス・キリストのみ名によって。アーメン。